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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第5章 戦いの後
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戦後まもなくの日々

2月20日 日本国 東京都


 壮絶な戦いが終わって2日後、街頭テレビを見上げると、沈黙した「ラスカント」の上空を飛ぶ報道ヘリコプターからの映像が映っていた。その他にも海上自衛隊の哨戒ヘリコプターであるシーホー(SH-60K)クが飛行しているのが見える。玄界灘に着底した都市円盤はその全てが海中に消えた訳ではなく、上部の構造物は沈み切らずに海面から顔を出していた。


『ご覧ください、この世界全てを恐怖に陥れた“悪魔の箱船”は、自衛隊の猛撃によって完膚無きまでに破壊され、海中に没したのです! この事件は消えることの無い輝かしい偉勲として、この世界の歴史に刻まれ、自衛隊員たちは英雄と称えられることでしょう!』


 “都市円盤の墜落”と“敵の首班たちの拘束”、そして“日本国の勝利”はあらゆるメディアとネットワークを介して日本中に轟き、国民たちは世界を支配せんとした巨悪に対する“勝利”に酔いしれていた。戦勝を祝う宴は国を挙げてしばらく続くだろう。円盤の墜落は総本部が壊滅した「世界魔法逓信社」によって全世界に報道されており、「日本国の勝利」「世界の英雄」・・・その文字が海風に乗って世界を駆け巡る。

 画面は首相官邸の会見室へと移り変わり、内閣官房長官の宮島龍雄の姿が映る。数多のフラッシュライトが焚かれる中で、宮島は力強い演説を行っていた。


『平和を愛する我々の正義は負けない。此処に断言しましょう、日本国は2700年前の神代より未来永劫不滅であると』


 古代には「元寇」、そして「第2次世界大戦」「東亜戦争」、そして「テラルス=エルメランド戦争」・・・これらの国難を乗り越えて来たことで、日本国民の興奮と意識は今までに無いほどに高まっており、テラルスにおける日本国の国威は最高潮に達していた。

 だがこの戦いにおける犠牲は余りにも大きく、自衛隊員及び警察官に8千余名の殉職者、民間人を含めると、無理を通した避難活動によって生じた人災などによって1万2千人近い犠牲者を出してしまった。しかしこれはあくまで日本国内における話であり、エルメランドの無差別攻撃は全世界で3000万人に上る死者を出したという。


『ですが、この戦いにて我々はあまりにも多くの犠牲の上に立ってしまった。我々はそのことを忘れてはなりません。その過去を無きものになど誰にも出来はしないのです、ですが犠牲の上に立った我らには、未来を輝かしいものにする義務がある。それこそが我々の運命なのです!』


 宮島が大きな身振り手振りを加える度に、フラッシュライトの波が沸き上がる。報道各社が発布する情報は戦勝記事一色であった。


〜〜〜〜〜


エフェロイ共和国 首都リンガル 世界魔法逓信社総本部 仮設本社


 「ラスカント」に破壊されたエフェロイ共和国の首都リンガルでは、郊外に避難していた市民たちが戻って来ており、首都の跡地には彼らが建てたバラック小屋が並んでいる。世界魔法逓信社の総本部跡地でも、社員たちによって仮設本社が建設されていた。


「社長! 世界に向けて刊行する紙面の案が出来ました、確認をお願いします」


 編集局に属する若い社員が、完成した紙面案を持って社長の下へ現れる。22歳のうら若き女社長であるブラウアー・ステュアート=フィリノーゲンはその紙面を受け取ると、その内容に目を通す。見出しには“ニホン国の勝利と今後の世界”とあり、この一件で世界を救ったと言っても過言ではない日本が、テラルス世界にどのような影響を及ぼしていくのかという予測が書かれていた。


(この一件以降、世界がニホン国を中心に動いていくことは確実・・・私達はこの先の世界の動向を注視し、歴史に刻まなければならないわ)


