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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第4章 テラルスVSエルメランド
43/56

福岡上空最終決戦 肆

福岡県福岡市西区・上空 飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋


 戦闘機からの空対空ミサイル攻撃によって5基の主砲が破壊された。大爆発を起こした「ラスカント」の主砲は跡形も無く消し飛んでおり、そこからは巨大な黒煙が立ち上っている。福岡市の西区の上空を飛んでいた自衛隊の隠し球である飛行戦艦「扶桑」の隊員たちも、無線を介してその情報を受け取っていた。


「敵の主砲はまだ20基近く残存している! 余すことなく直ちに全て破壊するんだ!」


『了解!』


 艦長である阪東二佐の指示を受けて、砲雷長を勤める南沢二佐は戦闘指揮所の部下たちを指揮する。その直後、艦の前方に位置する2基の35cm連装主砲が「ラスカント」側面の主砲を目標に捉えた。


「第1砲塔及び第2砲塔、発射準備完了。弾種は“高エネルギーレーザー”!」

「・・・発射!」

「発射!」


 南沢二佐の命令に伴い、砲術士が主砲の発射ボタンを押し込んだ。赤色の高エネルギーレーザーが4つの砲身から放たれる。一瞬で目標に着弾したレーザーは、魔力の充填を続ける「ラスカント」の主砲2基を撃ち抜き、それらを瞬く間に破壊した。

 

「次弾発射、急げ!」


 「扶桑」は「ラスカント」の側面に沿うような形で飛行を続け、「ラスカント」の主砲を次々と破壊していく。




福岡県春日市・上空


 「扶桑」が飛行する場所から「ラスカント」を挟んでちょうど反対側に位置する春日市の上空では、パイロットたちが発射へのカウントダウンを始めた主砲へ攻撃しようと躍起になっていた。だが、連射砲から放たれる魔力ビームの雨あられと、まだ残存している小型円盤の悪あがきに苦慮し、戦闘機の機首が主砲へ向けられないでいたのである。


『くそ・・・! 時間が無い!』


 岩国基地から参戦していた元ロシア空軍中佐のヴャチェスラフ=アフクセンチエヴィチは、小型円盤による執拗な攻撃を受けていた。加えてミサイルなどの弾薬は、陸海空合わせてすでにそのほとんどが消費されており、攻撃が可能な機はかなり少なくなっていたのである。彼らの視界から見える主砲はあと1基が残っており、輝きを一層増していくその様子を見て、ヴャチェスラフらは焦りを強くする。

 そんな主力たちの姿を見て、1つの覚悟を決めた男が居た。戦闘機を敵の攻撃から反らす為の囮としてこの戦いに参戦していた“アルティーア帝国竜騎兵部隊”の隊長、ドルサ=ラティシマス佐官だ。生き残った竜騎兵は彼を含めても10騎いるかいないかであり、地上には戦いに散ったこの世界の戦士たちの骸が散乱していた。


「・・・此処で彼らを破滅させることが出来るのならば、世界の利益の為に私は喜んで死を受け入れよう。散って逝った彼らの様に!」


 ドルサの脳裏には戦友たちの笑顔が浮かんでいた。それは12年前に行われた日本との戦争、そして今回の戦いにて、力量の差が開き過ぎる敵を相手に為す術も無く散っていった者たちである。


(・・・ニホンによって滅ぼされかけた我が国が、ニホンの力で復興し、今やニホンとの交易無くしては経済が成り立たなくなっている。そして・・・まさかこの世界を守る為にニホン軍と共闘することになるとはな)


 ドルサは運命の数奇さに思いを馳せる。彼は自らが乗る翼龍の羽根を一杯に広げさせ、最高速度で「ラスカント」の主砲へ向かって行った。


『あいつ・・・何をする気だ!』


 戦闘機パイロットたちは単騎で特攻を仕掛ける竜騎兵の目の当たりにし、驚きを隠せない。ドルサの行動には一切の迷いが無く、膨大な魔力が集積されているその場所へ一直線に突っ込んで行く。


