32. 希代の天才
「ヴィンセント・クラウドくん。少しいいかな?」
後ろから声をかけられ、ヴィンセントは振り返った。褐色の肌に傷んだ灰色の髪、鮮やかなピンクの目を持つ男だった。ヴィンセントにはその男の顔に覚えがない。制服のタイの色は緑、最上級生である四年の色だった。
「誰ですか?要件は?」
警戒を隠さずにヴィンセントは答える。男は「ここではちょっと……」と困ったように肩をすくめた。
「ごめんね、ボクについて来て欲しいんだ。ここで話すのは憚られるから」
ヴィンセントと男が居るのは食堂だった。生き物通りの多いその場では誰が話を聞いていても不思議ではない。特にヴィンセントの顔は良くも悪くもひどく目立ち、食堂で立ち話しているだけでも注目を浴びていた。
「わかりました」
「突然ごめんね。ボクはハーディ・コンセル。古代術式解析部の部長です」
生き物通りの少ない中庭に移動した男はヴィンセントに名乗った。その名前に、彼は心当たりがある。
「四年連続首席の、魔法の天才……!」
ヴィンセントの友人、ロイドよりも有名な魔法の天才。そんな彼が一生徒の俺に何の用だろう、とヴィンセントは首を傾げた。
「いくつか聞きたいことがあるのだけれど……。図書室の隠し部屋で、手帳を拾ったのは君?」
「そうですけど」
ロイドが「持つだけで気力が削れる」と頭を抑えていた、呪われた手帳。一番初めに見つけたのはヴィンセントだった。
「古城の合成獣事件、図書室の紙魚、花畑の呪花、西の遺跡の事件、全て君とロイドくんは関わっていたよね」
「……何が、言いたいんですか」
「クラウドくん、悪いけど、君の成績を見させて貰ったんだ」
一生徒であるハーディに、個人の成績を見る権利等あるのか、とヴィンセントは眉を寄せた。ありありと顔に出たらしい彼に、ハーディは困ったように「特別奨学生は出来の悪い子を指導する義務があるんだ。嘘だと思うならロイドくんに聞いてご覧」と言った。ハーディとロイドは特別奨学生だ。その権利も、義務も彼らしか知らない。
「入学時の君の成績は恐ろしく悪かった。一時期、先生がボクに指導してくれないか、と頼むくらいに。でもロイドくんが君に魔法を教え始めたからその話は流れたんだ」
「それは……すみません」
「いや、良いんだ。それで、最近の君の成績は入学時とは比べ物にならないくらい上昇している。初等魔法すら扱えなかった君が、今では高等術式すら組めるようになっているよね」
ハーディの言葉に、じわり、と汗が滲む。もしかして、この男は、とヴィンセントは後退る。
「まるで、高等魔法を使えたのを、入学時は隠していたように見えるんだよ。クラウドくん」
首を少し傾げるその仕草はトーイ・アウフラウトの癖に似ていた。
「ロイドくんのチームメイトの君はロイドくんが“黒”持ちだって知っていたんだろう?トーイくんに度々忠告されていた君が彼を恨むのもおかしくないし」
トーイとロイドを親しげに呼ぶ、四年の先輩。ヴィンセントはロイドが何の部活に入っているのかはあやふやだが、ロイドとトーイが同じ部活に入っているのは知っていた。
「ボクの後輩達を……ロイドくんを巻き込んで、トーイくんに冤罪を被せたのは君だろう。ヴィンセント・クラウドくん」
光の加減で紫にも見える目で、真っ直ぐとハーディはヴィンセントを睨みつけた。
この男は、俺を容疑者だと思って話しかけて来たのだ。とヴィンセントはようやく理解した。
◆
トーイの隣に堂々と腰を下ろし、授業を受ける。周りの視線など気にせずに先生に質問したり、いつも通りに過ごすよう努めていた。相変わらず周りの視線は隣の男……トーイを責めるようだったし、僕らに「お前達グルかよ」なんて言ってくる生徒もいた。勿論、口は災いの元って教えてあげたよ。僕は優しいからね。
情報は大分集まってはきたけれど、まだ犯人は特定できない。いつまでも親友をこんな針の筵に座らせる気は無い。早く突き詰めて、捕まえて、法廷に叩き出したいに焦りばかりが募る。
トーイを責める雰囲気が変わったのはその放課後だった。
「あの希代の天才が容疑者を見つけたのは本当か?」
「本当!私聞いちゃった!」
「おれも聞いた!」
食堂でトーイと晩御飯を食べていた時だった。生徒達がざわざわと話出し、チラチラと申し訳なさそうにトーイを見始めたのは。
「なんのことだろ」
「希代の天才、ってハーディ部長のことじゃん」
「そんな呼び方されてるの?」
「知らない?」
トーイは驚いた様に僕を見た。
「ハーディ部長、四年連続首席なんだよ。さらに毎年出してる論文は軒並み受賞してて、二年前は名誉賞を受賞して法王直々に手紙と花を授けられてる」
法王?名誉賞?と首を傾げた僕にトーイは笑った。魔法界のトップのことぐらい知っとけよ?と。
「魔法界のトップは法王を頂点に、賢者位、第一魔導師とある。魔道位はわかるよな?」
