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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第1章 極西の冒険
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国立魔法研究所

9月13日 東京都・千代田区 首相官邸 会議室


 謎の円盤群による襲撃、そして野生の龍が高層ビルに激突するという未曾有の大事件が立て続けに起こった「9月11日事件」から2日が経過した。各報道局は未だに事件の報道を続けており、国民たちの間には漠然とした不安と政府への不信感が募っていた。

 そしてこの日も、閣僚たちは官邸の会議室に集まっている。議題は勿論、2日前の事件に関することである。


「常盤橋セントラルタワービルに激突した龍について、動向の様子から説明させて頂きます」


 防衛省の大臣補佐官である鈴木実は、「9月11日事件」の流れについて閣僚たちに説明を始めた。話の始まりは、龍を発見したところからである。


「龍が発見されたのは午前7時頃、峯岡山分屯基地のレーダーサイトが南東方面から近づくのを確認しています。その後、識別防空圏内に侵入することが確実となった為、午前9時頃、百里飛行場より2機のF−2戦闘機がスクランブル発進しました。因みに龍の大きさですが、羽根を広げた左右の長さが40m、頭から尾までが50m程と推測され、龍の中でもかなり巨大な部類に属しています。

当初はマニュアル通りに龍を追い払う予定でしたが、龍が戦闘機に全く興味を示さず、首都圏へ向けて飛行を続けた為にそのまま様子見となり、F−2は龍の監視を継続しました」


 ここまで説明したところで、鈴木は一呼吸置く。


「続けて午前9時47分、東側から多数の円盤群が襲来、これに対処する為、三沢飛行場と百里飛行場のF−2及びF−35A戦闘機、計40機が九十九里浜沖へ向けて発進しました。龍の監視を行っていた2機のF−2も、任務を離脱してこれに加わっています。

尚、この段階でも龍に不穏な様子は無く、房総半島から南東へ330km離れた8000フィートの上空を、時速200kmで関東地方へ向かって進み続けていました」


 彼は話を続ける。


「龍の行動が急激に変化したのは、それがちょうど千代田区の上空に差し掛かった時、それまで変わらない様子で飛行を続け、日本列島を北西方向へ縦断すると思われていた龍は突如停止し、その直後に急降下・・・即ち墜落を開始したのです。その様子は数多の都民によって目撃されており、龍が地面へ衝突すると予測した都民によるパニックが発生しました。しかし、龍は地面に激突する直前、水平方向に進路を変更、落下の勢いそのままに近くにあった常盤橋セントラルタワービルへ激突しました。

この行動の変化は全く予期せぬ・・・予期出来る筈が無い事態でした。尚、8000フィートの上空から時速200kmで降下した場合、地面に到達するまでに掛かる時間は1分足らず・・・対処は非常に困難です」


 鈴木は龍の衝突が不可避であった事実を、強調して説明する。


「首都圏上空に侵入した時点で龍を撃墜しておけば、この様な事態は防ぐことが出来たのではないですかね?」


 外務大臣の来栖礼悟は、自衛隊の対処の不備を指摘する。彼の言う通り、首都圏の上空へ到達する前に龍を撃墜しておけば、そもそもこんな事件など起こらなかった筈だ。鈴木は自衛隊がそれを行わなかった理由について説明する。


「・・・この極東洋には、龍が棲む無人島がいくつか存在します。そして野生の龍が日本列島を横断するということ自体は、皆様もご存じの通りこの12年間で8回起こっており、いずれも何事も無く通過していました。この移動に関しては、恐らくは渡り鳥の様な季節性の移動だろうと推測されています。今の季節は夏の終わり・・・良く考えてみれば、このタイミングで北上するあの龍の動きは、確かにおかしかったと言えるでしょう。

ですが・・・龍は通常群れを成している為、下手に撃墜したりすると、それを感づいた仲間たちが報復を行うこともある様です。その為に撃墜はあくまで最終手段・・・明らかに地上を襲う素振りを見せた場合のみと決められています。今回もそのマニュアルに従いました」


 鈴木が答える。彼が説明した野生の龍の習性については、近隣のイラマニア王国などの極東洋の国々の記録に明確に記されており、これらの国々でも空を飛ぶ野生の龍に手を出すことはタブーだとされている。故に自衛隊はその慣習に倣い、野生の龍に手を出すことを極力避けていたのである。そもそも空を飛ぶ野生の龍が、人間の集落を襲うことなどほとんど無いのだ。


