042 手加減してくれた方が、有難いんだけど
「当たれば硬功で防御していても、それなりに効くだろうね。当たればの話だけど……」
無論、当たらない自信があるからこその、迅雷の呟きである。
狼牙棒が地面を打った衝撃で、舞い上がった土煙が、そんな迅雷の姿を隠してしまう。
姿が隠れたのは、迅雷にとっては有難い事だった。
迅雷は両掌に気を集め始める……衝破を放つ為に。衝破とは、最も基本的な掌放の技であり、掌に集めた気を勢い良く、掌から掌風として放つだけの技である。
気をベースとして作り出した、雷や炎などの属性を持つエネルギーを、掌風として放つ掌放の方が、衝破よりも高度であり、攻撃力は高い。
だが、高度であるが故に、武術門派特有の癖とでもいうべき、特徴が表れ易い。
それ故、優れた武術家であれば、そういった高度な技を見るだけで、相手の武術門派を見切れたりするのだ。
つまり、高度な掌放や掌砲の技を、迅雷が使う場面を素華が見れば、無名を名乗る武術家の正体が、封神門の武術家……迅雷だと、気付いてしまう可能性がある。
だが、単純で基本的な掌放である衝破なら、学んだ武術の門派を見切られる恐れは無い。
だからこそ、迅雷は衝破を使う事にしたのだ。
内功を発動し、全身に気を巡らせて、両掌に気を集めている迅雷の身体は、仄かに光っている。
その掌は、身体より強力な光を放っている。
迅雷は気配と音から、宗厳の位置を察し、両掌から衝破を放つ(両掌で放つので、正確な技名は、双衝破となる)。
放たれた只の気の掌風は、土煙の中に隠れた迅雷の姿を探している、宗厳の腹部を直撃し、花火が弾けたかのような音を発生させる。
並の人間なら、一撃で倒せる双衝破なのだが、宗厳は硬功を発動しているので、双衝破を一発食らった程度で、倒されはしない。
しかし、双衝破の威力で、よろめいた宗厳は、狼牙棒を落とし、隙だらけの姿を晒す事になる。
その隙を、迅雷は見逃さない。
土煙の中から飛び出し、宗厳の懐に飛び込むと、剣指にした両手の指先で、宗厳の身体の各所にある経穴を狙い、突く。
封神門の縛身点穴ではなく、持続時間は短くて、解除もされ易いのだが、多くの門派で教えている、基本的な縛身点穴……四方刹縛を、迅雷は使う。
四方刹縛とは、人の身体の正面に、正方形を描くように配されている、四つの経穴を突き、気を流し込んで経絡を乱し、刹那の時間……一時的に相手の身体の自由を奪う、縛身点穴である。
「糞っ! 衝破や四方刹縛みてえな、児戯に等しい技を食らうとは、油断したっ!」
四方刹縛を食らい、身体の自由を一時的に奪われた宗厳は、悔しげに言葉を吐き捨てながら、経絡を流れる気を制御して、必死で四方刹縛を解除しようとする。
硬功を使える宗厳は、当然のように気の流れを操作し、点穴を解除する事が出来る。
(こいつだって、清明武林祭に出る程度の武術家なんだ、四方刹縛程度の基本的な点穴なら、数秒で解除するだろう)
四方刹縛が解除されるまでの時間を、迅雷は計算しつつ、硬功を発動する。
身体を仄かに光らせながら、迅雷は宗厳の右手を掴むと、闘坤圏の端に向かい、強引に引っ張り始める。
幾ら宗厳が大男とはいえ、硬功を発動した迅雷にとっては、重いという程では無い。
余裕をもって、宗厳を引っ張り続けた迅雷は、闘坤圏の端で立ち止まると、宗厳を闘坤圏の外に放り出す。
闘坤圏の外に出された武術家は、その時点で敗北が決まる。
つまり、宗厳は敗者となったのだ。
闘技場の北側、闘坤圏の端に近い辺りにいた迅雷は、四方刹縛が解除されるまでの短い時間で、対戦相手を闘坤圏の外に、出し易い訳である。
「畜生! こんなガキに負けるとは……侮り過ぎたか」
敗北が決まった直後、四方刹縛を解除し終えて、身体の自由を取り戻した宗厳は、地団駄を踏んで悔しがるが、既に後の祭りである。
迅雷に向け、何か文句を怒鳴り続けるが、迅雷の見事な手際を観戦していた、観客達の歓声によって、宗厳の怒鳴り声はかき消されてしまい、迅雷の耳には届かない。
