福岡上空最終決戦 参
山口県岩国市 岩国航空基地 陸上機管制塔
この岩国基地には、現役で運用されているF−15J/DJの改修済J−MSIP機(通称F−15J改)と、モスボール保管から復活したF−15J/DJのPre−MSIP機とF−4EJ改、合わせて75機の戦闘機が臨戦状態で待機していた。
他の航空基地でもF−2やF−3といった戦闘機、そしてアルティーア帝国やセーレン王国の竜騎兵たちが離陸の準備を進めている。また、「ラスカント」を追走する形になっていた第1・第4護衛隊群はようやく本土付近まで帰り着いており、空母「あまぎ」に乗せられていた33機のF−35Cはすでに離陸を開始していた。
「全機、離陸を開始せよ!」
岩国基地でも特殊作戦群からの報告を受けて、管制塔から滑走路上に待機していた各機へ離陸命令が伝達された。老兵と現役兵の混成部隊が次々と滑走路へ誘導される。
『Old Boy1, Cleared for take off!』
“オールドボーイ”のコールサインを与えられた部隊が最初に離陸していく。彼らは未改修のF−15J/DJやF−4EJ改といった退役機を操縦する予備自衛官や退役パイロットからなる部隊であった。そのメンバーは日本人だけでなく、アメリカ空軍・海軍、ロシア航空宇宙軍、韓国空軍といった経歴を持つ諸外国の退役パイロットも混じっていた。
その先頭を行くのは、4日前に防衛大臣を辞職して予備自衛官に復職した倉場健剛である。彼が操縦するF−15Jを隊長機として、他の退役機がその後ろに続いていく。現役パイロットたちも彼らに続いて次々と離陸する。彼らは一路、決戦の地である福岡上空へと向かって行った。
「・・・」
基地司令の三好海将補は飛び立って行く戦闘機の大群を感慨深い気持ちで眺めていた。
・・・
「ラスカント」後部 機関・動力区画
その頃、福岡への下降を続ける「ラスカント」の艦内では、“人間から魔力を徴収する空間”と“魔力増幅装置”の間をつなぐ渡り廊下の上で、古の帝国の女王と特殊作戦群が邂逅を果たしていた。爆薬を仕掛けた魔力増幅装置から離れようと、渡り廊下を急いで戻っていた隊員とナガハチロウの行く手を遮る様にして女王は現れており、彼らはその廊下の先で待機していた島崎一尉と分断される様な形になっていた。
「ナガハチロウの知り合いか・・・1500年振りということは、あの女も不老不死の魔法を受けているんだな」
秋野二曹は突如として目の前に現れた女を睨みつける。だが、彼女は変わらず不敵な笑みを浮かべていた。
「ハチロウさん、誰なんすか? この美人なねーちゃんは・・・」
木佐貫二曹はナガハチロウの耳元に口を近づけて彼に尋ねた。
「私のかつての主・・・シャルハイド帝国帝室『プロムシューノ家』の第一皇女、ルヴァン=プロムシューノ殿下です。そして現在、唯一生存しているシャルハイド帝国の皇族・・・」
「!!」
ナガハチロウの言葉を聞いた隊員たちは驚愕の表情を浮かべる。唯一生き残ったシャルハイド帝国の皇女ということは、彼らにとってまさに敵の親玉に等しい存在であった。
「はーん、知った敵という訳か、なら話は早い」
島崎班の1人である大峯元陸曹長はそう言うと、肩に掛けていた89式小銃の銃口をルヴァンに向けた。
「ルヴァン殿下と言いましたかな・・・。我々は早急に此処を去らねばならない、大人しく我々を向こう側へ渡らせて貰いましょうか」
