37. 魔法使いのやり方
ハーディ先輩が犯人であったこと、“呪いの手帳”に取り憑かれていたことは瞬く間に学園中に知れ渡った。なにしろ、四年間首席を守り続けた“希代の天才”だ。
そしてその、魔術師裁判がこの初夏に行われることも。
僕は窓から四年生棟を見る。禁術を使用することは大罪だ。きっと処刑は免れない。一番重い、命を弄ぶ禁術を使用したのだから。いくらそれが“呪いの少女”が行ったことだとしても、ハーディ先輩本人があの場で「自分がやった」と言えば覆せない。何もできない僕は強く拳を握った。少女から彼を頼まれたのに。
いっそ、処刑前に攫って行方不明に、というのも浮かんだが僕にはハーディ先輩を隠し通せる権力も何もなかった。
何も出来ない。
僕は歯を食いしばってただ無駄に日々を過ごしているだけだった。
授業にもいまいち身が入らないが、首席は守り抜いた。
「授業あれだけ上の空だっていうのに、首席を守り抜いたのはあっぱれだな」
「特別奨学生じゃなきゃ僕は学園に通えないからね」
僕の答えにヴィンセントは「あー……」と言葉を漏らし、ルルドやコタローは首を傾げた。庶民の僕には前期の授業料すら払えないが、貴族の彼らにとっては端金なのだろう。貴族でありながら庶民的な暮らしをしていたヴィンセントは思い当たるものがあるのだろう。
「こんばんはロイド。ルルドくんもコタローくんもご機嫌如何?」
「こんばんはトーイくん。珍しいね、夜に食堂にくるなんて」
「オレだって学食を使う時もあるさ」
トーイはコタローくんの和食を見て「コタローくんの国で食べた干物がすごく美味かったんだよなぁ。オレも明日は和食を頼むか」と片眉をあげて笑った。同じ黄の国同士で交流があるため、トーイにとって和食は身近な物らしい。その割に僕がイカやタコを勧めると顔を顰めた。イカやタコを一緒に喜んで食べてくれるのはコタローくんくらいだ。
トーイがコタローくんと談笑している間、否、トーイが話しかけてからヴィンセントはずっと気配を殺している。見事すぎる。
「ロイド。話したいことがあるんだが、俺の部屋に来れないか?」
世間話が目的だとばかり思っていたから僕は驚いた。本命はこっちだったようだ。食堂で話さず、部屋に招くということは人前では憚れる話なのだろう。
暗黙の了解で、禁忌になっているハーディ先輩の話題とか。
「いいよ。行こっか」
空になった食器を持って立ち上がった。僕は気配を殺してるヴィンセントにも挨拶をして別れる。
「お前なぁ……」
「僕は竜族じゃないからね」
呆れたようなヴィンセントの声を鼻で笑った。純血だ半端者だとかは僕には全く関係ない。半端者だからってなんだというのだ。赤を持たない赤のエルフだからなんだと云うんだよ。ヴィンセントはヴィンセントだし、ハーディ先輩だってそうなのだ。
「いいね。オレロイドのそういうとこ好きだぜ」
「お褒めに預かりどうも。それなら無視しなければいいんだよ」
「そりゃあ無理なお願いだ」
言ってみただけだよ。僕はそっと呟いた。トーイがどれだけ自分の立ち位置を、僕を、ヴィンセントを守ってくれてたのかを知った今、本気で言えるわけがない。
食器を返し、僕はトーイに連れられて彼の部屋に向かった。
トーイの部屋に入るのは初めてだ。同じ寮の部屋だと言うのに僕の部屋よりも広い。
勧められるがままにソファに座る。ふかふかのソファは弾力が抜群で、こんなのに毎日座っているトーイが教室の椅子でお尻が痛いと嘆くのも当たり前だと思うほどだった。
トーイが僕の目の前に紅茶を置く。ふわりと漂う香りは少し甘く、落ち着く香りだ。
「トーイって紅茶淹れれたんだ」
「そんなに上手くは無いけどな」
「今度は僕が淹れてあげようか?淹れたこと無いけど」
「不味いお茶は勘弁してくれよ?」
そう言いながらトーイは戸棚から茶葉を取り出した。僕が買うのは安い茶葉だと見透かされている。流石にトーイに出すお茶だからルルドから分けてもらうつもりだったのに。信用されてないな?否、されてるのだろう。悪い方で。
僕が紅茶を飲んでいる間、向かい側に座ったおしゃべりな彼は無言だった。何かを待っているような、考えているような。紅茶を飲み干した後もトーイは膝の上で組んだ手を何度も組み直していた。
中々話出せないトーイに僕はきっかけを与えるつもりで話しかけた。
「どうしたの?もしかして告白?」
ふ、と表情を和らげたトーイは「そうかもな」と笑い、僕に頭を下げた。
「ロイド。頼みたいことがある」
僕は息を呑んだ。いつも自分よりも高い位置にある豪奢な金髪が下にあるのは落ち着かない。なにより、彼がそんなことをする理由が見つからなかった。
