最後の七龍 スレフェン連合王国
10月11日 日本国 東京 常盤橋セントラルタワービルB棟
あの忌まわしき事件から1ヶ月が経過した。あの日、野生龍の激突によって爆破炎上し、一部が倒壊した日本一の高層ビル「常盤橋セントラルタワービルB棟」は未だ修復の途上にあり、一般人の立ち入りは出来ない状況が続いている。
周辺に散乱した瓦礫はすでに片付けられており、都民たちは何時もの日常を過ごしている。だが、結果として本土に急襲を受けたことになる今回の事件は、日本国民の心に“自分たちは安全では無い”という事実を刻みつけてしまったのだ。
日本政府への不信感や陰謀論が跋扈し、内閣支持率は低下の一途を辿っている。そんな情勢の中、内閣総理大臣の伊那波孝徳は龍が激突した現場を訪れ、会見を開いていた。
『あの・・・忌まわしき事件から1ヶ月が経過しました。政府は現在、事件について総力を挙げて調査を続行中ですが、龍の激突についてはあれが意図された事件なのか、ただの事故なのか、結論が出ていないのが・・・現状であります』
「政府は失態を隠匿しているのでは無いのですか?」
「円盤については何か分かったのですか?」
「政府には説明責任があると思いますが!?」
集まっていたマスコミから、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。伊那波は言葉を選びながら、再度口を開いた。
『龍については先程申し上げた通り、未だ何も判明していません・・・が、九十九里浜に襲来した円盤については、JAXAが撮影していた衛星写真より、有力な情報を入手しました。円盤の基地と思しき構造物を、西方世界に発見したのです。真実を確認する為、我々は既に行動を起こしています。今は詳細を申し上げる訳には参りませんが、必ずや日本国民の皆さんに真実を届けます!』
伊那波は強い声で、真実を明らかにすることをメディアに向かって誓うのだった。
〜〜〜〜〜
同日 西方世界 大西洋 エザニア亜大陸付近
その頃、世界の中央に位置するジュペリア大陸の西側、かつて地球に存在した海と同じ「大西洋」という名で呼ばれている海を4隻の艦が進んでいた。その内訳はさくら型護衛艦の「さくら」と「つばき」、むらさめ型護衛艦の「はるさめ」といったかつて舞鶴を母港としていた第14護衛隊に、補給艦の「おうみ」を加えた4隻である。
4隻の旗艦を務める「さくら」の士官室では、幹部自衛官と使節団の面々が集まり、此度の任務について話しあっていた。
「我々が向かう国の名は『スレフェン連合王国』・・・列強・七龍の中で唯一、未だ日本国との国交が無い国であります。他国からは“最後の七龍”という異名で呼ばれているらしく、7カ国の中では日本に次ぐ新顔で、かつて大ソウ帝国という元列強を下したことで、列強の1つと数えられる様になりました」
外務官僚の大河内忍が、スレフェンについての情報を説明する。彼の国はイスラフェア帝国以上の厳格な鎖国国家で、大ソウ帝国を武力で下してからは同国を事実上の植民地としている。さらには洋上に点在するイスラフェア帝国の属国に対して軍事行動を行い、度々イスラフェアと小競り合いを起こしているという、好戦的な国なのだ。
「・・・彼の国には、あの円盤が発進したと思しき基地をソウ帝国内に建設した疑惑、そしてあの野生龍を日本へ差し向けた疑惑、さらにはあの“熱線銃”を作成し、セーレン王国の反日組織へ提供した疑惑があり、これらを明らかにするのが今回の任務です」
大河内は、今回の使節団が組織された目的を完結にまとめる。その時、船外の状況を伝える艦内アナウンスが聞こえて来た。
『エザニア亜大陸を視界に捉えました。当艦は間も無くスレフェン連合王国首都ローディムに到着します!』
「・・・!」
ついに目的地へ近づいたことを知り、士官室に集まっていた艦の幹部や外交官たちの表情がより引き締まったものになる。1時間後、4隻の艦隊はローディムへと辿り着いたのだ。
・・・
エザニア亜大陸 スレフェン連合王国 首都ローディム
