19.光苔の術式
西の森の中心にその祠はある。崩れた石煉瓦の建築物に階段があり、そこから地下空間へと繋がっている。
現在この祠は地下第五層まで発見されている。聞いた話では第五層の奥に古代術式があり、その術式を解けば更に奥に進めるという。
「発煙筒とランタン、あと光苔採集用の小瓶……準備は大丈夫そうだね」
「四層に光苔があるんだよね?」
わくわく、うきうきと声も表情も弾ませて、ルルドが言った。本当に彼は植物が好きなようだ。
地下へ潜るとクラウドは辺りに興味津々で、ルルドは光苔に早く会いたいのか心なしか歩くスピードが早い。
「なんか、一回来たことあるような気がする」
「俺も既視感を覚えていたところだ」
いくらトーイが描いてくれた地図があるとは云え、初めて来た場所なら多少は迷うはずだ。だが、この祠はなんとなく既視感があり、地図が無くても進むことが出来そうなくらいだった。なんとなく、あの角を曲がれば第三層へ行く階段があるような気がして進めば、やはりある。
「わかった!古城の地下と同じなんだ」
ルルドが声を上げる。
僕は古城には入学してすぐの肝試しの時以外行っていないのではっきりとわからなかったが、ルルドは部活の先輩とその後に一度、クラウドはコタローくんとクラウドの同室者と二度、古城へ行っていたらしい。
「小部屋やトラップは違うが、大まかな造りは古城の地下と同じだな」
それなら任せてくれ、俺は六層まで降りたことがある。とクラウドは胸を叩いた。
クラウドの案内に従いながら、ルルドと第八植物園の復興情報を聞く。彼は嬉しそうに一つ一つの植物の健康状態や、花が咲いた事などを話してくれたけれど僕は魔法植物に詳しく無いので半分以上わからなかった。とりあえず、植物の健康状態は良いってことかな。
第三層までは割とさくさくと進めたが、第四層から途端にトラップが難しくなってくる。
ベタな行き止まりから落とし穴、術式を刻まないと開かない扉等だ。
「あ、ロイド。多分あっちに光苔あると思うよ」
「ルルドが言うなら間違い無いね」
鈴を転がす様な綺麗な声がするよ、とルルドは微笑んだ。植物の声が聞こえない僕らにはわからないけれど、本当にルルドは嬉しそうだ。
彼の案内に則って進めば光苔が一面に輝いている。彼が通れば光苔がふわふわと光の胞子を飛ばす。相変わらず植物に愛されているなぁ、と僕は眺めた。
「なんか……光苔に求愛されてるみたいだな」
「……もっと別の表現ない?」
「あはは。胞子を飛ばすのは求愛行動の一種だからクラウドの言葉は一理あるよ」
ルルドはそう言いながら僕の分の光苔も瓶に詰めてくれる。キラキラと瓶の中で輝いていて綺麗だ。
ルルドは瓶の中でキラキラと輝く光苔をうっとりと見つめていて、本当に植物が好きなんだなぁ、なんて思った。
「アルフォード、それ、大丈夫なのか?」
「え?光苔は確かに胞子を飛ばすけど毒性は無いし大丈夫だよ」
「いや……違くて。世界樹に苗木を託されたんだろ?嫉妬されないか?」
植物って嫉妬するの?とクラウドを見れば「魔法植物はするんだよ。植生族だぞ」と返事がくる。植生族の最上位が世界樹ってことか。
「大丈夫だと思うよ。多分。それに彼女も友達が欲しいだろうしね」
ルルドはウィンクをした。そうだといいけど。
◆
第五層の最新部。祭壇のように整備された空間には確かに古代遺物があちらこちらに転がっていたが、どれもこれも壊れていて用途不明のガラクタと変わらない。
「これらを持って帰ったところで勝負には勝てなさそうだね」
「修理しようにも術式も掠れて読めないし……」
拾い上げてはまた捨てる、を繰り返す。装飾品とかは確かに価値はありそうだし、《鑑定》の魔法をかければ魔法の付与が付いているがそれだけだ。
「アウフランダーだったか?最奥の右側を調べろとか言ってたの」
「あ、調べてなかったね」
右側をランプで照らしてもただの石造りの壁しか無い。手で触っても、叩いても術式が刻まれているようには思えなかった。本当に右側に何かあるのかな。
「ここで光苔を使うんじゃないのか?アウフランダーはなんて言ってた?」
「……暗いから光苔を持っていったほうが良い、みたいな」
小瓶から光苔を取り出して壁を照らしても変化は無い。本当に隠し扉とかあるのか不安になってきた。