「!」
大峯陸曹長はルヴァンに道を空ける様に告げる。だが彼女は何も答えず、道を空けることも無かった。大峯は眉間にしわを寄せると、小銃を構えたままゆっくりとルヴァンに近づく。
「駄目だ、その人に近づくな!」
「・・・え?」
大峯陸曹長の後ろに居たナガハチロウはルヴァンに近づく彼に向かって叫んだ。だが時既に遅し、ルヴァンの右手から放たれた“何か”が大峯陸曹長の鳩尾に命中し、屈強な彼の身体はその勢いで後方へ吹き飛ばされたのだ。
「うわっ・・・!」
とてつもないパワーで吹き飛んだ大峯陸曹長の身体は、後方に立っていた鮫島陸夫一等陸曹/軍曹を襲った。70kgを超える物体に激突された鮫島一曹は堪らず尻餅をついてしまう。
「・・・大峯陸曹長!」
鮫島一曹は自分の上に覆い被さっていた大峯陸曹長に呼びかけた。目は見開いているが反応は無く、口の中からは大量に吐血している。身体を見れば、鳩尾のあたりに大きな窪みが出来ていた。死亡しているのは明らかであった。
「何だ! お前、何をした!?」
秋野二曹は上官が殺されたことで激高し、持っていたM4カービンの銃口をルヴァンに向けた。だがルヴァンは彼の怒りを全く意に介すことなく、緊張を動揺を湛えた彼らの姿を見てくすくすと笑う。
「フフ・・・何てことはないただの“衝撃波”だよ。当たれば命はまず無いわね。良かったんじゃない? 一瞬のうちに楽に逝けて・・・」
「くそ・・・くっそお!!」
ルヴァンは大峯陸曹長の死を愚弄する様な発言をする。怒りが抑えきれなくなった秋野二曹は即座にM4カービンの引き金を引いた。
ダ ダ ダ ダン!
M4カービンの銃口から4発の弾丸が放たれる。だがそれらはルヴァンに到達することなく、甲高い金属音の様な音と共に四方へはじかれてしまったのだ。
「・・・化け物!」
秋野二曹は苦虫を噛みつぶしたかの様な表情を浮かべる。その直後、何処からともなく現れた衝撃波が彼の脇腹を襲った。
「かはっ・・・!」
突風の直撃を受けた秋野二曹は渡り廊下の柵に激突し、そのまま動かなくなる。渡り廊下の端でその様子を見ていた島崎一尉は、銃撃を受け付けない天空の女王と一瞬で息絶えた部下姿を見て顔を青ざめていた。
「まあ、そんなに怒らないでよ。それにしても・・・ミャウダー、そしてニホン国の雑兵共よ・・・本当に面白いと思わないか?」
「・・・“面白い”だと!?」
ルヴァンは怒る隊員たちを宥めると、両腕を大きく広げながら持論を語り始めた。変わらず飄々とした態度を崩さない彼女の様子を見て、島崎一尉や他の隊員たちはますます不信感を募らせていく。
「『ラスカント』の前に阿鼻叫喚を上げる滑稽なテラルス人の群れ、そしてこの強大な力に一矢報い、遂に『ラスカント』の心臓まで迫った勇敢な『ニホン国』の兵士たち・・・さらにこの星の運命は正に今、この戦いに掛かっている。この場所こそメインステージだ・・・これぞ究極のエンターテインメントッ! 全く良く出来たショーだと思わないか!?」
シャルハイドの女王は今までに起こったいくつもの壮絶な戦いについて、それらを自分が楽しむ為のショーとしか捉えていなかった。そこにある数多の犠牲者のことなど全く考えてもいなかったのである。