「・・・そうは言うが、旅客機ほどの大きさがある野生動物が首都上空を通過するのを見逃していたのは、やはり判断ミスではないのかなぁ?」

「確かに・・・これから先は、野生龍への対処方法を考え直す必要がありそうですね」


 国土交通大臣の泉川耕次郎と経済産業大臣の宇佐野洋は、思い思いの考えを口にする。


「あの龍は何だったのか・・・誰かに操られていた可能性が高いが、もしかしたら本当にただ偶然突っ込んだだけの可能性もある。それにあの円盤・・・あれも何処から来たのか」


 謎の行動を取った龍、そして東から襲来した円盤の群れ・・・防衛大臣の倉場健剛はそれらの謎に頭を悩ませる。


「龍や円盤がやって来たのは、東の水平線の向こう側というところまでは分かっています。この日本国は“世界の東端”、この国より東に進んであるものと言えば・・・」


「・・・『西方世界』ですか」


 鈴木に続いて、首相の伊那波が口を開いた。この一件以降、彼らの視線は未だ謎が多い「西方世界」に向けられることとなる。


・・・


東京都・八王子市 国立魔法研究所


 八王子市に設置された新たな国家研究機関である「国立魔法研究所」では、野生龍が高層ビルに激突した一件について考察が行われていた。彼らは日本政府より、野生龍の激突事件について、魔法研究者という立場からアプローチする様に命令を受けていたのである。

 尚、この機関は、自由国民党と連立を組んだ皇民党が力を入れる魔法研究政策の先駆けとして設立されたものであり、日本人だけでなく、魔法の学府として名高いレーバメノ連邦の首都サクトアから招へいされた魔法技術者も在籍しているのだ。


「まず基本知識として・・・『魔法』を成立させる為には、『魔力』と『魔法機序』の2つが必要となります。魔力とは生けとし生きるものの全てに宿る生命エネルギー、そして魔法機序とは、その魔力を別のもの・・・即ち『魔法』に変換する為の媒体を言い、魔術師の場合は『詠唱』、非魔術師の場合は『魔法道具の基盤』がこれに当たります」


 カンファレンスルームにて、集まっている職員たちに向かって説明を行うのは、この研究所の室長の1人である沖屋影三である。


「人、そして龍を含む獣を操るとすれば、まず初めに“操作魔法”の存在を疑うべきでしょう。その場合にまず考えられるのは、術者が龍に乗り、そのままセントラルタワービルに飛び込んだということです。そしてもう1つは『魔法陣』、これは魔術師が魔法を固定する為に使う特殊な魔法機序で、術者が居なくても魔力の供給源さえあれば、魔法を稼働させ続けることが出来ます。例の・・・『警察庁』が公開した“外事レポート”にも、魔法陣によって維持され、500年の長きに渡って古代遺跡を護り続けていた結界の存在が書いてありましたね」


 沖屋の説明を、職員たちは真剣な眼差しで聞いていた。しかし、彼の説明に異を唱える者が居た。その人物は挙手し、沖屋の推論における不備を指摘する。


「しかし・・・操作魔法はあくまで対象の“身体のみ”を配下に置くだけの物で、精神は操れません。また、あれほど大きな野生龍となれば、内包する魔力量も相当なものだった筈・・・操作魔法で操るのは容易ではありません。それにニホン空軍の報告によると、龍には搭乗者の様な人影や魔法陣の様な文様は確認されていない筈です」


 沖屋の説明に異を唱えるのは、マカレフ=トラジャスキーという研究員だ。レーバメノ連邦から招へいされていた客員研究員の1人である。


「・・・確かにその通りですが、では他にどの様な手段が考えられますか?」


 沖屋は魔法研究の本場からやって来たマカレフに新たな意見を求めた。他の日本人研究員たちも彼の言葉に注目する。


「あの日撮影されていたいくつかの映像を見るに、あの龍は自らの意思でタワービルへ突入している様に見えました。ですが、通常の野生龍がそんな行動に出る訳が無い。操作魔法を使ったとしても、龍を操り切れるかは甚だ怪しい。現状、この世界にはあの野生龍を完全に操れる魔法は存在しません。・・・“あの魔法”を除いては」


「あの・・・魔法?」


 研究所所長の空脇丈は、目を細めながらマカレフの見立てを問う。彼は一呼吸置いてから、再び口を開いた。


「・・・『暗視魔法』です。他者の魔力を支配下に置き、対象者の心身を文字通り意のままに支配する。1500年前の太古に出現し、そして突如として消えたという異形且つ謎の魔法です。あの『ティルフィングの剣』は、この魔法を発動する為の魔法道具でした」