 ブラウアーは自分たちに課せられた使命を再認識していた。


「合格よ、このまますぐに出して!」


「は、はい!」


 彼女は記事の内容にOKを出してその紙面案を返すと、すぐにその記事を発刊する様に指示を出す。総本部が破壊されても尚、彼らが職務を放棄することは無かった。


〜〜〜〜〜


2月22日 日本国 東京都千代田区 警視庁 留置施設


 「ラスカント」に乗り込んでいたエルメランド星の末裔たちの中で、「扶桑」によって身柄を拘束されたのは11名である。彼らは今、警視庁本部内にある留置施設に収容されていた。因みに、彼らの身柄を拘束した法律上の根拠としては、『「扶桑」に乗艦していた海上自衛隊員による“激発物破裂”の準現行犯逮捕』ということになっている。


「・・・」


 留置施設の一室に1人の女が収容されていた。その部屋には2人の警務部職員が監視の為に付いている。彼女は此度の事件における最重要被疑者であった。


「・・・ふーん」


 その女の名はルヴァン=プロムシューノ、密伝衆の王として彼らの頂点に立った人物である。彼女は今、寝台の上に寝そべりながら本を読んでいた。


(・・・日本語が読めるのか?)

(・・・さぁ?)


 彼女が読んでいる書籍は日本国内で発行されたものである為、当然ながら日本語で書かれている。彼女を監視していた2人の警務部職員は、他の星の生まれであるという彼女が日本語の書籍を読んでいることを不可解に思っていた。


(・・・閉じられた辺境国が、わずか60年で列強の一角に名を上げたとは・・・中々に数奇な運命を辿った国なのだな)


 ルヴァンが読んでいるのは日本の歴史について書かれた書籍であった。日米和親条約の締結から日露戦争の勝利、そして第1次世界大戦に至るまでの歴史を読んで、彼女は日本という国の歴史に興味を抱く。読書という道楽にふけるその様子は、自分たちが置かれている今の状況を全く意に介していない様だった。

 彼らの取り調べは連日に渡って行われており、いずれ開かれる裁判に向けて、証拠と証言の収集が進められている。「ラスカント」と密伝衆によって被害を受けた国は日本のみに留まらない為、日本国内に集まっていた各国首脳の要請に従って、エルメランドの亡霊たちに対して行われる裁判は、各国から判事と検事を集めた“国際法廷”の形式で行われる方針になっていた。

 罪状や刑罰をどの国の法制度に当てはめるのか、どの国を裁判の参加国として認可するのかなど、各国の首脳陣と外務省・法務省との間で交渉と調整が進められており、各国では日本国の法に精通する者たちが判事または検事として名乗りを上げている。だが、弁護団については各国共に“憎き世界の敵”の弁護をするという意思が無い為、日本人のみで構成されることになるだろう。


〜〜〜〜〜


2月23日 東京都世田谷区 自衛隊中央病院


 「ラスカント」墜落の引き鉄を引いた“特殊作戦群第3中隊・島崎班”の生き残りである島崎一尉と鮫島一曹の2人は、花束と果物の詰め合わせを持って東京都にある「自衛隊中央病院」を訪れていた。周囲に自衛隊員であることを示す制服や作業服ではなく、普通のスーツを着ている。

 4ヶ月半近く日本を離れていた彼らは福岡市の砂浜に不時着した後、市街地に展開していた陸上自衛隊員によって発見されていた。そして負傷していたナガハチロウは、春日市の自衛隊福岡病院で応急処置を受けた後、負傷した多くの隊員たちと共に「扶桑」に乗せられて関東地方へ飛び、自衛隊中央病院へ入院していたのである。


「ハチロウ・・・入るよ」


 島崎一尉は病室の扉を開くと、病床に腰掛けていたナガハチロウの顔を覗き込む。ベッドの脇には彼の愛刀である“新世界”が置かれていた。異国人ながら救国の英雄となった彼の医療費は日本政府が全て負担していたが、彼自身の意向でその偉勲は一般に発表されていなかった。


