075 戦えば……刃を交えれば、俺には分る
強烈な金色の雷光を放つ、方天戟の穂先と月牙が、天翔に迫る。
闘技場の東側の外壁前で、麗虎が身体を左回りに旋回させつつ、方天戟で斬りかかっている。
方天戟の先端は、三日月のような雷光の弧を描いている。
虎爪雷旋月牙によって、麗虎は天翔に止めをさそうとしているのだ。
ダメージから回復すべく、気の流れを整えていた天翔なのだが、麗虎が必殺の間合いで放った、虎爪雷旋月牙をかわせる程には、回復していない。
(殺られるっ!)
自力では避けられぬ死を目前にして、天翔は絶望する。
方天戟の先端から放たれた雷光が、天剣の視界を明るく照らしている。
この光に飲み込まれて、自分の命は終わるのだろうと、天翔は思う。
その直後、雷光を遥かに上回る、強烈な白い光が眼前に現れ、天翔の視界を、真っ白に塗りつぶしてしまう。
(ーー何だ?)
自分の身に何が起こったのか、天翔は理解出来ない。
ただ、強烈な光を放つ何かが、自分の眼前に現れて、方天戟の放つ雷光を飲み込んでしまった事と、方天戟の切っ先や月牙……そして稲妻などが、自分に襲い掛かって来ない事だけは、天翔にも理解出来た。
目の辺りを流れる気を操作すれば、普通の人では眩しくて見えない、強い光を放つ存在でも、武術家は見る事が出来る。
無論、眩さを感じない訳では無いのだが、ちゃんと視認出来るのだ。
眩しさに耐えながら、天翔は目の辺りを流れる気を調節し、自分の眼前で何が起こっているのかを、見極めようとする。
すぐに天翔の視覚は、眼前の光景を、捉えられるようになる。
それは、驚くべき光景だった。
白い光を放つ少年が、ボロボロの布に包まれた棒状の得物で、麗虎の虎爪雷旋月牙を、受け止めていたのだ。
虎爪雷旋月牙を受け止めた衝撃で、布は千切れ飛び、包まれていた武器の姿が露になっている。
露になった武器に、天翔は見覚えがあった。
鳳凰刀の呪仙闘機……凶焔鳳凰だ。
凶焔鳳凰を手にしている少年といえば、今は天翔にとっては、一人だけである。
「疾風……なのか?」
天翔は、その少年の仮の名を呟く。
天翔はまだ、疾風を名乗る少年の真の名が、迅雷である事を知らない。
虎爪雷旋月牙を防がれた麗虎は、即座に方天戟を横向きに半回転させ、穂先を背後に回す。
そして、稲妻を纏わせた柄の下部……下把で、目の前に現れた迅雷を、打ち据えようとする。
雷閃横撃把を、麗虎は放ったのだ。
しかし、迅雷は焦りもせずに、鳳凰刀を鳳刀と凰刀に一瞬で分け、左手に持った凰刀で、方天戟の下杷を受け止めると、右手に持った鳳刀で、麗虎を狙って突きを放つ。
迅雷の一連の動きは素早すぎて、天翔には大雑把にしか見切れない。
しかし、天翔には見切れない迅雷の刺撃を、麗虎は見切り、後方に素早く飛び退いた。
鳳刀の切っ先は、麗虎の身体を捉える事は出来ず、空しく空を切る。
麗虎と十メートル程の間合いをとり、迅雷は天翔を庇うかのように、麗虎と対峙する。
迅雷の身体から放たれていた、強烈な光が収まる。迅雷は神域軽功を、一時的に解除したのだ。
「戦えば……刃を交えれば、俺には分る」
負荷の大きい神域軽功を使った為、全身の経絡が悲鳴を上げ、迅雷は苦痛に苛まれている。
迅雷は苦痛を堪えて表情に出さず、何処か嬉しげな表情で続ける。
「素華師姐……例え貴女が、どんな姿をしていようが……」
迅雷の言葉に驚いたのは、天翔である。
「素華師姐って……麗虎が素華なのか?」
天翔の問いに、迅雷は頷く。
「たぶん……呪仙闘機窮奇の呪いを受け、身体の性別が変わったんだろう」
「私にも分るよ、戦えば……刃を交えれば」
呪仙闘機窮奇の呪いで、身体を男性に変えられた後、劉麗虎と名乗り続けて来た素華は、軽く首を横に振ってから、言葉を続ける。
「いや、華界で只一人、神域という高みに到達した軽功……神域軽功を使う者を見れば、私でなくとも分るだろうさ」
素華は、言い足す。
「その者が彗星少侠、東迅雷だという事を」
素華の話を聞いた天翔は、口をぽかんと開けて、呆然とした顔をする。
麗虎が素華である事を知った瞬間よりも、自分がチビガキ扱いし続けて来た、無名や疾風と名乗っていた少年が、迅雷だと知った驚きの方が、遥かに大きかったのだ。
「こいつが、東少侠? そんな……」
「騙して悪かったな、天翔。でも、お前も王族……天翔公主だって事を隠して、俺を騙してたんだから、お互い様だ」
迅雷は天翔の方を振り返り、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「呪仙闘機凶焔鳳凰より、お前が受けたのは、子供の身体になるという、呪いだった訳か」
「その通りさ」
素華の言葉を、迅雷は肯定する。
「いきなり十二歳の子供に……天翔風に言えば、チビガキに戻っちまってね、そのまま背も伸びず、歳も取らないんだ。まさに不死鳥……鳳凰の呪いだな」
「私の復讐を阻止しつつ、自身の復讐を果たす為、お前が清明武林祭に紛れ込んで来るだろう事は、予想していたし、一昨日の夜の神域軽功発動を見た時点で、黄都にいる事にも気付いていたが……」
自嘲気味の口調で、素華は続ける。
「まさか、同じ特別観戦席に座っていた……清明武林祭の間、顔を合わせ続けていた子供が、お前だったとは……気付かなかったよ」
素華は短く、付け加える。
「間抜けだな、私は」
「間抜けなのは、俺も同じさ。俺も……気付かなかったのだから」
迅雷も、自嘲気味の口調だ。
「呪仙闘機の呪いで、以前とは違う姿に変えられ、名と身分を偽り、封神門の技と……顔の一部を隠し、復讐の為に清明武林祭に潜り込む……。やる事為す事似ているな、俺と貴女は」
顔を見合わせ、迅雷と素華は苦笑する。




