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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第1章 極西の冒険
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特殊作戦群

9月20日・朝 千葉県船橋市 とあるマンション


 閑静な住宅街が拡がる船橋市の一画に、5階建ての小さなマンションがある。その一室に2人の男女と1人の男児が暮らしている。男性の名は島崎廉悟、習志野駐屯地に勤務する一等陸尉だ。

 ベッドの中に潜っていた島崎は、寝室に鳴り響く時計のアラーム音を止めると、現在の時間を確認する。オシャレなデザインをしたデジタル時計は午前6時30分を示していた。彼は奇妙なうめき声と共に思いっきり身体を伸ばし、首を左右にゆっくりと回す。耳を澄ましてみれば、寝室の扉の向こうからトントントン・・・という音が聞こえて来た。恐らくは先に起きていた彼の妻が、朝ご飯を作っているのだろう。

 ベッドから立ち上がった島崎は、用を足した後に洗面所に向かい、顔を洗う。ダイニングに向かうとテーブルの上には既に朝食が用意されていた。


「あら、起きたのね。おはよう」


「・・・おはよう」


 台所に立っていた島崎の妻である凌子は、夫である廉悟が起きていることに気付く。挨拶を交わした後、彼は朝食が置いてあるテーブルの席へと座り、朝食に手を付けた。テレビには毎朝見ているワイドショーが映っている。


『龍というのは生物でありますから、予想外の行動を取ることは可能性として考慮すべきことであり、やはり政府の目論見が甘かったと言う他ありません。ですから・・・』


 キャスターが伝えている話題は勿論「9月11日事件」についてであり、ここ1週間以上、メディアはこの事件を防げなかった政府と自衛隊を糾弾する報道を続けていた。


「・・・」


「・・・別に貴方たちの所為じゃないわよ」


 自衛隊の批判を繰り返すコメンテーターの発言が、夫の気分を少なからず害していることを悟った島崎凌子は、彼を気遣う言葉を口にする。夫婦の間には微妙な空気が流れていた。


「おはよう」


 その時、彼らの1人息子である也人が、眠い目を擦りながらダイニングへ現れた。それと入れ違いになるようにして、朝食を食べ終えた島崎が椅子から立ち上がった。


「・・・ありがとう、もう行って来るよ」


 彼は自身を気遣う言葉をかけてくれた凌子に、感謝の言葉を伝える。その後、歯磨きと着替えを終えた島崎は、勤務地である習志野駐屯地へと向かう。


・・・


同市内 習志野駐屯地


 「習志野駐屯地」、そこは日本唯一の空挺部隊である「第1空挺団」の拠点であり、同時に陸上自衛隊/日本陸軍唯一の特殊部隊の本部が置かれている場所でもある。彼らの名は「特殊作戦群」、アメリカ合衆国陸軍の「グリーンベレー」「デルタフォース」を模範とし、第1空挺団を母体として作られた部隊で、陸上自衛隊の中でも精鋭が集まっており、所属する隊員はその素性について、同じ自衛官同士でも明かすことは無いという。

 そして島崎廉悟一等陸尉、彼もまた、そんな「特殊作戦群」に属する1人なのだ。この事は当然、家族にも知らせていない。そして今、彼を含む10名の隊員たちが、群本部の中にある小会議室に集まっていた。第3中隊隊長の天川玲治三等陸佐/少佐は、集まった部下たちに召集を掛けた理由について説明を始める。


「今回諸君らに集まって貰ったのは他でも無い。陸上幕僚監部を通じて、内閣直々の命令が伝えられた。久方ぶりの海外での本格的な偵察活動だ」


「・・・!」


 中隊長の言葉を聞いて、隊員たちの顔が一際引き締まったものになる。天川三佐はその詳細についての説明を行う為、部屋の電気を消してプロジェクターの電源を入れる。すると天井からぶら下がるスクリーンに地図が映し出された。


