36. 合成獣事件の幕引き
ハーディ先輩が降参の言葉を発した瞬間、魔法で壁が壊された。
「無事かい!?」
先生達だ。可笑しい。僕達は誰も発煙灯を焚いていないのに!発煙筒を焚いていないのなら、来るはずが無いのだ。
「やっと来た」
ハーディ先輩はほっと息を吐き出した。ハーディ先輩が発煙灯を焚いたの?何のために?そんなことをしたら、自分が犯人だと自白する様なものなのに。
「先生、彼に“呪い”の少女が……」
ルルドが事情を説明する。先生達は「やはりか」とわかっていた反応を返した。そりゃあ、行方不明者みんなハーディ先輩の妹と関わりがあって、妹がハーディ先輩を害していたのならハーディ先輩か、先輩の友人だろうとは目星もついただろう。
「ハーディ先輩。一緒に学園に戻りましょう」
僕は座り込んでいたハーディ先輩に手を伸ばす。“呪い”に操られていたとは言え、きっと学園裁判にはかけられるだろう。
「先生達に僕も事情を話します。だから、そんなに罪は重くならないと思いますよ」
ハーディ先輩は悲しそうに笑い、僕の手を振り払った。そして「いやだ」とはっきりと口にした。
「何やってんだ!早くその呪いを消滅させないと、本格的に乗っ取られるぞ」
ヴィンセントが怒鳴る。僕も同感だ。
“少女”はハーディ先輩の体を乗っ取ろうと虎視眈々と狙っている。早く封印するか、消滅させるかしないとハーディ先輩がハーディ先輩では無くなってしまう。
——本当に、封印か、消滅させるしか手は無いのだろうか?あるいは、“解放”とか。
少し考え込む。呪いは複雑で並大抵な術じゃ浄化出来ない。それなら……
「ボクが願ったんだよ」
ハーディ先輩の言葉に思考を戻した。彼は俯いたまま、ぽつりと言った。
「ボクが、妹がいなくなれば良いのにって願ったんだ。だから彼女はボクの願いを叶えた。ボクと彼女は同罪なんだ」
ハーディ先輩は小さく呟いた。顔を上げて、ハーディ先輩は僕を通り越して先生達を見た。何かを決めた顔をして。
「呪いのせいではありません。全て、ボクの意志でした」
はっきりと、彼は言った。
「妹を殺したのも、妹のチームメイトを害したのも、東の町を石化したのも、ボクの意思で、ボクがやりました」
もう一度はっきりと言ったのだ。先生達もいる前で。
「何でッ!」
そんなことを言うんだ!そう叫びたかった。カティアさんが僕の肩を叩かなければ実際に叫んでいただろう。先生達の前で自分が犯人だと自白するなんて!呪いのせいだというのに、自分が罪を被るなんて。優秀なハーディ先輩の行動とは思えなかった。
「ボクが、一連の事件の犯人です。先生」
晴々とした顔でもう一度告げて、彼は両腕を前に出した。何も抵抗をしないという意思表示。これで魔法封じ器具をつけられればハーディ先輩は何もできない。
「詳しい話は後で聞かせてもらうよ。ハーディくん、どうしてこんなことを」
「……後悔は、してないですよ」
グラディアス先生がハーディ先輩に手錠をかけようとした瞬間、ハーディ先輩をぶわりと黒い靄が覆った。ハーディ先輩の目が驚きに染まる。ハーディ先輩が切羽詰まった悲鳴を上げた。
「——ッ!やめて!」
「ハーディくん!」
バチバチと黄色い稲妻が暴れた。黒い靄が強い風を起こし、砂煙を巻き上げる。
「捕まって、なるものか!」
砂煙から現れたのはピンクの目を紫色に光らせたハーディ先輩、否、“少女”。
「あーあ。折角こんなに上手く行って、自由を手に入れられそうだったのに!最後の最後にこうなるなんて台無しよ!」
「お前が“呪い”か!ハーディくんの身体を乗っ取ってどうするつもりだ!」
ハーディ先輩の長い髪をぐしゃぐしゃに掻き上げて、彼が絶対にしない表情で“少女”は笑った。
「あんた達がいなければ、アタシは悠々と第二の人生を謳歌できたのに。コイツも余計なことをしなければ生かしてあげたんだけど」
少女は呪いの術式を自分に刻む。自分というより、ハーディ先輩に刻んだのだ。封じ込める呪印を。
その術式はあの呪いの手帳に描かれたものだった。
紫に瞳を輝かせ、少女は何かの術式を発動させた。地面が揺れ、壁から魔導泥人形が現れ、僕らを囲む。
——古代術式が刻まれた、魔法だ。
「全員、死ね!アタシを封じたディモル様の子も、静観した教師も、ハーディを苦しめたロイドも!!全員!!」
少女の紫の瞳が伏せられ、苦しみを湛えた光で揺れた。
「……死んでしまえば、良かったのに」
僕にはそれが、少女自身に向けられた言葉に感じられた。
魔力が少ない僕らを庇う様に先生たちは魔法を展開し、ゴーレムに立ち向かう。
無機物のゴーレムは合成獣と違い、殺しても死なない。核となる魔法石を破壊しないと止まらない。その核を見つけ出すのは至難の業だ。
先生たちはこの迷宮を壊さないように、足手纏いの僕らを庇いながら戦うしかない。ハーディ先輩の身体も傷付けずに捕縛しなければならないのだから劣勢だ。
先生の貼った防御魔法の中で、僕はヴィンセントに声をかけた。
「“少女”を解放する」
「そんなこと出来るのか!?」
「出来るできないじゃない。やるんだよ。ヴィンセント、協力して」
僕は魔法箱から呪いの手帳からヴィンセントが書き写してくれた術式を取り出す。