「明かりが弱いのかな?……俺、君たちがもっと輝いて綺麗なとこ見てみたいな」
君たちはかわいいからもっとかわいくなるんだろうな。なんてルルドが光苔に囁けばワッと光苔は胞子を散らして輝いた。
「……流石アルフォード」
「ルルドにしかできない芸当だよね」
到底僕らには出来ないことだ。本当にルルドに来てもらえて助かった。ふわふわきらきらと胞子が空中に舞う中、僕らがいる場所よりすこし離れた場所で壁に何か術式が見えた。まさか、と駆け寄れば特殊な術式で、光苔の胞子が消えると同時にその術式も消えるようだ。
「ルルド!」
「見つけた?……もう一回って事だね!」
普通のランプで見た時はただの石造りの壁だった。しかし、光苔の胞子がその壁に吸い込まれると……術式が浮かび上がる。特定の条件下で現れる術式だ。教科書でしか見たことがないからちょっと興奮する。
「光苔で術式が出てくるなんて聞いてねぇぞ」
「ロイドに光苔持っていくように言ったのってトーイくんだよね。良く知ってたねぇ」
「確かに、トーイなら知っててもおかしく無さそう」
トーイ、本当になんでも知ってるし。知らないことの方が少ないんじゃないかな。
ぼんやりと光を放つ光苔の術式をしげしげと眺めれば、ゆっくりと光苔の胞子の輝きは淡くなっていき、消える。
「ロイド、気付いた?」
「3回、術式が変化したね」
「嘘だろ!?」
気が付かなかったクラウドに見せる為にも、ルルドにはもう一度光苔に愛を囁いて貰う。ふわり、ふわりと光苔の胞子が舞い、壁へと吸い込まれる。
「今、胞子の光が1番強い時の術式わかる?」
「えぇと。……《導き》あと《光苔》?」
「あたり。次。半分くらいに光が淡くなった今は?」
クラウドはじっと眺めて「《開閉》?」と答えた。僕は無言でとん、と右側に刻まれた術式を示す。彼が読み飛ばした部分だ。
「あ、《条件付き開閉》か」
「最後。光が消えかける寸前」
「……えぇと」
目を細め、眉間に皺を寄せる彼は「《台座》?あー《花》か」と答えた。正解。随分と成長したものだ。僕は満足気に彼を眺めた。
「クラウド本当に成長したね!こんなに早く術式が読み解けるなんて!」
「当然でしょ。僕が教えてるんだから」
ふふん、と笑えばルルドも「これは教え甲斐がありそうだね」と笑った。そのとおり、クラウドは結構教えがいがある。言われたことはすぐに吸収するし、何度かやれば応用もいけるだろう。もし覚えが悪かったら蜥蜴にでも芸を仕込んでるところだった。
「つまり、光苔の花……によって扉が開くってことか」
大体そう。光苔に花が咲いてるかどうかなんて、僕にはわからないけどルルドは「この子は花が咲いてるよ」と小瓶から光苔を取り出した。多分それがわかるようになるのは僕には無理だろうな。
光苔の花をそっと台座に置けばカチリと何かがはまる音がして、術式の現れた壁が開く。奥にはやはり、通路があった。
「図書室と云い、創造都市は隠し通路が多いね」
「同感だ」
隠し通路を進みながら呟けばクラウドもそう思ったようだ。
「うーん……学園としての機能以外も持ってそうだよね……」
例えば、第八植物園とか。ルルドはくるりと指先を回して言う。
「研究機関と言えばそうかもなんだけど、俺はちょっと別の用途で作られたんじゃないかって思ってるんだ」
「別の用途?」
「そ。まるで保存してるみたいだなって」
「……確かに、第八植物園には絶滅した植物も数多くあったな。あんなに重要な植物がある植物園をなんで忘れたんだか」
「敢えて忘れたんだと思うよ」
僕も、クラウドも思わず足を止めてルルドを見た。ルルドは真っ直ぐと僕らを眺めて、話す。
「第八植物園に残されていた日誌を読むに……当時の学園は絶滅危惧種の植物を存続させていく技術は無かったみたい。絶滅寸前だからこそ、わざと植物園ごと眠らせて……次世代に託したんだよ」
なるほど、と腑に落ちた。あの世界樹がルルドを呼んだ理由もなんとなくわかった。彼女はルルドに植物園の未来を託したかったんだ。
それに、とルルドは続ける。
「第八植物園の世界樹。彼女は枯れかけてるから……きっと、もう長く無い」
「それって、大丈夫なのか!?」
ぎょっとルルドの肩を掴んだクラウドは世界樹が枯れることがいまいち理解出来てない僕に「魔法使いなら魔素の根源である世界樹の話くらい知っとけよ」と悪態を吐かれる。魔素の根源?