「・・・暗視魔法? ・・・ティルフィング?」


 空脇はマカレフが述べた単語に聞き覚えがあった。それは警察庁より政府に提出されたという「外事レポート」に書かれていた名前である。「外事レポート」とは、ある特例捜査で海外へ派遣されたという3名の公安警察官が、その捜査の中で見聞きした“世界の真実”についてまとめられたものだ。それには“「ティルフィングの剣」が暗視魔法を発動する為の魔法道具である”と書かれていたのである。

 その中で何より日本政府を騒がせたのは、遙か未来の「日本」から過去の異世界に転移した者たちと彼らの子孫、そして彼らと共にこの世界にやって来て、未だ世界の何処かに封印されているという「大気圏宇宙航行用飛行戦艦」の存在だろう。尚、これについては3年前に飛行戦艦の所在を明らかにする為の調査チームが派遣されたが、結局は何の手掛かりも得ることは出来なかった。


「この魔法の最大の特徴は、一般の魔法と異なり、限界範囲らしきものが無いことです。つまり、一度対象の魔力を支配下に置けば最後、対象と術者がどれだけ離れようが、対象は術者が術を解かない限り、永遠に術者の支配下に置かれます。最終到達地点への誘導のみ行えば、恐らくは・・・今回の事件を起こすことは出来るでしょう」


 マカレフは説明を続ける。


「問題は・・・この魔法に関する情報がほとんどないということです。どうやったら使用できるのか、何らかの条件があるのか否か・・・何も分からない。正直なところ・・・私が述べたのは全て推論に過ぎません」


 「暗視魔法」自体は既に、遠い過去に葬り去られた魔法である為、わずかな歴史書にしかその存在が書かれていない代物である。故に情報は少なく、マカレフ自身もサクトアの恩師から断片的に聞いた知識しか持ち合わせていなかったのである。


「とにかく・・・今持ち合わせている情報だけで、考察を進めよう。我々にはそれしか出来ないのだからな」


 空脇所長の言葉に、研究員たちは頷いた。その時、研究員の1人が手を挙げ、マカレフに質問をぶつける。


「・・・あの円盤についてはどう思われますか?」


「・・・つまり、あれらが“魔法道具”である可能性を問うている訳ですね」


 マカレフは質問者の意図を悟る。その研究員は、九十九里浜に襲来して航空自衛隊と戦闘を繰り広げた円盤が、何処かの国が開発した“魔法道具”である可能性を思い浮かべていたのだ。


「仮にあの円盤が魔法によって動いていたと考えて、ニホン空軍が報告した内容と照らし合わせると・・・あの円盤は“光魔法を強化した熱線”を連続して放ち、“ミサイルをある程度防御する魔法防壁”を発動しながら、“時速800km近い速さで空中を飛び回っていた”ことになります。これらを全て魔法で完結させようとすると、並みの人間どころか、エルフ族の魔力でも到底足りません。それこそ、あれら1機1機にリヴァイアサンでも乗っけない限りは・・・」


「・・・」


 マカレフの答えを聞いて、質問をした研究員は口を紡ぐ。マカレフはあれらの円盤について、魔法によって動いていたものでは無いと判断している様だった。


「そういえば・・・龍と円盤が襲来した11日の未明に、セーレン王国の自衛隊基地で航空機爆破事件がありましたが、それに使用されたと思しき魔法道具が、今日の夕方に送られて来るそうです」


 副所長の真島夏彦が口を開いた。911の再来と円盤の襲来という大事件の影に隠れて目立たなかったが、あの同日、セーレン王国の首都シオン市にある軍用施設の滑走路にて、現地の反日過激派によるテロ攻撃を受けたらしい1機の哨戒機が、爆発炎上するという事件が起こっていたのである。


「それについては、実物が届き次第解析を行わなければならないな。・・・よし、では今日のカンファレンスは此処まで。各員、通常業務に戻るように」


 空脇所長の言葉を合図にして、会議に参加していた研究員たちは次々と会議室を後にする。


〜〜〜〜〜


9月15日 東京都・千代田区 首相官邸 会議室


 「9月11日事件」から4日後、内閣の閣僚たちはこの日も、首相官邸の会議室に集まっていた。


「イスラフェア帝国やアラバンヌ帝国より更に西・・・『極西世界』についての情報を集めました」


 今回の会議で話の進行を司るのは、外務大臣の来栖礼悟であった。彼は会議に参加している全員に配布した資料を片手に、説明を行う。議題は日本政府にとって未だ謎の多い“世界の西側”についてであった。あの円盤群が「新太平洋」を超えて“東周り”で飛んで来たと思われる世界の西側について、来栖は説明を始める。


