011 狼? 野良犬の間違いだろう?
「何だ、あれは?」
余りにも奇異な外見をした、無名の機動大仙を見て、天剣は目を丸くする。
天華も同様に驚き、率直な感想を口にする。
「木乃伊みたい……」
「木乃伊って?」
「西域の妖魔よ。あの機動大仙みたいに、全身が包帯で、ぐるぐる巻きになっている……」
博識な天華は、本で憶えた知識を、天剣に披露する。
二人が見ている無名の機動大仙は、天華が表現した通り、全身だけでなく手にした得物までもが、包帯のような布で、ぐるぐる巻きにされている。
無名の機動大仙は、腰の辺りに巻かれた布を帯のように使い、左の腰の辺りに、得物を挿し込む。
とりあえずは得物を使う気が無いので、無名は得物を佩いたのだ。
「全身に布を巻いている機動大仙か……噂で聞いた事がある」
奇異な姿の機動大仙を目にして驚きながら、豹牙は続ける。
「半年程前から、緑點鎮の鏢局で働き始めた、無名とかいうふざけた名前のガキが、そんな気色悪い機動大仙……繃帶怪で、緑點鎮周辺地域を荒らし回る、盗賊やら妖魔やらを、退治しまくっているという噂を……」
蒼炎狼牙の巨体の口から、発せられる大声で、豹牙は問いかける。
「貴様が無名か?」
「無名も繃帶怪も、洒落でつけた名前だったんだが、意外と有名になったもんだな」
無名の機動大仙……繃帶怪は、融合している無名の声で喋る。
ちなみに、繃帶怪というのは、繃帶(包帯を意味する古い文字)の怪物という意味だ。
「そんな瀕死の怪我人みたいな機動大仙で、蒼き炎の狼と戦う気かい?」
「狼? 野良犬の間違いだろう?」
「誰が野良犬だ!」
豹牙の声で怒鳴りながら、狼牙大刀を手にした蒼炎狼牙が、繃帶怪に斬りかかる。
しかし、繃帶怪は目にも留まらぬ早業で、狼牙大刀を手にした蒼炎狼牙の右腕に、鋭い前蹴りを放つ。
激しい金属音が荒野に響き渡り、蒼炎狼牙の手から、狼牙大刀が離れる。
「お前に決まってるだろうが!」
繃帶怪は無名の声で叫びながら、蒼炎狼牙に襲い掛かると、残像を残す程の速さで、無数の突きと蹴りを蒼炎狼牙に叩き込む。
一呼吸で放たれた、無数の突きと蹴りは、蒼炎狼牙の甲冑を砕き、巨体を仰向けに転倒させる。
轟音を響かせ、土煙を舞い上げながら、仰向けに転倒した蒼炎狼牙の上に、繃帶怪が止めをさす為に飛びかかる。
全体重を乗せた手刀を、繃帶怪は蒼炎狼牙に振り下ろす。
しかし、豹牙とて黙ってやられはしない。
内功……蒼炎功を発動させたままの豹牙は、経絡(気が流れる体内の経路。人体だけでなく、機動大仙にも存在する)に気を巡らせて、蒼い気の炎を作り出し、今度は狼牙大刀では無く、蒼炎狼牙の右手に纏わせる。
そのまま、蒼炎狼牙は勢い良く起き上がり、飛びかかってくる繃帶怪を迎撃するかのように、蒼い炎を纏った右拳を突き上げる。
繃帶怪は蒼く燃えている拳を、両腕を十字に組んで受け止めて防御すると、拳による突きの威力を殺しながら着地する。
打撃としての突きこそ、繃帶怪は防御に成功したが、蒼炎による攻撃は、腕を十字に組んだ防御では受けきれ無い。
繃帶怪を覆う布は、腕の部分から燃え上がり始め、あっと言う間に全身が燃え上がり始める。
「きゃはははははっ! 燃えちまいなっ!」
豹牙の笑い声が、荒野に響く。
燃え上がる繃帶怪の姿を見て、豹牙は勝利を確信したのだ。
「チビガキ!」
無名の指示に従い、一キロ程離れた場所から、戦いを見守っていた天剣は、無名の身を案じて叫ぶ。
天剣も傍らにいる天華も、無名が駆る繃帶怪が、敗れたと思ったのである。
巨大な機動大仙同士の戦いは、一キロ離れた辺りからでも、状況を把握出来るのだ。
無論、天剣と天華の二人が、視力に優れているせいでもあるのだが。
「あーあ、偽装用の呪布が、燃えちまったじゃんか。結構高いんだぜ、これ」
蒼い炎に包まれた繃帶怪が、無名の声で喋る。
身体を覆っていた布地……呪布は、既に半分ほど焼失し、隠されていた本体が、姿を現し始めている。
他の機動大仙同様、甲冑を着込んだ機械の巨人の如き、繃帶怪の本体は、何のダメージも受けていなかった。
「そんな馬鹿な! 無傷だと?」
巨体に巻かれていた、本来の姿を覆い隠す為の呪いが施された、擬装用の呪布こそ燃え尽きたものの、本体は無傷である繃帶怪の姿を見て、豹牙は衝撃を受ける。
「馬鹿なのは、貴様の方だ!」
嘲り口調で、無名は続ける。
「死しても、炎で己の身を燃やし甦る鳳凰に、炎の攻撃が効くとでも思ってるのか?」
「鳳凰……?」
鳳凰は炎の属性において、最強の妖魔である。
そして、真の姿を露にした、無名の機動大仙は、鳳凰という名に相応しい、真紅の巨大な鳥と、甲冑を着込んだ少年の姿が、混ざり合ったような外見であった。
「貴様の機動大仙は鳳凰の仙闘機……炎による攻撃には、耐性があるという訳か」
納得したかのように、豹牙は呟く。
機動大仙となった際、妖魔を思わせる外見をしている仙闘機は、その妖魔と似た性質や能力を、持っている場合が多い。
鳳凰を思わせる外見の機動大仙は、炎を操る攻撃に長け、炎に対する防御能力が高いという訳である。
「それにしても、落書きだらけの鳳凰ってのは、見た目が良いとは言えないな。だから、包帯で身体を隠していた訳かい?」
嘲るような豹牙の言葉通り、鳳凰を思わせる機動大仙の各所には、得体の知れない文字や文様が、書き込まれていた。
そういった文字や文様が書き込まれている、機動大仙……仙闘機が、何であるかを知らない豹牙には、落書きにしか見えなかったのだ。
「あれは……呪仙闘機!」
天剣は驚きの声を上げる。豹牙とは違い、呪われた仙闘機……呪仙闘機の存在を、天剣と天華は知っていた。
一年前の清明武林祭において、二機の呪仙闘機が機動大仙と化した姿を、二人は目にした事があっただけでなく、呪仙闘機の存在を知る者から、呪仙闘機に関する知識を教えられていたので。
しかも、機動大仙と化した、無名の呪仙闘機の外見は、その二機の内の一機に、驚く程似ていた。
天剣達が一年前に目にした機動大仙よりも、二回りほど機体が小さい、機動大仙としては、最小の部類に入る大きさである事以外は、殆ど外見に違いが無かったのである。
得物に巻かれた布も、燃え尽きてしまったので、地面に落ちて刺さった得物の姿も、完全に露になった。
一見すると、深紅の巨大な長剣だが、柄の部分のデザインや構造が、鳳凰刀特有のものだった為、それが鳳凰刀であるのが、鳳凰刀の使い手である天剣には分かる。




