032 ーーお前等、一体何者だ?
「参ったな……俺の仙闘機は、持ち込めないと困るんだが」
困ったように呟く迅雷に、再び天剣が耳打ちをする。
「だったら、お前の凶焔鳳凰を俺の鳳凰刀と交換して、俺と順番を代われば良い」
「何故?」
「親父が政府関係者なもんでね、あの係員には、少し無理を通せる立場なんだ。俺の物という事にすれば、凶焔鳳凰を持ち込む事は出来る」
「出来るのか、そんな真似が?」
迅雷の問いに、天剣は頷く。
「お前の武器も俺の武器も、見た目は只の鳳凰刀だ。登録を済ませてから交換すれば、何の問題も無いだろ?」
「そりゃそうだが……信じていいのか?」
「ーー実は昨日、お前に聞いた話……素華が今年も王族を狙う為、武術家達に紛れ込んで、清明武林祭に出場する可能性があるという話を、実家に戻った後、親父に話したんだ」
「つまり、今朝になって、いきなり仙闘機の持ち込み自体が、禁止されたのは……」
「俺が親父に話した話が、政府に流れた事が原因だろう。その程度には、俺の家は……政府に顔が効くと、思ってくれて良い」
そう言いながら、天剣は自分の鳳凰刀を迅雷に渡し、布に包まれたまま、迅雷が背負っている凶焔鳳凰を、自分の手に取る。
「ーーお前の事は気に食わないが、お前がやろうとしている事は、正しいと思う。まぁ、任せておけ」
「天剣の話は本当です、信じてあげて下さい」
「分った、任せる」
迅雷は凶焔鳳凰の登録を、天剣に任す事にして、天剣と順番を入れ替わる。
緊張しながら、自分達の順番を待つ迅雷達の前で、鉄拐が抽選と登録を済ませ、緑の功夫服の青年が、受付の順番を迎える。
「ーーあ、お久し振りです」
受付の係員が、緑の功夫服の青年に声をかける。
受付の係員と顔見知りらしく、緑色の功夫服の青年は、係員と親しげに会話を交わしている。
「あの緑色の功夫服の奴が、気になるのか?」
係員と親しげに会話を交わしている、緑の功夫服姿の青年を、迅雷が注視しているのに気付き、天剣が迅雷に問いかける。
「まぁ、多少はね……。どうも見覚えがあるような気がしてな」
曖昧な答えを、迅雷は天剣に返す。
誤魔化しているのでは無く、何で気になるのか、見覚えがある気がするのか、迅雷自身にも分らないのである。
殆どの者達は、問題無く抽選と登録を終えたのだが、白い仮面の女は、係員と揉める事になった。
係員は警備の都合上、素顔を確認したがったのだが、仮面の女は断固として、素顔を晒すと言う規則は無いと、素顔を確認させる事を断ったのだ。
しかし、それでは清明武林祭に出場させる訳には行かないと、係員も退かなかった。
数分間揉めた挙句、どんな顔をしているのか、絶対に誰にも明かさないという条件を、係員に飲ませた上で、仮面の女は一人の係員にだけ、素顔を晒したのである。
係員の判定では、仮面の女の素顔は、素華や他の指名手配者の顔とは、異なっていた。
故に、仮面の女も出場登録を兼ねた抽選と、武器の登録を終えられたのだ。
「見た目は呪いなどの理由で、変わっている可能性があるんだが……」
迅雷の呟きに、天剣と天華も頷く。
三人共、仮面の女が現時点では、素華である可能性が一番高いと、怪しんでいるのである。
ただ、怪し過ぎるが故に、むしろ違うのではないかとも、三人は考えてしまう。
要するに、現時点では情報が少な過ぎて、分からないというのが現実なのだ。
程なく、三人の中では一番前に並んでいる天剣が、受付の順番を迎える。
(本当に、大丈夫なんだろうな?)
迅雷は緊張しながら、天剣と係員の様子を窺う。
天剣は参加登録書類に名を記した後、抽選箱の中に手を突っ込み、籤を引く。
そして、布に巻かれた凶焔鳳凰を、係員に手渡した後、天剣は襟首を開き、何かを取り出して示しながら、係員の女性に何かを耳打ちする。
(何をしたんだ?)
天剣が何をしたのかは、迅雷には正確には分からなかった。
迅雷は天剣の後ろにいたので、天剣が身体の前で何をしていたのかは、見えなかったのだ。
ただ、身体が仄かに光った為、天剣が内功を使っただろう事と、天剣の話が真実だという事は、迅雷にも分った。
天剣の言った通り、凶焔鳳凰は係員による検査を、通過したのである。
係員は、布に巻かれた凶焔鳳凰を取り出すと、確かに気を流して検査を行った。
機功を習得し、仙闘機を見抜けるだけの技量がある係員になら、天剣が渡した鳳凰刀が、仙闘機であるのを見抜ける筈なのに、係員は凶焔鳳凰を見逃したのだ。
「天剣の話は、本当だったでしょう?」
迅雷の耳元で、天華が囁く。
「ーーお前等、一体何者だ?」
迅雷は訝しげな口調で、天華に問いかける。
「只の黄国政府関係者の娘です。そんな事より、次は君の番ですよ、無名」
(こいつら、絶対に何か裏があるな。凶焔鳳凰を持ち込ませてくれたのは有難いにせよ、少し調べておいた方がいいのかも……)
心の中で呟きながら、迅雷は受付の机に向かい、参加申込書に必要事項を記入する。
無論、無名という名と経歴は、全て偽りである。
だが、元々親しい間柄である、鏢局の経営者などに協力を得て、迅雷は徹底した経歴の偽装工作を行っている。
それ故、無名の経歴を調べたところで、迅雷本人の存在は、決して表に出て来ない。