「『極西世界』は『西方世界』の一部地域のことを指します。定義は曖昧ですが、一般的には『スレフェン連合王国』以西の地域を示す様です。因みに“西方世界”と“中央世界”の境目となっているのが『イスラフェア帝国』、そして西方世界に位置する国家として真っ先に名が上がるのが、『アラバンヌ帝国』と『スレフェン連合王国』です。

アラバンヌ帝国については皆様ご存じかと思いますが、地球における中世イスラームに似た文化を持つ国家で、我が国の友好国です。そしてもう1つの『スレフェン連合王国』、問題なのはこの国です」


 ここまで説明したところで、来栖外相は資料の頁をめくった。そこには文章と共に西方世界の地図が掲載されていた。


「この世界を牛耳る7つの列強国、我が国を含めたその7カ国を『七龍』と呼称しているのは周知のことですが、スレフェンは唯一、その中で我が国と国交を持たない国・・・それどころか、如何なる諸外国の訪問も受け付けない厳格な鎖国国家なのです。

おまけにかつてのアルティーア帝国の様に、対外進出を国策の基軸としている様で、彼の国とイスラフェア帝国は、両国の間にある海域である『イシュラ海』にて、度々小競り合いを起こしているとのことでした」


 来栖はスレフェン連合王国についての説明を続ける。彼の国が好戦的な国であることは、閣僚たちも前知識としてぼんやりと知っていた。


「そしてもう1つ・・・スレフェン以上に謎なのですが、連合王国の領土を成す『エザニア亜大陸』の更に西に『シュンギョウ大陸』という大陸が有り、その大陸の広範を治めている『大ソウ帝国』という国があるらしいのです。

かつてスレフェンとの戦争に敗れた為に列強の座から引き摺り降ろされ、現在は事実上、スレフェンの半植民地支配の下に置かれている様です。かつては彼の国の貿易商人が活発にジュペリア大陸を訪れていたようですが、現在のソウ帝国はスレフェンから外交権・通商権を停止され、ここ30年近くはソウ人の姿が確認されたことはないと・・・」


 スレフェン連合王国に続いて、来栖は世界の西にある国に関する説明を行う。資料にはその国の街並みを撮影した衛星写真が掲載されていた。


「・・・これは、まるで帝政時代の中国の様だな」


 経済産業大臣の宇佐野は、色鮮やかな瓦屋根が並ぶその光景を見て、かつての清や明の様な帝政時代の中国を連想していた。


「この・・・シュンギョウ大陸の更に西側にある島国は何ですか?」


 国土交通大臣の泉川は西方世界の地図が載っている頁を開くと、大ソウ帝国の西側、即ち“世界の西端”に位置する、まるで日本列島を鏡で映したかの様な諸島を指差し、来栖に問いかける。


「その国についてはソウ帝国以上に情報がありません。数百年の長きに渡って鎖国を敷いている様なので、我が国と国交を持つ国々の何れにも、その国を訪れた、またはその国の国民を見たという記録がほとんど存在しないのです。

ですが、イスラフェア帝国の外務局に保管されていた古い資料から、国名だけは明らかになっています。・・・『夷倭(イナ)王国』と」


「・・・『イナ王国』」


 世界の西端に位置する国、まるで日本を鏡で映し出したかの様に位置するその国に、泉川は興味を抱いていた。


「・・・その国についてはまた後に議題に挙げるとして、今はソウ帝国に話を戻します。次の頁をめくってください。龍と同時に現れたあの円盤の群れについてですが、その拠点基地と思しき構造物を、衛星写真によって同国内に確認しました」


「・・・何!?」


 伊那波首相は驚きの声を上げながら、来栖外務大臣が指し示した頁を注視する。そこにはソウ帝国のある場所を撮影した衛星写真が掲載されていた。


「写真は2ヶ月前のものですが、明らかに同国の文明とは異なる意匠を持つ構造物が並んでいます。さらにその近辺に、あの円盤が並んでいる様子が写されています。あの円盤群がこの国から発進されたものであることは、最早疑いようがありません」


 衛星から撮影された基地らしき建物群は、まるで近世ヨーロッパと未来風SFが混ざり合ったかの様な、奇妙な姿をしていた。その側には、恐らく整備を受けていたのであろう円盤が、所狭しと並べられていた。


「我々外務省は・・・大ソウ帝国への調査隊の派遣を進言します。総理、是非ともご決断を」


「・・・」


 遙か西の大陸に存在した円盤の基地、来栖はその実態を調べる為の決断を伊那波首相に迫る。伊那波は言葉を詰まらせながら、その可否について思案するのだった。


〜〜〜〜〜


西方世界 エザニア亜大陸 スレフェン連合王国 首都ローディム


 日本が混乱の最中にあった頃、此処「西方世界」ではその事実を知ってほくそ笑む者たちがいる。「スレフェン連合王国」の首都ローディム市の一画にある、国王によって出資されている研究所、その者たちはその研究所を根城としていた。


