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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第6章 奇跡が起こる日
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使徒、接近

2039年6月23日 北海道留萌市 沖合


 留萌海上保安部に属する巡視艇「あさ(CL-172)かぜ」が海原を巡回している。かつてはロシアや北朝鮮、中国の不審船が闊歩していた日本海も、今となってはノーザロイア島や世界各地からやってくる貿易帆船が行き交う海となっていた。現在の海上保安庁の任務は、それら友好国からの貿易船を狙う極東洋の海賊たちを取り締まることが主となっている。


(いきなり何だ・・・? ミルクでもこぼしたみたいな霧で周りが見えない)


 艦橋から目視で周辺海域を監視する船員たちは、「あさかぜ」の周囲を覆う濃霧に辟易としていた。双眼鏡を幾ら覗いてみても濃霧が視界を遮り、周辺海域の様子が全く分からなくなっていたのである。

 視界の不良を補う為、レーダー員は対水上レーダーが映し出す海上の様子を注視している。その時、レーダーに謎の影が写り込んだ。


「北東より高速接近中の物体発見! 相対速度はおよそ50ノット! 距離5km! 此方へ近づいています!」


「・・・何!」


 艦長の大手川充は驚きの声を上げる。今の「あさかぜ」の速度は25ノットであり、相対速度が50ノットということは、相手が25ノットの速度を出しているということを意味していた。その速度を出せるのは日本の船くらいのものだが、この時刻のこの場所において日本国籍の船舶が通過するという予定は無かったのだ。


「12時の方向に船影発見!」


 発見から程なくしてその船が目視される。それはミルクの様な濃霧に映る大きな影として現れていた。 


『そこの船、止まりなさい!!』


 艦長の大手川は拡声器を用いて不審船舶に停船を求める。だがその船影は止まることなく、どんどん此方に近づいて来て大きくなっていく。


「こちら『あさかぜ』! 留萌より北西へ11kmの海上にて不審船を発見した!」


『ザッ・・・了解した、国籍は確認出来るか?』


「いや・・・濃霧の為に国旗が確認出来ない!」


 大手川は通信機を介して、留萌海上保安部へ不審船発見の報告を入れる。「あさかぜ」は不審船の国籍や所属を判別する為、相対速度を落としながらその船影に近づき続ける。そしてついに、不審船が濃霧の中から姿を現した。


「こちら『あさかぜ』! 不審船と邂逅! 国旗は・・・」


 その姿を見た艦長の大手川、そして「あさかぜ」の海上保安官たちは言葉を失ってしまう。それと同時に「あさかぜ」の船窓に霜が降り、船内は真冬の様な気温へと一気に下がった。


『どうした? 何が見えた?』


「ゴ・・・ゴ、ゴ・・・!」


『ゴ?』


幽霊船(ゴーストシップ)!!」


 巡視艇「あさかぜ」の前に現れたもの、それは「あさかぜ」の数倍の大きさの船体を持つ“幽霊船(ゴーストシップ)”だった。帆がちぎれ、船体は穴だらけであるにも関わらず、海を切り裂きながら進むその不気味な船は、瞬く間に「あさかぜ」の視界から消え去り、その後方へと消えて行く。




北海道留萌市 留萌港湾合同庁舎 留萌海上保安部


 「あさかぜ」からの緊急連絡を受けた留萌海上保安部では、不審船が此方に接近しているという一報を受けて騒ぎになっていた。港では停泊していた巡視船「あきつしま」が出撃の準備をしている。


「第一管区海上保安本部へ連絡を!」


 留萌海上保安部長の石塚大地が職員たちに向かって指示を出す。その時、1人の職員が血相を変えて彼の下へ駆けつけた。


「たった今、埠頭に不審船が現れました!」


「何!?」


 報告を受けた石塚と職員たちは、保安部が入っている建物から慌てて外へ出る。



留萌港


 埠頭へ向かった彼らの前に現れたのは、帆が破けて船体が朽ち果てた巨大な帆船だった。その姿形は「あさかぜ」の船員たちが報告した言葉と同じく、“幽霊船(ゴーストシップ)”という表現が相応しい。その船は冷気を湛えており、その気温の差によって船の周りからは濃霧が立ち上っている。出港準備を進めていた「あきつしま」の船員たちも、その姿を見てただ立ち尽くすばかりであった。