既に迅雷は、宗厳に背を向け、身構えている。
次の相手が、迅雷に近寄ってきたのだ。今度の相手は、三節棍を手にした、十七歳程の少年である。
紫色の功夫服に身を包んだ、少年の身体は、仄かに輝いている。
内功を発動しているのだ。
迅雷との間合いを詰め始める、少年の三節棍が、炎を吹き出し纏い始める。
普通の炎の色ではない、やや紫がかった炎なのは、門派の癖が炎の色に、現れているのだ。
「成る程、炎撃功と三節棍の合わせ技か」
迅雷は呟く。
気で炎を作り出して攻撃する炎撃功は、迅雷も得意とする内功である。
「先程の戦い、見せて貰った! まだ子供のようだが、手加減の必要は無いようだな!」
間合いを詰めつつ、少年は迅雷に声をかけてくる。
「手加減してくれた方が、有難いんだけど」
「冗談を口にする余裕まであるのか、気に入った! 私は紫鵬門の林小龍! そちらも、名乗られよ!」
「緑點鎮派の無名」
付き合う必要は無いとは思いながら、迅雷は一応、偽りの名と門派の名前を口にする。
「緑點鎮派? 聞いた事が無い門派だが……」
訝しげな顔をする小龍に、硬功を解除した上で、迅雷は飛びかかる。
迅雷としては、余計な詮索をされたくは無いので、すぐに戦い始めたのだ。
小龍は襲い来る迅雷を、炎を纏った三節棍で迎え撃つ。
そのまま、小龍は三節棍で、迅雷は素手で、激しく互いの身体を打ち合う。
燃え盛る三節棍が、迅雷の身体を掠めるが、当たりはしない。
迅雷は完全に、小龍の動きを見切っているのだ。
攻撃が躱され続け、焦った小龍は、三節棍を大振りしてしまう。
その大振りの後の隙を、迅雷は見逃さない。
迅雷は内功を発動させて、掌に気を集め、一瞬で小龍の懐に飛び込むと、そのまま小龍の胸に、両手で掌打を打ち込む。
掌打を打ち込むのと同時に、迅雷は両掌から、気を放出する。
つまり、掌打を放ちながら、同時に衝破を放つ感じの攻撃である。
このように、掌打と共に気を放出する技を、掌打放といい、放出される気を掌打風という。
ただの気を放つ、シンプルな掌打放の名は衝打破で、それを両手で放つ場合は、双衝打破となる。
衝打破や双衝打破は、衝破や双衝破と同様、多くの門派で教える基本的な技。
故に、迅雷が使っても、門派を見切られる可能性は無い。
炎撃功を発動している小龍は、硬功を発動していた宗厳とは違い、双衝打破の威力を、もろに食らってしまう。
小龍は後ずさりしながら、仰け反って仰向けに転倒する。
小龍は苦しげに呻きながら、立ち上がろうとするが、立ち上がる事は出来ない。
それ程に、硬功の防御無しに食らった、双衝打破のダメージは、大きかったのだ。
迅雷が使った、双衝破と双衝打破において、放たれた気の力は同程度。
だが、同程度の気を放つ場合、相手との間合いが近い方が、威力が高い性質があるので、掌放よりも掌打放の方が、気の威力は高い。
しかも、双衝打破の方は、掌打と共に放たれるので、掌打の分も威力も加算される。
当然、双衝破よりも双衝打破の方が、威力が高い事になる。
しかも、硬功で身を守っていた宗厳と違い、小龍は硬功を使っていない状態で、双衝打破を食らってしまった。
それ故、双衝破を宗厳が食らった時よりも、双衝打破を食らった小龍の受けたダメージの方が、遥かに大きいので、小龍は立ち上がれないのだ。
仰向けに寝転がって、呻いている小龍の右腕を掴むと、迅雷は情け容赦無く地面を引き摺り、闘坤圏の外に放り出した。
小龍も敗北が、確定したのである。
そんな調子で、武術家達を次々と闘坤圏の外に放り出し、有力武術家が集中していた、第八組の代表者の座を、迅雷は勝ち取ったのだ。
素手で戦った上、得意とする軽功や、他の封神門独自の技などを、一切用いる事無しに。
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