4. 植物園実習
あの古城の事件から三日、魔力や体力共に回復した僕とルルドはやっと授業を受けることができた。休んでいる間もベッドの上で教科書を眺めてはいたし、わからないところはルルドに聞いたりなどしていたからか、三日ぶりの準備にはなんとかついて行くことができた。
意外だったのは、クラウドが授業終了後にこの三日間のノートを纏めていてくれて、それを僕らに渡したことだった。……クラウドは特に魔力切れも怪我もしていなかったから翌日から授業に出られたらしい。
ルルドだけならまだしも、僕にまで渡してくれるとは思わなかったから驚いた。「文句あるのか?」と喧嘩腰に言われたが「いや……ありがとう」と普通にお礼を言ったら驚かれた。いくら僕でも他人の好意を無碍にしたりなんてしないのに。
あの古城事件以降、僕とクラウドの間には前の様な軽い喧嘩の様な空気ではなく、もっと暗く、重たい空気が流れていた。クラウドに対して、なんとも言い表し難い感情を抱いてしまったからだとは思う。それでも僕らはチームだから行動を共にしなければならないし、授業は進むのだった。
「次の授業は第四植物園での生態調査らしいね」
ギスギスした空気に耐えかねたルルドが明るい声を出す。あえて明るい声を出したようだが、ルルドが植物園によく行くことを知っている身としては半分くらいは本当に楽しみなのだろう。
「午後の授業だよね?僕植物園入るの初めて」
「入学して一月もしてないんだから、入ったことないのも当然でしょ〜」
僕が返せば楽しそうに笑い、クラウドにも話しかけていた。クラウドも植物園には入ったことはない様で少し楽しみだと言っていた。ルルドのおかげで空気が和らいだのを感じる。その空気を感じ取ったのか楽しげにルルドが植物園の説明をしてくれた。
この学園には魔法植物学を学ぶ為に第一から第七までの植物園があり、ルルドがよく行くのは第三植物園……観賞用の草木の植っている植物園で特にお気に入りなのは白の薔薇園らしい。第一、第二は薬草や毒草、第三は観賞用植物、第四から第七までは魔法植物が植えられているらしい。一年生は今日の授業から第四植物園の一人での自由立ち入りが解禁らしくルルドはこの授業を楽しみにしていた。それこそ入学前の……入寮した日から。それまでは仲良くなった先輩と一緒に第四植物園に入っていたようだ。
「噂では、封鎖されて忘れられた第八植物園があるらしいんだよね」
「七不思議みたいだな」
「この学園にも七不思議とかあったら面白いけどね」
僕もクラウドも、煽る様なことを言わなければ普通に会話くらいはできるのか。と、内心驚く。お互いに売られた喧嘩は買ってしまうし煽り体質なのかもしれない。三人で入学以来初めて、普通の会話をして植物園へと向かう。
第五以降はルルドも入ったことが無いらしく、「先輩曰く、第五の植物はクセが強いらしい」と世間話を続ける。
「植物にクセの強弱があるの?」
「魔法植物の一部は気にくわない肥料を与えられると樹液吐いてくるのもいるぞ。お前は知らないだろうけど」
「つまりクラウドくんは常識知らずの僕のためにガイドしてくれるってことかぁ!解説楽しみにしてるよ」
わざとはしゃいだ声を出して煽る様にクラウドを見れば睨まれる。僕の方が一枚上手だな。ふふん、と笑って見せれば「いいだろう受けて立ってやる!」と威勢の良い返事が来る。「すぐ煽るの良くないよ」と苦笑いでルルドが仲裁に入る。いつの間にか朝の様な重い空気はいつの間にかなくなっており、3日前までの関係に戻っていた。
植物園に近づくにつれ、くすくすと嫌な笑い声が聞こえてきた。その方向を見ると二人組の少年が植物園から出てくるところだった。
「あれ……同級生じゃないか?」
「本当だ……あっちの方には第七植物園しか無いのに」
さっきのルルドの説明では一年生である僕らはまだ第三植物園までしか入れない筈なのだ。授業を受けても一年生は第五植物園までしか入れないし、植物園に良く通うルルドでさえ、第五植物園に入るには先生の同伴が必要だと言うのに。一体何なのかは気になりはしたが、授業の開始時間が近かったため第一植物園へと向かった。
授業開始の鐘と同時に先生が点呼を取る。
「あれ?コタローくんは?」
「またサボりじゃないですかぁ?」
「そうか……全く、そろそろ注意しなきゃいけないな」
最近よくあるやり取りに眉を潜める。わざわざ親に大金を出してもらってどうしてサボるだなんて出来るのだろうか。コタローという生徒は度々授業を休むことがあった。チームの彼ら曰く、寝坊だとか、サボりだとか。それなら入学しなければよかったのに。何のために学園に通っているのだろうか。僕には理解が出来ない。隣のクラウドもその様で「学費の無駄になるんだから退学するなら早めにすればいいのに」と呟いているのが聞こえた。同感だなぁ。
「何のために彼は学園に来てるんだろう。箔付けか何かかな」
「箔付け?」
「お金持ちの貴族とかはこの学園に入って箔をつけたりするんだよ。まぁ入るのは簡単でも卒業は難しいだろうけどね。わかった?クラウドくん」
「話し方はムカつくがわかった。どうしてそんな無駄遣いができるんだか」
「同感」
僕らが話しているとルルドは何か考えている様だった。どうしたの?と聞くと、いや……となんとも歯切れの悪い言葉が返ってきた。そうこうしているうちに植物園での生態調査が始まった。
ルルドはモテる。顔も良ければ言動も落ち着いているし、男女共に優しい。困っている人がいれば颯爽と助けるし、動作に気品があって言葉使いだって綺麗だ。上流階級の使う発音もするし、育ちが良いのがすぐにわかる。だから生徒にモテるのは入学して一月も経っていないが、度々告白を受けていることからよく分かる。
でもまぁ、植物からもこんなに大モテとは思わないじゃん?
