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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第6章 奇跡が起こる日
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神の使徒と日本政府

6月30日 日本国 首都東京 首相官邸


 北海道留萌市に現れた“神の使徒”と名乗る女性は、公安警察による警護の下で秘密裏に東京へ護送された。首相官邸の小会議室には首相の伊那波以下、6人の閣僚が召集されている。彼らの視線は伊那波に対面する形でテーブルの一端に座るジェラルに集中していた。


「さて・・・“最遠の魔女”さん、貴方が幽霊船(ゴーストシップ)に乗ってこの国へ来た理由をお聞かせ願えますか?」


 伊那波は対面で座すジェラルに日本を訪れた訳を問いかける。彼女は目の前に置かれていた湯飲みに口を付けると、ゆっくりと語り始める。


「近々・・・この国を再び“天変地異”が襲う。それを伝えに来たのよ」


「・・・天変地異? ・・・再び!?」


 伊那波は怪訝な表情をする。彼らは皆、天変地異と聞いてあの“エルメランド騒動”を思い浮かべていた。あの事件と同規模の災害が起こるというのだろうか、不安に駆られる閣僚たちに向かってジェラルは言葉を続ける。


「今私達が居るこの世界と“異なる世界”とを繋ぐ扉を開く“トリガー”が、15年の時を越えてこの星に接近しようとしている。神たちはその機会を見計らってこの世界を“恢復”させるつもりなの」


「恢復・・・? 何を還そうと?」


 恢復とは即ち、一度悪い状態に陥ったものを元の状態に戻すことを意味する。伊那波はその言葉の真意を問いかけた。


「この国そのもの・・・この『ニホン国』を元有った場所に戻し、このテラルス世界を正常な姿に還す、それが彼らの目的よ」


「!?」


 ジェラルの口から告げられたのは、日本が地球へ“再転移”するという予告だった。閣僚たちは一斉に驚愕の表情を浮かべる。


「そんな・・・!? もうこの世界に来て15年近く経過しているし、世界各地に勢力圏を広げて漸く経済の復興までこぎ着けたというのに、今更『地球』へ戻れと!?」


 外務大臣の来栖は憤慨しながらジェラルに問いかける。他の閣僚たちも同様の思いを抱いていた。転移したばかりの頃は経済が崩壊寸前まで陥り、あわや国家滅亡の危機とまで言われていたものの、日本国が地球を離れて早15年、新たに関係を築いた諸外国との貿易、戦争の戦利品として、もしくは外交交渉の結果として手に入れた資源採掘権などの権益、また開拓地や割譲地などへの巨大農園や租界・租借地の建設など、日本政府は新たな世界で息づいてく為の手駒を着実に集めており、既に日本経済はこの世界で永遠を過ごしていくものとして動いていた。

 それなのに今更地球へ帰れということは、この世界で得た権益や領土を全て放棄し、テラルスに転移した直後の状態に戻れと言われたことに等しい。到底納得出来るものでは無かった。


「もう既に・・・我々はこの世界で骨を埋めるものとして生きてきた。今更帰れと言われても納得は出来ません!」


「これは決定事項・・・貴方方の意思がどうだろうと関係無く、あと半年ほどでニホンはチキュウへ還されるわ」


「しかし・・・!」


 ジェラルは伊那波の抗議は無駄とばかりに冷たく言い放った。だが、日本側の反応を予期していた彼女はある条件を示す。


「悪い話ばかりではないのよ・・・。快く応じてくれたのなら、せめてもの対価として良い物をあげる」


「良い物・・・?」


 ジェラルはそう言うと湯飲みに再び唇を付ける。一息ついた彼女は“対価”について説明を始めた。


「貴方たちは『フソウ』の解析を進めているんじゃない? あの艦は宇宙での長期間航行を前提に造られているから、補給・兵站をほとんどあの艦のみで完結出来る様に設計されている。それは艦の修復も然り・・・故にそのコンピューターには“艦の設計図”、主機や補機などの本来ならば門外不出とすべき部分まで網羅した設計図が、特殊な合金や部品の製造方法まで含めてインプットされている。そのことに気付いた貴方方は急いでその解析を進めようとしたけれど、その閲覧には当然ながら制限が掛かっていて、下手にセキュリティの突破を図ることも出来ずに立ち往生している。・・・違う?」


「・・・!?」


 伊那波たちは困惑した表情を浮かべる。ジェラルの言ったことは「扶桑」の解析を進めている彼らの状況を的確に言い当てていた。彼女の言う通り「扶桑」のデータベースには艦の設計図がデータ化して保存してあることが分かっている。恐らくは地球から離れた天体で自前の修復・修繕を行う為に、艦そのものの設計図を携帯しておくことが必須だったのだろう。

