031 そうなったら、最悪の状況になるな
「それでは、清明武林祭参加者の皆さん! 出場登録を兼ねた予選の組み合わせ抽選と、使用武器の登録を行いますので、係員の指示に従って一列に並び、玄武門前で抽選と登録を行って下さい!」
闘技場中に、運営委員会係員である若い女性の声が、響き渡る。
そして、黄色い詰襟の制服に身を包んだ、二十人程の係員達が、闘技場中に集まった武術家達を、手際よく一列に整列させる。
迅雷は天剣や天華と共に行列に並んで、抽選と使用武器の登録の順番を待つ。
武術家達は闘技場の北側……玄武門前に設置された、十人程の係員がいる受付の机の前で、次々と籤を引き、武器の登録を行う。
籤を引くのは、予選の組を決める為である。
清明武林祭の予選は、予選に集まった武術家達を、八つの組に分けて行われる。
それぞれの組に分けられた武術家達は、同じ組の者達同志で、一人が残るまで戦い続ける。
西域では、バトルロイヤルと呼ばれる形式なのだ。
戦闘不能になった者や降参した者、場外に追い出された者や他の武術家を殺した者などが、敗者となる。
もっとも、闘技場には治癒功と呼ばれる、傷を治療する内功の達人が多数、揃えられているので、試合では滅多に、武術家が死ぬような事は無い。
「これは仙闘機ですね?」
武器の登録を受け付けていた、清明武林祭の係員……他の係員より少し年長の女性が、紫の功夫服に身を包んだ、蛇のように鋭い目つきの、青年武術家に訊ねる。
武術家が持ち込んだ、矛先が蛇のように波を打っている矛……蛇矛を検査している係員の身体は、仄かに光ってる。
係員は蛇矛に気を流し、反応を見ているのだ。
普通の者には見ても触れても、只の武器と仙闘機の区別はつかない。
しかし、機功に通じた者なら、武器に気を流して、感触と反応を確かめれば、ほぼ仙闘機かどうかの判別は可能なのだ。
「そうだが、それが何か?」
「清明武林祭では、機功と仙闘機の使用は禁じられています」
「それは承知している。我が仙闘機……紫鱗矛は、只の蛇矛として使う為に持参したのだ。機動大仙化させるつもりは無い」
「ーー本年度の清明武林祭では、闘源郷への仙闘機の持ち込み自体が、禁じられる事になりまして……」
「そんな話は、聞いていないぞ! 事前の発表では、仙闘機は試合には使えないが、通常の武器としての持ち込みと使用は、禁じられていなかった筈では無いか!」
蛇矛の仙闘機……紫鱗矛の主である武術家は、係員に猛抗議する。
「まことに申し訳ありません。今朝方、闘源郷への仙闘機の持ち込み自体を禁じるようにと、政府からの通達があったばかりで……」
「何故だ? 理由を言え!」
「昨年、仙闘機を闘源郷に持ち込んで、王族を襲撃した事件の犯人が、今年も同じ事件を起こす可能性が高まったという情報が、政府に入ったようで……。急遽、仙闘機の持ち込み自体が、禁じられる事になったんですよ」
係員の話を聞いて、列に並んでいる武術家達がざわめく。
各門派の皆伝クラスの武術家達が集っているので、当然のように機功を習得し、仙闘機を所持している者も多い。
仙闘機は武器形態の際は、自己修復機能はあるものの、攻撃能力などは通常の武器と同等。
それ故、清明武林祭で使ったとしても、有利になる訳では無い。
だが、愛用している仙闘機を、試合で使用する武器として、持ち込みたがる武術家はいるのだ。
「運営委員会の方で、各種の武器を取り揃えていますので、仙闘機をお持ちの方は、運営委員会の方に仙闘機を預けた上で、お好きな武器を選び、自由に使って下さい。無論、蛇矛も用意してあります」
係員の指示に、紫色の功夫服を着た青年武術家は、渋々ではあるが従い、紫鱗矛を係員に預ける。
青年は別の係員に誘われ、闘源郷の武器庫に、武器を選びに向かう。
ちなみに、仙闘機を見分けられる係員であっても、仙闘機と呪仙闘機を、見分ける事は出来ない。
実は、方天戟と鳳凰刀の仙闘機の持ち主が、清明武林祭の武器登録の場に現れた場合、機動大仙化させて、呪仙闘機の窮奇や凶焔鳳凰かどうかを、確認するという案も、政府内部では提案されていた。
だが、機動大仙化させた後、窮奇や凶焔鳳凰に暴れられたら、洒落にならない被害が出てしまう可能性が懸念された。
結果、その案は採用されず、仙闘機自体の持ち込みを、禁止する案が採用されたのである。
「良かったな。これで、武術家の中に素華が紛れ込んでいても、闘源郷に窮奇を持ち込むのは、困難になるだろ」
天剣が、少し自慢げな口調で、一つ前に並んでいる迅雷に耳打ちする。
「そうかもしれないが、俺も凶焔鳳凰を持ち込めないから、素華師姐が何らかの方法で、窮奇を闘源郷内に持ち込めた場合、俺は何の対処も出来なくなる」
迅雷は背伸びをして、天剣の耳元に口を寄せ、囁き続ける。
「そうなったら、最悪の状況になるな」
「成る程……」
天剣は迅雷の話に、納得する。
そういった事態にも、備えておいた方が良いと、天剣も考えたのだ。
 