世界の東端に位置するとは言えども、テラルス世界への門戸が開かれた日本は、かつての“謎の国”という印象は薄れていた。それとは対照的に、この国は謎のベールに包まれた国として、他国からは認知されている。同じ鎖国国家とは言え、他国との貿易を限定的に行っているイスラフェア帝国とは異なり、完全な鎖国国家として他国との貿易関係を一切持たず、尚且つ対外進出姿勢を隠さないこの国は、多くの国々から不気味な侵略国家として見られていた。
4つの国家からなる連合王国であるこの国は、王族が魔術師の家系という世界的に見ても珍しい国である。故に、この世界における軍事研究のトレンドが“魔法”から“火薬兵器”にシフトしている最中、この国は魔法による軍事技術の開発に国家予算の多くを投入しているという。そんな「スレフェン連合王国」は、“七龍”の中では日本に次ぐ新顔であり、22年程前に“極西の七龍”と呼ばれていた「ソウ帝国」を破って七龍の座に即いたという過去を持つ。
そんな国の首都に今、遠き東の国からやって来た4隻の巨大艦が現れている。その異形な姿に、首都の市民たちは騒然としながら、港の様子を眺めていた。
首都中心街 グストリー・ウォルスター宮殿
首都の中心街に位置する「グストリー・ウォルスター宮殿」では、スレフェン王国国王のジョーンリー=テュダーノヴ4世を中心に国の幹部たちが集まり、緊急王前会議を開催していた。
「先程、ニホン国の使者が港に上陸しました。彼らは我々との会談を要請しています」
外務庁長官のシャリアード=プロイアは、日本国の使者から伝えられた要求について口にする。国王ジョーンリー4世は唇をわなわなを震えさせ、怒りを露わにしていた。
「首都の港にいきなり軍艦で押し寄せるなど、余りにも無礼ではないか! ニホン人・・・極東の野蛮人め!」
首都ローディムの沖合に城と見紛う程の巨大な軍艦を引き連れて現れ、アポイントメントも無く会談を申し入れる。ジョーンリー4世はそんな脅しを掛ける様な日本人たちの行動が気に入らなかった。
「しかし・・・無視をする訳にも、況してや此処で戦を始める訳にも参りませぬ。彼らとの会談には私が臨みましょう」
王太子のエドワスタ=テュダーノヴは、怒れる父親を宥めながら交渉人に名乗りを挙げる。その後、スレフェン連合王国政府は、会談に応じるという返事を日本国の使節団に届けた。斯くして日本とスレフェン、最東端と最西端の列強同士の初接触が成されたのである。
外務庁 応接室
武装の解除という条件を受け入れ、外務副大臣の纏健輔を首班とする日本国の使節団員はローディムへと上陸した。彼らは連合王国政府が用意した馬車で、この国の外交を統括する「外務庁」という機関の庁舎に案内される。
そこで応接間へと通された纏と大河内の2人は、華美とは言わずとも高貴な印象を抱く服装に身を包む青年と顔を合わせた。
「スレフェン連合王国第一王子のエドワスタ=テュダーノヴと申します」
国王より外交を任されている王太子のエドワスタは、自身の素性を纏たちに述べる。
「日本国外務省副大臣、纏健輔と申します。此度、日本国使節団代表の任を与っております」
纏の方も自己紹介をする。その後、両者は握手を交わし、席に着いた。
「さて・・・我が国が傘下国との貿易しか行わない鎖国体制を敷いていることは、既にご存じかと思いますが、それを破ってまで我が国を訪れた理由をお聞かせ願いますか?」
エドワスタは丁寧な口調で、纏たちが艦隊を引き連れてローディムに現れた理由を尋ねる。そんな彼の態度を見て、纏は一瞬だけ眉を顰めた。
「ちょうど1ヶ月前、東方世界の島国であるセーレン王国に存在する我が軍の基地に対して、高威力の攻撃魔法を使用出来る魔法道具を用いた攻撃が行われました。実行犯と思しき者たちは死亡しましたが、彼らの手にはこれらの魔法道具が握られていました」
纏の言葉に合わせて、大河内が鞄の中から写真を取り出し、テーブルの上に並べる。それにはセシリーたちが使用した“円筒状の魔法熱線銃”が写っていた。
「我々はこれらの魔法道具が貴国で開発されたものと推測しています。どうですか・・・?」
