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この復讐は俺のもの  作者: 桜ジンタ
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036 貴様の戦い方、温過ぎるっ!

 迅雷同様、鉄仙拳は点穴で崩すべきだと考えた、黄色い功夫服の女武術家は、長穂剣による攻撃で、片方の拳を頭部の防御に使わせ、片方の拳だけしか使えない状態に、鉄拐を追い込んだ。

 その上で、長穂剣を手放しつつ、鉄拐の懐に飛び込み、身体の離れた部分にある経穴を、両手を使って狙えば、片方の拳しか使えない鉄拐に、勝てると踏んだのである。


 狙った二か所の経穴、そのどちらかを突き、気を経絡に流し込んでも、それだけでは撤回を倒せはしない。

 だが、一つでも経穴を突いて、気を流し込めば、鉄拐の気の流れを、ある程度は乱す事が出来る。


 気の流れが乱れたら、ほんの僅かな間ではあるが、鉄拐の動きや内功の能力は鈍る。

 その僅かな間に、更に複数の経穴を突いて気を流し、女武術家は点穴を完成させ、鉄拐を倒すつもりであった。


 しかし、女武術家の読みより、鉄拐の反応は遥かに素早く、その攻撃の威力は高かった。

 左太腿を狙って来た左手を、鉄拐は左拳で地面に叩き付けるかのように、上から殴りつける。

 すると、強烈な力を込めて放たれた拳の一撃に、右手を打たれた女武術家は、体勢を崩してしまう。


 それ程に、鉄拐の拳撃の威力が高かったのだ。

 硬功を発動していなければ、女武術家の右手の骨は、一撃で砕けていただろう。


 体勢を崩せば、右脇腹の経穴を狙っていた、女武術家の左手の指先も、経穴から逸れてしまう。

 女武術家の策は、打ち破られたのだ。


「貴様の戦い方、温過ぎるっ!」


 鉄拐は叫びながら、体勢を崩した女武術家の身体に、連続で拳による突きを叩き込み続ける。

 一呼吸で放たれた、強力な突きの数は十二発。


 十二発の突きを叩き込まれた女武術家は、白目を剥いて仰向けに転倒する。

 気を失ったのだろう、身動きする様子は無い。


「一呼吸で十二発の突きを、急所に連続で打ち込む、鋼家の干支連拳かんしれんけんだ」


 鉄拐の技を、迅雷が解説する。

 直接戦った事はないのだが、迅雷は旅をしている時、武林で噂を聞いて、ある程度は鉄拐の技を知っているのだ。


「硬功を発動していただろう相手を、強引に突き崩すとは……。硬功すら通用しない拳法……鉄仙拳、評判通りだな」


 硬功の一種と言われる、鉄仙拳を発動したまま、硬功の発動中とは思えぬ程に素早く、連続で干支かんしの数……十二発の拳撃を放つ技、干支連拳を目にして、迅雷は感嘆する。


「本当に、硬功での防御が通用しないとは……。あんなの相手に、勝てるのか?」


 驚きの表情を浮かべつつ、天剣は思わず本音を口にしてしまう。


「何の為に観戦してるんだよ。勝ち方を探る為に、観戦してるんだろうが」


 呆れ顔で言い放つ迅雷に、天剣は不満気に訊ねる。


「だったら、お前は勝てるのか?」


「当然だ。俺でなくても、今の女武術家だって判断を誤らなければ、勝つ機会はあった」


 迅雷は即答する。


「長穂剣を牽制の為に捨てた所までは、上手かったんだがな。その後が良くない」


「どういう意味だよ?」


「長穂剣を捨ててまで、相手の片方の拳を封じつつ、懐に飛び込んで両手で点穴を放つのは、正しい戦法だ。問題なのは、硬功を発動した事さ」


 倒れている女武術家の元に、黄色い制服姿の数人の係員達が駆け寄り、闘技場の外に連れ出していく。

 治癒功に通じた治療班に、女武術家を治療させる為にである。