目の前には植物に囲まれたルルドがいる。恥ずかしい様な嬉しい様な困った様なあやふやな表情をした彼は今もまた、通った道沿いにある植物から花を受け取った。ルルドが近くに寄ると魔法植物はまたたく間に蕾を作って花を咲かす。それを空気の揺れと共に、ルルドに差し出す様に目の前に出すのだ。その度にルルドは「ありがとう」と柔らかく微笑んで受け取るのだからその度に足を止めることになり僕らの調査はちっとも進まない。いや、進んではいる。
「クラウド、アレはなんていうの」
「アルフォードが受け取った花の色的にフワフだと思う。ちょっとまて、今ちゃんと調べる。…………あってるっぽいな」
クラウドが自分の知識と照らし合わせたあとちゃんと教科書で調べているのが律儀である。度々間違うが、間違えるとルルドから「違うよ。この子は○○だよ」と修正が入るから僕らのチームは今回の調査は満点だろう。
「あってるよ〜。あとこの花は乾燥させると頭痛薬になるのと、根っこは食べれて甘くて美味しい……あっ違うよ!根っこが欲しいって言ったわけじゃないんだ!しまってしまって!」
「ありがとう」
ルルドの言葉にその樹木の根がボコ、と土から姿を見せるのを見て愛されてるなぁ、と他人事に見ている。否、他人事である。聞こえてないだろうが御礼を言う。
二人から植物の説明を聞くて手元にある二枚の紙(ルルドの分もある)にその植物名と花の色、効能を書き記し花の簡単なスケッチを描く。そして最後に、もう何度描いたかわからない一文を書く。ーールルドの魔力に好意を持つ。と。
ルルドは植物たちからの求愛によって両手に花を抱えている。両手に花。言葉の綾ではなく本当に花。
「暫く部屋に飾る花、困らないね」
「今までも困ったことは無かったけどね」
ルルドは、はは、と乾いた笑い声を出して目を細めた。声からは疲れが滲んではいるが楽しいし嬉しいのだろう。そうこうしているうちに配られたレポート用紙いっぱいに書き切った。課題終わったよ、と声をかければ名残惜しそうに「そう……」と呟いた。本当に君は植物に愛し植物に愛された男だね。
「明日から第四も通える様になるんだろ?また来れば良いじゃないか」
「それもそうか!」
パッと表情を明るくしてルルドは植物に挨拶をして周った。度々僕とクラウドにも花は渡されたが、多分この花は“ルルドくんとお友達の君たちにも”みたいな意味合いが強そうだ。それもまぁ数本であったが。
先生の元に課題を提出する時、僕らを見てギョッと目を見開いた。気持ちは分からなくも無い。というよりもわかる。両手いっぱい抱え切れないほどの花を持つルルドと、これまた両手に花を持つ僕……この花は僕が貰ったものではなくルルドが持ち切れなくなったものを持っているだけ……、さらに片手に僕とクラウドが貰った花を抱えて残った手に課題の紙と教科書を持ったクラウド。こんな異様な花だらけの三人組、いやでも目を引くし、先生も驚いただろう。
先生は僕らの課題を受け取り、さっと目を通すとルルドに声をかけた。
「君は……直々植物園に来る子だね……そうか、そんなに君の魔力は植物に好かれやすいんだねぇ……。一番乗りだし、他の子たちはまだ時間がかかるから寮に花を置いてきなさい」
先生の言葉に甘えて、花を寮に置きに行くことにした。
◆
僕とクラウド、ルルドの三人が花を寮に置いて帰ってきた時には大多数の生徒達が終わって植物園の前で談笑していた。先生に聞くと、あと1組らしい。その1組も先生と話している途中で帰ってきた。
周りの生徒たちを見ると、ちらほらと花を貰っている子もいたが、やはりあそこまで大量に花を貰ったのはルルドだけだろう。
「全員揃ったかなぁ?みんなお疲れ様!みんながどんな植物を見つけたのか見るのが楽しみだよ。
……見た限り、ちらほらと魔法植物と相性のいい子たちがいるねぇ。もし興味があったらぜひ来年以降、魔法植物学を専攻してねぇ」
この学園は一年次に全ての魔法学の基礎を学び、二年次から自分に向かない魔法学を省いて好きな魔法学を専攻することができる。専攻した魔法学は基礎よりももっと踏み込んだ授業をするらしい。
魔法植物学は外部講師を招いて、さまざまな議論や植物の育て方などの研究もするらしく、隣からワクワクとした雰囲気が伝わってくる。ルルドはもちろん、魔法植物学を専攻する。
「二人は何を専攻するの?」
