勇者登場
突然のご帰宅に困惑しながらも喜ぶバトラー。
だがそれが厄介ごとの始まりであった。
「バトラー!」
お手本のようなお辞儀をするバトラーに、お嬢様は笑顔で抱きつく。
もちろんバトラーが避けることはない。
おやおや三年の冒険者としての生活でご成長なさられたと思っ・・・。
主人の勢いを正確に殺し、なおかつ優雅に振る舞う事を心掛けていたバトラーに、二つの柔らかい何かが触れる。
「ん、どうかしたの?」
「・・・いえいえ、お嬢様の成長に感涙していただけにございます」
「あの、ちょっといいですかっ」
主人との再会の途中に声が掛る。
帯剣している事から冒険者仲間かとも思えるが、それにしては装備が綺麗過ぎる、それに端々から見えるこの精錬された美しい装飾はデザインから見るに王家御用達の鍛治師の物にそっくりだ。
訝しいところはその他にもたくさんあるのだが、バトラーはそんな事は気付かなかったというようにうやうやしく頭を下げる。
「これはこれは、申し訳ありません。なにぶん主人のいない館に篭っていたため対応が遅れてしまいました。ささ、こちらへ」
お嬢様が初めて連れてこられた客人は先の黒髪黒目の少年、魔法使いなのだろう赤いローブにこれまた赤い髪の少女、純白の修道着に身を包んだ銀髪の少女の三人だ。
四人ともあまり年齢に差があるようには見えないが、仲が良いわけでもなさそうだ。
これは冒険者仲間という線は無いな。
距離が遠過ぎる、出会って数日といったところか。
とりあえず客間に通し全員分の紅茶を注ぎ、お嬢様の後ろに着く。
「ありがとうバトラー、でも今日は貴方に話があって来たの、座って頂戴」
少し口角の釣り上がっているお嬢様の顔に疑問を覚えたが、御命令通りにする。
「それで、お話とは」
「その前にまず、自己紹介だ」
お嬢様よりも先に少年は語りだす。
「俺の名はユウ・チョクシガハラ、今代の勇者だ。赤い方が魔法使いのミーナで、こっちが聖女のシンシャ」
「賢者の、エミリーナよ」
「聖女のシンシャ・カイルバーンです」
やはり彼は冒険者ではなく、そして予想よりもさらに厄介な相手だった。
「・・・お嬢様専属付き人、バトラーに御座います」
神の加護を持つと言われる『勇者』に王国一の魔法使いを表す『賢者』の称号を持った少女。
それに癒しの御手と名高い『聖女』までくればもうそれがなんの集まりなのか分かってしまった。
「俺達四人は、これから魔王を討伐の旅に出る」
誇らしげに勇者は語る。
ここに彼らがいるということ、ある意味それは当然だった。
ここ五十年現れなかった冒険者の最高位『S級』の称号を持ち英雄の再来とされるお方が、ここにいるのだから。
「だがこの旅は過酷な旅だ、生きて帰れる保証は出来ない。たからこそ彼女はここへ帰ってきた、余り時間を割ける訳ではないんだが、その事を心に留めて彼女と接して欲しい」
言葉ではそう言っているが、勇者の顔は自分達が負ける可能性など微塵も考えてはいないと豪語している。
「バトラー。私の夢が叶ったのよ、一族の夢が」
「それは違います」
思わず立ち上がってしまう。
たがそれだけは許されない事だった。
大きく息を吸って心を落ち着かせる。
「お嬢様、ひとまずS級冒険者に成られたことおめでとうございます。お嬢様の努力が報われたことには公爵様もお喜びになられることでしょう」
うんうんと頷くお嬢様。
「ですが!それだけはこのバトラー断固として認めることは出来ません」
「えっ!?」
バトラーの発言に目を見開く四人。
「お嬢様の身に危険が及ぶ旅に、一体何処の執事が了承しますでしょうか」
「でっ、でも私が行かないと世界が・・・」
「世界如きの為にお嬢様が身を投げ出すなど言語道断です、そんなものは厠にでも流せばいいでしょう。こればかりは譲ることは出来ません。それでは皆様、夕食の食材が足りないので調達して来ます、ごゆっくりとおくつろぎください」
そう言うとバトラーは優雅に、だが確実に怒りながら出て行った。
「ばっ、バトラーが怒った・・・」
バトラーはお嬢様が大事なのです。