「“ショー”だと・・・ふざけるな!! お前たちと、お前たちが力を与えたスレフェンの蛮行で、何千万の命が失われたと思っているんだ!」
渡り廊下の端に立っていた島崎一尉はルヴァンに向かって怒鳴った。ルヴァンは背後から聞こえてきた彼の声に気づき、島崎一尉の方へ振り返る。
「まあ落ち着け、熱苦しい・・・“テラルス人”が何匹死んだところで興味など沸くものか。私は私が楽しむことにしか興味は無い! そしてお前たちには随分と楽しませて貰ったよ」
テラルス人が蹂躙される光景に飽きていたルヴァンにとって、戦闘機やミサイル、核兵器を飛ばし、果ては空飛ぶ巨大戦艦で魔法防壁に風穴を開けた「日本国」の存在は、彼女の退屈な日常に刺激を加える素晴らしい玩具だったのだ。
「だが、流石に機関が破壊されるのは黙認出来ないのでね、こうして直々にお前たちを排除しに来たという訳。現実は物語の様にそう易々とハッピーエンドには進まないということだ」
ルヴァンはそう言うとさらに大きく両手を広げ、地に臥す6名の男たちを見下ろしながら声高々に笑い始めた。
「お前達がどう足掻こうとも、全ては“天空”に支配される! 私こそがこの星の“神”になったんだ! 跪け・・・そしてテラルスを統べる神の天使となれ、ミャウダー!!」
自身を神を称した彼女は、かつての家臣であったナガハチロウに再び自らの配下になれと告げた。だが、例え命が危うい状況であっても、彼の答えは決まっていたのである。
「残念だが、貴方とは1500年前に袂を分かっている。今更貴方の下に戻る気などさらさら無い!」
「・・・」
ナガハチロウはかつての主君の誘いをきっぱりと否定した。ルヴァンもそのことは予見していたのか、特にこれと言った反応は見せなかったが、何処か寂しげな表情を浮かべる。
「・・・一つ聞いてもいいですか? テラルスの民と共に生き、共に暮らす選択肢は無かったのですか!?」
今度はナガハチロウが質問をぶつける。彼はかつての主君と仲間たちが、自らの過ちに考えを及ばせるわずかな可能性に賭けた。
「原始的で未発達な魔法文明の下で、サルと共に不自由な暮らしとしろ申すのか? そんなのは嫌だ」
「・・・」
ルヴァンの答えは単純明解であった。彼女は“テラルス人”を人とすら思っていなかったのである。ナガハチロウはかつての主君の意思を1500年越しにようやく確認出来たことで、シャルハイドに対する全ての未練を断ち切っていた。
「・・・では、私と貴方は改めて敵同士です。私も今持ちうる全ての策を以て、貴方に抵抗するとしましょうか!」
ナガハチロウは腰に差していた日本刀を抜き、その切っ先をかつての主君へと向ける。彼の刀は“神剣”と呼ばれる特殊な23本の刀剣の1つであり、彼が属する「イナ王国」がエルメランドの技術を利用して作った特殊な力を持つ刀剣だった。
「・・・!? おい、その刀は!」
「シッ!」
鮫島一曹は神剣を抜いたナガハチロウを止めようとする。彼が持つ神剣“新世界”は稲妻を操る力を持つ刀であり、そんなものを使われては発破母線に通電してしまうからだ。そうなれば彼らの背後にある魔力増幅装置に仕掛けた爆薬が爆発し、ルヴァンに阻まれて十分な退避が出来ていない彼らもその爆風と破片に巻き込まれてしまう。
(いいですか皆さん・・・私がこの剣を振り下ろしたら、その瞬間に私の回りへ集まってください。勝負は一瞬です・・・私を信じて!)
