八百屋兼・・・。
人生を振り返るとつくづく自身が嫌になってくる。
だから相対的に未来はハッピーなのではと淡い希望を抱いてみる、ウキウキ。
「それにしても、貴方が他人の情報を取得していないとは、いささか驚きですねぇ」
バトラーは何気なく八百屋の男へ質問を投げかける。
すると男はこれまた豪快に笑い、ガリガリと頭を掻く。
「言われてみりゃあそうだ。八百屋兼情報屋の俺が、情報を手に入れてねぇなんてな、ガハハハっ」
まるで熊のようにゴツい見た目に騙されそうだが、目の前の男は数年前まで王都の裏に関わる者なら誰もがその名を耳にした事のある伝説の情報屋だった。
顔も素性も経歴すら全くもって分からず、だが交渉の席にさえつければ誰の、どんな情報だろうと悠々と見つけ出す伝説の男は誰よりも秘密に飢え誰よりも情報に飢えていたが、最後にはその探究心を失い、この村に放浪してきた。
「ですがまぁ、片手間程度には情報収集してるぜ?」
男の目がギラリと光る。
やはりまだ衰えた訳ではないようだ。
「この索装の月影と呼ばれた俺の、唯一の生き甲斐だからな。それで、今日は何をお求めで?」
「ではこのくらいで貰える情報を一つ」
バトラーはジャラリと音のする袋を男へ渡す。
さて、索装と呼ばれた由縁、見せてもらいましょうか。
「へっ、まいど。このくれぇならそうだな・・・ごほん、美人で有名なミルエルハ令嬢の今日のパンツは黒のレースだっ!」
「ほうほう」
なかなかの情報だ。
あのミルエルハ令嬢と言えば、新芽の芽吹きを感じさせる透き通る黄緑の髪を持つ貴族きっての癒しキャラだった筈だ。
まさかそんな彼女が黒のレースとは。
まさに索装の異名で名高い情報屋だ。
まるで月夜に照らされ映し出された影のようにつきまとい、大物美女吟遊詩人から一国の王女まで、さまざまな女性の下着を評価するこの男の情報に、バトラーは感嘆の息を漏らす。
そんな二人へ、店の奥から呆れたような声がかかる。
「まーた大嘘かましてんのかよ親父」
「これは、お久しぶりに御座います」
現れたのは眼を見張るほどの大きな双丘・・・もとい薄い茶色の髪を後ろでまとめた女性。
八百屋の看板娘にして実は男が下着と一緒に攫ってきたのではないかと噂される一人娘だった。
まさか3年見ないうちにここまで成長なさるとは、侮れませんなぁ。
じっくり見すぎたせいか、ギラリと八百屋に睨まれる。
「おい。うちの娘に手ェ出したらタダじゃおかねぇぞ」
「いえいえそんなことはいたしませんよ。それで彼女の情報は幾らで?」
「馬鹿、実の娘だぞっ」
呆れたような目でこちらを見てくるが、それはこちらだと言いたい。
「では無いんですか?」
「あるに決まってんだろ、馬鹿か!」
「馬鹿はあんただ!なんの会話が知らないけど、仕事しろ仕事」
娘にガツンと殴られ、心なしか小さくなった体で裏へ引っ込む男。
まぁ熊が店先で構えているより、発育の良い彼女が佇んでいた方が店の為になるでしょう。
男と別れ、買った情報に頷きながら歩いていると、いつのまにか屋敷の前に着いている。
「ただいま戻りまし、た?」
屋敷へ戻って来たバトラーは、いち早く異変に気付いた。
おかしい、お屋敷内の気配が足りない。
半ば勘当状態にあったお嬢様に、守銭奴な御当主様がメイドや執事をつけて下さる筈もなく、この屋敷にはお嬢様と無理矢理付いて来た自分以外の人はおらず、今はご帰宅なされたお嬢様とお客様合わせ四つの気配があるはずなのだが、ここには一つしか感じない。
「あっ、バトラーさん。お帰りなさいです」
そんなバトラーへ声をかけたのは、一人残っていたシンシャだった。
「これはこれはシンシャ様、お出迎え大変感謝いたします。付かぬ事をお聞き致しますが、お嬢様方はどちらへ?」
まさに聖女と呼ぶべき微笑みを振りまきながら彼女はバトラーにゆっくりと近づく。
「彼らなら魔獣の討伐に向かいましたわ。確か・・・東の山に行くと」
ピシリとバトラーの表情が固まる。
「・・・今、なんと?」
「?、東の山に行く、と」
バトラーはクルリと後ろを向いて通ったばかりの玄関を引き返し、シンシャへポツリと呟く。
「30分程で帰ります」
閉められた扉の先からシンシャが聞いたのは、まるで空気を切り裂くような爆発音だった。
バトラーに隠された力が、ついに明かされるのか!?
そして東の山には一体何が!