これが“物に封じ込めて生涯出られなくする呪い”の術式だ。
《白魔法》と《黒魔法》を掛け合わせればきっと、出来なくは無い。東の町の石化を解いた時の様に。
「反転術式。出来るよね?」
「できなくてもやらせるだろ」
そうに決まってるでしょ。僕は鼻で笑った。
「そんな高度な魔法をこんな土壇場でやるのかい!?」
ルルドが驚くのも無理はない。
「理論上では封じ込められた“少女”の呪いを解呪すればハーディ先輩から“少女”は解放される。彼女が手帳に縛られたのも、ハーディ先輩に取り憑いたのも、全ては呪いのせいだから」
僕は真っ直ぐに少女を見た。
全ての罪を背負おうとしたハーディ先輩。ハーディ先輩の体を乗っ取ろうとしたように見せていた呪いの少女。二人の関係性は呪いと宿主と一言で片付けられない。
「道は切り開くわ」
「二人を信じるよ。先輩も、“少女”も救えるって」
カティアさんとルルドの言葉に僕らは頷いた。まっすぐに歩き出す。カティアさんの《認識阻害》とルルドの《草の壁》が“少女”へ導く。
「何をしているんだ!下がりなさい!」
先生の静止を無視して僕は進む。少女たちの元へ。少女は僕らを静かに見ていた。僕らを攻撃しないあたり、やはり僕の読みは正しい。
終わりたがっているのだ。彼女は。
少女の目の前で堂々と魔法を展開する。彼女が危害を加えるとは思わないし、加えたとしてもルルドたちが守ってくれる。そう信じられた。
「《黒魔法》」
「《白魔法》」
僕とヴィンセントの魔力が混ざり合う。僕が主導となり手帳の術式を刻む。
術式が完成したのを見て、僕とヴィンセントは目を合わせ、頷いた。
「《術式反転》《解放》」
「——あぁ、おわり……ね」
少女は穏やかに笑った。ハーディ先輩の体からふわりと黒いモヤが出たのが見えた。ハーディ先輩は数回瞬きをした後、誰かの名前を呼んだ。
黒いモヤは長耳族の女性の姿を形造り、ゆらゆらと揺れながら僕らを見ていた。
「なぁ、あんた」
ヴィンセントが少女に声をかける。少女は眩しそうにヴィンセントの顔を見た。
「父さんが、すまなかった。せめてあんたの輪廻は祈らせてくれ。《浄化》」
ヴィンセントの拙い《浄化》の術式が少女を包み込む。
「ディモル様の息子から《浄化》を得られるとは思わなかったわ。お陰様で安らかに眠れそうね」
ハーディ先輩が何かを小さな声で呟き、少女に手を伸ばした。
「——っ!」
ハーディ先輩が嗚咽混じりに誰かの名前を呼んだ。多分、少女の名前だ。
彼がガラガラの声で叫んだ言葉を、理解できたのは近くにいた僕と、ヴィンセントだけだろう。
“連れて行って”と。
僕は少女に近付こうとするハーディ先輩の手を押さえ込んだ。ダメだよ。道連れになんてさせない。それはきっと“少女”も望んでいない。
ヴィンセントがハーディ先輩の前に立ち、顔をじっと見た。
「ハーディ・コンセル。俺もずっと死を願われて来たけどさ。俺は母さんや父さん……ロイドやルルド、コタローにゲオに、色んな生き物から大事にされてるって気付いてから、命を諦めるのを辞めたんだ」
「ハーディ先輩。ハーディ先輩が思っているよりもずっと、あなたは慕われてます。僕も、トーイも、カティアさんも。ニャルマ先輩もママ先輩も。あなたが大好きなんです」
だから生きて。切実な願いは彼に届いただろうか。抵抗を辞めたハーディ先輩のピンクの目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
少女が「ふふっ」と笑った。穏やかな笑い声だった。ハーディ先輩は色々な感情が混ざり合った顔を上げた。
「ハーディ。残酷な事実を教えてあげる」
消える寸前、少女はハーディ先輩にそう言った。
「アンタ、長い髪似合わないわよ」
泣き笑いのような表情で、ハーディ先輩は言葉をこぼす。少女の顔は見えないのに笑ったような気がした。
「短い方が似合うかな」
「男前になったアンタを見れないのが残念だわ」
ハーディ先輩のために妹を殺した少女。少女の罪まで背負おうとしたハーディ先輩。きっと二人の関係はそれだけではなかった。もっと深く、複雑な関係だったのだ。それこそ、親友のような。
「ロイド。この泣き虫を頼むわ。そして、アンタも気を付けなさいな。アンタとアタシ、良く似てるわ」
「確かに、もしトーイがハーディ先輩と同じ目にあってたら僕も同じことをしてたかもね」
「どうだかな。案外上手く誤魔化すかもな。お前の方が腹黒いだろ」
「こんなに優しい僕に言ってる?」
僕らのやりとりに少女は笑った。そして少女は嗚咽を漏らすハーディ先輩の顔を覗き込んだ。
「ハーディ。命は大事にしなさいよ。投げ出したりなんかしたら許さないから」
少女がハーディ先輩の顔を撫で《祝福》の術式を刻んだのが見えた。ああ、本当に彼らには絆があったのだ。僕は“少女”以外の呪いを見た事がないからわからないが、通常の呪いと宿主の終わりはこんなに優しくて、辛くて、悲しいものではないはずだ。
きらきらとした《浄化》の粒子に飲まれた少女が笑った気がした。淡い光が消え去ると、そこにはもう、何もない。
ハーディ先輩の慟哭だけが響いた。
——こうして、学園を騒がせた合成獣事件は幕を落としたのだった。