「俺はまず……魔法をコントロールできるようにならなきゃいけないから」
「自覚あったんだ。てっきりわかってないと思ってたぁ。あと君はコントロール以前に魔力出力がガバガバだから絞る練習でもした方がいいよ」
煽れば「お前はいちいち勘に触る言い方しかできねぇのかよ」と文句を言われる。
「僕は事実しか言ってないよ。文句があるなら僕より魔法が上手くなってから言いなよ」
「ロイドって優しそうな見た目してズバズバ言うよね……俺初めて見たとき虫も殺せなさそうとか思ってた」
確かに僕は明るめの茶髪に垂れ目だし、眉も下がりがちだ。二人のしっかりと整った目鼻に比べれば優しそうな見た目をしているだろう。
「虫くらいは殺せるよ」
「虫どころか合成獣も殺せるじゃないか」
クラウドの茶々に「アレにトドメを刺したのは君だろう!」と噛みつけば罵り合いにかわる。
「そもそも君の魔法は全てが雑すぎるんだよ!魔法ってもっと繊細なの!」
「その繊細な魔法を新入生一、使いこなせるお前は全然繊細じゃねぇな!」
「性格と魔法はちがうよ!まぁ君は魔法も性格も雑みたいだけどね」
「はぁ!?お前アルフォードが押し掛けて来た時俺の部屋見ただろ!散らかりもしない綺麗な部屋を!」
ヒートアップして声が大きくなった僕らを止めたのはルルドではなく先生だった。「仲が良いのは良いことだけど授業中だから静かにねぇ」と言われて仲良くないし、とクラウドと声をそろえてしまって不愉快。
僕らが静かになったのを見届けると授業の終わりを先生が告げた。この授業が終われば放課後、自由時間だ。解散とばかりに帰ろうとするクラウドを引き止める。
「何だよ」
「はい」
僕はそこらに落ちていた石を拾ってクラウドに渡す。嫌がらせかよと眉を潜める彼を目線で黙らせ、同じく自分も手に取った石を両手で包んで魔力を込める。少なすぎず、多すぎず、適切な量を。キィン、と高い音が鳴り、手を開くとさっきの唯の灰色の石が青色混じりに変わる。魔法石だ。
「魔法石って、そうやって作るのか……」
「魔力出力のいい練習になるよ」
やってみなよと言わんばかりに視線で促すと彼も同じように魔力を込める。数秒でパキリ、と乾いた音がする。魔力込めすぎだよ。クラウドが手を開くと案の定、粉粉になった石が掌にあった。
「え、粉々?どれだけ魔力込めたの?」
ギョッとしたようにルルドが呟く。普通真っ二つに割れるはずなのに。と。魔力が多すぎると稀に起こることなのだ。僕も幼少期よくやった。
「とりあえず君は魔法石が作れるようになるまで練習しなよ。出力を間違えないようになったら魔法の展開を見てあげるから」
良い魔力コントロールの練習になるでしょ?と言えばやけに素直に「ありがとう」とお礼を言われてびっくりした。「お前俺のこと何だと思ってんだよ」と睨まれる。ルルドに朝の逆だねぇと笑われる羽目になるし。
三人で寮に帰る途中、ルルドが足を止めた。そのまま彼は第七植物園の方へ歩いていく。あわてて後を追えば、彼は第七植物園の辺りで首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「なんか、植物のざわめきが聞こえて……確かこっちらへん………?」
サクサクと芝生を踏みながらウロウロとするが特に何もない。
「植物園の中なんじゃない?」
僕には植物の声とか聞こえないから憶測になるけど。そう伝えればルルドは地面に這いつくばって耳を当てた。
「地下……?」
「噂の、第八植物園がアルフォードを呼んでるんじゃないか?」
ちょっと面白半分に話しかけたクラウドに、「そうかもしれない」とルルドは返した。ふぅん、と僕は呟いて地面を見ながら歩き回る。ルルドが探すなら手伝ってあげようかなって思う。友達だし。そんな僕らを見てクラウドも何度目かわからない掌の砂を払って一緒に探し始める。
探し出して三十分が経過した頃、クラウドが僕らを呼んだ。第七植物園のさらに奥、山肌がむき出しのそこ。洞窟のようなとこに古びた扉が付けられていた。
「これか?」
「多分そう!クラウドすごいよ!多分ここから地下に行ける!植物の声が中から聞こえるから!」
ワクワクとしたルルドは僕らを見て、ニッコリと笑った。
「ね、冒険、しない?」
ーーだと思った。
僕とクラウドは仕方がないなと笑った。止めたところで彼は行くだろうし、僕も“冒険”という言葉に胸を躍らせないわけがない。