029 面白い面子が、揃ってるじゃないの
翌朝、雲一つ無い蒼穹の下、巨大な灰色の円形闘技場である闘源郷は、少なく見積もっても二十万人を下らない数の群集に、取り囲まれていた。
人々は清明武林祭の予選大会を観戦する為に集ったのだ。
黄都だけでなく、黄国の様々な街や、国外から来た人々もいる。
二十万人の中で、籤で当りを引いて闘源郷の中に入り、試合を観戦出来るのは、たったの五万人。
つまり、観戦出来る確率は、四分の一という事になる。
明日行われる本選や、明後日に行われる決勝戦の場合、観戦出来る確率は十分の一程になる。
それ程、清明武林祭は黄国において、人気のあるイベントなのである。
昨年、あれだけの事件が起こったのだから、観戦希望者の数は、減って当然と言える。
だが、観戦希望者の数は例年通りであり、減った様子は無い。
観戦する側でなく、清明武林祭に出場する側の武術家達は、既に闘源郷の闘技場の中に、集められている。
黄国中から集まった、名立たる若手の武術家達と、華界各国や西域から訪れた、若手の武術家達など、総数にして四百人強の参加者達が、予選が始まるのを待ち構えているのだ。
清明武林祭は、黄国最強の若手武術家を決める大会ではあるのだが、国外からの参加者も受け入れている。
もっとも、黄国以外の武術家が優勝する事などは、殆ど無いのだが。
武術家達の中には、天剣や天華、迅雷の姿もある。
顔見知りとなった三人は、お互いの顔を見つけると、示し合わせた訳でも無く、一箇所に集まり、会話を交わしていた。
「面白い面子が、揃ってるじゃないの」
周囲を見回し、参加する武術家達の顔ぶれをチェックしながら、迅雷は呟く。
「鋼家鉄仙拳の、鋼鉄拐がいるぜ。鋼家門では若手どころか、最強って噂の奴だ」
十五メートル程前にいる、鉄色の功夫服に身を包んだ、六尺程の厳つい青年……鋼鉄拐を、迅雷は指差す。
「強いのか? 鋼家門という門派……武林では強いという噂は、耳にしないのだが」
天剣は鉄拐に目をやりながら、迅雷に問いかける。
「かなり強いって噂だ」
迅雷は即答する。
「黄国の武林で知られていないのは、鋼鉄拐は黄国では無く、豪国の鋼家門を代表する、若手の使い手だからさ」
「豪国の鋼家門?」
典型の問いに、迅雷は頷く。
豪国とは、黄国に隣接する国である。
「黄国の鋼家門は、豪国の鋼家門の分派でしかないから、大した勢力を誇っている訳では無いが、豪国での鋼家門は、国を代表する門派の一つなんだ」
「成る程……鋼鉄拐は、本場の鋼家門の実力を持つ男という訳か。しかし、鋼家門の鋼鉄拐ではなく、鋼家鉄仙拳の鋼鉄拐と呼んだのは、何故だ?」
「奴が、鋼家門の奥義……鉄仙拳を、誰よりも使いこなしているからさ」
「鉄仙拳……拳法か」
主に握り込んだ拳で攻撃する種類の技を、拳法と呼ぶ。
「体術である外功と、内功である硬功を徹底的に組み合わせ、近接戦闘に特化した形に統合した戦法が、鉄仙拳だ。中でも拳法の威力が桁外れで、硬功ですら防御不可能らしい事から、仙人が鉄のような拳で放つ拳法……鉄仙拳と呼ばれている」
「国外の武術家の事にまで詳しいんだな、チビガキの癖に」
「昔……武者修行の為に、華界中を旅して回った事があったんでね」
そう言いながら、迅雷はゴーグルを弄る。
若返り、無名を名乗っているとはいえ、一応は顔を隠しておいた方が良いと思っているが故の、ゴーグルなのだ。
「このゴーグルって眼鏡は、西域に行った時に買ったんだが、便利で良いぜ。砂漠とか渡る時、目に砂が入らないし」
「この西域かぶれがっ! 顔を隠すなら、他に別の物があるだろうに!」
西域嫌いの天剣は、迅雷のゴーグルやジーンズを、不愉快そうに睨みつける。
天剣達には、迅雷の弟……疾風である自分の顔を、素華は知っているから、ゴーグルで顔を隠しているのだと、迅雷は説明済みである。
「天剣は西域嫌いですから」
西域嫌いという言葉を聞いた迅雷は、何処か寂しげな表情を見せる。
ほんの一瞬だけなので、天剣も天華も気付きはしない。
「西域は良い所だぜ、おっぱいの大きいお姉ちゃんが、沢山いるし」
「西域の美点として、一番最初に思い浮かべるのが、胸の大きい女が多いって事かよ!」
迅雷を睨みつけ、天剣は言い放つ。
「当然だ、男が土地柄を判断する際、最重要視するのは、胸の大きい女が多いかどうかって事なんだからな!」
「そんな事を最重要視するのは、お前だけだ! ガキの癖に、色ボケしやがって!」
「胸の大きい女といえば、あそこにいる仮面を被っている女の人、かなり胸……大きいですよね」
天華は左側……二十メートル程の所にいる、長身の女性に目をやる。
顔の全てを覆い隠すかのような、飾り気の無い白い面を被っている、白い功夫服を着た女性武術家が、天華の目線の先にいた。
天華が言う通り、仮面の女性武術家の胸は、かなり大きい。