「諸君ら“島崎班”に向かって貰うのは此処・・・謎多き『西方世界』の中でも更に西、『極西世界』の大国である『大ソウ帝国』だ。あの『911事件』にて九十九里浜沖に襲来した円盤群が発進したと思しき基地の様な構造物を、JAXAがこの国の領土内で発見したらしい。それを確かめ、場合によっては破壊するのが我々に課せられた任務だ」


 天川三佐は任務の概要について説明する。


「佐世保から派遣される海上自衛隊の強襲揚陸艦『おが』に乗船し、“東回り”で『西方世界』の大陸である『シュンギョウ大陸』に向かう。尚、補給艦の『ましゅう』とイージス艦の『むつ』が同伴し、『おが』の補給と護衛を行うとのことだ」


 今回、任務を任された島崎班のメンバーを派遣先まで運ぶのは、海上自衛隊より参加する「おが」「ましゅう」「むつ」の3隻である。目的地は大ソウ帝国の主要都市の1つと目される「ハンナン」という港街だ。円盤の基地らしき建造物は、その街から内陸へ数百km行ったところに発見されていた。


「・・・出発は1週間後、神奈川の横須賀海軍施設から出発する。それまで、各員準備を整えておく様に。では解散・・・通常業務に戻れ」


 天川三佐はそう言うと、小会議室を後にする。その後、島崎一尉以下10名の班員たちは、いつもの訓練へと戻るのだった。


・・・


同日・日没頃 船橋市内 島崎一尉の自宅


 習志野駐屯地での勤務を終えた島崎は、自宅へと帰っていた。鍵を回して玄関の扉を開けると、自身に“おかえりなさい”と告げる妻・凌子の声が聞こえて来る。長男の也人は部活からまだ帰って居ないらしい。


「・・・ああ、ただいま」


 島崎はそうつぶやくと、部屋着に着替えた後に食卓へと座る。すでにテーブルの上には夕飯が並べられていた。亭主が椅子に座った後、台所の片付けを終えた凌子も向かい合う様にして座る。


「いただきます」

「はい、いただきます」


 2人は手を合わせて食材への感謝を表す言葉を述べると、箸をおかずへと伸ばした。因みに本日の夕飯は“サンマの塩焼き”と“冷や奴”であった。


「・・・?」


 箸を進める凌子は、亭主の様子が何時もと違うことに気付く。彼は夕食時は何時も、上官が厳しい、訓練が大変と言ったことを冗談交じりに話し始めるのだが、今日に限っては黙り込んだまま話をしようとしない。


「・・・」


 その後しばらく、2人は会話の無いまま黙々と夕食を口の中に運び続ける。そして、気まずい雰囲気に耐えかねた凌子が口を開こうとした時、島崎は重々しい様子で話題を切り出した。


「実は・・・話がある。しばらく海外へ出張することになったんだ」


「・・・え?」


 亭主が告げたその言葉を聞いて、凌子は目を丸くする。


「・・・どういうこと?」


「・・・西の方の大国『アラバンヌ帝国』に、自衛隊基地が出来たのは知っているだろ? そこに派遣されることになったんだ。恐らく2〜3ヶ月、長くて半年は向こうに居ることになると思う」


「・・・出発は何時?」


「1週間後だね・・・」


「1週間後・・・!?」


 突然の宣告に、凌子は動揺を隠し切れない様子である。それは無理も無いだろう。何せ、日本から2万3千km以上離れた国へ赴任すると告げられたのだから。


「すまん・・・だが、数ヶ月なんてすぐに経つさ。その間、也人と自分の世話・・・宜しく頼むよ」


「分かってる・・・これでも自衛官の妻だもの、大丈夫よ」


 亭主の重荷になるまいと、凌子は気丈な態度を示した。島崎はそんな妻の様子を見ていじらしさを感じると同時に、彼女に嘘をつかねばならないことへの罪悪感を抱いていた。アラバンヌ帝国への自衛隊派遣、これは実際に行われていることなのだが、彼が行くのはそこでは無く、未だ日本人が脚を踏み入れたことのない「極西世界」なのだから。

