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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第5章 戦いの後
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極東国際法廷 弐

ありがとうコロンビア、おめでとう西野ジャパン

日本国 東京都千代田区 最高裁判所 大法廷


 西方世界を敵に回した国の王子が法廷に登場したことで、傍聴席が再びざわついていた。証人の宣誓を行ったエドワスタは、まっすぐな瞳で裁判長の笹淵を見つめる。証言台に立った彼の下へ、検察団代表の中岡が近づいて行く。


「エドワスタさん・・・こちらの被告人席に座っている11名に見覚えがありますか?」


 中岡はそう言うと、証言台の背後に置かれた11個のパイプ椅子に座るエルメランド人達を指し示した。エドワスタは背後へ振り返ると、再び裁判長の目を見つめながら答える。


「1番端の女性には見覚えがありませんが、残り10名の男たちは我が国の王室直属の魔法研究機関であった『密伝衆』の者たちに間違いありません」


 エドワスタは嘘偽り無く証言する。彼の言葉でスレフェンとエルメランドが関わりを持っていた事実が世界に証明された。


「貴方方と密伝衆が関わりを持ったのはいつ頃の話ですか?」


 中岡はさらに質問を続ける。


「およそ30年前に何処からか現れ、資金援助と引き替えにして、我が国に魔法技術での支援を行うと言って来ました。彼らが作り出した兵器は22年前の大ソウ帝国撃破に多大な貢献を果たし、それ以降、スレフェン王室の密伝衆に対する信頼は絶対的なものとなりました。ですがその時に彼らが作り出した兵器は、その膨大な魔力供給量によって我が兵士にも多くの犠牲を出しました・・・」


 エドワスタはスレフェンと密伝衆との関わりを時系列に沿って説明する。彼らの求めに応じるままに資金提供をしていたこと、そして西方世界との戦を始める前に、彼らが“魔力増幅装置”を作り上げたと言ってその現物を王室に献上し、それによってスレフェン海軍の艦隊に大規模な改修が行われたこと、強化した海軍艦隊によってイスラフェア艦隊を壊滅に追い込んだこと・・・この半年間に起きた全てを語った。


「『都市円盤』の存在についてはご存じでしたか?」


「いいえ・・・首都の地下にあのようなものが埋まっていたなんて知りませんでした。今考えてみれば、彼らが我々の前に現れたのはあの巨大円盤が目当てだっただけなのでしょう。首都の崩壊によってローディムの市民はそのほぼ全員が死亡しました。傷ましい限りです」


 エドワスタは世界全てを敵に回したエルメランドと、自国の意思が別の場所にあったことを重ねて強調する。彼は世界魔法逓信社の記者たちも居るこの国際法廷の場で、自分たちも被害者であることをさり気なく訴えた。


「円盤の中に数多のソウ人が収容されていましたが、これはスレフェン政府が用意したことですか?」


「はい・・・『密伝衆』から先代国王への要請によって、およそ5年前から合わせて21万人のソウ人を彼らに与えました」


 密伝衆の言われるがままになっていた先代のスレフェン王は、彼らが求めるものを言われるがままに与えていた。


「その理由については知っていましたか?」


「・・・いいえ」


 エドワスタは首を横に振る。毎年大量のソウ人奴隷を求め、彼らを何処かへ消してしまう密伝衆については、彼も不信感を抱いていたのだ。


「・・・検察からの尋問は以上です」


 エドワスタの証言からソウ人に対する非人道的行為についての裏付けを取った中岡は、裁判長に向かって一礼すると、検察席へと戻って行った。その後、弁護団の代表である篠原が席を立ち、証言台に近づく。


「・・・エドワスタさん、ソウ人の強制連行と奴隷化そのものは、密伝衆の要請を受けて行ったのですか?」


「奴隷献上の義務は、20年以上前にソウ帝国が我が国に敗れた時に取り決められたものです。彼の国は億を超える人口を誇る・・・その限りない人的資源は我が国にとって不可欠なものになっていました」