「野生龍を使った“暗視魔法”の実証実験、及び旧世界の遺産である“箱船の艦載機”と我々が復元・量産した“基板”の性能実験の結果報告が、シュンギョウ大陸の基地より入っております」


「・・・それで?」


 研究所の代表を務めるミャウダーは、遠き大陸に建設した基地から届けられたという知らせに、机に座りながら耳を傾ける。


「龍は標的である“天へ伸びる塔”に刻まれていた“誘導印”に向かって見事激突、日本本土への攻撃を完遂したとの報告が現地の斥候より入りました。あの巨大な魔力量を誇る最上位の野生龍すらも完全に支配下に置いた・・・“暗視魔法”の力は最早疑うべくもありません」


「・・・成る程、スレフェン王には良い報告が出来そうだな」


 ミャウダーは報告を聞いて、片方の口角を吊り上げた。


「・・・艦載機・・・円盤の方は?」


「機に搭載されていた“写映機”の映像を解析したところ、敵機40機中8機の撃墜に成功しましたが、戦局としてはほとんど一方的に被撃墜された様です。故に龍の方の作戦が成功した段階で4機残っていましたが、全て自爆させました」


「・・・そうか」


 ミャウダーは意気消沈しながらため息をついた。彼が尋ねた艦載機とは、千葉県九十九里浜沖に襲来したあの円盤群のことである。


「・・・4機残っていたということは、17機はニホン軍によって撃墜された訳か。『ティルフィングの剣』の残骸から入手した『魔力増幅装置』の基板、我々が今持ちうる力で何とか此処までの再現・量産に成功したが、やはり性能が未だ今一な様だな」


 ミャウダーはそう言うと、視線を下に向ける。彼が座っている机の上には、電子回路基板の様な物体が並べられていた。

 「魔力増幅装置」とは、遠き過去、“彼ら”の故郷である「旧世界(エルメランド)」の文明を支えていたものであり、その名の通り人1人が持つ魔力を増幅させることが出来る代物なのだ。訳あってその製造技術は1500年前に彼らの手元から失われていたのだが、彼らは6年前、旧世界の遺産の1つである「ティルフィングの剣」に内蔵されていたそれを、日本人を利用して入手することに成功していたのである。彼らはそれを元にして、魔力増幅装置の復元と量産に取りかかり、そして9月11日、それらの性能を確認する為の実験を敢行した。それがあの円盤群だったのである。

 彼らは旧世界の遺産である円盤に量産した基板を取り付け、人間のパイロットを乗せてシュンギョウ大陸の基地から日本へ向かわせた。だが結果は惨憺たるものであり、空自が派遣したF−2戦闘機とF−35A戦闘機にほぼ一方的にやられてしまったのである。


「・・・剣の柄から採取されたたった1つの基板を元に、我々はこの6年間で此処までこぎ着けました。間も無く、研究部による“第6次研究成果報告”が行われます。オリジナル版と遜色無い基板の量産に目処が立ったその時、あの円盤を初めとして、この都市の地下に眠る旧世界の遺産たちは真の力を発揮し、この世界は真に我らの新たな故郷となる・・・」


「ああ・・・そうなればあの愚かなスレフェン王に付き従う必要も無くなる。・・・『イフ』『密伝衆』と名を偽りながら、この世界の酋長共に取り入り、頭を下げ続けた屈辱の歴史に終止符を打つことが出来る。あのニホン国さえ蹴散らし、この世界を我らの新たな故郷とする時まであとしばし・・・」


 現在「密伝衆」と名乗っている彼らは、スレフェン連合王国に取り入りながら、1500年前に彼らの祖先たちが掲げた夢を叶える為に行動を続けている。それは「テラルス」を手に入れること、遠き過去に滅び去った彼らの故郷である「旧世界(エルメランド)」に代わり、この世界を自分たちのものにすることなのだ。

 ミャウダーは、自分たちが生きている内に世界を手に入れることを改めて決意する。そして今、刻一刻と、この世界に住む人々が誰1人知らない内に、恐るべき研究が実を結ぼうとしていたのだ。

 彼らの目的の全容、そして彼らが揃って口にする「旧世界(エルメランド)」とは一体何なのか、それが明らかにされるのは今から数ヶ月後のことである。

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― 新着の感想 ―
ここで示された推論は気に入りました。納得できますが、ドラゴンから2機の飛行機が離れていくというのはやはり奇妙です。
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