 特殊作戦群に属する者は、例え家族であってもその素性や任務の内容を明かしてはいけないのである。


「・・・ちゃんと帰って来なさいよ」


 凌子は遠き地に派遣される亭主の身を案じていた。


「・・・ああ、分かってるさ」


 島崎はそう答えると、白い歯を見せながら屈託の無い少年の様な笑みを浮かべる。

 その後、彼らは遅れて帰宅した1人息子である也人にもこのことを伝えたが、心配と動揺を露わにした凌子とは異なり、彼は“あっそう、頑張って”と一言だけ告げると、何時も通り自室へ籠もってしまったのだった。


〜〜〜〜〜


9月27日 神奈川県横須賀市 横須賀海軍施設


 長きに渡って軍港として栄えた街である横須賀は現在、第1護衛隊群の司令部が置かれ、第1護衛隊及び第6護衛隊が母港としている他、2隻の空母が属する「第1遊撃隊」の司令部が置かれており、アルティーア戦役やクロスネルヤード戦役で活躍した「あかぎ」の母港でもある。

 尚、かつてこの港を母港としていた「在日アメリカ海軍・第7艦隊」の艦は、屋和半島にて建国されたアメリカ合衆国へ移動となっており、今はその姿を見ることは無い。また第11護衛隊も、クロスネルヤード帝国南部の主要港であるベギンテリア市に建設された租界に移動となっており、同地の海上治安を護っている。


 今、横須賀の港には、佐世保からこの地へとやって来た「おが」が来港しており、その前には陸上自衛隊員たちが整列していた。特殊作戦群から派遣された彼ら「島崎班」に、「おが」の副艦長兼船務長である湊川龍修(みなとかわ たつおさ)二等海佐/大佐が挨拶をする。


「ようこそ『おが』へ。貴方方のことは『第1多目的輸送隊』司令の穂波剛房海将補より聞いています。我々は貴方方を責任以て『大ソウ帝国』まで送り届けます」


 湊川二佐はそう言うと、代表者である島崎に右手を差し出した。因みに彼が述べた「第1多目的輸送隊」とは、「しまばら型強襲揚陸艦」の3隻が属する隊のことであり、呉に司令部を置いている。


「・・・お世話になります。我々は本名を明かすことは出来ませんが、私のことは“柊”と呼んでください」


 島崎一尉は湊川の右手を握り返しながら、便宜上の偽名を彼に伝える。いくら名前を教えられないとは言えども、名無しの権兵衛では意思の疎通に不便が生じてしまうからだ。


「分かりました。では柊さん、宜しくお願いしますよ」


「はい・・・」


 島崎と湊川は固い握手を交わした。その後、彼らが乗り込んだ「おが」は、「ましゅう」と「むつ」の2隻と共に横須賀港を出港したのである。


・・・


「おが」 艦橋


 日本から東回りで約2万km離れた遠き地、西方世界のシュンギョウ大陸へ向かう3隻の艦が横須賀港、そして日本を離れる。東へと向かう「おが」の艦橋から海を眺める艦長の西村彰治一等海佐/大佐は、眼前に拡がる大海原を見てため息をつく。


(・・・我々はこの世界が丸いことを知っている。だが、実際に日本から“東”へ向かうのは、これが初めての試みになる。まさか私が『新太平洋』へこぎ出す最初の1人になるとはな)


 この「テラルス」は丸く、「アレクサンドリア」と共に太陽の回りを回っている。日本人であれば誰でも知っていることだが、それ以外の国々だとそういう訳には行かない。日本の書籍に触れた者や、信念貝の発明によって明らかになった時差の存在から、大地が球形であることを確信している知識人ならともかく、一般の民衆は未だ大地が平らであると思っている者の方が多い。

 そして今の日本列島が存在するのは「世界の東端」と言われている場所であり、これより東側に広がる「新太平洋」は、テラルスの民、そして日本人にとっても未踏のエリアなのだ。


(・・・)


 未知なる大海原へとこぎ出すわずかな不安と大いなる冒険心が、西村一佐を含む船員たちの心の底を刺激する。こうして「おが」「むつ」「ましゅう」の3隻は、特殊作戦群から派遣された10名の隊員を乗せ、遠大な旅路へと漕ぎ出したのだった。

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