「頭をあげてよ!そんなことしなくてもいいのに!」
トーイに慌てて頭をあげさせる。ただでさえ竜族と人族、更に云えば貴族と庶民。本当に心臓に悪い。
そんな改まらなくとも、彼のお願いなら二つ返事で了承する自信はある。物によるが。
ふぅ、と息を吐き出したトーイは目を一度伏せ、いつも通りの表情に戻った。戻したように見えた。
「ロイド。お前は魔法使いだ。どうやったってお前は魔法界で生きていかなきゃいけないし、生きられない」
「トーイ!」
僕は思わず立ち上がる。なるほど。なぜ彼が僕に頭を下げたのかわかった。わかってしまった。
「お前の今までの生き方を忘れろとは言わない。だが、魔法使いの生き方を覚えろ。お前は魔力無じゃなく、魔法使いだ。この事実は覆らない」
僕は握っていた拳の力を緩めた。トーイは今、「魔力無」と言った。魔力無という蔑称ではなく、魔力無と。
「魔法使いのやり方を教えてやる。お前が魔法界の常識を知らないのなら、俺が教える。だから聞いてくれ。ハーディ先輩が、処刑だけは免れるように」
「それは、どうやって?」
僕はトーイの言葉に耳を傾けるために腰をソファに下ろした。トーイは顔を上げる。殴られるとでも思っていたのだろう。僕が彼を殴ったのは確かに事実だが、闇雲に殴るには彼を知りすぎてしまった。
くしゃりと下手な笑みを浮かべた彼は僕を眺めた。
「馬鹿正直に裁判場へ行って直談判しようとしてただろ?それにハーディ先輩に合わせろって牢屋にまで押しかけようとして」
「それは……まぁ」
「そういう行動は正しく無い。間違ってる」
僕はこういう時どう言う行動を取れば良いか、知らないのは事実だ。ただ魔法使いを見ていたというだけで牢に放り込まれた魔力無を助けるために牢番へ直談判したのは片手の指じゃ足りない。
そうすることでしか、僕らは村の人を助けられなかったからだ。
「……魔法使いの、やり方は?」
「被害者である、ロイドに言うのは申し訳ないんだが」
そう前置きしてトーイは話し始めた。僕が一番の被害者だとしたら三番目は君のはずだけど?と言い掛けたのは飲み込んだ。その話よりも続きが気になったからだ。
「ハーディ部長の減刑の嘆願書を送るんだ」
「減刑の、嘆願書……?」
「裁判は公平に裁かれる。禁術を使用したのは事実だ。でも、ハーディ部長ではなく“呪い”が使っていたんだろう?情状酌量の余地はある」
全てを知っているのは僕とヴィンセントだけで、あの場にいた先生たちはまだ“少女”が事件の主犯だと思っているはずだ。
「ハーディ先輩は結構慕われていた。多分、オレたちが嘆願書をまとめていると知ったら協力する生き物もいる」
「ママ先輩やニャルマ先輩も……」
「あぁ、そうだ」
トーイはようやく、いつものように笑った。
「嘆願書を送って、裁判官の目に止まらせる。ハーディ先輩は悪くなかったと、訴えるんだ」
牢番へ直談判するでも無い、正式なやり方。これが、魔法使いの正しいやり方なのだと、彼は僕に教えてくれたのだ。
◇
ハーディ先輩の嘆願書を集めたり、出したりして数日。僕らが動き出したからか着々と嘆願書が集まっているらしい。
たまに僕に嘆願書を渡してくる先輩もいる。僕、別に集計係じゃないんだけどなぁ。
どかり、とヴィンセントが僕の隣に座る。
「なぁ、減刑の嘆願書ってどうやって書くんだ?」
ヴィンセントの言葉に僕は顔をあげた。二番目の被害者であり、ハーディ先輩との面識が無いと言っても過言では無い彼からそんな言葉が出るとは思わなかったからだ。何故、と問いかける前に彼は話し出す。
「アウフランダーが俺に、頼んできた」
純血のトーイが半端者のヴィンセントに話しかけるなんて相当なことだ。それくらいトーイはハーディ先輩を助けたいのだ。自分も、罪を擦りつけられそうだったのに。
「俺も書くよ。一連の騒動の当事者はロイドだけど、俺も近くで見ていたから」
続いて声をかけて来たのはルルドだ。
「あの、ロイドさん、ぼくのも……」
コタローくんはもう書き終わっているらしい。コタローくんの嘆願書を受け取り、ヴィンセントとルルドが紙に文字を綴るのを眺めた。
コタローくんや早々に書き終わったルルドはヴィンセントの嘆願書の書き方に助言をする。
僕もそうだったが、ヴィンセントもこういうのの書き方は拙い。トーイとは違った言葉の使い回しに国や性格の違いが出て面白い。
ヴィンセントが嘆願書を書き終わったのは一時間経ってからだった。
「あぁー、疲れた。息抜きに甘い物が食べたい」
「お疲れ様。購買でも行く?」
「ロイドさん、コーヒーでも買ってきますよ」
