バトラーとお嬢様
バトラーは今日もお嬢様の帰りを待っている。
心地よい日差しが窓から差し込み、取り替えたばかりの真っ白なテーブルクロスの上に置かれた花瓶は添えられた花とともに淡く輝き出す。
外から小鳥達のさえずりが聴こえ、そのなんとも言えない子守唄に思わず頭が落ちそうになる。
散漫になり始めた意識の中、男は思い出の海にゆっくりと飲まれて行く。
いつだったか、こんな日が前にもあったような気がする。
あれは確か・・・。
「昨日さ、告白されたんだ」
「ふーん・・・はっ!?」
夕日の差す教室には、二人の他には誰もいない。
少年はさっきまでの彼はどこにいったのかと言えるほどに食い入るように少女を見つめる。
心なしか少年の手は震えていた。
「そいつが意外とイケメンでさ、なかなかタイプだったんだよ」
「・・・」
少年から生気がどんどん抜けていく。
それに気づかないのか少女は淡々と言葉を紡いで行く。
「だからさ、興味本位で聞いてみたんだ。もし世界と私どっちかしか救えないのなら、貴方はどちらを取るのって」
少女はクスクスと笑う。
「そしたらさ、一切の躊躇も戸惑いも無く彼はこう言ったんだ、もちろん君を選ぶよって、バカバカしくて笑っちゃったよ」
そんな彼女の笑顔に、胸の奥がモヤモヤする。
きゅうっと締め付けられるようなその感覚に、僕は未だ答えを見つけられない。
ともあれ彼女に近づいた男は見事撃沈したようなので、思わず握り込んでしまった拳をそっと開く。
そんな僕を見てまた彼女は笑うのだ。
「・・・悪女」
ボソッと呟いてみるが、それを聞き流す彼女でもない。
「フフッ、じゃあ生まれ変わったら今度は聖女になろうかな」
「それは無理」
「じゃあ天使だ」
こんな天使がいてたまるか。
もちろんそんな事を言える訳も無いのだが。
「じゃあ僕は、勇者にでもなろうかな。邪悪な天使から人々を守るんだ」
「君にはそんなの似合わないよ。せいぜいバトラーがいいところかな」
「むう・・・」
窓の外では野球部がグラウンドをグルグルと回っている。
彼女のグレードが上がるのに対して僕のは下がるようだ。
僕だってその気になれば世界の一つやふた「ひゃっ!?」
急に手のひらに暖かい何かが覆い被さってくる。
自身の喉から出たハスキーボイスに顔を赤くしながら感触のある手に視線を向けると、そこには僕の右手よりも少し小さい手が指を絡ませていた。
「ななっ何をしてりゅんだっ」
もう僕の脳はパンク状態だ。
「ねぇ、もしこうやって全ての人間が手を取り会えたら、世界は幸せになれるかな」
それは彼女の口癖だった。
僕はなけなしの意地を振り絞って、手に伝わる暖かな感触などなんでもないというように振舞いながら、いつものように彼女へ告げる。
「そんな事になったら、僕が真っ先に君と手を繋ぐよ」
「フフフ、君がいてくれるなら、私は君に身体を捧げてもいいかな」
彼女は笑っていた。
「バトラーッ!!」
懐かしい少女の声と馬車の音にハッと目を覚ます。
どうやらポカポカとした陽気にやられていたようだ。
サッと服装を整えると、長いこと連れ添った屋敷の空気を吸いながら深呼吸をする。
そして気を見計らって質素ながら趣のある扉を開けて一礼。
そこに待ち受けるは輝く黄金のような長い髪を風になびかせ、宝石パライバトルマリンの如く透き通ったネオンブルーの双眼でこちらに微笑む美しき令嬢、ハイルリード公爵家長女にして唯一のS級冒険者『ハイルリード・エリカミーナ』様もといお嬢様が佇んでいた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、バトラー」
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