039 安易に進める道の先に、勝利なんて存在しないのだからな
天剣が硬功を発動している事は、攻撃の威力から、天嬋も察していた。
そして、硬功を発動している相手に素手で挑むなら、点穴による攻撃が有効となる。
天嬋は硬功で身を護ったまま、天剣と点穴を狙い合う闘いに備え、両手を剣指にして身構える。
天嬋の読みは、妥当なものである。
普段の天剣が現在のような状況に陥れば、天嬋同様に硬功で護りを固めつつ、点穴で敵を仕留めようとしただろう。
しかし、迅雷の影響を受けた天剣の頭は、普段とは違う選択をする事になる。
(指先を剣指にしているし、身体は光ったまま……硬功を発動したままか)
天剣は天嬋を冷静に観察し、瞬時に戦い方を構築し始める。
(今みたいな状況なら、硬功で防御を固め、点穴を狙い合うのが常道。しかし、そんな戦い方をすれば、あいつに温いとか言われそうだな……)
あいつとは、迅雷の事だ。
(点穴を狙い合う戦いなら、気休めの硬功なんかに頼ると、負けるんだろ?)
心の中で迅雷に語りかけながら、天剣は硬功を解除する。
直後、両手を剣指の形にして、身体の動きを封じる事が出来る経穴を狙いつつ、天剣は天嬋の懐に踏み込む。
ほぼ同時に、天嬋も天剣の懐に踏み込む。
天嬋も剣指にした指先で、天剣の動きを封じる経穴を狙い、点穴を仕掛けようとしている。
剣指にした手で、同時に攻撃を放った、両者の右腕が交差する。
しかし、相手の経穴を剣指で突き、気を送り込んで相手の気の流れを乱せたのは、一人だけだった。
天剣の右手の指先は、天嬋の指先に経穴を突かれる寸前、天嬋の左肩の経穴を突いた。
経穴を狙い合う勝負に、天剣は競り勝ったのだ。
天嬋も一瞬遅れて、天剣の経穴を突く事は出来ていた。
だが、一瞬早く天剣に気を流され、気の流れを乱されたせいで、天嬋は指先から、上手く気を流し込めなくなり、動きも鈍らされてしまったのである。
勝負を分けたのは、硬功を発動していたかどうかという点だった。
点穴の勝負を始めるのに、他の攻撃に対する気休めの保険として、硬功を発動させたままでいた天嬋の動きは、気休めの硬功に頼らなかった天剣の動きより、僅かに鈍かったのだ。
無論、経穴を一つ突いた程度では、内功を使える相手の動きを、何時までも鈍らせ続けられない。
指先からも、すぐに気を放出できるようになってしまう。
天剣は即座に、自分の経穴を突いていた、天嬋の右手を払いのける。
そして、動きを鈍らせた天嬋の身体の、十一箇所の経穴を、天剣は続けざまに突いてしまう。
天剣は合計十二か所の経穴を突き、点穴を完成させる。
「雷聖門縛身点穴、雷痺十二極縛! 痺れを止めて欲しければ、負けを認めろ!」
天剣が使ったのは、雷聖門の縛身点穴の中でも、相手の身体に雷撃を受けているかのような苦痛……痺れを与えつつ、相手の両手両脚の動きを封じる点穴技……雷痺十二極縛である。
ちなみに、首から上の自由は効くタイプの縛身点穴なので、会話自体は可能なのだ。
「参った! アタシの負けだ!」
痺れの苦痛に負け、天嬋は敗北を認める。
仮に雷痺十二極縛の痺れに耐えた所で、勝負の最中に点穴を食らい、身動きを封じられる事は、事実上の敗北を意味する。
天剣が他の技を繰り出し、天嬋の戦闘力を完全に奪える事は、誰の目にも明らかだからである。
天嬋が敗北を認めた為、予選第五組の代表者が決まった。
観客達の中から、天剣を讃える歓声が上がる。