 しかし、メインエンジンの材質や構造、荷電粒子砲の構造など、ブラックボックスとすべき領域に関しては厳重なセキュリティの向こう側に隠されており、その解除方法を知る者にしか閲覧出来ないようになっていた。残念ながらその解除方法については、艦内に保管されていた資料に記載が無かった。


「方法さえ分かれば、あの艦は貴方方の技術力でも修復が可能かも知れない・・・。あの艦に秘められた力と技術を自分のものに出来れば、活動範囲は最早惑星の中に留まらない。『チキュウ』でも相当優位に生きられると思うけど?」


「・・・」


 ジェラルが提示した条件の内容を知り、閣僚達の心に迷いが生まれる。


「ちょ・・・ちょっと待ってください。貴方は何故『扶桑』についてそんなに知っているのですか!?」


 国土交通大臣の泉川がジェラルの持つ知識に疑問を唱える。


「何てことは無いわ・・・元の“持ち主たち”から聞いていただけよ。ヨウジロウ=トモフミとその部下たち、私は500年前に彼らから『フソウ』を預かったの」


 「扶桑」と共に28世紀の日本から500年前のテラルスに転移し、今の「クロスネルヤード帝国・クスデート辺境伯領」を治める支配者層の祖先となった、友史洋二郎大佐と彼の部下たちは、この世界には不相応な大きすぎる力を持つ「扶桑」を封印することを決意した。

 ロトム亜大陸の地下大空洞を発見し、そこを「扶桑」の封印場所と決めた彼らは、そこで神の使徒となったばかりのジェラルと出会い、テラルスの技術レベルが「扶桑」を御しきれる段階に達することを願って、彼女に様々な情報を託したのである。


「いや・・・『扶桑』をどうこう出来ようが、問題はそれだけじゃない。元々、我が国は地球における高度な軍事的緊張地帯に位置していたし、世界経済に多大な影響を及ぼす屈指の経済大国だった。この『日本』という国が消えて、地球が正常の状態を維持しているとは思えない。少なくとも今の地球が、生きていく上で問題無い環境であるという保障が欲しい」


 防衛大臣の鈴木は腕を組みながらジェラルに鋭い視線を向ける。彼は日本が消えた後の地球の状況を危惧していた。中国の海洋進出政策や日韓の確執、ロシアの台頭によって軍事的緊張状態にあった「東アジア」は、東亜戦争によって中国と韓国が没落し、同戦争を実質的に収めたロシアとインド、アメリカがにらみ合うという状況に陥っていたのである。

 さらに中国の没落によって、世界経済は風前の灯火となっていた。その中で世界第3位の経済大国である日本が消えてしまったのだ。経済の崩壊によって後が無くなった国々が、どういう道筋を選んだのか今の彼らには分からない。鈴木は最悪の場合として、地球全土が放射能で汚染されている可能性も考えていた。


「・・・それは、私も聞いていないわね。神というのは私たちの側からは一切干渉出来ない上位世界に住まう存在、即ち私の方から何かを尋ねたりは出来ないの。でも・・・それくらいは教えてあげるのが道理よね・・・」


 ジェラルは顎に手を添えて難しい顔をする。


「本来、神がやることは“世界を創って、見ている”だけ。世界をある程度整える為に、私たちの様な“使徒”を任命したりするけど、基本的に神はその世界に住まう人たちが戦争を始めようが、世界を滅ぼそうが、唯々見ているだけなの・・・。でも今回は特例中の特例・・・また、何か啓示があったらすぐに伝えるつもりよ」


 ジェラルはそう言うと三度湯飲みに手を伸ばす。彼女が語ったのは、確かに存在している筈の神がエルメランドとの戦いにおいても何の干渉もして来なかった理由であった。日本の運命を決定づけた存在の無責任さを知り、伊那波らは思わず憤りを覚える。


「もう一度聞きますが・・・日本の帰還は既に運命づけられたということですか?」


「ええ・・・貴方たちの暦で言うところの来年の2月11日、ニホン国はトリガーの到来と共にチキュウへ戻される」


 伊那波の問いかけにジェラルが答える。彼らに選択肢は用意されていなかった。


「因みにそのトリガーというのは、彗星のことですね?」


「あら・・・ご名答。まだ夜空に姿を見せていない“ほうき星”の存在と到来を既に予測しているなんて、流石ね」


 内閣官房長官の宮島は2040年2月11日という日付に聞き覚えがあった。それはアマチュアのコメットハンターが発見した「深谷・飯沼彗星」がテラルスへ最接近する日付だった。


「それに・・・貴方達の世界にもあった筈よ。数十年の周期で接近し、異世界への扉を開くトリガーとなる“ほうき星”が・・・」


「・・・『ハレー彗星』!?」


 その声を上げたのは国家公安委員会委員長の西原である。短い周期で確実に地球へ接近する彗星といえば、1つしか心当たりは無かった。「ハレー彗星」とは地球で最も有名な短周期彗星の1つで、およそ76年周期で地球に接近することで知られている。近現代では1910年と1986年の大接近が有名だ。


