068 私が逃げ切れない相手など、この世界にいる筈が無い……迅雷を除いては
「機動大仙五十六機……これだけの数を揃え、厳重に警備を固められたら、窮奇を使った所で、王族襲撃は成功しなかっただろうな」
黄都の繁華街にある、三階建ての建物の屋根の上で、白い功夫服姿の素華が呟く。
素華の目線の先には、黄極城前に集まっている、五十六機の機動大仙の姿がある。
繁華街から、素華は闘源郷に向かう王族達の様子を、観察しているのだ。
「今年も闘源郷内で仕掛ける事にしたのは、正解だったようだ。絶界の中である闘源郷の中なら、同時に活動できる機動大仙の数など、多寡が知れているからな……」
幾ら闘源郷が巨大な円形闘技場であっても、闘源郷を包み込む絶界の中で、同時に戦闘行動が可能な機動大仙の数は、多くても五機か六機程度。
つまり、素華が窮奇を機動大仙と化して王族を襲う場合、闘源郷の中ならば、相手にする敵の機動大仙の数は、多くても五機程度でしかなくなる訳である。
素華は王族殲滅を諦めてはおらず、昨年の事件の後、王族を襲撃する機会を、常に狙い続けて来た。
しかし、王族の殆どは素華の襲撃を恐れ、絶界と黄国軍による厳重な警備に護られた、絶対安全圏といえる黄極城の中に、殆ど篭りっきりになっていたので、素華は王族襲撃の機会を得る事が出来なかった。
その結果、素華は昨年と同様に、王族達が絶対安全圏である黄極城を出ざるを得ない、清明武林祭の決勝当日を、王族襲撃の機会とする事にしたのだ。
この点においては、迅雷の予想は当たっていた。
素華は当初、黄極城から闘源郷に向かう途中の王族達を、機動大仙で襲撃するか、武術家や観客などに扮して闘源郷に潜り込み、闘源郷内で機動大仙となって、王族達を襲撃するか、迷っていた。
しかし、闘源郷内と違って、黄極城から闘源郷に向かう途中は、絶界に護られていない代わりに、護衛に回せる仙闘機の数が、桁違いに多くなる。
幾ら並の仙闘機を遥かに上回る、強力な戦闘力を持つ呪仙闘機の中で、最強と呼ばれる窮奇を駆る素華であっても、黄武十二聖を含めた数十機の仙闘機による、強固過ぎる防衛網を突破し、王族達に攻撃を仕掛ける事は、不可能に近い。
それ故、素華は清明武林祭に出場する武術家として、決勝当日……闘源郷の中に潜り込み、闘源郷の中で窮奇を機動大仙と化して、王族達を殲滅する事にしたのだ。
窮奇の主となった為に身に受けた、妙な呪いのせいで、素華は以前と全く異なる外見になってしまった。
そして、身元の偽装などは、戸籍制度が行き届いていない江湖を利用すれば、黄国では難しくは無いのだ。
つまり、素華にとって、正体を隠して他の武術家に扮し、清明武林祭に潜り込むのは、簡単な事だったのである。
試合を観戦している者達の中には、討ち漏らした迅雷などの、封神門の生き残りがいるかもしれない。
故に、自分だと見切られる可能性がある、封神門固有の技の使用を、素華は控えた。
そこまで慎重に事を進めたせいもあり、清明武林祭の決勝戦当日の今日に至るまで、黄国の捜査機関である警衛刑部や、清明武林祭の運営委員会側に、素華だと疑われずに済んだのだ。
無論、迅雷や天剣達にも、正体を気付かれてはいない。
既に窮奇は、予選当日の夜、警備体制が思いの他甘かったのを利用し、闘源郷の中に持ち込み済みである。
後は憎むべき雷家の者達が、闘源郷に揃うのを待ち、闘源郷内に出現するだろう、黄武十二聖達の機動大仙を倒し、王族達を殲滅するだけで良い。
無論、多数の機動大仙が、闘源郷の周囲で待ち構えているだろう。
だが、戦わずに逃げる事に専念すれば、逃げ切る自信が素華にはあった。
「私が逃げ切れない相手など、この世界にいる筈が無い……迅雷を除いては」
何処か懐かしげに……そして、寂しげに呟きながら、素華は軽功を発動する。
「迅雷が黄都に現れたのは、私を討つ為に決まっているが、一昨日以降、奴の動きが一切掴めないとはな……。昔より、身を隠す術に長けたのか」
一昨日の夜、神域軽功を発動して、黄都の上を駆け抜ける迅雷の姿を、素華は目にしていた。
王族……雷家への報復の為、清明武林祭の時期に、黄都に現れた自分を狙い、迅雷も黄都に現れるだろう事は、素華にとっては予想の範囲内の出来事であった。
当然、素華は機先を制す為に、迅雷を探し続けていた。
だが、神域軽功を発動し、彗星のように夜空を駆ける姿を、遠目に見かける事が出来ただけで、素華はまともな意味では、迅雷を見つけ出す事が、出来なかったのである。
「あれだけ探しても見付からないのは、迅雷が私同様に、呪いで外見が変わっているせいなのかも……」
そう呟いた後、黄都に並ぶ建物の屋根の上を、素華は駆け出した。
闘源郷がある方向に向かって、素華は風のように走り去って行った。
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