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気弱で馬鹿な少年

暑い。


さっと、部屋のカーテンを開け暗がりの部屋に朝日を迎え入れる。


といってももう朝食を摂るには少々遅すぎる時間ですが、当人が起きないのですから仕方ありませんね。


バトラーはこっそりとため息を吐く。


バトラーがエリカを救ってから丸三日、ユウは寝込んでいた。

恐らくあの黒龍の呪いの影響だろう。


幸い命に別状は有りませんし、容体も安定しているのでよかったですが、本来であれば勇者が寝込んでいるなど国を揺るがしかねない一大事なのですよ。

それなのにこの勇者ときたら今の貴方では到底倒せるはずもない龍王なんぞに挑み込んで、案の定返り討ちにされるどころかお嬢様まで危険に晒してくれやがりまして、お嬢様の指示が無ければ王都までぶん投げていたところです。

それにそもそも・・・。


未だ続くバトラーの声に出さない愚痴の最中、ベッドに眠るユウの目がうっすらと開き始めた。


「・・・う、・・・こ・・・ここは?」

「そろそろだとは思いましたが、少々遅かったですね」


ツンツンとした態度を取りながらも、バトラーは優しく手を取ってユウを起こす。


その瞬間、バトラーの背筋にヒヤリとした何かが駆け巡った。


思わずピクリと身体を震わせるが、周囲にはユウ以外誰も居ない。


その間に、ユウは己の状況を思い出しつつあった。


「ば、バトラー、黒龍王はっ!」

「少々キツめに説教致しましたから、心配御座いません」

「そ、そうか」


ふむ、若干お顔が青く少量の汗をかいているご様子。

()使()()()()といえど未だ全開とはいきませんか。


バトラーはユウの健康状態を軽く確かめると、主人への報告と病人食を作る為に立ち上がる。


「ま、待ってくればバトラー」

「はい」

「あんたは、いや、貴方は剣聖なのか?」


バトラーはフッと笑う。


なかなかどうして、懐かしい名前を聞いた。


「私は、一介のバトラー(執事)でございます」


深々とお辞儀して、バトラーは部屋をでて行った。


廊下の突き当たり、階段を降りるところでお嬢様が駆け寄ってくる。


「バトラー」


朝露に濡れた薔薇のように美しい姿だ。


だが彼女の表情は苦しそうである。

どうやら自身が龍の住処へ二人を案内した事を気に病んでいるようだ。


なんとも思慮深い。


「ただいま勇者様がお目覚めになられました」

「本当っ!?」


走って部屋へ向かうエリカ。


本来であれば執事として気品についてお嬢様と話し合わなければいけませんが、今回は許しましょう。


もちろん勇者は許しませんが。





バトラーは数百年繰り返したとすら思えるほど精錬された所作で茶葉を蒸らし、カップへ注ぐ。


どうやらユウも調子を取り戻したようで、昨日のように全員が客間に集まっていた。

バトラーは物音ひとつたてずカップを置くと、椅子には座らずエリカの横に立つ。


「さて、不幸中の幸いながら今回の事でお分りいただけたでしょうが、もう一度直接苦言いたします。

今の勇者では力不足、いえ、全てにおいて未熟と言わざるおえません」


バトラーの言葉は辛辣だった。

だがそれを否定することは出来ない、彼らは敗れそして彼に助けられたのだから。


「このままでは確実に全員が命を落とすことになるでしょう。

だから私はお止めしているのです」

「それでもっ!」


突然賢者エミリーナが立ち上がった。

いつも強気な彼女の目には、涙が浮かんでいる。


「それでもやらなくちゃいけないのよっ!彼は勇者で、ワタシ達はその仲間なんだからっ。

たとえ相討ちになったとしても魔王を倒さなくちゃいけないのよ、じゃないと皆死んじゃうんだから・・・パン屋のおじさんも、スラムの子供達も、弟も。

大切な人達が皆・・・」


そう言えば、今代の賢者は初の平民生まれ平民育ちの赤のストライプショーツがお気に入りだとどっかの誰かが言っていましたか。


勇者とは違いこっそりと掛けた対黒龍の呪い用回復魔法をかけていたとは言え、身体が自壊していくなか彼女は気丈に振る舞っていた。

そんな彼女がここまで取り乱すとは、彼女は彼女で多くのモノを背負ってここに立っているのかも知れない。


だが、それではダメなのだ。

いくら力を持とうと叶わない夢もあり、約束もある。

そして


「ですがそれも実力を伴わなければ意味が無い」


無情にも言い切ったバトラーをリーナは潤んだ瞳でキッと睨みつける。


「貴方には分からないでしょうねっ!平民の暮らしも、暖かさも!

黒龍王を一撃で倒せるぐらいの力を持っている癖に、お嬢様、お嬢様って彼女のことしか考えずその力を人々の幸せの為に使おうともしない貴方にはっ」


酷い言われようだが、実際そうなのかも知れない。


この手を伸ばせば、多くを手に入れられるのかも知れない。

だがそれがなんだというのか。

金持ちなら必ず財産を貧困に苦しむ人々全てに分け与えなければいけないのか、力を持っているならそれを必ずしも弱者の為に使わなければいけないのか。


そんな自問自答の渦の中、彼女の声が心の古傷から血を滲ませる。


『もし世界と私どっちかしか救われないのなら、私は迷わず世界を救うかな。

そんな選択が、そんな力が私にあるのなら、私は世界を取る。

だって、そうすれば私の大好きなモノは残るんだもの』


彼女が、血糊のように心に張り付いて剥がれない。


彼女なら、届かなくともその手を、伸ばしたのだろうか。

その黄金のような髪をなびかせて、笑って命を差し出すのだろうか。


だがそれでも私には・・・


『バトラー・・・この子を、守ってね・・・』


「俺は」


ぐらりとよろつきながらも、それまで聞いているだけだったはずのユウが立ち上がった。


「俺にはバトラーが背負ってるものもの重みも、リーナが背負ってるものの重みも分からない。でも、二人が誰かの為を思ってるって事は俺にも分かった。

だからどうか、その重みを俺にも背負わせて欲しい」


そしてユウは頭を下げた。


「俺はエリカも街の人たちもどっちも救いたい。

どっちかじゃなくてどっちも救いたいっ!

だから俺に、剣を教えてほしいっ」


その答えは、どうしようもなくちぐはぐで、いかにも理性ではなく感情で突き動いているような率直さがあった。


『それなら僕はっ、世界と君の両方を救いたいよっ!』


そんな彼の姿は、遠い昔の、気弱で馬鹿な少年の姿と重なった。


「・・・私はバトラー、お教えするなら執事仕事もセットになりますよ」

暑い。

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