「やっぱりね・・・」


 ジェラルはぽつりと呟く。彼女は椅子から立ち上がると、閣僚達に背を向けた。


「・・・ど、何処へ!?」


 伊那波は突如として会議室から立ち去ろうとしたジェラルを呼び止める。


「言うべきことは全て伝えたわ・・・私は船へ帰る。暫くこの国に留まるつもりだから心配しないで」


「!!」


 ジェラルの回りに風が纏わり付く。その風は瞬く間に旋風となって彼女の身体を覆い尽くした。部屋の中に突風が吹き荒れ、窓を覆うカーテンは大きく翻る。


「こ、これは・・・!」


 伊那波たちは咄嗟にテーブルの下へ隠れる。その後、風が止んだところを見計らってテーブルの下から顔を出してみたところ、そこに魔女の姿は無くなっていた。


「テレポーテーション・・・正に人智を超えた技だな」


 外務大臣の来栖がぽつりと呟く。


「総理・・・どうしますか?」


 法務大臣の陽原が伊那波に問いかける。他の者たちは顔を見合わせていた。突如として予告された“地球へ帰る日”に、閣僚たちは困惑と動揺を隠し切れない。


「竹岡総務大臣を呼んでくれ・・・“国民投票”の準備をする」


 魔女の予告を聞いた伊那波は1つの決意を固めていた。半年後に迫った帰還の日に向けて、日本政府は動き出すことになる。


〜〜〜〜〜


7月7日 首相官邸


 国民やメディアに対して極秘で行われた魔女との対談から1週間後、突如として総理による記者会見が行われるという広報が政府より発せられ、各メディアが首相官邸の記者会見室に集まっていた。


『内閣総理大臣、伊那波孝徳より緊急政府発表です』


 アナウンスの声が場内に響き渡る。その直後、首相の伊那波が壇上へ現れた。主役の登場を待ち構えていた数多のカメラから無数のフラッシュライトが瞬く。


「日本国民の皆様に、重大なお知らせが有ります」


 伊那波は会見台に設置されたマイクに口を寄せる。記者たちは彼が発する一言一言に注意深く耳を傾けていた。


「唐突ですが・・・我々は先日、ある存在より“地球へ帰還する術”を提供されました」


「!!?」


 およそ15年前の9月4日、日本は戦争の傷跡も癒えないまま、突如として異なる世界に放り込まれた。日本政府と国民たちは、右も左も分からない新たな世界で、生き残る為に必死に努力してきた。

 そして15年の時を越えて突如として示された“帰還”の可能性・・・困惑を隠し切れない報道陣は一斉にどよめき始める。


「転移によって職を失った方、地球に家族を残してきた方、既にこの世界で生活を成り立たせている方・・・様々な考えを持たれている方がいらっしゃると思います。故に・・・つきましては、特措法を制定した後に、地球への帰還の是非について問う“国民投票”を行いたいと思います!」


 伊那波は「日本国憲法」改正以来の「国民投票」の開催を布告する。日本の法律には憲法改正で行われる国民投票しか規程されておらず、それは正しく前代未聞且つ超法規的とも言える布告だった。


「全ては“地球帰還の是非を問う国民投票に関する特別措置法”が可決・公布された後の話となりますが・・・投票日はおよそ1ヶ月後を予定しております。投票しなかったことにより、何らかのペナルティが課される訳ではありませんが、この国の運命を決める大事な投票であることは明白であり、投票は“義務”だと言って差し支えありません」


 日本国が地球へ還されることは、既に運命づけられたものである。にも関わらず、伊那波内閣がその事実を国民に隠匿し、この様な国民投票を強行実施することを決めたのには3つの理由があった。

 1つは地球へ送り返される前に、帰還の可能性があることを日本国民に公表しなければならなかったから、そしてもう1つは、地球とテラルスのどちらで生きていくことが国民の望みなのかを知る為、そして最後の1つは、いきなり帰還の事実を公表するのでは無く、国民投票の結果として帰還するという決断が選ばれたという風に発表すれば、国民の反発や混乱も少なくなると思ったからである。

 すなわちこの“国民投票”は、その結果が如何なるものになろうとも、“地球”へ帰還するという選択肢が選ばれたと発表されることが決まっている、所謂出来レースだったのだ。


「繰り返し言いますが、日本の行く先を決める国民投票です。・・・その投票権を蔑ろにすることが無い様に、重ねてお願い申し上げます」


 伊那波はそう言って会見を締めくくると、舞台袖に向かって消えて行く。この政府発表の内容はすぐさまネットニュースのヘッドラインを埋め尽くし、また、この国民投票の開催は世界魔法逓信社によって、瞬く間に世界の知るところとなった。

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