015 復讐だよ、黄国王家……雷家と、封神門に対する
「このチビガキ! さっきはよくも、やりやがったな!」
馬車が戦闘現場を発って、三分程が過ぎた頃、対面の席に寝転がっている無名に、天剣は怒鳴り散らした。
ようやく経絡の気の流れを整え終わり、天剣は喋れる程度まで、身体の自由を取り戻したのだ。
そんな天剣の顔を、意外そうな顔で見上げつつ、無名は呟く。
「七星封縛を食らえば、皆伝を受けた武術家でも、五分は喋れないのが普通なんだが……もう喋れるのか」
「天剣は点穴解除、得意なんです。二度目は、もっと短時間で解除すると思いますよ」
天華の言葉を聞いて、天剣は自慢げな表情を浮かべる。
だが、すぐに無名に文句を言っている途中なのを思い出し、天剣は無名に食って掛かる。
「何でいきなり、鏢客が客である俺に、縛身点穴なんか食らわせやがったんだよ?」
「馬車が来てるのに、お前がしつこく、話を続けようとするからだ」
「そういえば、話の途中だったんだ!」
無名の返事を聞いた天剣は、先程していた話が中断され、自分の問いに無名が答えていないのを思い出す。
「チビガキ、さっきの質問に答えろ!」
「さっきの質問って、なんだっけ?」
涼しい顔で、無名は惚けてみせる。
「東少侠の同門……封神門の者達を殺したのが、素華だった事や、東少侠自身も、素華に殺されそうになった事なんかを、お前が何で知ってるのかって質問だ!」
そう言い放ちながら、天剣は両腕を色々と動かし、動くかどうかを確認する。
縛身点穴の解除が進み、両腕の自由を、天剣は取り戻したのだ。
「そんなの、素華師姐にやられた兄貴の元に、駆けつけた俺が、兄貴が死ぬ前に、色々と聞いたからに決まってるだろ」
「色々と聞いたって、どんな事を?」
「あの日、闘源郷に素華師姐と兄貴が現れる前に、何があったのかって事や、何で素華師姐が、あんな事件を起こしたのかって事とか……」
「お前……そんな事まで、東少侠から聞いていたのか!」
驚きの声を上げた天剣は、寝転がっていた無名の胸倉を右手で掴んで、引き起こす。
今度は、無名から点穴を食らわないように、左手で無名の動きを牽制し、防御する構えを取りながら。
無論、驚いたのは天剣だけでは無く、天華も同様に驚いていた。
素華が何故、王族達と封神門の者達を殺戮するという凶行に走ったのか、その理由については、誰も真実を掴んでいなかったのだ。
それなのに、素華が凶行に走った理由までも、無名が知っているなどという話を聞けば、天剣や天華が驚くのは当然だろう。
「教えろ! 素華は何故、あんな真似をしたんだ? あの日、東少侠と素華の間には、何があったというんだ?」
「放せって、話してやるから」
無名の言葉を聞いて、天剣は無名の胸倉から手を放す。
(もう身体が動かせるのか……点穴解除は相当に速いな。俺は少しばかり、この小娘を侮り過ぎていたのかもしれない)
心の中で呟きつつ、無名は身体を解しながら、長椅子に座り直す。
そして、対面の椅子に座っている、天剣と天華の方を見て、無名は口を開く。
「復讐だよ、黄国王家……雷家と、封神門に対する」
「西素華の凶行の理由が復讐だという事は、俺達も知っている。先代の王……雷天王を殺した後、西素華が雷天元であった頃の現王に言ったんだ、『雷天王の走狗となり、我が一族を殺戮した雷天元! 貴様も家族と共に、雷天王の後を追うが良い!』と……」
「そう言えば、あの事件の時、お前等は闘源郷にいたんだったな」
無名の言葉に、天剣と天華は頷く。
「確か……師姐の窮奇に、殺されそうになったとか言っていた気がするが、師姐の狙いは王族連中だったのだから、ひょっとしたら……お前等は王族なのか?」
ふと、頭に浮かんだ疑問を、無名は口にする。
「ば、馬鹿な事を言うな、俺達が王族の訳がないだろ!」
強い口調で、天剣は返答を補足する。
「王族だったら、黄国軍や近衛兵に守られた馬車に乗って、荒野を移動するに決まってる。江湖で雇った鏢客が守る馬車になど、王族が乗っている訳がないじゃないか」
「それはまぁ、確かに……そうなんだが……」
思い付いた疑問が、ふと口を吐いて出ただけなので、無名としても深く考えての問いかけではなかった。
天剣の言う事も、常識的な発言であり、無名は説得力を感じたのだ。
「私達は王族ではないんですが、王族に親しい者がいるので、昨年の清明武林祭では、王族向けの観戦席に、家族と共に紛れ込ませて貰っていたんです」
天剣に代わり、天華が口を開く。
「だから、あの時……私達も家族と共に、素華の窮奇に殺されそうになったんですよ」
「成程ね……」
二人の話に、無名は納得する。
(まぁ、確かに……王族の女の子が、雷聖門の皆伝を受けて、清明武林祭の代表に選ばれるなんて事は、さすがに有り得ないか)
無名が考えた通り、そんな事は常識的には、有り得ない事であった。
「全く、お前が妙な事を言い出すから、話の腰が折れちまったじゃないか」
呆れ顔で言い放つと、自分達と王族の関係についての話は、これで終わりだとばかりに、天剣は話を元に戻す。