「これが・・・この世界の“怒り”だ! 思い知れ、化け物!」


 それがドルサの最期の言葉となった。彼と彼の竜は輝きの中へと消えて行く。巨大魔力ビームの発射直前に大きな異物を取り込んでしまったことで、最後に残っていた「ラスカント」の主砲もついに破壊されたのだ。

 気付けば戦闘機パイロットたちを苦しめていた連射砲の魔力ビームも、いつのまにか減弱してほとんど無くなっていた。


『こちらオールドボーイ12! 主砲様構造物の破壊を確認!』


 異国の竜騎兵の特攻を見届けたヴャチェスラフは、主砲の破壊完了を岩国の作戦司令部へ通達する。斯くして「ラスカント」の側面に位置していた24の主砲は、発射される直前にその全てが破壊されたのだった。


・・・


「ラスカント」 中央制御室


 半ばヤケになって敢行しようとした全主砲の発射は、発射に必要なエネルギーの充填が完了する前にそれらが全て破壊された為、失敗に終わっていた。破壊された主砲からは大量の黒煙が舞い上がっており、現在の「ラスカント」の姿は俯瞰すると“黒い王冠”の様に見えたことだろう。


「全主砲・・・沈黙!」

「魔力、残量ありません! このまま戦闘の継続は不可能です!」


 予備動力として蓄えられていた魔力が、あっという間に底をつきそうになっており、最早戦闘の継続は不可能になっていた。


「・・・艦載機への遠隔供給を切れ、一先ずニホン列島から急いで離れろと艦橋に伝えろ!」


「り、了解!」


 中央制御室の室長であるヒスは事此処に至って撤退を決断する。そして艦の操舵を管轄する艦橋へ、その命令が伝えられた。中央制御室には彼と同じ四幹部であるミャウダーとキルルの姿もあった。その時、中央制御室に突如強力な旋風が巻き起こる。


「ルヴァン陛下!」


「ハァ・・・ハァ・・・!」


 単身で敵兵たちを排除しに向かった女王が旋風の中から現れた。彼女は焦燥感に満ちた顔で息を切らしている。体内に残った魔力を使ってテレポーテーションを行い、間一髪のところで爆発から逃げ果せていたのだ。


「お怪我は有りませんか?」


「五月蠅い!」


「!?」


 ルヴァンは自身の身を気遣うミャウダーの言葉を雑言で掻き消した。彼らは女王が示した想定外の反応に驚き、呆気にとられてしまう。その直後、彼女は怒りを湛えた表情を浮かべ、周囲の部下たちに喚き散らした。


「ふざけやがってぇ・・・! 殺せ、あの薄汚いサル共と裏切り者をすぐに殺せ!」


 敵に対する言葉とは言えども、普段は飄々としている女王から口汚い言葉が発せられたことに、ミャウダーたちは再び驚く。


「はっ・・・現在、一部兵士たちに彼らを追わせています! 間も無く排除されるかと!」


 ヒスが現状を伝える。機関部に侵入した敵兵たちに対しては、携帯熱線砲で武装した密伝衆の兵士たちが差し向けられていたのだ。


・・・


福岡県福岡市・東区 上空


 自衛隊による猛攻によって満身創痍となった「ラスカント」は遂に撤退を開始していた。沈黙した巨大な体躯は敵の手数が少ない福岡市の北西側、すなわち玄界灘の方向に向かって進み始める。残存していた小型円盤は魔力の遠隔供給を絶たれたことで次々と墜落していた。


『見ろ、やったぞ!』

『エルメランドの奴ら、逃げて行くぜ!』


 日本列島から離れようとしていた都市円盤の動きを見て、パイロットたちは歓喜に沸いた。だが彼らは追撃を止めることはない。九州北部の海上に展開していた第2護衛艦群からは艦対空ミサイルによる攻撃が行われており、飛行戦艦「扶桑」も高エネルギーレーザー砲による砲撃を継続していた。

 仕舞いには円盤の外側が崩れ、その破片がボロボロと地上に落ちる様になっており、「ラスカント」の瓦解は時間の問題かと思われた。「ラスカント」に日光を遮られ、暗い影に覆われていた福岡市とその周辺地域は、円盤が逃げ出したことで南の方から太陽の光が降り注いでいく。それは正に勝利の女神が日本を祝福する瞬間だった。


