019 ーー手詰まりだ……殺られるな
「迅雷……私はお前の事を、本当の弟のように思ってきた。いや、それ以上の存在だったのかもしれない」
哀しみ半分、怒り半分と言った風な複雑な表情を浮かべながら、素華は続ける。
「だが、お前も憎むべき封神門の男である以上、赦す訳には行かない」
「ーー何の話だ? 貴女も……封神門の門弟……じゃないか。意味が……分らない!」
息も絶え絶えに、迅雷は素華に問いかける。
「私が封神門の門弟となったのは、私の一族を滅ぼした力を、手に入れる為でしかなかった」
「貴女の一族を……滅ぼした?」
「そうだ。雷天元の手先となって羅星城を陥とし、私の家族……羅一族を滅ぼしたのは、封神門の阮王凱率いる、封神門の武術家達だからな」
素華の言う通り、羅星の乱において、王凱率いる封神門の武術家達は、天元率いる羅星州討伐軍に参加した。
当時は食糧危機のせいで黄国全土の治安が悪化していた為、黄武十二聖や、他の有力な黄国軍の仙闘機使い達は、黄国各地に派遣されていて、天元率いる黄国軍第一軍ですら、仙闘機戦力が足りない状況にあった。
小さな州とは言え、名の有る仙闘機使いを揃えた羅星州軍は強力であり、戦力を大きく削がれた天元率いる第一軍との闘いは、伯仲していた。
しかし、ある事を契機として、第一軍は羅星州軍を圧倒し始めるようになった。
ある契機とは、黄国最強門派の一つに数えられ、多くの強力な仙闘機使いを抱えた封神門の武術家達が、第一軍に義勇軍として参戦した事であった。
天元は自軍の戦力不足を補う為に、個人的に親しかった、当時の封神門掌門……王凱に、封神門の仙闘機使い達の参戦を求めたのだ。
内戦が避けられなかった以上、討伐軍の戦力が劣れば内戦が長引き、黄国の疲弊がより深刻化すると考えた王凱は、同義的には正しいと言い切れぬ戦いに、高弟達を引き連れて、途中から参戦したのである。
強力な封神門の武術家達の参戦が、羅星の乱の勝敗を決した。
羅星州軍は圧され続け、羅星城における羅氏一族の全滅という悲劇により、羅星の乱は幕を引く事となった。
「羅星城の……羅氏が、素華師姐……貴女の一族? 貴女は……羅星州の羅氏の、生き残りなのか?」
素華の隠されていた出自を知り、迅雷は驚愕する。
「ーーその通りだ。羅星慶は私の父であり、三女である私の本来の名は、羅壮麗」
「羅壮麗……」
初めて知った、素華の本来の名を、迅雷は呟く。
「目の前で家族を……一族を殺され、私自身も崩れ落ちた城の瓦礫に埋もれて、瀕死の重傷を負ったんだが、死ぬ寸前で助けられたのさ。一族を滅ぼした男の一人である、王凱自身の手によってね」
吐き捨てるような口調で、素華は続ける。
「ーー当時の王……雷天王は、羅氏の殲滅を命じていたのだが、王凱は瀕死の私に止めをささずに、傷を治療した。そして、私が生き残った事を隠した上で、私に西素華という名を与えて、門弟として引き取ったのさ」
普段は師父と呼んでいた王凱を、素華は呼び捨てにしている。
「正義無き戦いに助力した王凱は、罪悪感から逃れる為に、私を助け育てて来たんだよ。そうなのだろう、王凱?」
爆発により半壊している封神廟の方を向き、素華は大声で訊ねる。
封神廟の中から出て来ていた、白い功夫服の壮年の男……王凱は、体中血塗れであり、左腕を失っている。
「ーー否定はしない。内乱が始まってしまった以上、凶作による飢饉という状態の黄国で、内乱が長引く事こそ、黄国に生きる人々にとって、最悪の事だと思った私は、天元に力を貸した!」
既に半死半生の状態となっている王凱は、苦し気な口調で、素華に言葉を返した。
「そうする事が、正義だと信じたからこそ、参戦したにも関わらず、戦い続けた私の心は、晴れるどころか、常に罪悪感に苛まれ続けていた……」
苦しげな口調で、王凱は話し続ける。
「だからこそ、戦いが終わった後、羅星城の瓦礫の中から、まだ生きていたお前を見付けた時、私は自分が救われたような気がして、羅氏の血を絶やすまいと……お前を育て上げようと、心に決めたのだ」
自嘲気味の口調で、王凱は言い足す。
「お前の言う通り、私は罪悪感から逃れたいが故に、お前を育て続けたのだろう」
「黄国最強の称号を欲しい侭にし、武聖と謳われた封神門の掌門が、大した偽善者振りじゃないか! 笑わせてくれる!」
素華は嘲笑する。
「素華……いや、羅壮麗よ! お前には、私や羅星の乱に参戦した者達に、復讐する道理はある! だが、封神門の門弟の多くは、貴様にとって復讐の相手では無い筈!」
強い口調で、王凱は問いかける。
「何故、復讐すべき相手では無い筈の、歳若き門弟達まで殺めたのだ?」
「笑止! 封神門の力を受け継ぐ者、全てが我の仇なり!」
「共に学び、生きてきた者達だろうに?」
「ーー私が封神門で学び、生きてきたのは、全て復讐の為! 黄国最強門派と言われる、封神門の力を手に入れ、我が一族を滅ぼした封神門……そして黄国の王族、雷家を滅ぼす為なのだ!」
空気を震わす程に、素華は声を張り上げる。
「共に学び生きて来たのも、復讐の為に過ぎぬ! 封神門の者達に対して、私が親愛の情など持つ筈が無いのだ!」
そう叫びながら、素華は方天戟を振り上げる。
放って置いても死は免れられないだろう迅雷に、止めをさす為に。
「迅雷、お前に対する感情など、気の迷いに過ぎない! 今、その迷いを完全に断ち切る! お前を殺す事によって!」
迅雷は内功で、傷を癒し続けてはいたが、半死半生の状態であり、素華の攻撃をかわす余裕など無い。
これから振り下ろされるだろう、稲妻をまとった方天戟の切っ先をかわす事など、今の迅雷には不可能なのだ。
(ーー手詰まりだ……殺られるな)
敬愛していた素華に、自分が殺されそうになっている現実を前にして、迅雷は絶望し、迫り来る死を待つ事しか出来ない。