「無数に漂う“魔素”は大半を世界樹が生み出してるんだ。だから世界樹が枯れたら」
「……魔法が、使えなくなる」
「ああ」
僕らの使う魔法は自分の魔力と周りの魔素とを結びつけ、魔法語で術式を組んで発動させるものだ。魔力、魔素、魔法語の三要素が無ければ魔法は発動しない。上位魔導師は魔法語をショートカット出来るが、魔力と魔素の二要素は絶対に欠けてはいけないものだ。
「世界樹は魔素を産み出すだけじゃ無いよ。俺達が魔法を使えば使うほど、残留物が残るんだ。その残留物を吸収して魔素に変えてるのも世界樹だよ」
「残留物は各国に居る聖者が浄化はしてるが……世界樹が枯れたら聖者の浄化じゃ間に合わなくなる」
「……その、浄化が滞ったら、どうなるの?」
彼らは顔を見合わせて苦い顔をした。
「橙の国で発生した魔法災害“終焉の闇”は知ってるよな」
「数百年前に突然現れた魔法災害でしょ。難民とか凄いんだっけ」
霧状の魔力の塊が広がり、その魔力に触れたモノは生気を奪われる“終焉の闇”。封印に挑み、帰ってきた者は誰も居ない、中に何があるのかも不明、原因も不明の史上最悪の魔法災害。今もなお範囲を広げ続けているというものだ。橙の国半分以上を飲み込み、隣接する赤と緑の国も四分の一が飲み込まれたと先日新聞で読んだ事がある。
「“終焉の闇”はある意味残留物の塊だ」
つまり、世界樹が枯れたら世界中にその残留物が発生することになるのか。
「枯れさせない方法とかは無いの?」
そんな世界の一大事を魔法界が見逃すとは思えない。ルルドは静かに首を振った。
「世界樹は終わりたがってる。それを止めるのは誰にも出来ないよ。第一魔導師にも無理だ」
「っ、そんな」
それはつまり、世界樹が枯れるのは避けられない未来と云うこと。
「みんな、世界樹が枯れるのを食い止める事しか考えてない。終わりたがってるのに無理矢理に生かそうなんて、生き物の……この世界のエゴでしかない。そんなの……可哀想だよ」
「だが、それじゃあ世界は終わる……!」
「苗木が居る!」
ルルドが声を荒げるところを初めて見た。いつも彼は優しく、冷静に僕らを仲裁してきた。貴族である彼は大きな声や物音を立てることをしない。
「先生達や高位魔導師達はみんな、無理に延命させようとするし、苗木を研究機関へ連れて行こうとする。
第八植物園も、世界樹も、高位魔導師が世話をするから大丈夫だって先生達は言うけれど。確かに、下位魔導師が世話をするより確実だと、思う」
でも、とルルドは区切った。
「世界樹から苗木を託されたのは俺だ!」
世界樹は世界を見届けて、満足して、苗木を託したから終わりたがってる。次世代への未来を。そうやって世界樹は何世代も世界を支えてきた。ルルドは緑の目を真っ直ぐに僕らへ向けた。強く目を輝かせて。
「誰かがやらなきゃ世界樹は育たない。その誰かの座を俺は譲らない!俺が、世界樹を咲かすんだ!」
ルルドの握りしめた右手が淡く光り、何かの紋章が浮かび上がる。彼の意志が何かの術式を完成させたのかもしれない。ルルドはそれに気が付いていない様だけれど。
僕は手を差し出す。
「手伝うよ。一人より二人、二人より三人の方が効率が良いでしょ」
「俺が役に立つかはわからないが……俺もアルフォードに協力する」
僕らがそう伝えれば、ルルドは「ありがとう」と僕らの手を握り返した。彼の右手には植物の紋章が浮かび上がっていた。