「決して逃がすな! 玄界灘にたたき落とせ!」


 「扶桑」艦長の阪東二佐は逃げていく「ラスカント」を睨みつける。メインスクリーンに映し出されるその姿は、テラルスの人々を恐怖に陥れた破壊神の風格など感じられない、惨めなものだった。「ラスカント」を追走する「扶桑」は前方の第1・第2主砲、そして艦底部に位置する3連装主砲から高エネルギーレーザーを連射し、「ラスカント」への攻撃を続けている。光子ロケットエンジンと核融合パルスによって生み出される膨大なエネルギーは、黒煙を棚引かせる「ラスカント」の体躯を確実に破壊し続けていた。


・・・


「ラスカント」内部 下層 艦載機格納庫


 「扶桑」が繰り出す高エネルギーレーザーの衝撃は巨大な艦体の隅々にまで響いており、艦内はあちこちから火の手が上がっていた。機関部の爆破を成功させた島崎班の6名とナガハチロウは艦の揺れに苦慮しながら、最下層の艦載機格納庫へ繋がる階段を駆け下りていた。


「もうこの艦は保たないぞ! 早く脱出しなければ・・・」


「大丈夫、あともうすぐです!」


 巨大な円盤が崩壊していく様子を肌で感じていた島崎一尉は不安を漏らした。ナガハチロウはそんな彼らを格納庫に向かって先導する。円盤の格納庫内には、戦闘攻撃用の小型円盤だけでなく、此度の戦闘には参加していない“上陸用輸送艇”も格納されており、彼らの目的はそれを奪うことである。

 魔力増幅装置が破壊された為に「ラスカント」本体から艦載機へ魔力が遠隔供給されることは無くなったが、艦載機1機1機にも小規模な魔力増幅装置が組み込まれている為、ナガハチロウ1人が持つ魔力だけでも、滑空して地上に不時着することくらいは出来るのだ。


「そういやぁ・・・あの女は一体どうなったんですかい?」


 その途中、木佐貫二曹がナガハチロウに尋ねる。彼は魔力増幅装置を爆破した時に何処かへ消えたルヴァンのことが気がかりだったのだ。


「最後に残った魔力を使ってテレポーテーションで退避したのでしょう。この『ラスカント』は元々は皇族の座乗艦、そして皇族はこの機関で生成される魔力を遠隔で自由に徴収出来るという仕組みになっていました。ですが機関の本体そのものが破壊された今、彼女はもう膨大な魔力は使えない。再び我々の前に現れることは無い・・・!」


 あの恐ろしい自称・神が二度と目の前に現れないであろうことを知り、島崎班の隊員たちは肩の荷が降りた心地になる。


「あの女は自らを“神”と称していたが、俺に言わせればただの“怪物”だな」


 島崎一尉は膨大な魔力と無邪気な残酷さを兼ね備えたルヴァンの姿を思い返す。仲間4人があっという間に殺された時には流石に生きた心地がしなかった。その後、階段を下りきった彼らの前にT字路が現れる。


「此処を右! そしてあとは突っ走るだけです!」


 ナガハチロウの後に続いて6名の隊員たちも右に曲がる。そして少し広めの通路を抜けた先には広大な空間が見えていた。




円盤内部 第3艦載機格納庫


 機関部を破壊した6名の特殊作戦群とナガハチロウは、ついに数多の艦載機が格納されている格納庫へと辿り着く。


「やった・・・此処まで来られた!」


 島崎班の生き残りである鮫島一曹は息を切らしながら周囲を見渡した。そこは簡易的な通路が張り巡らされた縦横数kmの広大な空間であり、あっちこっちに非戦闘用の艦載機が駐機してある。下を覗けば巨大な艦載機射出口が開放されたままになっており、脱出すること自体に問題は無かった。