ナガハチロウもその事は分かっていた。彼は鮫島一曹の言葉を遮ると、特殊作戦群の隊員たちに小声で指示を出す。隊員たちは一瞬だけ不安げな表情を浮かべるが、彼の“自分を信じろ”という言葉を信じてそれ以上何も異を唱えなかった。
「何をこそこそとしゃべっている・・・? 私の・・・神の力に怖じ気づいたのか?」
圧倒的優位に立つ者の余裕の為か、ルヴァンは特に干渉することもなく、ナガハチロウと隊員たちのやりとりを傍観していた。彼女は策を弄する男たちを鼻で笑いながら、話し合いを終えた様子のナガハチロウに問いかける。
「・・・今の我が主、『イナ王国』国王より賜りし『神剣』・・・その名も『新世界』! その力とくとご覧あれ!」
ナガハチロウは口上を述べると、鞘から抜いた刀剣を天に向かって振りかざす。その刀身からは稲光が発せられていた。ナガハチロウの攻撃を予期したルヴァンは少しばかり身構える。
「・・・なんてね!」
「!?」
だが、その直後の彼の行動はルヴァンの想像の範疇を超えるものだった。彼は空に突き上げた“新世界”を床に向かって振り下ろしたのだ。その合図を見ていた島崎班の隊員たちは、ナガハチロウの足下に向かって飛びついた。その様子を遠目に見ていた島崎一尉も咄嗟に身を屈める。
「何を・・・!?」
ルヴァンはナガハチロウの行動が理解出来なかった。だが、彼女はすぐにその意味を思い知ることになる。稲妻を纏いながら床に向かって振り下ろされた“新世界”は、“魔力増幅装置”に仕掛けられた爆薬に繋がる発破母線を切断していたのだ。
“新世界”が放つ稲妻は発破母線を伝わり、その先にセットされていた電気雷管へと到達する。起爆した雷管はその先の導爆線に爆轟を引き起こし、伝達する爆轟は爆薬に仕掛けられた6号雷管を次々と起爆させた。そして雷管によって点火された爆薬は輝かしい閃光を放ちながら、巨大な“魔力増幅装置”を吹き飛ばす大爆発を起こしたのである。
「うわあああ!!」
強固な魔法防壁に守られていたルヴァンも、合計90kgにもなる爆薬の爆風には耐えられずに吹き飛ばされていった。島崎一尉は手すりの柵に捕まって風圧に耐えている。ナガハチロウと他の隊員らは互いの身体を強く掴んでおくことで、爆風に煽られない様にしていた。
「こ、これは一体・・・!?」
鮫島一曹は自分たちが透明なバリアで覆われていることに気付いた。爆薬の爆発によって放たれた爆風や爆炎、そして爆発の勢いによって散弾と化した“魔力増幅装置”の破片は、そのバリアによって阻まれていたのである。
「・・・“鞘”のお陰ですよ。この『ラスカント』を覆っていたものと比べればそりゃあ脆弱ですが、“新世界”の鞘は一時的な結界・・・即ち“魔法防壁”を張ることが出来るんです」
ナガハチロウは鞘に隠された機能について説明する。それは彼にとって最後の切り札であった。その直後、彼は爆炎が晴れたところを見計らって結界を解く。最大の障害であったルヴァンの姿は何処かへ消えていた。
「これで・・・この円盤の機関の心臓は消え去った。ですがすぐに予備動力が作動するのでしばらくは落ちません。しかし魔法防壁の維持は出来なくなる為、ニホン軍の攻撃は受ける筈・・・早く脱出しましょう!」
「お、おう!」
斯くして島崎班は、世界の運命を決める任務を見事成功させたのである。彼らはいずれ落ちて行く「ラスカント」からの脱出を図る為、ナガハチロウを先頭に艦載機が収められている格納庫へと向かうのだった。
・・・
福岡県新宮町 上空
九州・山口の各航空基地から飛び立った戦闘機の大群はついに福岡県の上空へ到達していた。「ラスカント」は既に都市の直上まで降りて来ており、円盤の周辺では戦闘機に対する迎撃の為に数多の小型円盤が既に飛ばされていた。直径14kmを超える巨大円盤は福岡市のほとんどを完全に日陰の下へ隠していたのである。
戦闘空域となる福岡市上空から離れた場所には、早期警戒管制機「E−767」が飛行しており、敵機の様子をリアルタイムで友軍機へと送信している。
