080 この復讐は俺のものなんだ。お前や他の誰のものでもない、俺だけのもの……
「分った、この場は貴様に任せ、我等は本来の任務である、王族の方々の護衛に回る事にしよう」
圧倒的な実力と威圧感に屈し、黄虎は迅雷の要求を飲む。
黄虎の判断に従い、黄武十二聖達は迅雷への攻撃の構えを解く。
「それで良い! 死んで哀しむ者がいるなら、命は粗末にするもんじゃねぇ」
そう言い放つと、迅雷は海燕と黄虎の喉元から、鳳刀と凰刀を引き戻し、合わせて一本の鳳凰刀にする。
海燕と黄虎は安堵の表情を浮かべつつ、各々の仙闘機を拾い上げ、鞘に収める。
「そこにいる小娘二人を連れて、さっさと闘源郷から逃げろ!」
「嫌だ! 俺は逃げません!」
天翔は眉を吊り上げ、納得が行かないとばかりに、迅雷に抗議する。
「チビガキ……じゃなくて東少侠、貴方と共に戦わせて貰う!」
「寝言は夜、寝ながら言え! 黄武十二聖連中より格下のお前なんかが、素華師姐と戦ったら、秒殺どころか瞬殺されるだけだろうが!」
「命の恩人であり、私淑し続けてきた貴方の命令でも、それだけは従う事が出来ない!」
「何故?」
「素華は私の祖父……雷天王だけでなく、多くの一族の命を奪った、仇だからです!」
熱意を込めて、天翔は迅雷に訴え続ける。
「仇を目の前にして、背を向けて逃げるような真似は出来ません! 貴方にとって素華が仇であるように、俺にとっても素華は仇! 俺にも復讐する権利は……道理は有んです!」
「ねえよ、そんな権利も道理も……お前には」
「何故です?」
「お前が女だからだ」
迅雷は即答する。
「女は命を賭けてまで、復讐なんざ……するもんじゃねえのさ」
迅雷の返答を聞いて、天翔は憤慨する。
「ふざけないで下さい! 仇討ちに……復讐に男も女も無い!」
「復讐なんてのはな、過去に囚われた馬鹿者のやる事なんだ。神話の時代から、馬鹿な事に命かけるのは、女じゃなくて男だって、相場が決まってるんだよ」
中断していた機功套路を再開しつつ。迅雷は自嘲気味の口調で続ける。
「利口な奴は、辛い過去なんざ忘れて、明るい未来の為に、今を生きていけるものなんだ。そういう生き方が出来ない馬鹿な奴が……過去に囚われて、未来の為に今を生きられず、自分の未来まで潰しちまうものなのさ」
迅雷の目線が、迅雷よりも余裕を持って機功套路を舞っている、素華に注がれる。
「俺には昔、大切な女がいたんだ。その女が馬鹿な奴でね……」
動きの合間に、素華に目線をやりながら、迅雷は機功套路を続ける。
「どんな未来でも手に入れられる程の才に恵まれ、誰もが慕い……憧れていた女だった」
語りながらでも、迅雷の動きは優美であり、天翔は目を奪われる。
「それなのに、辛い過去に囚われ過ぎていたせいで、復讐者になんかなっちまって、得ていた筈の……得られた筈の素晴らしいものを、全て自分で捨て去っちまったんだ」
昔を懐かしむように、目を細める迅雷の表情は、何処か寂しげである。
「囚われた過去に押し潰されて、つかめた筈の幸せを投げ捨てるような、馬鹿な女見るのはさ……あの女で最後にしたいのよ、俺としては」
迅雷の語る大切な女というのが、他でも無い素華である事は、天翔にも分る。
「まぁ、あの馬鹿な女と……俺も同類なんだがね」
機功套路を舞いながら、迅雷は天翔の方を向き、微笑みかける。
「俺も辛い過去に囚われ……押し潰され、たかが復讐の為に、全てを投げ捨てる馬鹿男だった訳だからさ……」
哀しげに微笑む迅雷を見て、天翔は胸が締め付けられるような気分になる。
