069 復讐者が決闘を挑む場合くらいだよ、正式な試合で白い功夫服を着るのは
「彩雲が来たぞ!」
闘源郷の武術家専用の出入り口前で、彩雲を待っていた迅雷の目が、高速で荒野を駆けて来る、白い功夫服を着た人影を捉える。
軽功を発動した何者かが、普通の人間には出し得ない速さで、闘源郷に近付いて来ているのだ。
迅雷の言葉を聞いて、入り口付近に緊張が走る。
彩雲を待ち構えていた一同は身構え、彩雲の到着を待つ。
しかし、一同の前に姿を現したのは、彩雲では無かった。
「劉麗虎……か」
驚いたように、迅雷は呟く。
迅雷達の前に現れたのは、白い功夫服に身を包んだ、麗虎だったのだ。
目的地に着いた麗虎は軽功を解除し、出入り口に向かって歩き始める。
「彩雲じゃなかったな。お前の目は節穴か?」
天剣は迅雷の耳元に口を寄せ、迅雷が見間違えた事を咎める。
「この状況で、白い功夫服着てる奴が、軽功使って走ってくれば、誰だって彩雲だって思うだろうが!」
迅雷は天剣に囁きながら、気まずそうに弁解する。
姿を現したのが、彩雲ではなかった事から、張り詰めていた空気が弛緩する。
「皆さん、こんな所で、何をなさっているんですか?」
出入り口付近に、迅雷達が集まっている事に、普段とは違う何かを感じ取ったのだろう。
麗虎は迅雷達に問いかける。
「いや、あと一時間程で、決勝前の式典が始まるというのに、彩雲が姿を見せないんでな、皆で彩雲が来るのを待っていたんだ」
迅雷は涼しい顔で、出任せを口にする。
「それは、困りましたね。このまま彼女が姿を現さなかったら、どうなるんですか?」
「棄権という事になり、準決勝で彩雲に負けた相手が繰り上がり、決勝を争う事になってる。つまり、あんたが天剣と戦う事になるって訳さ」
麗虎の問いに、迅雷は答える。
「成る程……でしたら一応、彼女が来なかった場合に備えて、私は身体を整えておいた方が、いいかもしれませんね」
「そうかもな」
迅雷は麗虎と会話を交しながら、麗虎の功夫服に目線を移す。
「ところで、昨日までは緑の功夫服を着ていたのに、今日は何故……白い功夫服を?」
「ああ、これですか」
彩雲と見間違えられた、最大の理由である白い功夫服の左袖を、麗虎は右手で掴む。
「昨日の試合で、彩雲に功夫服を破かれてしまったんですよ」
「予備の功夫服くらい、持って来てるだろ?」
「予備の功夫服は、練習で使っていたので汚れていて、決勝の場には相応しくないので、昨日……これを買ったんです」
「新しいのを買うなら、他の色にすれば良いじゃないか。白は縁起が悪過ぎるだろ」
「これが安かったものでね。黄都は物価が高いから、懐が寒い私には、好きな色を選ぶ余裕は有りませんよ」
少しおどけたような口調で、麗虎は続ける。
「それに、昨年などは決勝まで勝ち抜いた二人が、どちらも白い功夫服を身に纏っていたと聞きます。別に白い功夫服でも、問題は無いのでは?」
「あの二人は、白い功夫服を門派の正装としていた、封神門の武術家だから、例外だよ。封神門以外の武術家が、正式な試合の際、わざわざ白い功夫服を着る事なんて、普通は無いんだ」
迅雷は、言い添える。
「復讐者が決闘を挑む場合くらいだよ、正式な試合で白い功夫服を着るのは」
「復讐者は白衣に身を包む……みたいな言葉を耳にした事は、私もありますけど」
涼しい顔で、麗虎は付け加える。
「そう言えば、彩雲は常に白い功夫服を着ていましたね。案外、復讐者だったりして……」
麗虎の言葉を聞いて、凍り付いた迅雷達に背を向け、麗虎は闘源郷の中に入って行く。
彩雲では無いので、闘源郷の中に控えている項羽と劉邦や、その部下達も、麗虎を制止しようとはしない。
その後、決勝前の式典が始まる午後一時直前まで、迅雷達は彩雲が来るのを待ち続けたのだが、彩雲は姿を現さなかった。
迅雷達は念の為、項羽と劉邦を出入り口に残した上で、闘源郷の特別観戦席に向かった。決勝戦前の式典を観覧する為に。
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