「オールドボーイ1、目標目視発見!」
元防衛大臣にして現在は予備自衛官一等空佐/大佐である倉場健剛は、目標である都市円盤を発見したことを岩国基地の司令部へ報告する。彼が操縦するF−15Jは岩国から飛来した75機の先頭を走っていた。
他にも築城基地からF−2A/Bの飛行隊が、新田原基地からF−15J/DJとF−3の飛行隊が駆けつけている。さらには空母「あまぎ」と共にアラバンヌ帝国へ派遣されていた第42航空群が、「ラスカント」が大気圏外に停泊している間に帰国しており、それに属する33機のF−35Cが大村基地から飛び立っていた。加えて各国の首脳と共に日本国内へ避難していたわずかな竜騎兵部隊が囮として飛行している。地上では航空自衛隊の第2高射群や陸上自衛隊の第2高射特科団がパトリオットやホークミサイル、地対空誘導弾を展開していた。
『“銀色の弾丸”より連絡有り、敵艦機関部の破壊に成功した! 全武器使用自由、意のままに攻撃せよ!』
「!!」
岩国基地司令部のオペレーターは、特殊作戦群の作戦が成功したことを空飛ぶ勇士達に伝えた。日本だけならず世界の運命を決する作戦が成功したことを知り、パイロットたちは得も言われぬ高揚感に包まれた。
「攻撃開始する! オールドボーイ1・・・発射!」
倉場が操縦するF−15Jから中射程空対空ミサイルのスパローが発射された。それは巨大な的に向かって一直線に進む。パイロットや早期警戒管制機のオペレーターたちはミサイルが描く軌跡を固唾を飲んで見守っていた。そしてついに歓喜の時が訪れる。
マッハ4で飛行するスパローはあの忌々しい魔法防壁に阻まれることなく、円盤の外殻に直撃したのだ。
「命中した!! 魔法防壁が切れた! 特戦群が本当にやってくれたんだ!」
此方の攻撃が通じることが証明され、パイロットたちの士気がさらに高まっていく。倉場は各機に向けて通信を入れた。
「諸君・・・最後の戦いだ!」
『了解! オールドボーイ6、配置に就いた』
『イーグル3、発射準備完了』
『イーグル1、発射!』
『オールドボーイ20、発射!』
作戦に参加しているF−15JやF−35C、F−2、F−3、F−4EJ改などの各戦闘機から空対空ミサイルの雨が発射された。福岡市内の各地に潜んでいる地上部隊からも地対空ミサイルが発射される。円盤側も応戦する為に小型円盤を差し向ける。だが、戦闘機に接近するそれらは赤い熱線による急襲を受け、為す術無く地上へ落ちて行った。
「・・・あれが『扶桑』か!」
その時、パイロットたちは円盤のさらに高空から飛行戦艦「扶桑」が飛来していたことに気付く。それに搭載されているパルスレーザー砲から放たれた高エネルギーレーザーが、空を舞う数多の小型円盤をハエの様に落としていた。加えて、パイロット無しの自動操縦で動いている小型円盤は、竜騎兵による囮に翻弄され、戦闘機の捕捉に手こずっている様子だった。
「ぎゃあああ!」
だが、囮となる竜騎の機動力と速度は小型円盤に遠く及ばない。死を覚悟して飛び立った竜騎兵たちは小型円盤から放たれるビームによって次々と落とされていく。そんな彼らの犠牲を無駄にするまいと、戦闘機パイロットたちは確実に敵を仕留めにかかる。
『ライトニング12・・・発射!』
『ジャガー15、発射!』
ミサイルの直撃を受けた小型円盤はバラバラになって落ちて行った。本体である都市円盤の機関部が破壊され、魔力の遠隔供給がままならなくなったことで、小型円盤の能力は著しく低下しており、それらを覆う魔法防壁はミサイル1発で崩壊するほどに脆弱になっていたのである。
・・・
超巨大都市型円盤「ラスカント」 艦橋
戦況を見ていた艦橋指揮官のルガールは怒りに震えていた。今まで自分たちに手も足も出なかった筈の原始人たちが、此方の戦力を次々と葬り去っている。その光景は彼らのプライドを大きく傷つけるものだった。