纏は相手の顔色を伺いながら、エドワスタに真偽を問いかける。彼は小首を傾げながら、淡々と答えた。
「確かにそれは、我が国の“魔法研究機関”が開発した兵器です。威力は強いですが使用者の魔力を全て使い果たしてしまう欠陥品でした。なので売り払ったと聞いています」
「・・・!」
エドワスタはあっさりと、それが自国で生産されたものであることを認めた。だが、彼はそれがセーレン王国でテロに使用されたことを関知しておらず、意に介していない様子である。
「では・・・意図して我が国を攻撃する為に、セーレン王国へ売り渡した訳では無いと?」
「はい、私も知らなかったことなので・・・我が国の兵器が貴国を攻撃する為に使われたのだとしたら、我々としても遺憾です。ですが・・・売り払った後の商品の動向など、我々が関知すべきことでは無いですよね・・・?」
エドワスタはあくまで、スレフェン連合王国に日本国の基地を攻撃する意図が無かったこと、そして自分たちに責任が無いことを強調する。纏は納得が行かなかったが、話を次の議題に切り替える。
「では次に・・・同日、我が国は謎の飛行物体による襲撃を受けました。それらはこの・・・大ソウ帝国の南部に建設されている基地に配備されていたものと思われます。これについては、どの様な弁明を図るおつもりですか?」
纏の言葉に従って、大河内はF−35A戦闘機が撮影した円盤の写真と、JAXAが人工衛星から撮影した大ソウ帝国の衛星写真を取り出して、テーブルの上に並べた。
「何を言っているのか分かりません。・・・ソウ帝国の基地? 随分精巧な写真ですが、これらは空中から撮影したのですか?」
エドワスタは円盤の基地に覚えが無い素振りを見せる。彼の態度を見て痺れを切らした纏は、強い口調でさらに踏み込んだ発言を投げかけた。
「我々はこの基地と円盤が、貴国によって建設・建造されたものではないかと疑い、此処へ来ました。ですが、あくまで関係無いと仰るのであれば・・・例えば、我々がこの基地を破壊しても構わないと?」
「・・・!」
纏の隣に座っていた大河内は、随分踏み込んだ発言をしたものだと驚いていた。纏の言葉は最悪の場合、一触即発の事態に成りかねない発言である。だが、日本側としては既に3名の戦死者、龍の激突事件を含めれば230名を超える犠牲者を出している状態である為、知らないと言われたからといって此処でおめおめと帰る訳にはいかなかった。
「我が国はソウ帝国に貴国を攻撃しろなんて命令は出していません。仮にそんな基地がソウ帝国内に有って、その基地が貴国を攻撃する為に使用されたのだとしたら、それは貴国とソウとの問題です。どうぞご自由に!」
エドワスタは再度知らないと突っぱねると、好きにしろと言い放った。どうやら、彼は本当に何も知らない様だ。
「もう1つ・・・この円盤が飛来した日と同じ日、野生の龍が日本本土の建造物に突入したのですが、これは貴方方の仕業ですか?」
「・・・いえ、それも知りません。事故じゃないんですか?」
日本国民に「911アメリカ同時多発テロ」を思い出させた野生龍の激突についても、エドワスタは知らないと断言する。纏はその答えを聞いて眉間に深いしわを刻むが、エドワスタは一際怪訝な表情を浮かべて首を傾げるだけだった。
纏は荒い鼻息を噴き出すと、椅子から立ち上がってぶっきらぼうに言い放つ。
「あくまで知らないと仰るのですね・・・では、我々は日本政府へその様に報告します。いずれまたお会いする機会が来るでしょう。その時を楽しみにしていますよ」
纏は鋭い眼光を浴びせながらエドワスタに向かってそう言うと、部下の大河内と共に応接室の扉へと向かう。彼は案内を申し出た外務庁職員の腕を振り払うと、憤慨しながら応接室を後にした。
「何なんだ、一体・・・?」
身に覚えの無い嫌疑を掛けられ、一方的に会談の終了を告げられたエドワスタは、2人の日本人が去って行った後を、呆然としながら眺めていた。
同日・日没時 グストリー・ウォルスター宮殿 王の執務室
会談終了後、王太子のエドワスタは報告の為に再度宮殿を訪れていた。王の執務室にて、彼は王が座る机の前に立ち、会談の内容について説明する。第14護衛隊の姿はローディムの港から既に消えていた。