 篠原は反対尋問を始める。彼はソウ人の強制連行そのものが密伝衆の命令に依るものなのかどうかを尋ねる。だがそれは違い、奴隷の供出そのものはスレフェンが求めたものであった。


「成る程・・・ソウ人の強制連行については、実際にはスレフェン政府が行ったものであり、密伝衆はそれを利用したという訳ですね。奴隷という存在は、貴方の国においてどのような扱いを受けていましたか?」


 篠原はスレフェン連合王国の価値観や倫理観に踏み込んだ質問をする。エドワスタは視線を左右させながら答えた。


「・・・我々は献上されたソウ人を、主に鉱山や農園での労働に回していました。あくまで現場責任者たちの意識の話ですが、彼らは次から次へと供給されるソウ人を“使い捨ての消耗品”の様に捉えていた様です」


「即ち・・・それがスレフェンにおける一般的な人権意識ということですね」


 篠原はエドワスタから理想的な証言を手に入れたことでほくそ笑む。日本が「国際人道法」の精神をこの世界で大々的に発表してからおよそ数年、日本が位置する“東方世界”においては、捕虜への虐待、敗戦国民の奴隷化などの非人道的行為を避ける意識が確かに広がりつつあったが、日本から遠く離れた“西方世界”、特に鎖国状態にあったスレフェン連合王国においては、その存在すら知られていなかったことが改めて明らかになった。


「・・・東方世界ではどうか知らないが、敗戦国民を奴隷化するなど、一般的に行われていることではないですか? 我が国だけがとりわけ非道という訳でもないでしょう!」


 エドワスタは傍聴席や検察席の日本人から侮蔑の視線を向けられていることに気づき、堪らず弁論を繰り広げる。彼の言葉を聞いた他国の検事や判事は、少しだけ動揺の色を見せた。

 「国際人道法」の概念は発表されてから暫く経っているものの、それを規範として受け入れたのはアルティーア帝国と極東海洋諸国連合、そしてノーザロイア5王国のみであり、その他の国々、それこそこの国際法廷にて判事や検事として名乗りを上げている者たちの国では、依然として奴隷制度を継続している国家が多数だったからだ。


「では最後に確認しておきますが・・・例えば、密伝衆が“都市円盤”の存在を隠しながら、尚且つ大量に徴用されたソウ人を“魔力の電池”として使うことを明かしていたとすれば、貴方方はソウ人の供出を拒否しましたか?」


「あくまで私は王太子ですから、はっきりと言うことは出来ませんが・・・恐らく、先代国王はソウ人の提供を続けたと思います」


「成る程・・・ありがとうございました」


 篠原はそう言うと法壇に向かって一礼し、弁護人席へと戻って行く。検察側は渋い表情を浮かべていた。この反対尋問における弁護側の目的は、“ソウ人に対する非人道的行為”を裁く正当性にメスを入れることだったのだ。


『第1回公判はこれにて終了致します』


 冒頭陳述、そして検察による証拠調べと証人喚問を経て初公判が終了する。終了を告げるアナウンスが聞こえた後、裁判官と弁護団、検察団、そして傍聴人たちは一斉に席を立って一礼すると、続々と大法廷を後にするのだった。


〜〜〜〜〜


6月29日 第2回公判


 初公判から3日後、第2回公判が始まる。裁判は検察による証拠調べの続きから始まった。裁判の争点は“ソウ人に対する非人道的行為”から、“世界に対する破壊・虐殺行為”へと移る。検察団代表の中岡は、世界魔法逓信社の日本語版記事、および蹂躙を受けた各国都市の衛星写真をモニターに映し出しながら説明を行う。


「・・・最初の標的となったイスラフェア帝国においては、避難の準備不足も相まって200万人を越える死者を出しましています。攻撃は軍民区別することなく行われました。これが攻撃を受けた直後の首都エスラレムの衛星写真です」