「女は過去になんか囚われず、利口に幸せな未来を掴めば良い。間違って、不幸な生き方を選んじまった馬鹿女の相手なんざ、俺みたいな馬鹿男に任せときゃ良いんだよ」
語り続ける迅雷の目を、何か言いたげな目で、天翔は見詰めている。
しかし、感情を言葉に変えられず、天翔は黙ったまま、迅雷の目を見詰め続ける事しか出来ない。
「この復讐は俺のものなんだ。お前や他の誰のものでもない、俺だけのもの……」
迅雷が謳うように呟いた直後、背後……素華がいる方向で、大量の硝子が砕け散ったかのような、甲高い音が響き渡る。
機功套路を舞いながら、迅雷は素華の方を振り返り……嘯を使って叫ぶ。
「そうだろう、素華師姐?」
問いかける迅雷の目線の先では、稲妻の半球……雷閃絶陣が、金色に輝く光の半球に、内側から突き破られていた。
仙闘機が機動大仙となる際に作り出す、巨大な光の半球が、雷閃絶陣を内側から突き破ったのだ。
素華は既に、機功套路を舞い終えていたのである。
光の半球は、程なく機動大仙形態に、変化し終える。
黄色と黒の縞模様の甲冑に身を包んだ、どことなく虎を思わせる、全身に謎の文字や文様が書き込まれている機動大仙、呪仙闘機の窮奇が出現したのだ。
主となった素華が男性に変わったので、以前の女性的な外見とは違い、窮奇は男性的な外見となっている。
機動大仙となった窮奇を見上げ、驚きと怯えが入り混じった表情を、天翔は浮かべる。
そんな天翔の懐に、迅雷は一瞬で移動すると、剣指にした右手だけで、素早く七星封縛を放ち、天翔の動きを封じる。
「これで少しの間は動けない。天華、天翔を連れて逃げてくれ」
青霞は頷きながら、動けなくなった天翔を抱き抱える。
「そういえば、お前の本当の名……まだ聞いてなかったな」
「私の本当の名は、雷青霞。御武運を、東少侠!」
迅雷に頭を下げてから、青霞は軽功を発動させ、北側の観戦席に向かって走り去って行く。
五人の黄武十二聖達も、天翔と青霞を護るかのように、後に続く。
「七星封縛を……解いて下さい、東少侠! 俺は……俺は……」
天翔は必死で気の流れを操作して、七星封縛の解除を始め、何とか喋れる程度にはなったが、まだ身動きは出来ない。
青霞に運ばれながら、遠ざかって行く天翔が、必死で発した声は、悲鳴と怒号に掻き消されつつも、迅雷の耳に届く。
「良い女になって、幸せな未来を生きろ! 貧乳公主!」
嘯を用いているので、騒音と距離という障害があっても、迅雷の叫びは天翔の耳に届く。
天翔には迅雷の叫びが、死に行く者が遺す言葉のように思えた。
天翔と会話を続けながらも、機功套路を手際よく舞い続けていた事もあり、迅雷も素華に少し遅れてではあるが、機功套路を舞い終えた。
迅雷から放たれた虹色の気を吸い込み、凶焔鳳凰は金色の光を放ち始める。
目も眩む程に強烈な光は、迅雷を飲み込みつつ、人の十数倍の高さがある、光の半球となった後、ほんの数秒で機械の巨人……機動大仙へと姿を変える。
迅雷と凶焔鳳凰が融合し、機動大仙となり姿を現したのだ。
骸野の時とは違って、鳳凰刀形態の凶焔鳳凰を、呪布で覆っていなかったので、木乃伊の如き姿では出現してはいない。
既に機動大仙化を終えていた窮奇は、まだ多くの王族達が避難出来ずにいる、北側の王族専用の観戦席の方を向き、身構えている。
方天戟の切っ先は、雷光で輝いている。
そんな窮奇の眼前……闘技場の北側外壁前には、四機の機動大仙が立ちはだかっている。
素華の襲撃を海燕の嘯により知った、王族専用の観戦席にいた黄武十二聖の中の四名が、即座に機功套路を舞い始め、機動大仙と化したのだ。