「コタローくんありがとう。そうしたら頼もうかな」
僕はトーイを待ってからこの嘆願書を裁判場へ持っていかなければならない。毎日ここで待ち合わせをしているので僕を集計係扱いする生徒はここへ出しに来るのだ。何度も言うが、僕は集計係ではない。
そろそろトーイが来る時間でもあるし、動けない僕の代わりにコーヒーを頼み、嘆願書を紐でまとめ始めた。
「一年生。ハーディの嘆願書を集めてるのはお前か?」
ロイドに話しかけてきた体格の良い豪奢な金髪の男。金髪をオールバックに固めた彼は金色の目を細めてロイドを品定めするように見た。タイの色は緑。四年生だ。
これ、前にもあったな。ロイドは彼が名乗らないのにも関わらずアウフラウトだと分かった。偉そうなその態度もそうだし、何よりトーイによく似た美しい顔と豪奢な金髪。
じろじろと不躾に眺められるのは腹が立つが、気持ちはわかる。いつもなら苦言の一つでも口からこぼれるが僕は喉元から出かかった言葉を飲み込んだ
その視線に覚えがあったからだ。
「これを頼む。ハーディは魔法界に無くてはならない存在だ。この私が認めたのだからこんなことで死んでは困る」
「たしかに、承りました。アウフラウト先輩」
男は片眉を上げてロイドを見た。そんな癖もそっくりなのか。
「愚弟は私のことをお前に話したのか?」
「トーイからは何も」
「は。アイツらしい。せいぜい仲良くしてやってくれ」
もう一度ロイドを一瞥した後、男はロイドに背を向けた。
本当にそっくりだ。兄が、僕の友人に向ける視線と。まぁ、あぁいう視線を兄が向けるのは僕に悪戯や悪いことを教える、いわゆる“悪友”と呼ばれる存在にだけなのだが。
彼にとって僕はトーイの悪友らしい。
廊下の出入り口で男はトーイとすれ違う。トーイはさっき男がしたように、片眉を上げて話しかけた。
「よぉ。ドナート。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しいわけが無いだろう?偉大なお兄様にお土産は無いのか?」
「おあいにく様、今は手持ちが少ないのでね」
「ふん。後で届けさせておく」
トーイはその返答に機嫌良さげに口笛を吹いた。
「友人は選んだ方が良い」
「別にこれはロイドから教わったんじゃ無いぜ?」
「どうだか」
男は肩越しにロイドを睨みつけた。待って、僕何もしてないけど?あまりにも理不尽な態度に少し腹が立つ。
「悪いなロイド。濡れ衣着せた。後で誤解は解いとく」
「あの人はトーイのお兄さん?僕なんでいきなり睨まれたの?」
「そ。オレの実兄。オレが口笛吹いたの、ロイドが教えたと思ったんだ」
つまり、「よくも弟にはしたない真似を教えたな」ということだ。とんだ濡れ衣。
それにしても、あのやり取りは……。
「トーイはお兄さんが嫌いなの?」
「いんや?仲良いぜ」
「アレで!?」
「後でお小遣いくれるらしいしどっか遊びに行くか?」
「そんな会話してた!?」
「してただろ?」
してなかった。僕にはどう考えても喧嘩を売っているようにしか聞こえなかった。
「ちょっとお小遣いねだったらくれるあたりアイツも大概オレに甘い」
くっくっ、と笑うトーイは兄に甘える弟そのものだ。自分も弟だから身に覚えはあるが、僕は兄にあんな風にねだらない。ねだるって、もっとこう、甘えた声を出す物じゃ無いだろうか?
「お兄様、買いたい物があるんだけどね?」と僕が甘えて言えば兄は「まったくロイドは仕方ないなぁ」とお小遣いをくれたりもした。
リトルバーグにいた時、確かにそういうやりとりはしていた。だが何回あの会話を思い出しても、仲の良い兄弟のやり取りには思えなかったが、トーイが仲が良いというならそうなのだろう。
トーイ曰く、竜族は異母兄弟や異父兄弟が多いらしいが彼の父は珍しく一夫一婦を貫いているらしく、さっきの男とトーイの二人兄弟らしい。正真正銘、同じ血の兄弟。そして現状一番アウフランダーの座に近い男。
兄弟で椅子取りゲームをするなんて大変だが、トーイは「アイツに奪われるならまぁ良いさ。大人しく着いてってやる。他の奴には譲らないけど」と言い切った。あ、本当に仲が良いんだ。
「ハーディ先輩の嘆願書か?だいぶ集まったな」
机の上の色とりどり、大小様々な手紙を見てトーイは目を細めた。
「昨日も裁判所に届けに行ってるから氷山の一角だよ」
「すっかり集計係が板について」
「本当にそう。僕集計係じゃないんだけど」
個別に裁判所へ届けに行く生き物もいるのだから、本当に氷山の一角なのだろう。
「あとはもう、なるようになるさ」
「なってくれなきゃ困るよ」