 法壇に設置された画面、そして壁に設置されたスクリーンには、テラルス世界屈指の大都市であるエスラレムの変わり果てた姿が映し出されていた。


「・・・では此処で証人を召喚します。宜しいですか?」


 中岡は前回と同様に証人の召喚を打診する。裁判長の笹淵は無言のまま頷くと、傍聴席の最前列に向かって呼びかけた。


「証人は中に入って証言台の前に立ってください」


 彼の言葉に反応して1人の男が席を立つ。その男は近代風の軍服に身を包んでいた。


「証人は名前と身分、生年月日を言った後、台の上の紙を取って、それを自分の声で読んでください」


 証言台に立ったその男に向かって、笹淵はさらなる指示を出す。彼は台の上に置かれた紙を手に取ると、笹淵の目を見ながら口を開いた。


「イスラフェア帝国陸軍将官、ショレーム=ダナン・フロイトと言います。生年月日はイスラフェア起源歴2687年12月7日です。私は良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」


 その男はエスラレムから特権階級を避難させる為に尽力し、同都市の崩壊を間近で見て生き延びた数少ない人物であった。


「ショレームさん、エスラレム崩壊時の様子について詳しくお聞かせ願えますか?」


 検察団の代表である中岡はショレームの下へ近づき、「ラスカント」が繰り出した攻撃の詳細について尋ねた。ショレームは脳裏に焼き付いた忌々しい光景、そして被告人・・・即ち“世界の仇”が背後に居るという事実に打ち震えながら、唇を動かし始める。


「我が帝国の西海岸に位置する港街である“フェニア”壊滅の一報と巨大飛行物接近の知らせを受け、我々陸軍は政府首脳陣を確実に避難させる為に、首都近郊の駐屯地に配備されていた銀龍を総動員させました・・・」


 ショレームは特権階級を避難させる陣頭指揮を取り、結果としてそれを成功させていた。だが当時のイスラフェア政府には一般市民の避難に手を回す余裕が無く、結果としてほとんどの首都市民を見殺しにせざるを得なかったのだ。

 そしてわずかな特権階級や政府首脳陣を乗せた銀龍の群れが飛び立った直後、未だ数多の市民が取り残されていた首都に向かって、「ラスカント」の主砲から攻撃が下される。地面へ着弾した魔力ビームは推定直径2kmを越える大爆発を起こし、エスラレムは数多の市民と共にたちまち爆炎の中へ消えて行った。


「あの時ほど・・・自らの無力さを思い知らされ、悔しさに震えた日はありません・・・。かつて幼き日を過ごした友や仲間たちを・・・あの場に残し・・・、私だけ生き残ってしまったことを後悔しました・・・」


 震えた声を絞り出すシュレームは大粒の涙を流していた。その後、証言を終えた彼は、俯きながら傍聴席へと戻って行く。検察団は「ラスカント」が引き起こした悲劇を判事たちに訴える為、さらなる証人を召喚する。


「エフェロイ共和国出身、世界魔法逓信社総本部・編集局員のミクリー=ヴァシュアです。生年月日は・・・」


 彼は「ラスカント」の攻撃を受けたエフェロイ共和国の首都リンガルにて、総本部の社長らと共に過去の記事の保護に尽力し、攻撃の瞬間まで街に残っていながら生き残った数少ない生き証人だった。中岡はショレームの時と同じく、都市円盤の攻撃を受けた時の様子をミクリーに尋ねた。


「・・・あの時は総本部に保管されていた過去数十年分の記事を後世に伝える為、私を含む一部社員がブラウアー社長と共に懸命に作業していました。そして全ての資料を地下室へ運び込んだ直後、耳を貫く様な爆発音と轟音が響き渡り、世界の終わりの様な地揺れによって総本部が崩壊しました。幸いにも我々は地下に居たので無事でした。ですが・・・地上へ脱出した我々を待っていたのは、跡形も無く崩壊したリンガルの姿でした・・・」


 ミクリーはショレームと同じく、「ラスカント」の業火が振り下ろされた時のことを思い返す。その後もクロスネルヤード帝国、レーバメノ連邦、ショーテーリア=サン帝国から証人が召喚され、エルメランドの末裔たちが行った破壊と蹂躙について語っていった。弁護側もこれについては争う姿勢は無いらしく、反対尋問を行う事は無かった。