天剣も歓声に応えるように、両手を蒼穹に突き上げる。
「何故、今までの攻撃とは違い、雷山瀑布双手劈では、蛇螺旋陣が崩れたんだろう?」
天剣の勝利を喜びつつも、天華は不思議そうに呟く。
「蛇螺旋陣は、硬功で武術家本人の力と軟鞭の強度を高めた上で、回転運動による力までを軟鞭に上乗せし、敵の攻撃を弾いて逸らす防御法だ」
迅雷は天華に、解説する。
「だが、硬功と回転運動で上乗せし、攻撃を弾き逸らす事に専念しているとはいえ、軟鞭を操っているのは、あくまで片手に過ぎない。硬功で力を上乗せした上で、両手による全力の攻撃を叩き込めば、蛇螺旋陣は崩せる」
「だから、雷山瀑布双手劈で崩せたんだ……」
「刀剣を手にした武術家が、普段通りに片手で攻撃を続けると、蛇螺旋陣が攻撃を全て弾き逸らす、崩し難い防御陣だと、錯覚し易いだけの話さ」
迅雷は自分の分析を、語り続ける。
「たぶん、天剣が槍や方天戟などの、両手で扱うのが普通の武器を手にしていたら、天嬋は蛇螺旋陣を使っていなかっただろう」
蛇螺旋陣は迅雷の読み通り、相手が剣や刀など、片手で操るのが普通の武器に対してのみ、高度な防御能力を発揮する、防御主体の技である。
槍や方天戟など、両手で操る武器を手にした武術家を相手にする場合、蛇牙派の武術家は蛇螺旋陣ではなく、他の戦法を選択するのが常道なのだ。
天嬋も天剣が鳳凰刀を二刀に分け、片手で操っていたからこそ、蛇螺旋陣を使った。
ところが、鳳凰刀を一本の剣として、両手による強烈な斬撃を叩き込む戦法に切り替えた天剣に、天嬋は対応し損なったので、蛇螺旋陣を破られたのである。
「でも、何故……天剣に前に出ろと言ったの?」
「あの時の小娘は、身体だけじゃなくて、心が退き始めていたからさ」
当然だと言わんばかりの口調で、迅雷は続ける。
「戦略的に退いているなら、別に構わないんだが、あの時の小娘は、敵に圧されて退いていた。そういう場合は身体だけじゃなくて、心も退いているものなんだよ」
「心が……退いてる?」
天華の問いに、迅雷は頷く。
「心が退いてると、人間は安易な逃げ道を探し、楽な選択肢を選びがちになる。戦いの場でそんな真似をすれば、選んではいけない選択肢ばかりを選んで、隘路に追い詰められ、負けてしまうに決まっている」
強い口調で、迅雷は断言する。
「安易に進める道の先に、勝利なんて存在しないのだからな」
天華は迅雷の言葉に、聞き入る。
「心が退こうとしている時、心を前に向けたいのなら、身体を退かせずに前に出るんだよ。身体を前に出せば、自然と心が後からついてくる。前に出たという現実に、心がちゃんと反応するのさ」
「だから、心が退いている天剣に、前に出ろと言ったんですか……」
迅雷の説明に、天華は感心する。
「前に出れば、自然と考え方が前向きになり、攻略法とか思いつくものなんだよ」
「確かに……天剣は前に出てから、蛇螺旋陣の攻略法を見出したように見えましたね」
「まぁ、小娘にしては、後半は中々だった。点穴の勝負になった時も、安易な硬功には頼らなかったようだしな」
迅雷は、闘技場で歓声に応えている天剣を見下ろしながら、天剣の健闘を讃える。
武術を評価する事に関しては、批判する場合も褒める場合も、迅雷は率直な人間なのだ。
自分が讃えられているなどとは、知る由も無く、迅雷と天華がいる方に向け、天剣は自慢げに拳を突き出す。
× × ×




