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黒龍

頑張れ、黒龍。負けるな、黒龍。

洞窟から溢れ出た真っ黒いそれは、まるで霧のように辺りを包み込み、草花を枯らし木々を腐らせていく。


心なしか身体が重い。


「・・・一体何が」

「それはこちらのセリフだぞ、小僧」


そう言って洞窟から這い出てきた存在に、俺は全身の神経を直接撫でられるような不快感と胴体を貫かれるような殺気に足が縫い付けられた。


「儂の寝床へ火魔法なんぞ打ちおってからに、目が覚めてしまったわ。人の言葉を使うなら、寝耳に水と言ったところか」


開かれた口から黒い霧を吐き出し、それは歩く。


天上に輝く太陽を真っ向から否定するような漆黒の鱗に身を包み、鋭い爪と牙をギラつかせた生れながらの空の支配者。


一度は全ての者が夢見た夢見たそれを、異世界の人々もこう呼んだ。

厄災の体現者『(りゅう)』と。


「はぁあっ!」


その存在感が生み出す圧倒的な圧力に魅せられてしまったユウを横目に、エリカミーナは自身の家紋が入れられた長剣を振りかざし目にも留まらぬ剣撃を繰り返す。


「グハハ、元気の良い小娘よ。いくら焦ろうと構わんが、死は平等だぞ」

「逃げてっ!」


奴の胸が膨れ、大きく開かれた口からドス黒い咆哮が辺り一面に振りまかれる。


掠った鎧がまるで水に濡らした紙切れのようにボロボロと腐敗する。


彼女の剣が全く通用しないなんて、なんて硬さだよあの鱗。


ユウは初めて出会った彼女以外の強者に戦慄した。


「この世界のドラゴンってのはこんなにも強いのかよ」

「それは違うわ」


森に木々を背に隠れていたエミリーナがユウの間違いを正す。


「おそらくあれは『龍』、ドラゴンの上位種よ。普通ドラゴンは緑色の鱗だけどあれは黒、おそらく黒龍(こくりゅう)

チッ、そんなのがこの大陸にいるなんて聞いてないわよ」


さっきからエリカが攻撃を繰り返しているが、奴は一歩も動いていない。


ただ霧を吐き、尾を振るう、それだけの動作でこの場の全てが蹂躙されて行く。


「何か手は無いのかっ」

「今やってるっ!

業火の槍よ、我が敵を貫け、『フレアランス』」


エミリーナが生み出した火の玉は十に裂け、その漆黒の鱗に風穴を開かんと飛翔する。


もちろん龍はその場を退かない。


全てが龍に命中し、辺りを黒と白の煙が包み込んだ。


「やっ「グハハハハッ、生温い、生温いぞ小娘!貴様の本気はその程度かっ」


フラグすら立たせず、傷一つ無い鱗を輝かせながら高らかに笑うその姿に、三人は絶望した。


「そんな・・・私の魔法が効かないなんて」

「儂の前では全てが無と同じだ、無論貴様らもな」


動かなかった龍が、ゆっくりと進行を始める。


こんなのに、勝てるわけがない・・・。


ユウの心は折れかけていた。

無意味に過ごしていた高校生活から突如異世界に召喚され、与えられた力でなんの障害も無く勇者に祭り上げられた彼には心の強さなとありはしなかった。


そんな彼を見て、彼女は告げる。


「私が囮になります」


彼女はギュと剣を握り直し奴と対峙する。


ユウはそんな彼女に呆気にとられていた。


「な、なにをバカなこといってるのよ、死にたいのっ!?」

「いいえ、でもそれが一番良い選択だと思うの。どう頑張っても勝てない、それなら誰かが残って他を逃すしかない」


彼女にそんな役目を任せる訳には行かない。


咄嗟に彼女の肩を掴む。


「それなら俺がっ」

「貴方はっ!

貴方は勇者でしょ」


出かかっていた言葉が寸前のところで止まる。


彼女の言っている事は正しい。

俺は勇者で、これから世界を、人類を救わなきゃいけない。

こんなところで死ぬわけにはいかない。


掴んでいた腕がダラリと落ちる。


俺は勇者で、彼女は冒険者。

背負っているものの重さが違うから、彼女の提案は適材適所だから・・・


「嫌だ」


突き動かされるように腕は剣を掴み、勢いよく振り抜く。


剣聖の型(けんせいのかた)山飛弧(やまびこ)


生み出された斬撃は剣を離れ弧を描き、ただひたすら真っ直ぐ龍へと向かっていく。


ユウは目の前には、制服を着た中学生ぐらいの少年がいた。

彼の名は勅使河原 優(ちょくしがはら ゆう)、勇者になる前のユウだ。


彼は言う、それが最善の策だと。


冷たい目で、まるで全てを諦めた濁った目でこちらに訴えかける。


それが正しいのだと。


それがユウには嫌だった。


俺が夢見た勇者はそんな奴じゃない、俺が助けを求めた勇者はそんな奴じゃない!

非効率でも、正しくなくても、大勢の大人より泣いている少女を助けるようなやつになりたかったんだ!


だから俺は逃げない。


龍はニヤリと笑い動かない。


「とどけえぇぇぇぇええっ!!」


彼女には生きて欲しいから。


金属と金属がぶつかり合うような音が鳴り響き、龍が微かに身をよじる。


無傷・・・いや、小さく、だが確かにそこには一枚の鱗が割れていた。


「なにっ・・・」


糸口は、確かに見つけた。

急な立ち眩みと吐き気に襲われるグロッキーな状態だが、もうこれはこれで良い気がしてきた。

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