076 剣は鳳凰の如し、刀は猛虎の如しというが、相変わらず、お前の刀技は鳳凰のように美しく、猛虎の如く俊敏で激しい
「だが、違う事もある。武術家としては、お前の受けた呪いの方が、遥かに不利な筈だ」
素華は迅雷の全身を観察しながら、迅雷が不利である理由を語り始める。
「身体が子供になれば、長年の修行で身につけた技の多くは、失われるだろうし、小さくなった身体では、外功や擒拿術による戦いにおいて、圧倒的に不利となる」
「確かに一度、俺は殆どの技を失いはしたが、死ぬ気で修行して取り戻したぜ。神域軽功を使ったの見れば、分るだろ?」
(神域軽功を使ったって……さっきの光は、神域軽功の光だったのか!)
天翔は自分の命が救われた時、迅雷が放っていた光の正体に、今になって気付く。
先程から、神域軽功という言葉は、迅雷と素華の会話に、出て来ていたのだが、驚き過ぎたせいで、今まで気付き損ねていたのである。
そして、神域軽功を使った以上、無名や疾風と名乗っていた子供が、呪仙闘機から受けた呪いによって、子供に戻ってしまった迅雷だという現実を、ようやく天翔は受け入れる。
「たった一年で、失った技の殆どを、取り戻したか……。お前ほどの才がある者が、死ぬ気で功夫を積み重ねれば、可能なのかもしれないな」
迅雷が使える技の中では、神域軽功は最も難易度が高いといえる。
その神域軽功を使えるなら、失った技を取り戻したという迅雷の言葉は、はったりでは無いのかもしれないと、素華は思う。
「しかし、幾ら負荷が桁外れの神域軽功とはいえ、以前のお前なら、一度使った程度では、そこまで苦しげな顔には、ならなかった筈だ」
素華の言葉を聞いて、迅雷の表情に焦りの色が浮かぶ。
「幾ら鍛えたとはいえ、子供の身体の耐久力は低い筈。以前の身体のように、お前が操る高度な技の負荷に、子供の身体が耐え切れるとは思えない」
素華は迅雷の状態を、冷静に分析する。
「神域軽功を一度使っただけで、身体が軋み、全身の経絡が悲鳴を上げている……違うか?」
参ったな……といった感じの表情を、迅雷は浮かべる。
素華の指摘は、図星だったのだ。
迅雷は努めて、苦痛を顔に出さないようにしていたのだが、素華には見抜かれてしまった。
「私ですら辿り着けなかった、神域の高みに到達し、神域軽功を身につけたからこそ、お前は私と同格の相手となった」
素華は足を弓歩の形で開き、方天戟の先端を迅雷に向けたまま、両手で頭上に持ち上げる。
素華の構えは、武器こそ違えど、青霞がとっていた架槍と同じである。
「神域軽功を以前のようには使えない上、名の有る呪仙闘機とはいえ、お前の凶焔鳳凰は、窮奇には劣る! 今のお前は私にとって、既に同格の相手に非ず!」
「神域軽功を以前のようには使えないだって? 勝手に決めるなよ!」
迅雷の身体が、再び強力な光を放ち始める。
神域軽功の発動に伴う激痛に苛まれ、迅雷の表情が僅かに険しくなる。
苦痛を表に出さぬように、迅雷は努めているのだが、それでも隠し切れはしないのだ。
「随分と、苦しそうな顔……してるじゃないか?」
問いかける素華が手にしている、方天戟の切っ先から、気の稲妻が消える。
迅雷の速度に対応する為に、素華は雷撃功を解除して、軽功に切り替えたのである。
「この程度の苦痛など、家族同然であった、同門の者達を失った苦しみに比べれば、生易し過ぎるってんだよ! 苦痛に耐えれば神域軽功は、以前同様に使えるんだっ!」
そう叫びながら、迅雷は素華に向かって突撃する。
一瞬で迅雷は素華を通り過ぎ、五十メートル程離れた辺りで急停止する。
直後、素華の左膝と左の二の腕から、鮮血が噴出し始める。
迅雷が素華を通り過ぎた刹那、鳳刀と凰刀で斬り裂いたのだ。
「鳳凰翼撃九連斬……。二発、躱し損ねたか」
気を操作して出血を止めながら、素華は迅雷の方を振り向き、不敵な笑みを浮かべる。
鳳凰翼撃九連斬とは、本来は両手に剣を持って放つ、封神門の剣技である。
一呼吸で九発の斬撃を敵に見舞う、鳳凰翼撃九連斬が、鳳凰の名を技に冠しているのは、剣を手にした両手を、鳳凰の翼に見立てているからだ。
本来は剣技である鳳凰翼撃九連斬を、迅雷は双刀の一種である鳳凰刀で、刀技として使用する。
「剣は鳳凰の如し、刀は猛虎の如しというが、相変わらず、お前の刀技は鳳凰のように美しく、猛虎の如く俊敏で激しい」
剣は鳳凰の如しとは、剣は鳳凰のように、美しく扱うべきだという意味であり、刀は猛虎の如しとは、刀は猛虎のように、俊敏で激しく扱うべきだという意味である。
武林において、昔から語られている、武器に関する諺なのだ。
鳳凰翼撃九連斬は、鳳凰が舞っているかのような動きを見せる、演舞にも使われる優美な技なのだが、迅雷は他の武術家と違い、軽功や神域軽功の発動時にも使用出来る。
それゆえ、鳳凰の如き美しさと、猛虎の如き俊敏さを併せ持つと、迅雷の鳳凰翼撃九連斬は評価されていた。
鳳凰翼撃九連斬を身に受け、その事を素華は思い出したのである。
もっとも、身に受けたとは言っても、九発の攻撃の内七発は、完全にかわしたので、麗虎が傷を負ったのは、左膝と左の二の腕だけである。
二発は躱し損ねてしまったが、素華は鳳凰翼撃九連斬の全ての動きを、見切っていた。
(九発の斬撃の内、二発しか食らわないなんて……。俺には三発しか、見えなかったのに……)
天翔は驚嘆する。
迅雷の鳳凰翼撃九連斬の、速さと技の切れだけでなく、その凰翼撃九連斬を、殆ど見切ってしのいだ、素華の技量の高さに。