「・・・あれを奪いましょう」


 ナガハチロウは近くにあった箱形の艦載機を指差す。それは最大20人乗りの上陸用輸送艇であった。彼らはその輸送艇に向かって再び走り出す。甲高い靴音が広大な空間にこだましていた。だが、脱出を目前にして気が緩んでしまったのか、彼らは右斜め上を並走する通路に身を伏せて潜んでいる敵兵に気付いていなかったのだ。


「撃てっ!」


「!!?」


 格納庫に先回りしていた4名の兵士たちが、携帯熱線砲による攻撃を繰り出してきた。魔力から変換された熱線が7名の男たちを襲う。彼らの声と物音に反応して咄嗟に身を屈めたが、光の速さで繰り出された攻撃は容赦無く島崎班を襲った。


「くっ・・・!」

「攻撃だ!」


 3人の男が首と左胸を貫かれ、悲鳴を上げる間も無く倒れてしまう。右胸を貫かれた木佐貫二曹は最後の力を振り絞ってヘッケラー&コッホMP7を構え、敵に向かってぶっ放した。


「ぐはっ!」

「げえっ・・・!」


 MP7の弾丸は密伝衆の敵兵たちを撃ち沈める。彼らは短い断末魔を上げながら床の上に倒れ込んだ。同時に力尽きた木佐貫二曹も倒れてしまう。


「・・・木佐貫!」


「班長・・・! あんたには帰るべき場所がある、俺たちに構わず・・・進んで・・・」


 それが木佐貫二曹の最期の言葉となった。その後、彼はゆっくりと両目を閉じる。脱出を間近にして4名の隊員が脱落してしまったのだ。


「くそっ!!」


 運良く敵の凶弾を受けなかったのは島崎一尉、鮫島一曹、そしてナガハチロウの3人であった。島崎一尉はかけがえのない部下を8人も失ってしまった悲しみを押し殺し、振り返ることなく先へと進む。そしてついに彼らは目的の機へ辿り着いた。


「・・・此方から乗って!」


 ナガハチロウは輸送艇のハッチを開ける。島崎一尉と鮫島一曹は通路から輸送艇の中へ飛び乗った。そして最後にナガハチロウが飛び乗ろうとした時、更なる敵の追っ手が現れた。


「居たぞ! 逃がすな・・・撃ち殺せ!」


「ぐっ・・・!」


 敵兵たちは島崎らが乗り込んでいた輸送艇に向かって熱線を放ってくる。その瞬間、ナガハチロウは体勢を崩して苦悶の表情を浮かべた。だが彼は平静を装いながら輸送艇に飛び乗ると、すぐにハッチを閉じてコクピットのパイロット席へ座る。


「おい、ハチロウ・・・大丈夫か? 動かせるのか?」


 島崎一尉はナガハチロウが被弾した瞬間を見逃さなかった。床を見れば彼の血痕がポタポタと落ちており、彼の服には血の赤が滲んでいた。


「問題ない・・・何とかやるさ!」


 ナガハチロウはそう言うと操縦桿を握る。操縦桿を介して彼の魔力が供給されたその瞬間、各メーターに光が点り、輸送艇は固定具を取り払って飛行を始めた。


「・・・動いた!」


 動き出した輸送艇は下部の艦載機射出口に向かって発進する。それは自由落下に近い飛行だったが、ナガハチロウの巧みな操縦は途中途中の障害物を華麗に回避していた。島崎班の生き残りである島崎一尉と鮫島一曹は、固唾を飲んでナガハチロウの操縦と前方の様子を眺めている。ナガハチロウも操縦に全神経を集中させており、撃たれた痛みを忘れている程であった。だが出血が止まった訳ではなく、その顔色はみるみる悪くなっていく。


「・・・出口だ!」


 そしてついに歓喜の時が訪れる。鮫島一曹が叫んだ瞬間、輸送艇は艦載機射出口から飛び出し、およそ1ヶ月以上に渡って「ラスカント」に潜入していた3人の男たちは、落ちて行く破壊神からの脱出を果たしたのだ。


・・・


福岡県福岡市 シーサイドももち地区 沖合


 「ラスカント」は既に逃走を開始していた為、輸送艇が飛び出した先は福岡市街地から大きくずれた博多湾の直上であった。ナガハチロウは操縦桿を引いて機体を水平方向へ持っていくと、南の方角にある陸地、すわなち福岡市に向かって舵を切る。前方の窓からはランドマークタワーの「福岡タワー」が見えていた。


