6年間の変化
9月27日 セーレン島 セーレン王国 首都シオン 王宮
特殊作戦群と3隻の艦がシュンギョウ大陸へと旅立ったその日、日本から西へ5000kmほど離れた地である「セーレン王国」に、外務大臣の来栖礼悟を首班とし、国立魔法研究所の研究員を含む外交団が派遣されていた。
そして彼らは今、セーレン王国駐箚特命全権大使である前ヶ谷憲一と共に、この国の王が住む王宮を訪れている。9月11日に発生した現地住民による自衛隊基地へのテロ攻撃に関して、抗議と再発防止の要求をセーレン王国政府へ伝える為だ。
「・・・ようこそ、お越しくださいました」
応接室へと通された彼らを、女王であるヘレナス=ミュケーナイ2世と外交大臣のフラメス=コクスィクスが迎え入れる。問題が問題だけあって、2人の顔色は一様に暗かった。
その後、両者は向かい合うようにして応接間のソファに座る。最初に口を開いたのは外務大臣の来栖だ。
「・・・既にご存じかと思いますが、2週間半ほど前、この街にある我が国の軍事基地、在セーレン王国・シオン海軍施設がテロ攻撃を受け・・・幸いにも負傷者は居ませんでしたが、哨戒機を1機喪失する羽目になりました」
円盤が九十九里浜を襲い、野生龍が日本一の高層ビルに激突した「9月11日事件(通称911事件)」の影に隠れて目立たなかったが、同日の未明頃、この国の自衛隊基地でも事件が起こっていた。哨戒機のオライオンが何らかの攻撃を受けて爆破炎上したのだ。
「こちらが犯人と思われる者たちの顔写真です。基地の付近に変死体となって発見されました。彼ら3名の右手には、尽く“魔法道具”が握られていました。それはこの写真に写っているこの物体です」
来栖の言葉に合わせて、彼の隣に座っていた防衛官僚の上園薫が鞄の中から数枚の写真を取り出し、テーブルの上に並べる。それには、最後に会った時より老けてはいるが、ヘレナスがよく顔を知っている男の変死体と、取っ手が付いた円筒状の物体が写っていた。
「この男・・・貴方ならばよくご存じですね、ヘレナス陛下?」
「・・・はい」
写真に写っていたのは、10年以上前にセーレン王国軍を解雇された元将軍のセシリー=リンバスと、クビになった彼と共に軍を抜けた彼の元部下2人の顔であった。
「この魔法道具ですが・・・我が国の魔法研究所が解析した結果、収束された高温の熱線を放つ魔法道具であると判明しました。更にこの取っ手の部分から、セシリー=リンバス氏の指紋も検出されています。彼らがこの魔法道具を使用し、哨戒機を攻撃したのは状況証拠から明白です」
国立魔法研究所に在籍する研究員の1人である沖屋影三は、セシリーたちが使用したと思しき魔法道具の解析結果を説明する。
「・・・最も、これはその絶大な威力と引き替えに、使用者の魔力を全て消費してしまう欠陥品らしく、その為にセシリー=リンバス氏を含む3名は、一切の外傷や疾患が見られ無い変死体として発見された様ですが」
「魔法」を使う為には、この世界の生きとし生ける者全てに宿る「魔力」を消費しなければならない。そして通常の場合は、魔力をある程度消費しても、ほどなくして回復する。
その一方で、魔力はこの世界の生命にとって生命活動に密接に関わる代物であり、万が一にもその全てを失ってしまうと、生命の維持が不可能になるのだ。即ち、セシリーたちはオライオン1機をお釈迦にする為、謎の魔法道具に自らの生命を捧げたことになる。
「・・・この魔法道具ですが、このセーレン国内で製造されたものですか?」
外務大臣の来栖はそう言うと、魔法道具が写った写真を手に取る。SF風に言えば「熱線銃」とも評すべき危険な代物であり、こんなものがセーレン王国内で製造されているとなれば大問題だ。
「・・・いえ、断じて違います。それほどの魔法技術は、この国にはありません」