流石に魔道位はわかる。種族位や爵位よりも優先される位だ。魔法使いには位があり、一般生物は第八魔導師の称号を生まれながらに持っている。各大陸にある基本学校を卒業するだけなら第七魔導師だが、学園を卒業すると博士号……つまり第五魔導師の称号を得られる。僕はまだ第八魔導師で、僕の目指す第一魔道師ははるか先だ。
賢者位は八名しか選ばれず、空席であることの方が多いらしい。今も赤の賢者と青の賢者しかいないらしいし。
「ハーディ部長はその優秀さから去年、特例で第五魔道位を授与されてる。学院からそれだけ注目されてるんだ。名誉賞の受賞は最高賞に近い。だからハーディ部長は“希代の天才”って呼ばれてる」
「そんなにすごい生き物に魔法を教えて貰ってたなんて……」
部活で度々魔法について教わっていた。今度サイン貰っておこう。将来誰かに自慢できるかもしれないし。
「そのハーディ先輩が容疑者を問い詰めたってこと?」
「ってことだよなぁ」
ハーディ先輩、そんな俗っぽいことするんだ。そんなことしなさそうに見えたけど。
「明日部活だし、聞いてみるか」
「そうだね。四年生はなかなか捕まえ辛いし」
僕らのいる一年生棟とハーディ先輩のいる四年生棟は結構離れていて遠い。僕らは食堂を利用するが、三、四年生はカフェを利用するのが主流で鉢合わせることも少ないのだ。特に優秀な先輩って四年になると単位も卒業研究の授業ぐらいしか無いから滅多に学園来ないし。ハーディ先輩やママ先輩は個人研究が楽しいらしくて自主的に学園に来ているみたいだけど。それでも一年生とは会うことは少ない。
僕らの隣に近付いて来たカティアさんがそっと話しかける。少し困ったような顔もかわいい。
「トーイくん、ロイドくん、ちょっといい?」
「カティアさん。どうかしたの?」
「ここじゃちょっと……」
キョロキョロと人目……というより盗み聞きかな。それを警戒したカティアさんがどこかへ僕らを連れて行こうとする。僕はカティアさんを宥めて、防音魔法を展開した。
「ハーディ先輩の妹さんのことなんだけど」
カティアさんが僕らに顔を寄せて、小さな声で教えてくれる。僕の展開した防音魔法は僕らを覆っているのでそんなに顔を寄せる必要は無いが、わざわざ指摘して顔を離す必要も無いので黙っておく。
「成績は中間ぐらいだったらしいの。でも論文の出来は最高評価で……えぇとね、言いづらいけど」
「……ハーディ先輩の論文の写しだった、とか」
「そうみたい」
論文の写しは犯罪行為だ。意図的に写させた方も罰せられるが、ハーディ先輩と妹さんには上下関係があった様だし、学園側もハーディ先輩には寛大な処置を取ったらしい。ハーディ先輩素行も良いし、優秀だし、何より妹さんが入学してから酷く消耗してたらしいから。
「彼女自身は銀髪に鮮やかなピンクの目をした少女だったみたい。素行もそんなに問題は無かったみたいだけど……ハーディ先輩を見下す発言はあったらしいわ」
鮮やかなピンクの目。それが少し気になった。それよりも、カティアさんが続けて言った言葉に衝撃を受けた。
「花畑の事件から行方不明になった先輩達と、ハーディ先輩の妹さんはチームメイトだったみたい」
僕は口元を手で覆った。カティアさんも少し顔色が悪い。
「ロイド……もしかして、犯人って……」
「断定は出来ないけど……」
ハーディ先輩か、ハーディ先輩周辺なのではないか。トーイも、僕も、カティアさんも、その言葉を飲み込んだ。
僕は魔法箱から合成獣の呪印の写しを取り出す。ヴィンセントがいつぞやに書き写してくれた、呪いの手帳の呪印も。合成獣の呪印の刻み方は呪いの手帳の作者の癖と一緒だ。そして、東の町の石化の呪印。
ひやりと背中を汗が伝う。術式の刻み方は生き物によって手癖のようなものが出る。文字の書き方が違う様に。
——その刻み方の癖を、僕は知っていた。
ぐしゃりと呪印の写しを握り締め、僕は顔を上げてトーイを見た。トーイはきょとりと僕を見て「どうした?顔色が悪いぞ」と言った。
ドキドキと心臓がうるさい。トーイに、違うと否定してほしいのに嫌な予感ばかりがする。
「トーイ、なんでもいいから術式を刻んで」
彼が刻んだ術式の癖はやはり、ある呪印の術式の癖に似ていた。
嫌な憶測が積み重なっていく。
——現場にあったのは、“黄”の魔力。
脳裏をよぎるのは、優しい笑顔。
「ねぇ、トーイ」
——合成獣に使われていたのは、亜族の“エルフ”
僕にも魔法を教えてくれた、優秀な先輩。
「ハーディ先輩に、魔法って……教わった?」
——ふとした時にひかる、本当はピンクの、紫の目。
「あぁ、教わったぜ。お前も教わっただろ?
「ハーディ先輩が、刻んだ術式って何か……持ってる?」
トーイは鞄からノートを取り出し、僕にあるページを見せてくれる。僕は握りしめていた石化の呪印と見比べた。
その、呪印の術式の刻み方は、ハーディ先輩が刻んだ術式の癖と、寸分違わず同じだった。