『そ・・・そこの船、止まりなさい! この港は外国籍の船舶が停船することを禁じられている!』


 保安部長の石塚は拡声器を用いて、港へ迫った“幽霊船(ゴーストシップ)”に停船を命じる。すると船は埠頭までおよそ数十mといったところでぴたりと止まった。


「おい・・・臨検の準備を!」


 不審船の停船を確認した石塚は、近くに立っていた部下に指示を出す。だがその時、頭の中に直接響く様な声が聞こえて来たのだ。


『我が名は・・・“最遠の魔女”。私の目的は戦闘ではなく対談だ。お前達に忠告をしに来た。私をニホン政府へ通せ!』


「うわぁっ・・・!!?」


 その場に居た保安官全員が鋭い頭痛に襲われる。魔女と名乗る女性の声が頭の中にガンガンと響く。


「・・・くそ、分かった! 分かったから“これ”を止めてくれ!」


 痛みに耐えられなくなった石塚は、ついに日本政府へ連絡を付けることを了承してしまう。彼の懇願が聞こえたのか、謎の声は消え、埠頭に静寂が戻った。


「・・・?」


 ほっと一息ついていると、職員たちの目の前に不可思議な風が起こる。それはたちまち巨大な旋風となって周囲の砂や土を舞い上げた。


「何だこれは!」


 海上保安官たちは風に煽られないように身を屈める。程なくして旋風は収まったが、風の渦の中心にそれまで居なかった筈の人影が立っていたのである。


「・・・あ、貴方は一体!?」


 そこに立っていたのは、10代後半から20代前半くらいに見える若い女性だった。その女性は不敵な笑みを浮かべると、背筋が凍える様な声色で口を開いた。


「“最遠の魔女”、ジェラル=ガートロォナ・・・政府にはそう言えば分かるわ」


「・・・分かりました、取り敢えず上に報告は入れます。但し貴方方は不法入国だ。臨検と検疫は受けて貰いますからね」


 石塚はこの一件が自分の手に余ることを悟り、上に指示を仰ぐ決断をする。その後、“幽霊船(ゴーストシップ)”の来航と“最遠の魔女”の出現は、留萌海上保安部から第一管区海上保安本部を介して国土交通省、そして内閣へと伝えられた。


・・・


日本国 首都 東京都千代田区 首相官邸


 北海道に現れた幽霊船(ゴーストシップ)の存在は、すぐさま日本政府へと伝えられる。首相の伊那波はこの緊急事態を受けて、法務大臣の陽原、外務大臣の来栖、防衛大臣の鈴木、国家公安委員会委員長の西原、国土交通大臣の泉川、そして内閣官房長官の宮島を召集し、国家安全保障会議の緊急事態大臣会合を開催していた。


「“最遠の魔女”・・・この世界の海を彷徨う“幽霊艦隊”を率いるとされる存在です。元々はこの世界の船乗りたちの間で語り次がれる“都市伝説”に過ぎないものとされていましたが、セーレン王国沖で行われた『イロア海戦』での事例から、海上自衛隊の内部ではまるで真実の様に噂されていると言います」


 防衛大臣の鈴木が“最遠の魔女”について説明する。日本が初めてその存在を知ったのは14年前のアルティーア戦役で勃発した“イロア海戦”の直後のことである。その時、海戦の結果として大量に浮遊することになったアルティーア帝国海軍艦隊の瓦礫が、たった1週間足らずで海上から消えるという事件が起こったのだ。当時、海将補の地位に就いていた鈴木もその現場に居合わせた1人であり、その時の不気味さは明確に覚えていた。

 後に日本政府はこの一件の原因を「海流や低気圧など、何らかの自然現象によって短期間の内に瓦礫が散開してしまった為」と結論づけたのだが、海上自衛隊の内部ではそれ以降、“最遠の魔女”と“幽霊艦隊”の存在は現実の様に語られることとなる。


「日本が“幽霊艦隊”らしきものに初めて接触したのは2027年、ロトム亜大陸の『レーバメノ連邦』沖合にて、強襲揚陸艦『こじま』が謎の船団とニアミスしています。そして皆さんもご存じでしょう“極北レポート”が書かれたのも、この一件に関連してのことでした」


 実は“最遠の魔女”に接触した日本人は既に存在していた。その人物とは2027年にロトム亜大陸で行われた金鉱床調査の指揮を執った村田義直という民間人である。調査の中でクレバスに落ちるというアクシデントに遭い、地下の大空洞へと落下した村田は、そこでジェラルと出会い、彼女から聞いた世界の真実を1つの資料にまとめた。それは日本政府内部で“極北レポート”と呼ばれることになる。


「“最遠の魔女”とは・・・極北レポートによると、海に沈んだ海難者や船魂のエネルギーを集めて、この世界の異空間を旅するという幽霊艦隊の頭目です。この世界を創った神によって選ばれた“使徒”でもあり、500年以上の時間を俗世から離れて生きている」


 語り手が外務大臣の来栖へ移る。日本政府は“極北レポート”の内容については信用するに足らないものと総評しており、外務省のみがこのレポートに目を向けるという状況が続いていた。


「何故その様なものがこの日本へ・・・?」


 伊那波は頭を抱える。“空飛ぶ円盤”に続いて“神の使徒”、何故こうも訳の分からないものが次々と現れるのかと、自らの不遇を嘆いていた。


「不必要な刺激は悪手です。此処は魔女の言う通り、対話の場を設けてはどうでしょうか? 勿論・・・国民には内緒のままで」


 内閣官房長官の宮島は魔女の申し出を受け入れることを提案する。宮島は魔女が持って来たという忠告の内容について気がかりだったのだ。


「そうだな・・・それしかない」


 伊那波はジェラルの入国に対する超法規的な認可と、彼女との対談に臨むことを決意する。その後、ジェラルの身柄は公安によって東京まで護送されることとなった。

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