「何と・・・あれだけの大騒ぎを起こしておいて、訳の分からぬことを言いたいだけ言って帰ったというのか!?」
会談の顛末を王太子から聞かされた国王のジョーンリー4世は、日本の使節の一連の言動を知って怒りを露わにしていた。
「・・・正直なところ、彼らは我々が日本国を攻撃したと思い込んでいた様でした。申し訳ありません、私も相手の余りのしつこさに頭に来てしまい、ソウへの武力攻撃を示唆する発言に対して『好きにしろ』と言い放ってしまいました」
エドワスタは会談での失態を詫びる。宗主国が属国への攻撃を容認する発言をしてしまったことは、明らかに失言であった。
「まぁ・・・ソウ人がニホン人によって何人殺されようが興味は無い。お前はニホン国が次にどういう行動を取るかを気にしている様だが・・・」
エドワスタは、纏が去り際に言い放った“また会うことになる”という言葉を気がかりにしていた。だが、王であるジョーンリー4世はそれについて全く意に介していない様子である。
「私は何時までも、スレフェンを只の列強の1つにしておくつもりは無い。我々はいずれイスラフェアを下し、ジュペリア大陸へ版図を広げる。覇道を征く以上、ジュペリア大陸に拠点を持つニホン国との衝突はどちらにせよ避けられんし、避けるつもりも無い」
王はいずれ日本と対決するつもりであることを告げた。大ソウ帝国が支配する「シュンギョウ大陸」をほとんど制覇した彼らは、中央世界を構成し、イスラフェア帝国やクロスネルヤード帝国が版図を持つ「ジュペリア大陸」を次なる目標に定めていたのである。
「・・・おや、どうされましたか? お二人して深刻な顔をなさって」
「!」
王と王太子が言葉を交わしていた所へ、1人の男が訪れる。2人は突然の声に驚き、その声がした方を向いた。その男はかつて、日本の左派系活動家を虚言で巻き込み、ティルフィングの剣を求めて日本の公安警察官と争った“ハッサムド=アハリ”であった。本名は別にあるが、彼は此処でもその名を隠し、王たちには「フランシタ=ラディアス」と名乗っていた。
「それより、お喜びください・・・ついに研究が実を結びました」
フランシタは研究報告をする為に、王の執務室を訪れていた。その内容に、ジョーンリー4世とエドワスタは耳を傾ける。
フランシタ=ラディアスを首班とする集団は「密伝衆」と名乗り、30年前にスレフェン連合王国へ現れた。彼らは優れた魔法技術をスレフェンに提供することで宮殿に取り入り、22年前には大ソウ帝国の撃破に大きな貢献を果たした。
だが、彼らが製造する魔法兵器は魔力の需要量が高く、それらを使用したスレフェン兵が“魔力切れ”を起こして死亡する事例が多発した為、それらの使用はやむなく中止になっていた。その結果、ジュペリア大陸への進出も、蒸気機関の推進力を持つイスラフェアの海軍に阻まれ、全くと言って良い程進んでいなかったのである。
その状況を受けて、彼ら「密伝衆」は上位機関である技術局の命令を受けて新たな魔法と魔法道具の研究に着手していた。フランシタはその成果を王に献上する。それは電子回路の基板の様な物体だった。
「これが『魔力増幅装置』・・・その名の通り、人間が持つ魔力を数倍に増幅させることが出来る魔法道具です。これを使えば、あの『熱線砲』の魔力需要を満たすことが出来、問題無く実戦に使用することが出来るでしょう。そして更に、全ての軍艦を『魔法防壁』で覆うことも可能です。さらに“暗視魔法”についても、我々はその復刻に完全に成功致しました。野生の龍を使った実験を行い、それにニホン国本土を攻撃させることに成功したのです」
「なっ・・・! 勝手にニホン国を攻撃したのか!?」
王太子のエドワスタは研究の成果よりも、彼ら密伝衆が独断で日本を攻撃したことに驚く。そして知らなかったこととはいえ、日本国の使節団に野生の龍と自国は関係無いと言い切ってしまったことが嘘になってしまったことを知り、苦い表情を浮かべていた。
「フフ・・・面白い! 本当にニホン国を敵に回していたのか。だが、それにはそれに見合うだけの勝算が有るのだろうな?」