日本に対する最初の攻撃目標にこの「福岡市」を選んだのは、日本政府やその他の日本国民、そして世界中への見せしめにする為だった。わざわざ攻撃目標を布告したのは、そこに敵の戦力を集中させ、その上でそれらを完膚無きまでに叩き潰すことで、日本軍はエルメランドに勝つことは出来ないという恐怖を植え付ける為である。
敵が魔法防壁を突き破る程の兵器を隠していたことは想定外だったが、その兵器も円盤の主砲による一撃で沈められると考えていた為、脅威としてはさほど重視していなかった。
「くそ・・・一体どういうことだ!?」
ルガールは剣幕を張り上げた。艦橋に勤務する兵士たちは思わず身体をすくませる。その時、怒りを湛える艦橋指揮官の下へ、中央制御室から緊急報告が届けられた。
「ご報告申し上げます! 機関・動力区画の魔力増幅装置が敵兵によって破壊されました! 単身で敵の討伐に向かわれたルヴァン陛下も行方不明です!」
「何だと!?」
ルガールは狼狽する。この巨大な円盤をわずか300名という過小な人員で動かしていた弊害が顕著な形で現れたのだ。さらには侵入者への警戒を全く行っていなかったことへのツケが回って来たのである。この「ラスカント」は主機である“魔力増幅装置”が機能を失っても、すぐに墜落することは無いように設計されているが、予備動力に蓄えられている魔力だけでは、戦闘の継続は到底出来ない。
「出し惜しみは無しだ! 残存している全魔力を駆使して、敵軍をたたき落とせ!」
「了解・・・主砲、加えて全砲門解放!」
艦橋指揮官の指示を受けて、「ラスカント」砲術班に属する密伝衆の兵士たちは主砲の砲撃準備に入る。
・・・
福岡県福岡市・東区 上空
戦闘機パイロットたちは小型円盤との空中戦を展開しながら、隙あらば本体である都市円盤への攻撃を継続していた。他にも地上の各地点から地対空ミサイルが飛翔しており、円盤へ攻撃を加え続けている。だが、円盤の外殻はそれそのものが強固な防壁となっており、ダメージが中々通らない。そんな中で「扶桑」の35cm主砲から発射される高エネルギーレーザーは、確実に円盤の外殻を削り取る力を有しており、パイロットたちは「扶桑」が攻撃した跡に集中して攻撃を繰り出していた。
『おい・・・何だあれは!』
その時、F−35Cを操縦する海自パイロットの頓狂な声が無線を介して聞こえて来た。側面をおよそ1.8km間隔で一周する様に取り付けられた、巨大な四角錐状の物体が稼働を始めていたのである。閉じた状態から花の様に開いたそれらの中心では、緑色の光が輝きを放っていた。
『・・・主砲だ! 主砲が動き始めた!』
パイロットたちは稼働を始めた主砲を見て焦燥感を高めていく。それらは1つ1つが直径2kmを超える大爆発を起こす代物であり、数発放たれただけでも福岡市は灰燼に帰してしまうだろう。そして主砲の開放と同時に、都市円盤の至るところに設置されている全ての“連射砲”から、魔力ビームが一斉に射撃開始された。
「うわあああ!!」
無造作に放たれた無数の魔力ビームが戦闘機を襲い、パイロットたちの断末魔が無線通信の中を暴れ回る。この攻撃で一気に半数近い戦闘機が落とされてしまったのだ。
『こいつは正に空中のハリネズミだ!』
『機関を破壊されたら、もう魔力は供給出来ないんじゃなかったのか!?』
運良く魔力ビームの連射攻撃を回避したパイロットたちは、攻撃力を失わない「ラスカント」に狼狽していた。
「ヤケになったら・・・勝負は終わりだ! 主砲の砲門が開かれた、あれらを重点的に狙え!」
『了解! イーグル12、発射!』
『スカル7、発射!』
『アベル9、発射!』
倉場一佐は敵の意図と状況を冷静に悟ると、各機へ指示を飛ばす。命令を受けた各機は発射寸前の主砲へ向かって次々とミサイルを放った。
ド ド ド ドカアァ・・・ン!!
強固な外殻からむき出しになった主砲にミサイルが命中し、発射寸前だった主砲はそのまま大爆発を起こす。爆発の轟音は福岡県北部の全域に響き渡るほどの威力を持つものだった。爆発の衝撃で円盤には亀裂が走り、その巨大な体躯からは巨大な黒煙が立ち上る。