「テラルス人を標的とし、その絶滅を意図して攻撃を行った“集団殺害犯罪”、文民に対する攻撃を罰する“人道に対する犯罪“、東方世界で提唱・締結された“ジュネーヴ諸条約”によって保護される人民・財産に対する不当な行為を定めた“戦争犯罪”、密伝衆による惨劇はこれらの諸項目に該当し、いずれも悪質かつ残虐であることは議論の余地がありません」


 検察による証人喚問は中岡のこの言葉で締められた。斯くして、第2回公判は検察による証人の召喚に終始したのである。


〜〜〜〜〜


7月11日 第4回公判


 第2回公判と第3回公判は「ラスカント」による被害を世界へ向けて赤裸々に発信した。そして裁判は「都市円盤」に関する情報について明らかにするための段階へ移る。この日に行われた第4回公判では、証人としてある人物が召喚されていた。


「アサカベ・ナガハチロウ・ヨシフミと申します、今は世界の西端に位置する『イナ王国』にて密偵をしておりますが、かつてはエルメランド星のシャルハイド帝国にて魔法技術者の職務に就いていました。私は良心に従って真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」


 証言台に立っていたのは他ならないナガハチロウであった。テラルス側に付いたエルメランド人として、彼にも証人として出廷する様に要請が届いたのである。


「貴方にもエルメランドの文明が生み出した究極の術である“不老不死の魔法”が掛けられているそうですが、それは本当ですか?」


「はい、本当です。私はかつてシャルハイド帝国政府直下の魔法研究機関に属し、国家の要人として不老不死の術を施される権利を得ました」


 ナガハチロウは中岡の質問に答えながら自らの素性について説明する。傍聴席は今までと違うざわめきを見せていた。


「貴方が持つ『都市円盤』に関する情報を提供して貰えますか?」


「・・・あの円盤は艦名を『ラスカント』といい、1500年前に起こった大戦争のわずかな生き残りをテラルスへ避難させる為に建造された“箱船”です。同型艦は3隻建造され、今回の『ラスカント』はそのネームシップでした。私は主任設計者として、この箱船の開発に携わりました。1隻辺り250万の乗員を乗せることが出来、武装は自衛用の最低限の武装しが施されませんでした」


 中岡に質問を振られたナガハチロウは、日本政府が都市円盤と呼ぶ「ラスカント」に関する情報を説明する。あの忌々しい破壊神の設計主が現れたという事実に対して、傍聴席は動揺の色を見せた。


「ですが・・・その建造計画が始まった時、私はシャルハイド帝国を裏切り、『ラスカント級超巨大都市型円盤』の設計図を持って、対立陣営の中心国であった『神聖ラ皇国』へ亡命しました。ラ皇国政府は持てる技術を全て結集して、本来なら存在し得なかったラスカント級4番艦『タカラジマ』を建造しました。これら4隻は限られた人民を乗せてすでに滅んだエルメランドを飛び立ち、『タカラジマ』は今のイナ王国へ墜落しました。私は『タカラジマ』に乗ってこのテラルスへ来たのです」


「あの円盤は本当に人の命を食って動いているのですか?」


 中岡はこの場に居る人々にとって最大の関心について尋ねる。


「はい・・・本来は亜人を燃料としていました。エルメランドにおいて、亜人は人格すら認められない激しい被差別の対象だったのです。『神聖ラ皇国』はそんな文明を恥じる国の一派でした。ですので、ラ皇国は多大な魔力内包量を誇る少数の亜人族の力を借りて、何とか『タカラジマ』を浮かせることには成功しましたが・・・操縦すらままならず墜落しました」


 ナガハチロウは「ラスカント」の構造について詳しく説明する。


「成る程・・・ありがとうございます」


 中岡はナガハチロウに礼を述べる。その後、弁護側による反対尋問は行われなかった。善なるエルメランド人であるナガハチロウの存在はメディアによって大きくクローズアップされ、世界の西端「イナ王国」がエルメランド人の末裔が建てた国であることも明らかにされたのである。