狼狽する王太子とは引き替えに、スレフェン王は不敵な笑みを浮かべる。王の問いかけに、フランシタは平淡な様子で答えた。
「暗視魔法、魔力増幅装置、そしてソウより供給される奴隷を組み合わせれば、膨大な魔力が使い放題・・・最早、魔力量の限界を気にする必要は無くなり、我々が作成した魔法兵器を存分に使用することが出来ます」
「あの失敗作の熱線砲や魔法防壁が、本当に戦力になるのか!?」
フランシタの言葉を聞いて、ジョーンリーは興奮を隠せない。
「はい・・・さすれば最早、火薬兵器など敵ではありません。イスラフェアの海軍も恐るるに足りません」
フランシタは今まで敵わなかったイスラフェア帝国の海軍を、簡単に蹴散らせると言い放って見せた。
「海軍の全艦を改修するには同時進行で進めて1ヶ月程の時間を要します。その後は西方世界でも何でも・・・思う存分に戦が出来ますよ」
「オォッ!! 期待しているぞ・・・予算の方を算出したら、財務庁に一報を入れるといい」
「はっ・・・有り難き幸せに存じます」
艦の改修と更なる研究の為、追加予算の申請を許可されたフランシタは、密伝衆の総意として国王に謝意の言葉を述べた。
王に一礼し、部屋を退出しようとするフランシタを、王太子のエドワスタが呼び止める。
「そう言えば・・・先程のニホン人がソウ帝国に基地がどうとか、良く分からないことを言っていたらしいが、もしかしてお前たちの仕業か・・・?」
野生龍による日本本土への攻撃が密伝衆によるものであることを知ったエドワスタは、先程の会談で纏と大河内が述べていた“円盤の群れ”が、彼らの手によるものでは無いかと疑っていた。
「いえ・・・何のことでしょうか。恐らくは国王陛下、延いてはこの国に因縁を付ける為の虚言でしょう、お気になさることはありません」
「・・・成る程、分かった」
エドワスタの予想に反し、ソウ帝国の基地ついて、フランシタは知らないと言い放つ。その後、彼は王の執務室を退室して行った。
フランシタは宮殿を退出した後、宮殿の敷地と市街地を隔てる門に向かう為、宮中庭園の中を歩いていた。そんな彼の下に1人の男が近寄り、並行して歩き始める。その男はフランシタと同じく「密伝衆」の1人であった。
「ミャウダー様、スレフェンなんぞに魔力増幅装置を渡して良かったのですか?」
王に仕える身であるにも関わらず、その男はスレフェン連合王国を見下した物言いをしながら、フランシタに質問をぶつけた。フランシタは鼻で笑うと、あくどい笑みを浮かべる。
「フン、まさか・・・あれは初期に試作した“粗悪品”だよ。本当に完成したオリジナルと遜色無い『魔力増幅装置』をスレフェンに渡す訳が無いだろう、勿体無い」
フランシタ=ラディアス、否、ミャウダーと呼ばれたその男は、彼の部下と同じくスレフェン王への忠誠など持ち合わせては居なかった。彼ら密伝衆がスレフェンに取り入っている理由、それは「旧世界」の遺産を復活させる為の魔法研究の予算が欲しかったからに過ぎないのだ。
「基地についてはあのような虚言を申し上げて良かったのですか? 恐らくニホンはあの基地を本当に破壊する筈です」
大ソウ帝国に建設されていた円盤群の発射基地、それも彼らがスレフェンの国家予算を使って秘密裏に建設したものであった。だが、ミャウダーはその基地については知らないと王太子に向かって嘘をついていた。部下の男はそれについて心配していた。
「箱船の『艦載機』の起動実験は終わった。最早あの基地に用など無いからな、破壊されるならば別にそれで良いさ」
ミャウダーは大ソウ帝国の基地にこれと言った未練は無かった。その後、彼は歓喜を隠し切れない表情で言葉を続ける。
「第6次研究によって、ついに完全な『魔力増幅装置』の量産に成功した。これでこの都市の地下に眠る『旧世界』の箱船を完全なものとして動かすことが出来る。そろそろ・・・我々が歴史の表舞台に立つ時が来たな」
ミャウダーはそう言うと、空に向かって手を伸ばす。既に日は西の空に落ちており、彼が伸ばした腕の先では、“満月”が煌々と輝いていた。