外交大臣のフラメスは首を左右に振る。今のこの国には、魔法を用いた熱線銃などを作る技術は存在しないからだ。
「では・・・セシリー=リンバス氏は何処でこの魔法道具を手に入れたのでしょうか?」
「何処と言われましても・・・我々には何とも」
オライオンの機体を破壊するほどの威力を持つ熱線を放つ魔法道具、そんな夢物語の様な存在の出所など、ヘレナスらセーレン王国政府の知るところでは無かった。
「・・・成る程」
来栖は右手で口回りを摩りながら、視線をテーブルの上に落とした。悩ましげな様子で神妙な雰囲気を醸し出す日本の外務大臣の姿を見て、ヘレナスとフラメスの緊張感が増す。
「・・・分かりました。この一件は我々の方で調査を続けていくので、何か進展がありましたら、次第によってはご報告させて頂きます。では・・・我々はこれにて失礼致します。此度はお忙しい中、貴重なお時間を頂き感謝します」
来栖はそう言うとソファから立ち上がり、ヘレナスとフラメスに向かって頭を下げる。彼に続き、同伴者である上園と沖屋の2人も深く頭を下げた。
「はい・・・私共も二度とこの様な事が無き様、国内の不穏分子に対する警戒を強めてまいりますので、何とぞご容赦くださいませ」
帰る客人を見送る為、ヘレナスとフラメスも立ち上がる。女王であるヘレナスは、自衛隊基地に対するテロの再発防止に尽力することを来栖に約束するのだった。
首都シオン 王宮 宮中庭園
女王との会談を終え、王宮から出た3人の外交団は、王宮の外門へと続く宮中庭園の中を歩きながら、今回の会談の結果について話しあっていた。
「結果は予想通りでしたね。やはりセーレンでは無かった」
「ああ・・・恐らくは君ら研究所の見立て通り、あの魔法道具を作成したのは『スレフェン連合王国』だろう」
沖屋の言葉に来栖は頷く。実はあの魔法道具を解析した国立魔法研究所は既に、あれがセーレンで開発されたものではないことを結論づけていた。使用者の魔力を全て使い果たしてしまうという欠陥品ではあるが、この世界の文明の発展具合からは、余りにも発想と技術が飛躍した代物であった為である。
そして、あの“熱線銃”を作り上げた国として候補に挙がるのは1カ国だけ、近年ではレーバメノ連邦を凌ぐとも言われる、高度な魔法研究を行っているという「スレフェン連合王国」しか無かったのだ。
「あと数日後には、大ソウ帝国の宗主国である彼の国に、使節が派遣されることになっている。属国であるソウ帝国に日本国を攻撃した疑いがある訳だから、それを問いただす為にソウの外交権を代行する宗主国に向かうのは、何ら可笑しいことはない」
日本政府は特戦群の派遣に並行して、円盤の基地が建設されていた大ソウ帝国の、事実上の宗主国であるスレフェン連合王国に使節団を派遣する計画を進めていた。
ソウに直接向かわないのは、30年近く前にスレフェン連合王国との戦争に敗れ、“列強・七龍”の座から転落した大ソウ帝国は、彼の国との講和条約やその後に結ばされた協約によって、自主的な外交権・通商権をスレフェンによって剥奪されていた為である。
(・・・全てを早々に明らかにする為にも・・・頼んだぞ、纏)
来栖は心の中で、外務副大臣である纏健輔の名を呼ぶ。彼を代表とするスレフェンへの使節団は、明後日に成田空港を出発する予定になっていた。
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10月3日 新太平洋 洋上 「おが」 艦橋
横須賀基地を出港してから1週間が経過した。強襲揚陸艦「おが」を初めとする3隻の艦は、四方八方が海に囲まれ、自分たちの他には何も無い洋上を進んでいる。いつ何が必要になってくるかは分からない為、「おが」の艦内には多種多様な装備品が積み込まれていた。
