072 既に血に塗れた手とはいえ、出来れば罪無き者の命は、奪いたく無いものでね
蒼穹の下、闘源郷の闘技場中央で、二十メートル程の間合いをあけ、天剣と麗虎は対峙する。
二人に向けて、観客席から声援の雨が降り注ぐ。
「方天戟か……先程までは手にしていなかった筈だが、運営委員会から借りたのか?」
方天戟を手にした麗虎に、天剣は尋ねる。
「決勝ですから、派手に盛り上げようと思いましてね、こいつを使う事にしただけです」
淡々とした口調で返答する麗虎の髪を、闘技場を吹き抜ける風が揺らす。
「今度は私が質問させて貰いますが、貴女は雷家第二公主、雷天翔様ですね?」
麗虎に問われた天剣は、しれっとした表情で答えを返す。
「雷天翔様なら、あそこにいる」
北側にある、王族専用の観戦席を指差しつつ、天剣は麗虎の問いに答える。
「あそこにいるのは、偽者でしょう、天翔様が大会に出ている事を、隠蔽する為の」
「馬鹿らしい。王族……ましてや公主が清明武林祭に、出場する訳が無いだろ。常識的に考えて」
「その通り。幾ら武術好きで知られる天翔公主とはいえ、王族が清明武林祭に出るというのは、流石に非常識極まりない事です」
麗虎は涼しい顔で、自分の考えを述べる。
「それ故に、雷聖門の武術家……宗天剣という偽の名と身分を使い、参加したんでしょうね」
「だから、違うと言ってるじゃないか! 何を根拠に、そんな出鱈目を?」
「貴女が天翔様に似ている事には、気付いていたのですが、まさか王族が清明武林祭に出ているなどとは思わないので、他人の空似だとばかり思っていました」
天華が座っている、観戦席の方を指差し、麗虎は続ける。
「貴女と親しい宗天華と名乗っている方が、私と戦った時、雷珠を落としたのを目にするまではね……」
「雷珠? ああ、緑點鎮の土産物屋で買った雷珠風の首飾りを、天華は貴方との試合中に、落としたとかいう話をしていたね」
「気を通して、輝く雷珠の偽物なんて、華界中探しても存在しません」
(青霞の馬鹿! 雷珠に気を流した現場を、見られてたのか!)
天剣は麗虎から目線を逸らしつつ、天華という偽名を名乗り続けている、従姉で親友でもある雷青霞を、心の中で叱責する。
麗虎に雷珠を見られた事や、天剣の正体が天翔である事に、麗虎が気付いたかも知れない事などを、天剣は青霞から聞いていた。
だが、雷珠に気を通して、輝かせる場面まで見られた事は、天剣は聞かされていなかったのだ。
「今の表情を見れば、分ります。貴女は嘘が、下手なようですね」
(何を言い返そうが、もう俺が天翔だと確信しているようだから、言うだけ無駄か……)
麗虎の確信が、既に揺るぎそうに無い事を、天剣は悟る。
「確かに、俺は嘘が上手い方じゃないようだな」
天剣は嘆息し、続ける。
「ーーで、俺が宗天剣では無く雷天翔だとすると、決勝戦に何か問題でもあるのか?」
「いいえ、問題などありません。これで、安心して本気を出せるというものです」
麗虎は身体の左側を天剣に向け、両手で方天戟を持ち、穂先を天剣に向ける。
槍で言えば抱槍という形で、身構えたのだ。
「貴女が天翔様で無いのなら、わざわざ本気を出して戦い、殺す必要がありませんから」
「俺を、殺す?」
「既に血に塗れた手とはいえ、出来れば罪無き者の命は、奪いたく無いものでね」
麗虎の言葉に衝撃を受けて混乱しながらも、天剣……という偽名を使い続けている、雷家の第二公主……雷天翔は、身体の左側を麗虎に向け、右手で鳳凰刀の柄を握りつつ、左手を鳳凰刀の刀身に添える。
この切っ先を麗虎に向けた構えは、抱刀と呼ばれている。
「貴様は一体、何者だ?」
天翔の問いに答えが返って来る前に、初老の審判が嘯を使った大声で、試合の開始を闘源郷中に告げる。
審判の声を合図に、十発程の花火が轟音と共に打ち上げられ、雲一つ無い蒼穹に、煙の雲を残す。
両者は同時に内功を発動し、身体を光らせ始める。
麗虎に殺すと宣言された事により、天翔は自覚こそ無いものの、少し怯えてしまい、考え方が守勢に回った結果、硬功を発動して防御を固める。
逆に、最初から殺すつもりで戦う麗虎の方は、得意とする攻撃用内功……雷撃功を発動し、方天戟の穂先や月牙に、気で作られた稲妻を纏わせている。
その稲妻の量は圧倒的であり、麗虎が桁外れの雷撃功の使い手である事を示していた。
白い功夫服に身を包んだ武術家が、凄まじい気の稲妻を、方天戟に纏わせている姿を目にした天翔の頭に、一人の武術家の姿が浮かんでくる。
方天戟と雷撃功を得意とする、白い功夫服に身を包んだ武術家……雷家殲滅を目論む、素華の姿が。
(いや、しかし素華は女で、こいつは男じゃないか! こいつが素華の筈は……)
思い悩む天翔の懐に、麗虎は飛び込み、方天戟の穂先で天翔を突く。
方天戟による鋭い突きが、天翔の腹部を直撃しそうになる。
硬功を発動して、防御能力を上げている天翔とはいえ、桁外れに強力な稲妻を纏った、方天戟による攻撃を食らえば、無事では済まない。
天翔は咄嗟に、鳳凰刀の刀身を腹部に当て、方天戟の穂先を防ごうとする。
方天戟の穂先と鳳凰刀の刀身が衝突し、激しい金属音を発する。
天翔は何とか、方天戟による刺撃を防いだが、方天戟が纏う稲妻までは、防ぎ切る事が出来ない。
方天戟から火花のように飛び散った稲妻を、天翔は身体中に浴びてしまい、苦痛に呻く。