〜〜〜〜〜


7月30日 第5回公判


 新聞は連日、国際法廷の進捗状況を伝えており、被告人の有罪、そして特に四幹部と呼ばれていた者たちの死刑は確実かと思われていた。


「1500年以上前の『エルメランド星』にシャルハイド帝国と呼ばれる国家が存在していた可能性は否定しませんが、このテラルス星においてその様な国家を承認している国家権力は皆無であり、尚且つ現在のシャルハイド帝国は国家としての実体を有していない為、これを国家、ならびにそれに準ずる勢力として認めることは相応しくありません。加えて彼女らは戦闘員資格を有しておらず、特殊作戦群隊員4名の殺害についても追及すべきだと考えます」


 検察団の代表である中岡はルヴァン個人の犯罪について言及する。ローマ規程においては戦闘員としての規程を満たさない者が敵対国の戦闘員を殺害した場合、戦争犯罪の罰則対象に該当すると考えられていた。


「例によって弁護側が証拠書類の提出を拒否した為、証人を召喚したいと考えます。裁判長、宜しいですか?」


 中岡は前回と同様に証人の召喚を打診する。裁判長の笹淵は無言のまま頷くと、傍聴席の最前列に向かって呼びかけた。


「証人は中に入って証言台の前に立ってください」


 裁判長に呼ばれて1人の男が法廷へ入って来る。その男の外見の異様さにギャラリーがざわついた。その男は自衛官の制服を着用し、顔に目出し帽を被っていたのだ。


「彼の職務上、彼の名前と顔が明かせないことは判事たちも了承済みです。我々は彼を証人として認めます」


 笹淵裁判長はその証人の証言を認可する。弁護側にもこの件についてはすでに伝えられており、彼らも異を唱える様子は無かった。証言台に上がった男の正体は特殊作戦群第3中隊・島崎班の生き残りである鮫島陸男一等陸曹であった。


「本名は明かせませんが、仮名をタシロと申します。陸上自衛隊特殊作戦群に属す者です。我々はあの『都市円盤』内部に潜伏し、円盤の機関を破壊しました」


「!!」


 目出し帽の男が告げた言葉を聞いて、傍聴席はさらなるざわめきに包まれる。「ラスカント」撃墜の最大の功労者である名も明かせない“10名の英雄”の内の1人が、この国際法廷の場に現れたのだ。報道陣は一斉にフラッシュを焚く。


「ではタシロさん・・・貴方方はあの円盤の中でルヴァン氏と対峙したとのことですが、その時の様子を詳しくお聞かせ頂けますか?」


「はい、分かりました」


 検察団の代表である中岡は証言台に立つ鮫島一曹に近づき、彼女の手によって4人の仲間が殺された時の様子について語り始める。


「円盤の機関部にプラスチック爆弾を仕掛けた我々は、爆発の衝撃を避ける為に急いでその場を立ち去ろうとしました。その時、渡り廊下の上を進んでいた我々の前に、彼女が突如として現れたのです。ものの例えでは無く本物のテレポーテーションを使用したものでした。その際に発生した旋風に巻き込まれて2人の隊員が渡り廊下から落下し、奈落の底に落ちて行きました・・・」


 鮫島一曹は感情を押し殺しながら、仲間たちの最期について説明を行う。


「我々は退避を急ぐ状況でしたから、私の同僚が彼女に対して道を空ける様に警告しました。その時、彼女は魔力を変換した衝撃波を放ち、警告を発した隊員を殺害しました。その後、他の隊員が彼女に対して自己防衛の為に発砲しましたが、銃撃は効かず、その隊員も殺害されました」