「日本だ・・・! 本当に日本へ帰って来たんだ!」


 数ヶ月ぶりに見る懐かしい風景を目の当たりにして、鮫島一曹は目尻から涙を流していた。その後、輸送艇は徐々に高度を落としていく。そして最終的に海面へ着水した輸送艇は、飛行の勢いそのままにシーサイドももち地区の砂浜へ突っ込んだのだ。


「・・・」


 砂浜との摩擦によって勢いが削がれ、輸送艇が停止する。尻餅をついていた島崎一尉はすぐに立ち上がり、怪我を押して操縦を行っていたナガハチロウの下へ駆け寄った。


「おい・・・!?」


 ナガハチロウは力尽きた様子でぐったりと項垂れており、島崎一尉の問いかけに答えない。回りを見れば、彼の鮮血でパイロット席が赤く染まっていた。島崎一尉は垂れ下がっていた彼の右手を掴んで涙を流す。鮫島一曹も悲痛な表情を浮かべていた。だが、ナガハチロウの頭がゆっくりと動き出したことに気付くと、2人は驚きの表情を浮かべる。


「もう・・・流石に動けないな、後は・・・頼みますよ」


「!」


 ナガハチロウはそう言うと再び意識を手放した。島崎一尉が慌てて脈を取ったところ、若干弱まってはいたもののちゃんと脈は触れており、ナガハチロウは生きていた。


「世界を救えたのはお前のお陰だ、“ありがとう”・・・それしか言葉が見つからないよ!」


 島崎一尉は再び涙を流す。だがそれは悲しみの涙ではなく、わずかな間ではあったが世界を救う為に共に戦った仲間を、さらに失わずに済んだことへの安堵の涙であった。その後、彼らは都市内部の各地に展開していた第2高射特科団の陸上自衛隊員に発見されることとなる。




玄界灘 上空


 日本からの逃走を続ける「ラスカント」の巨体は福岡市、能古島、志賀島、そして博多湾を超えて、玄界灘の真上に到達していた。24の主砲が暴発したことでボロボロに崩壊していた円盤の側面からは無数の破片や部品がおちており、玄界灘には“瓦礫の豪雨”が降り注いでいた。


「落ちろオォォ!」


 F−15JのPre−MSIP機を操縦する倉場健剛一佐は、興奮の叫びと共にサイドワインダーを放つ。最後の1発となったそれは、追い打ちを掛ける様に円盤の側面へ命中して爆発を起こした。既に敵は戦意を喪失していると思われたことから、持てる兵器を全て撃ち尽くした機は基地への帰投を始めている。今回の作戦に参加した168機の戦闘機と135騎の竜騎兵のうち、生き残ったのは91機の戦闘機であった。


『司令部から通信! 敵の都市円盤内部に侵入していた特殊作戦群は協力者と共に脱出を果たした!』


 “島崎班・コードネーム「銀色の弾丸」”が円盤からの脱出に成功したという知らせが、対エルメランドの最前線司令部である岩国基地から各部隊へ伝達される。上空を飛んでいた戦闘機部隊へは早期警戒管(E-767)制機を介してその報告が届けられていた。


「了解! 私も直ちに帰投する!」


 全ての兵器を撃ち尽くして丸腰となった倉場一佐は、操縦桿を傾けて東の空へ機首を向ける。隊長機の動きに伴って、残っていた他の戦闘機も続々とそれぞれの基地へと帰って行った。




飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋


 戦闘機部隊が去った後、飛行戦艦「扶桑」は追撃を続けていた。その主砲からは継続して高エネルギーレーザーが放たれている。


「艦長! 周辺空域から友軍機の反応が全て消失しました」


 船務長の小林二尉は生き残った全ての友軍機が戦闘範囲を脱したことを伝える。島崎班が脱出済みであることは、司令部から既に伝達されていた。


「決して逃がしてはならない、あの怪物が復活する可能性を一寸でも断ち切るんだ! ・・・中性粒子ビーム、発射用意!」


 艦長の阪東二佐は「扶桑」における最強の兵器、すなわち“粒子ビーム”の使用を指示する。粒子ビームは大気圏内で発射すると、空気との摩擦によって膨大な熱を発する為、航空自衛隊の戦闘機部隊が戦闘していた時には発射を控えていたのだ。故に周囲から友軍が消えたことで、それを思う存分放つことが出来る環境が整ったのである。

 とは言え、艦に備わっていた“自動修復機能”にて今日までに回復を達成したのは、発射機構の一部分のみであり、全主砲からの発射は出来ない。


『加速器稼働良好・・・第1砲塔、第2砲塔に回路を開け!』

『測的完了、誤差修正、発射角度・・・OK!』


 戦闘指揮所に勤務する砲雷科の隊員たちが砲塔を操作する。艦の前方に位置する4つの砲身が、黒煙を吐き出しながら逃亡する「ラスカント」の背後へ標準を定めた。


『発射準備完了!』

「発射!」


 砲雷長の南沢二佐が主砲の発射スイッチを押し込む。その直後、目映い光と共に中性粒子ビームが放たれた。亜光速で飛ぶ4つのビームは一瞬のうちに標的である「ラスカント」へ着弾する。着弾部位は粒子同士の衝突によって原子核から破壊され、膨大な摩擦熱がプラズマを生み出していた。


「いけえぇぇ!!」


 粒子ビームは着弾部位を破壊しながら、「ラスカント」の奥深くまで突き進んでいく。そして内部を貫かれた「ラスカント」は、ついにその機能を全て失った。


「!!」


 鉄が折れる様な鈍い音が辺り一面に響き渡る。巨大な円盤はビームが貫いた部分に沿って真っ二つに中折れし、玄界灘に向かって落下を始めたのだ。


「司令部! 都市円盤が落ちます!」


 船務長の小林二尉が「ラスカント」の落下を岩国基地へ伝える。その直後、都市円盤は大津波と見紛うほどの水しぶきを巻き上げながら海面へ墜落した。




福岡県福岡市 シーサイドももち地区 福岡タワー・屋上


 傲慢な破壊神が玄界灘へたたき落とされた瞬間は、福岡市内の各地に展開していた第2高射特科団の陸上自衛隊員や、第2高射群に属する航空自衛隊員たちも目の当たりにしていた。テラルスを蹂躙し続けた異星人の末裔たちが、日本の力によって天から引き摺り降ろされた姿は、彼らの心にこの上無い達成感と爽快感を与えていた。

 そして此処「福岡タワー」の屋上にて、状況把握の任務に就いていた1個分隊の隊員たちも、その歴史的瞬間を目にしていたのである。


「勝った・・・のか?」

「勝った・・・」

「勝った! 俺たちは勝ったんだ!!」


「ぃやったああぁぁあ!!」


 九州最高の建造物からその様子を見下ろしていた隊員たちは、歓喜の雄叫びを上げて喜びを露わにする。「ラスカント」墜落の知らせを伝えられた他の隊員たちも、飛び上がり、抱き合い、腕を組み、ハイタッチを重ねながら、勝利の喜びに酔いしれていた。

 その一方で、海面に着水した14kmの巨大な物体は高さ数十mの高波を起こしており、同心円状に伝播していくそれらは小呂島、相島、玄界島、志賀島、糸島半島といった玄界灘の離島や九州北部の沿岸地域へ襲来する。住民は前もって避難済みであった為、人的被害は生じなかったが、沿岸部の建造物や桟橋は尽く波に攫われていった。


・・・


「ラスカント」 艦上部


 地上に堕ちた「ラスカント」は最早全く動くことも出来ず、ぱっくりと空いた裂け目からは大量の海水が流入していた。艦内に居た密伝衆の兵士たちは戦闘機や「扶桑」の攻撃によってその多くが死に絶えており、わずかな生存者たちも防ぎようが無い海水と沈み行く「ラスカント」に右往左往するだけであった。

