063 子供らしく無いのは、武術の実力だけでは無いか……
「天剣の相手、決まりましたね」
彩雲と麗虎の試合を観戦していた天華が、天剣に話しかけている時、迅雷は立ち上がる。
そして、闘源郷の観戦席の下に通じる通路に向かって、迅雷は早足で歩き始める。
「おい! 何処に行くんだ、チビガキ? もうすぐ天蒼公主の挨拶が始まるぞ!」
「便所だよ。ついてくるか?」
「ーー馬鹿」
天剣は頬を赤らめ、目線を迅雷から天華に戻すと、天華との会話を続ける。
迅雷は一人で通路を歩いて行き、観戦席の下に降りて行く。
特別観戦席の下にある区画は、他の観客達が出入りできないように隔離されていて、便所や水飲み場などがあるだけでなく、闘技場の四つの門に通じる通路もある。
朱雀門に通じる通路に、迅雷は足を踏み入れる。
通路の先からは当然のように、戦いを終えた彩雲が歩いて来る。
迅雷に気付いた彩雲は、立ち止まる。表情や感情は仮面に隠され、迅雷には見切れない。
「何故、君が此処にいる?」
「ちょっと訊ねたい事があるんで、待ち伏せさせて貰った」
「天蒼公主の挨拶が、間も無く始まると思うのだが……まぁ、いいか。私にとっては天蒼公主より、君の方が興味深い存在だからね」
「嬉しい事言ってくれるじゃないの、胸の大きい女に興味持たれるのは、大歓迎さ」
「子供らしく無いのは、武術の実力だけでは無いか……」
呆れたような口調で、彩雲は呟く。
「あんたが使っていたのは、獣神門の変臉功だな? 何故、その技が使える?」
「その歳で変臉功を知っているとは、博学じゃないか。勉強好きな子供は好きだよ」
彩雲は皮肉っぽく、付け加える。
「女を覗き見するような子供は、嫌いだけど」
「茶化すなよ」
「茶化してばかりなのは、君の方じゃないのかね? 喋っている時も、試合の時も」
迅雷の言葉に、そんな言葉を返した上で、彩雲は迅雷の問いに答える。
「ーー他の武術家が使えぬ技を手に入れようと、諸国を旅して回っていた頃、獣神門の秘伝書を手に入れたのでね、自分で修得した」
「秘伝書を手に入れ、修行を始めたのは、何時頃の話だ?」
「奇妙な事を訊くね」
そう前置きしながらも、彩雲は答を返す。
「秘伝書を手に入れたのは三年前、私が十七の時だ。それから三年間、修行の日々を続け、ようやく先月、変臉功を修得したと言える段階に達したと、自分では判断したのだが……それがどうかしたか?」
(三年間の修行で身につけたというのが本当なら、素華師姐では無いが……年齢は素華師姐と同じだな)
迅雷の知っている素華は、変臉功など修得していない。
仮に彩雲が素華であるなら、変臉功の修行に使えたのは、この一年間しか無い筈なのだ。それ故、三年で身につけたという彩雲の話が本当なら、彩雲は素華では無い。
しかし、彩雲の話が本当である証拠は無いし、彩雲の年齢は素華と同じである。
迅雷は彩雲について、明確な判断が下せない。
「あんたが三年前から、変臉功の修業を続けている事を、証明できる者が、黄都の近くにいるか?」
「いる訳が無い。旅をしていたのも一人なら、修行をしていたのも一人だからな」
「つまり、あんたが三年かけて、変臉功を修得したと証明出来る者は、いないだな?」
「その通りだが……そんな事を証明する必要は無いだろう」
「他の人なら、気にもしない事なんだが、俺には結構、重要な事なんでね」
彩雲は少し思案し、何かを思い付いた風な表情を、仮面の下で浮かべる。
「私に色々と妙な事を訊ねたり、素顔を覗き見しようとしたり……ひょっとしたら、君は私を誰かと、勘違いしているんじゃないのか?」
質問の内容を、彩雲は補足する。
「私が絽彩雲ではなく、別の誰かなのでは無いかと……」
「はっきり言ってしまえば、その通りだ」
開き直ったような態度で、迅雷は本音を口にする。
「常に仮面で素顔を隠しているだけでも、不審だというのに、準決勝まで学んだ門派を覚られぬように、闘い続けたあんたは、余りにも胡散臭すぎる」
「常に仮面をつけているのは、仮面を己の身体の一部だという認識を強める為の、変臉功の修行だよ」
彩雲は続ける。
「それに、水飲み場でも話した事だが、顔を隠しているという意味では、君も私と同じだし、門派を覚られぬように戦い、勝ち抜き続けたという意味なら、君も劉麗虎も同じだろう」
「俺も麗虎も、男だ。俺が探しているのは女なんだよ、あんたみたいに、無茶苦茶に強くて……胸が大きい」
「つまり、君は私の仮面の下に、君の探している女の顔があると、思っている訳だな?」
「そんな所だ。もっとも、顔というか、見た目は変わっている可能性があるんだけどね」
「だったら、私が君が探している相手かどうか、確認する方法など無いだろうに」
「ーー武術家だったら、闘えば分るさ」
「成る程……つまり君は、私と闘いたい訳だな?」
「そう思ってくれて、構わない」
「だったら、何故に準決勝で故意に負けた? 勝ち抜けば決勝で、私と戦えたのに?」
「気付いていたとは、流石だね」
「宗天剣の実力は悪く無いが、君や麗虎と違って、得体の知れなさを感じる部分が無い。君や劉麗虎は読み切れないが、宗天剣は全てが読み切れる」
当然だと言わんばかりの口調で、彩雲は付け加える。
「現時点では、君と宗天剣では格が違いすぎる。本気を出せば、君が負ける筈が無い」
「ーー今の所、人前では本気で戦えない、都合ってもんがあってね」
奇しくも、麗虎と似た様な意味合いの言い訳を、迅雷は呟く。
「変臉功を目にした上で、私に勝負を挑もうとする侠気、気に入ったよ」
嬉しそうな口調で、彩雲は続ける。
「君からの挑戦、受けて立とうじゃないか。正直言って、明日の宗天剣相手の戦いより、君相手の戦いの方が、面白そうだからね……」
「そいつは有難い」
「時間と場所は?」
「今日の夜、他人を巻き込まないで、派手な戦いが出来そうな場所なら、何処でも構わないよ」
「ーーだったら、その条件を満たした上で、こちらで指定させて貰う。構わないな?」
迅雷は、こくりと頷く。
彩雲は今日の午後九時、黄都郊外の荒野にある、髑髏巖の骸野側の麓を、戦いの時と場所として指定した。
戦いの時と場所が決まった直後、二人を探しに来た係員に呼ばれて、迅雷と彩雲は特別観戦席へと戻って行った。
天蒼による、清明武林祭の二日目終了の挨拶を聞く為に。
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