 鮫島一曹は4名の死について説明を終える。その後、彼は真っ直ぐ裁判長の目を見つめたまま話を続ける。


「その後、彼女はテラルスへの破壊・殺戮をショーだと言い切りました。そして我々を円盤から排除する為に来たと・・・。その後、我々は機転を利かせてその場から離脱し、機関も爆破して円盤下部の艦載機格納庫へ逃げました。ですが、その場で敵兵の待ち伏せに遭い、さらに4名の仲間が射殺されました」


 円盤に潜入した11名のうち、生き残ったナガハチロウと島崎一尉、鮫島一曹の3名は、「ラスカント」に格納されていた上陸用輸送艇を奪って福岡市の沖合に不時着し、市街地に展開していた陸上自衛隊員に発見されることとなる。


「ミャウダー、ヒス、ルガール、キルルの四幹部の他、末端構成員である6名に対して行われた事情聴取からも、彼女が特殊作戦群の隊員たちに憤り、彼らを抹殺せよと命令を下したことが明らかになっております」


 中岡は補足の説明を加える。それは彼女が単なる象徴的立場に居たのではなく、その気になれば命令を下して「ラスカント」を動かせる立場に居たことを示していた。


「・・・」


 四幹部と末端構成員たちの無罪獲得がほとんど不可能な今、弁護側はルヴァンに無罪をもたらすことが出来るかどうかを勝敗の目安として捉えていた。彼女に掛けられた罪状を払う為、弁護団の代表である篠原は最善を尽くす。


「タシロさん・・・最初に彼女へ警告を告げた隊員は、いきなり彼女に銃口を向けたそうですね。それは何故ですか?」


 篠原は弁護側の席から立ち上がり、証言台の鮫島一曹に質問をする。彼はルヴァンへの面会を重ねる中で、彼女からこの時の状況について詳しく聞いていた。弁護側からの反対尋問を受けた鮫島は、その時の状況について詳しい説明を行う。


「その時既に仲間2人が殺されていました。自己防衛の為、そして自分たちの命を守る為に最善の措置だと思います」


「しかし、その時点でルヴァンさんに貴方方への殺意があったとは断言出来ませんよね? お2人が渡り廊下から落下する原因となった旋風については、副次的に発生したものにその隊員が自ら突っ込んで行っただけの様に思いますが?」


「・・・っ! しかし、彼女は我々を“排除”すると言ったのです。我々に対する殺意を持っていたことは明確では!?」


 鮫島一曹は弁護士が投げかけたこの指摘に憤りを覚える。だが俯瞰的に見れば、そういう風に見えたのも事実であった。


「では・・・テレポーテーションの魔法について、ある証人から詳しくお訊きしたいと思います。宜しいですか、裁判長?」


 篠原は証人の召喚を裁判長に打診する。今回の裁判で初めて弁護側が証人を召喚した。鮫島一曹が証言台から降りた後、彼と入れ違いになるようにして見覚えのある男が入って来る。


「・・・ナガハチロウ!?」


 鮫島は驚きの声を上げる。弁護側が召喚した証人とは、他でもないナガハチロウであった。前回の公判では検察側証人として出廷した男が、今度は弁護側証人として現れたのである。篠原は証言台の上に立った彼の下に近づいて口を開く。


「魔法技術者である貴方であれば、テレポーテーションの魔法についてご存じかと思います。その魔法についてお教え願えますか? 特に最初、2名の隊員を吹き飛ばしたという突風はテレポーテーションを使用する際には必発のものなのですか?」


 篠原はナガハチロウにテレポーテーションの魔法について尋ねる。彼が問いかけた内容は、ルヴァンが起こした旋風による2名の隊員の転落が、事故か他殺なのかを白黒決める為に必要なことであった。


「テレポーテーションは膨大な魔力を浪費する為、常人や通常の状況ではまず使用できません。そしてその発動には突風に似た衝撃波が付きまとう為、術者から5メートル以内に近づくのは危険だと言われていました」


「・・・」


 篠原は理想的な証言を得られたことでほくそ笑む。その後、いくつかの問答を経てナガハチロウは傍聴席へ戻って行った。そしてこの第5回公判にて全ての証拠調べと証人尋問は終了したのである。

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