 円盤の上部には都市を思わせる構造物がある。その中心に位置する一際高い建造物は、元は特権階級が豪勢な晩餐会を行う為の場所であった。その屋上に5人の人影がある。彼女らは天空から墜ち、海の中へ消えようとする滅びた文明の遺産から逃げ出そうとしていたのだ。


「・・・」


 ミャウダー、ルガール、ヒス、そしてキルルの4人は、薄ら笑いを浮かべるルヴァンの顔を見ることが出来ず、ただただ黙ったまま俯いていた。外部からの攻撃には無敵と思える頑健さを誇っていた「ラスカント」は、内部からの破壊によって脆くも崩れ去ったのである。それは“敗北”以外の何者でもなく、テラルスを支配するという野望は完全に潰えていた。


「・・・私が最も楽しくないことを知っているか、お前たち?」


「・・・はっ」


 ミャウダーは堪らず身震いをする。彼は何も言葉を捻り出すことが出来ず、他の幹部たちと共に跪くばかりであった。ルヴァンはそんな彼の下に近づき、床の上に付いていた彼の左手を踏みつける。ミャウダーは左手に走る激痛に顔を歪めた。


「それはね・・・“敗ける”ことだよ」


「・・・!」


 ルヴァンは一際冷徹な声で告げる。ミャウダーは全身から冷や汗が滲み出ていた。他の幹部たちも心此処にあらずといった表情を浮かべている。

 その後、状況確認の為に「扶桑」から発進した艦載偵察哨戒機「レコンファントム」と艦載邀撃戦闘機「サンダーボルト」の編隊によって、彼らの姿は発見された。完膚無きまでに牙を折られた「エルメランド」の亡霊たちは、抵抗する意思どころか生気すら無くしており、正に“本物の亡霊”の様であった。彼女らは運良く発見された数名の兵士たちと共に、「扶桑」の艦載輸送艇である「S300」に収容されることとなる。遠き西の国で復活した破壊神が玄界灘の底に着底したのは、それから半日後のことであった。


・・・


山口県岩国市 岩国航空基地


 この基地から発進した75機の戦闘機のうち、生き残ったのはそのほぼ半数である38機であった。基地勤務の隊員たちは滑走路に並び、西の空から帰投する護国の英雄たちを敬礼を以て出迎える。その中には当然ながら、基地司令である三好海将補の姿もあった。

 最初に滑走路へ着陸したのは、元アメリカ合衆国海軍のパイロットであるマイケル=サヴァンが操縦していたF−4EJ改であった。此度の作戦に出撃して唯一生き残ったF−4EJ改である。それに続けて37機のF−15J/DJが降りて来る。


「仰々しい出迎えだな・・・!」


 数多のパイロットに混じってF−15JのPre−MSIP機から降り立った倉場は、自分たちを出迎える隊員たちの姿を見て思わず笑みを漏らす。三好海将補はヘルメットを外した彼の姿に気付き、咄嗟に倉場の下へ駆け寄った。


「本当に良く・・・帰って来られた! 本当に良かった!」


 三好海将補は涙を流しながら彼らの勝利と帰還を喜ぶ。他の隊員たちも割れんばかりの拍手で日本国の勝利と護国の英雄たちを称えていた。基地の回りでは数多の岩国市民たちがその光景を見ており、隊員たちの様子から戦いの結果を悟った彼らは街中に響き渡るほどの歓声を上げる。

 斯くして、1500年の時を超えて勃発した「テラルス=エルメランド戦争」は、「扶桑」という名の“未来の力”を借り、「特殊作戦群」という名の“人の力”を駆使した日本国の勝利で幕を閉じた。だが、此度の戦いで命を賭けたのは日本人だけでなく、そこに至るまではテラルスに住まう民たちの確固たる意思と尊い犠牲があったことは忘れてはならない。


「今を生きる人間が、“亡霊”なんかに負けてはならないんだ・・・」


「!」


 倉場はそう言うとヘルメットを三好海将補に手渡し、滑走路を後にする。三好海将補は護国の英雄から政治家へと戻って行く彼の後ろ姿に向かって、今一度敬礼を捧げたのだった。

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