「敵の懐に飛び込もうとする時に、硬功で身を守るのは、普通の事じゃないのか?」


「普通なら正しいんだが、事前の情報収集や予選の戦いを通じて、鉄拐が普通の相手じゃない事は、あの女武術家にも分っていた筈だ」


 迅雷は真顔で、言葉を続ける。


「硬功ですら身を守りきれないという、強烈な鉄仙拳の使い手である事と、硬功系の鉄仙拳を発動している筈なのに、動きが落ち無いという事を」


「それは……そうだが」


「硬功発動中でも、殆ど動きが落ち無い鉄拐相手に、動きが落ちる普通の硬功を発動させ、懐に飛び込めば、両手で片拳の相手に攻め込むとはいえ、打ち負けるのは道理だ」


 分析と解説を、迅雷は進める。


「それに、点穴は体勢を崩されたら、無効化され易いだろ?」


 迅雷の問いに、天剣と天華は頷く。

 点穴は小さい経穴を、正確に狙わなければならない為、体勢を崩されると、狙いを外してしまいがちであり、無効化され易いのだ。


「硬功発動中の相手だろうが、一撃で体勢を崩せる、強力な拳法を放てる鉄拐は、片手の攻撃に狙いを絞るだけで、相手の体勢を崩し、両手の攻撃を一度に無効化出来る」


 迅雷の言葉通り、女武術家の右手を打った一撃だけで、鉄拐が女武術家の体勢を、完全に崩せていた事を、天剣と天華は思い出す。


「つまり、鉄拐の懐に飛び込んで、点穴を狙う場合、硬功を発動するのは自殺行為なんだよ」


「しかし、硬功無しで飛び込んで、もしも鉄拐の拳法を食らったら……一撃で負けるのは当然として、下手すれば死ぬぞ」


「長穂剣による牽制には成功していたのだから、女武術家は硬功を発動せず、そのまま懐に飛び込めば、先手を取る事が出来たんだ」


 迅雷の言う通り、女武術家は硬功を発動した事により、自分の動きを鈍らせてしまっていた。


「硬功を発動したからこそ、剣指突きを放つのが遅れ、右手に手痛い一撃を食らい、負ける羽目になった。発動していなければ、女武術家の点穴の方が、先に鉄拐の動きを押さえ込んでいただろう」


 天剣は何か言い返そうと口を開くが、良い反論を思いつかず、口を閉じる。

 迅雷の指摘の正しさが、天剣には分かったのだ……無論、天華にも。


 あの時、女武術家が硬功に頼らなければ、一度に二つの経穴を突き、気を経絡に送り込めていたのだ。

 そうなれば、鉄拐の鉄仙拳は、一時的に能力が落ち、動きも鈍ってしまっていたので、女武術家は点穴を完成させ、勝てていたのである。


「相手の必殺の一撃を恐れて、気休めの硬功に頼るから負けるんだ。鉄拐の言う通り、温いんだよ……戦い方が」


 何歳も年下……だと思い込んでいる相手に言い負かされ、機嫌を害したのか、天剣は拗ねた子供のように頬を膨らませる。

 しかし、迅雷の言う事が正しい事も理解しているので、迅雷の戦いに関する見識に、感心もしていた。


「お前も鉄拐と戦う事になったら、温い戦い方するんじゃないぞ」


「分ってるって! せっかく少し感心してたのに、一言多いんだよ、チビガキ!」


 雑談を交わしながら、三人は第一組の予選を観戦し続ける。

 迅雷の予想通り、鉄拐の相手になる武術家は、第一組には存在せず、予選開始から三十分後には、闘技場に残されていた武術家は、鉄拐だけになっていた。


 予選第一組の結果が出た事を、清明武林祭の運営委員会は、花火を打ち上げる事により、闘源郷中に告げる。

 闘源郷中から、鉄拐の戦いと武芸の技量を讃える歓声が上がる。


 花火の煙が風に散る蒼穹に向けて、己の勝利を誇るかのように、鉄拐は右拳を突き上げる。



    ×    ×    ×





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