067 戦争でも始まるみたいだな……
翌朝、一番乗りで闘源郷を訪れた迅雷は、天剣や天華と共に、参加武術家専用の出入り口前で、彩雲が来るのを待っていた。
当然、決闘を反故にした理由を、問い質す為にである。
出入り口の中には、二人の黄武十二聖……項羽と劉邦が身を隠し、彩雲の到着を待っている。
天剣と天華が、黄国政府上層部に要請して、回せる限りの黄武十二聖を、天剣達の元に回して貰ったのだ。
彩雲が素華である確証が得られていれば、黄武十二聖を十人まで、天剣と天華の要請に応じて動かす事を、政府上層部は認めていた。
しかし、確証が得られなかった以上、黄極城で多くの王族達を警備中であった黄武十二聖達を、天剣と天華の要請に応じ、王族が揃う前の闘源郷に差し向ける事は、許可されなかったのである。
結果として、天剣と天華の要請に応じて、闘源郷に派遣されたのは、項羽と劉邦の二人に加え、彼等の配下の武術家達だけであった。
他の黄武十二聖達は、清明武林祭を観戦する為に、黄極城を出ようとしている王族達の、警備の任に就いている。
「ま、あの程度の二人でも、誰も回して貰えないよりはマシか……」
闘源郷の中にいる、項羽と劉邦を一瞥しながら、迅雷は不満そうに呟く。
「彩雲が素華だという確証を、お前が得てなかったから、こうなったんだろうが! これでも親父に散々頼んで、やっと二人も回して貰ったんだから、有難く思えよ!」
「天剣、お父上の事を、親父と呼ぶのは止めなさい」
黄国軍最強の十二人……黄武十二聖の項羽と劉邦を、あの程度呼ばわりする迅雷に、少し驚きながらも、天華は天剣を嗜める。
「それにしても、遅いな……彩雲の奴」
蒼穹を眩しそうに見上げながらの迅雷の呟きに、天剣と天華は頷く。
太陽の高さから、既に昼が近付いている事が分る。
入り口が開いた午前十時から、迅雷達は既に二時間以上も、彩雲の事を待ち続けているのだ。
リオや鉄拐、紀政の三人は闘源郷を訪れ、特別観戦席の方に向かっている。
未だに迅雷達の前を通り過ぎていないのは、彩雲と麗虎の二人だけであった。
× × ×
「戦争でも始まるみたいだな……」
迅雷達が闘源郷で、彩雲を待ち構えていた頃、黄極城の正門近くにいた若い警備兵が、斜め上を見上げながら呟いていた。
三日前の夜、黄極圏に入った天剣達を止めようとしていた、警備兵の一人である。
警備兵の目線の先……正門前の大通りには、五十機の機動大仙が並んでいる。
黄都近辺に配備されていた、黄国軍の仙闘機使い達が、王族警護の為に集められたのだ。
無論、これ程の数の機動大仙が、王族警備の為に集められるのは、希であった。
昨年の悪夢を繰り返さない為……素華の死が確認されるまでの、特例措置である。
五十機もの機動大仙が兵隊のように、大通りの両側に並んでいる光景は、壮観といえる。
しかし、王族の護りを固めるのは、五十機の機動大仙だけでは無かった。
絶界に護られているせいで、余り高さが必要とされていない事から、機動大仙の半分程の高さしか無い、黄極城の城壁の正門が開き、中から六人の男女が姿を現す。
「黄武十二聖の方々だ……」
六人の男女の姿を目にして、若い警備兵の傍らにいる、警備兵達の隊長が呟く。
隊長や若い警備兵達の目線の先にいるのは、黄武十二聖の面々なのである。
黄色の軍服を身に纏う者達が多い、黄国軍の中では珍しく、黄武十二聖の面々は、様々な色合いやデザインの軍服を着用する者が多い。
個性的な外見の黄武十二聖の面々は、絶界の外に出ると、剣や刀、槍や方天戟などの仙闘機を使い、機功套路を舞い始める。
無論、自分達の仙闘機と融合し、機動大仙となる為に。
程なく、機動大仙の総数が五十六機となる。
六人の黄武十二聖達が、機動大仙になり終えたのだ。
黄武十二聖達に続いて、装甲版に護られた、戦車の如き馬車が、次々と正門を潜り抜けて、大通りに姿を現す。
馬車に乗っているのは、王族達である。馬車の周囲には、数百名の近衛兵達が隊列を組み、整列している。
馬車の数は五十台を越えているのだが、その中でも雷元王の家族が乗る四台の馬車には、機動大仙となっていない黄虎や海燕などの、四人の黄武十二聖達が同乗し、雷元王の家族の身を護っている。
素華は機動大仙となって現れるとは、限らないからだ。
五十六機の機動大仙という、警備兵が呟いたように、戦争でも始めるかのような軍事力に身を護られながら、王族達を乗せた馬車達は、近衛兵団の隊列と共に、黄極城を出発した。
清明武林祭の決勝を観戦する為に、闘源郷へと向かって。
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