「これは・・・良く来てくださった! ヒイラギさん、サメシマさん」


 ナガハチロウは島崎一尉と鮫島一曹の来訪を心から喜ぶ。島崎は持って来た見舞いの品を部屋の隅にあった台の上に置くと、無造作に置いてあった椅子の上に座った。


「どうだい? 具合は・・・」


「・・・大分良いですよ、元々大した傷ではなかったからね」


 堕ちて行く「ラスカント」から脱出する時、ナガハチロウは追っ手に右肩を撃たれていた。自衛隊福岡病院で応急処置を受けた後に手術が行われ、今は傷跡の状態を見て抜糸を待っている状況だ。


「・・・俺は2日前、4ヶ月半ぶりに家族に会って来た。こうして私が家族に会えたのもお前のお陰だよ、本当にありがとう!」


 「扶桑」に乗って関東地方に戻り、職場である習志野駐屯地と家庭がある千葉県船橋市に帰還した島崎は、およそ4ヶ月半ぶりに妻の凌子と息子の也人との再会を果たしていた。普段は素っ気ない態度を崩さない息子も、この時ばかりはその仏頂面が崩れたと、島崎は嬉しそうに語る。


「・・・成る程、それは良かった。でも、私だけではあの円盤を落とすことは出来なかった。皆さんが居たから、私は過去を清算し、自分が生み出した化け物を自らの手で葬ることが出来たんです」


 1500年前にラスカント級都市型円盤を設計したナガハチロウにとって、現代に蘇った「ラスカント」の存在は、自分が犯した罪を今に体現する存在であった。それを空から引き摺り降ろすことは、彼が命に代えても成さねばならなかったことであり、贖罪であったのだ。


「だが俺は・・・今回の戦いで救えないもの方が大きかった」


 島崎一尉の脳裏には、この戦争にて命を失った犠牲者たちの姿が浮かんでいた。円盤の機関部に数十万単位で収容されていたソウ人の存在については、彼らの口から司令部へ報告していたものの、海の中へ沈み行く直径14kmの巨大物体からそんな人数の人々を救い出すことは不可能に等しく、結局は「ラスカント」と共に海の中へ沈んでしまっていた。

 そして何よりも彼の心に深い影を落としていたのは、「ラスカント」の艦内で命を落とした8人の仲間たちの存在であった。苦楽を共にしてきた仲間たちの亡骸すら持ち帰れなかったことを、強く後悔していたのだ。


「・・・」


 後悔の念を口にする島崎に対して、ナガハチロウは何も言うことが出来なかった。沈黙がその場を支配する。その時、病室の扉をノックする音が聞こえて来た。その直後に紺色のスーツを着た男が部屋へ入って来る。


「・・・失礼します、おっと。内閣府賞勲局から来ました古瀬秀勝と申します」


 その男は見舞いに来ていた島崎と鮫島に少し驚きながら、自らの素性を述べた。賞勲局とは勲章・褒章などの栄典に関する職務を管轄する内閣府の内部部局である。


「特戦群・・・名を世に出せぬ英雄まで同席されていたのは都合が良い。ちょうど貴方方2人の下にも連絡を入れようと思っていたのですよ」


「・・・?」


 島崎一尉と鮫島一曹は古瀬の言葉に対して首を傾げた。古瀬は一呼吸置いた後に口を開く。


「貴方方3名へ・・・“紅綬褒章”の授与が正式に決定しました。つきましては4月29日の昭和の日、春の褒章にて発令されます」


「!」


 島崎一尉と鮫島一曹、そしてナガハチロウは驚きの表情を浮かべる。日本政府は「ラスカント」撃墜の最大の功労者である彼らの偉勲を称え、6種類存在する褒章の中で「自己の危険を顧みず人命の救助に尽力したる者」に送られる「紅綬褒章」の授与を決定したのだ。


「・・・有り難くお受け致します」


 島崎一尉は古瀬に対して深々と頭を下げた。鮫島一曹とナガハチロウも同様に頭を下げる。その後、病室を後にする古瀬の背中を見送る傍らで、島崎一尉はこの名誉をかつての部下たちの墓前に報告することを心に決めたのだった。

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