この「おが」を含む「しまばら型強襲揚陸艦」は、2019年に起きた「日中尖閣諸島沖軍事衝突」に触発された日本政府によって、後に勃発することとなる「東亜戦争」への備えとして、建造計画が前倒しされて造船されたという経緯がある。他にも「あかぎ型航空母艦」や「ながと型ミサイル護衛艦」の建造なども、日中尖閣諸島沖軍事衝突の影響で計画・実行されたものだ。
しかし、これらの本来の予定には無かった自衛艦の造船は後に問題を生じることとなる。コンパクト・低予算な多機能護衛艦として造船された「さくら型護衛艦」の建造にストップが掛かり、さらには突如として日本国を襲った「異世界転移」によって、同艦の建造計画に6年間の空白が生まれたのだ。
その為に「むらさめ型護衛艦」の更新が遅れていることが深刻な問題になっており、就役からもう40年経つというのに、ようやく後継艦の計画が立ちつつあるというのが現状だった。転移や東亜戦争の付けがこうした形で海上自衛隊に襲いかかっていたのである。
「・・・こんな不安だらけな遠洋航海は初めてだ」
航海長の金田弘文二等海佐/中佐は、今回の任務に大きな不安を抱えていた。彼らが不安に感じていたのは、何よりもまず燃料の問題だった。
その為「おが」を含む3隻は、シュンギョウ大陸での任務を終えた後、更に西に向かってアラバンヌ帝国の「サグロア自衛隊基地」に向かい、燃料と食糧の補給を済ませた後、今度は“西回り”のルートで日本へ帰ることになっている。彼らは図らずして、テラルス世界で史上初の世界一周旅行者となる予定になっていた。
「・・・」
一抹の不安を抱く数多の隊員たちを乗せながら、3隻の艦は海の上を進み続ける。到着予定日まであと3週間近く、まだまだ彼らの旅は続く。
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10月4日 日本国千葉県 成田空港
日本政府がチャーターした特別航空便が、成田空港の滑走路から今にも飛び立とうとしている。機の行き先はアラバンヌ帝国の海岸部に位置する「サグロア基地」だ。彼らはそこから海上自衛隊の護衛の下、スレフェン連合王国の首都であるローディムにカチコミをかける予定になっている。
2034年4月にアラバンヌ帝国と締結した条約によって、同国のサグロアという港と付近の砂漠を無期限の租借地とした日本は、同地に日本の艦船が利用出来る湾港設備と滑走路を整備しており、現在のところ、日本国にとっての最西端軍事拠点となっていた。
アラバンヌ帝国政府は、何故日本が何も無い砂漠と漁港と求めたのかと疑問に感じたが、日本との貿易促進は国益に繋がると判断し、年間3125ソリドン金貨(日本円にして約5000万円)の租借料の支払いと引き替えに、無期限租借に同意した。因みに日本政府が同地を求めたのは、西方世界に軍港を得る為、そして砂漠の地中に埋まる石油資源を求めた為である。
「あの円盤を日本へ差し向けたのは、ソウ帝国だと思うか?」
「・・・いえ」
2人の政府要人が畿内の座席に座っている。外務副大臣である纏健輔の問いかけに、外務官僚である大河内忍は、首を左右に振って答えた。
内閣では、基地が建設されているのは大ソウ帝国の領土内ではあるが、基地を建設したのは彼の国ではないのではないかという意見が多勢となっており、2人もそう思っていたのである。そして真犯人として最有力視されているのが、今彼らが向かおうとしているスレフェン連合王国なのだ。
「大ソウ帝国の外交権・通商権は、条約によってスレフェンに掌握されている。だから、彼の国とコンタクトを図るならば、まずスレフェンを通す必要がある。早ければ・・・そこで全てが明らかになるだろう」
使節団代表を任された纏は、今回の使節団派遣で「9月11日事件」の全てを明らかにすることを決意していた。その後、彼らを乗せた旅客機は滑走路から飛び上がり、一路、アラバンヌ帝国サグロア自衛隊基地へと向かう。