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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第4章 テラルスVSエルメランド
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福岡上空最終決戦 弐

超巨大都市型円盤「ラスカント」 食糧合成区域


 円盤の内部に潜伏していた「特殊作戦群・島崎班」は行動を開始していた。島崎一尉は今まで身を隠す為の拠点としていた食糧庫の扉を開けると、背後に控える隊員たちに外へ出る様にハンドサインで指示を出す。ナガハチロウの目論見通り、周辺には人の気配は全く無く、彼らの足音のみが響き渡る。彼らは89式小銃やヘッケラー&コッホMP7、ミニミ軽機関銃などの火器を携えながら、広大な空間を進んでいた。

 その中で1人だけ、日本刀に似た刀剣を腰に差しているナガハチロウは、10名の特殊作戦群の先頭を進んで彼らを機関部まで案内していた。


「なあ・・・1つ聞いて良いか?」


「・・・?」


 ナガハチロウの真後ろについていた班長の島崎一尉は、走りながら彼に声を掛ける。


「さっきの話を聞いていると、あんたは1500年も生きたことになる。あの月・・・エルメランドにもテラルスと同様に亜人が居たと聞いたが、お前は吸血鬼か何かなのか?」


 このテラルスという世界には、人間と同等の知性を持つ知的生命体が多数存在する。その中には人間を遙かに超越した寿命を持つ種族が居り、その筆頭がエルフ族や吸血鬼族などの種族あった。特に吸血鬼族は人間と何ら変わらない容姿をしている為、島崎はナガハチロウがそれと同様の種族なのかと考えていた。


「いえ・・・そういう訳じゃない。ある意味で人ならざる者と言えばそうですが、あくまで種族は“人間”ですよ、私は」


「えっ・・・じゃあどういうことだ?」


 島崎は怪訝な顔をする。ナガハチロウは自身に関する秘密を語り始めた。


「『テロメラーゼ』という酵素を知っていますか?」


「・・・? 細胞の寿命を規定するDNAの末端領域『テロメア』を伸ばすっていうやつだろう、それがどうした?」


 テロメアというのは生物の細胞のDNAの末端にある一定の配列を繰り返す領域のことだ。細胞分裂前に行われるDNA複製の際に、DNAを保護する役割を持っているが、細胞分裂の度に短くなっていき、そしてこの領域が消滅することはイコール細胞の寿命を意味するのである。

 そのテロメアを伸ばす働きを持つのがテロメラーゼという酵素なのだが、人間では生殖細胞、肝細胞、癌細胞などでしか活性は無く、その為に人間の体細胞は寿命を迎えてしまうのだ。しかしこれの活性のオン・オフをコントロール出来る様になれば、癌治療に活かすことが可能な上、さらに不老不死への道が開けると言われている。


「即ち・・・1500年前、私の故郷であるシャルハイド帝国の研究者たちは長命の亜人を研究することで、テロメラーゼの活性を自由に発現させる方法を発見し、人の細胞に不死性を持たせる術を生み出しました。つまり、究極の魔法である“不老不死魔法”を。エルメランドの繁栄の集大成であるそれは、皇族を含むごくわずかな要人にのみ施術されました。私もその中の1人だった訳です」


 エルメランドでは亜人は“動物”と分類され、挙げ句の果てには文明を支える魔力を徴収する為の“生きた電池”として家畜や消耗品の様に扱われていた。テラルスにおいても亜人と人間の間には大なり小なり確執は存在するが、エルメランドにおける亜人差別はテラルスのそれなど問題にすらならない程の苛烈なものだった。その一方でエルメランドにも長命の亜人が存在しており、その永遠とも思える若さは人間にとって羨望の対象だったのだ。

 そしてエルメランドの人々は長命の亜人の身体を徹底的に研究することで“不老不死の魔法”を開発した。その施術を受けたナガハチロウは、故郷の滅亡から1500年経っても当時の若さを保っていたのである。


「成る程・・・流石は1500年前の時点で21世紀の地球より1000年は進んでいた文明の残渣、寿命の長さも自由自在という訳か」


 ナガハチロウに施術されたそれは、地球よりも遙かに発達した遺伝子工学そのものであった。


「・・・そんな大変な術が受けられる立場だったということは、ハチロウ・・・お前はシャルハイド帝国とやらの政府内において相当な重要人物だったことになる。一体・・・何者なんだ?」


「・・・」


 島崎一尉はナガハチロウの素性に疑問を抱くが、先程までとは違い、彼は島崎の疑問に答えることなく口を閉ざしてしまう。島崎は何か答えたくない事情でもあるのだろうと察し、それ以上は何も聞かなかった。


(忌々しい歴史に決着を付けよう・・・シャルハイド!)


 その後も彼らは警備の目が全く無い「ラスカント」の内部を走り続ける。程なくして彼らは目的地である“機関・動力区画”へと辿り着いた。


・・・


山口県岩国市 岩国航空基地


 日本各地から集められた戦闘機、そして各国から逃れて来た竜騎兵たちが、岩国基地、そして築城、芦屋、新田原といった九州・中国地方に点在する航空自衛隊と海上自衛隊の飛行場で待機している。その中には往年の名機「ファントムⅡ・F−4EJ改」がわずかに混じっていた。


「・・・特戦群が作戦を開始してからおよそ30分、何もなければそろそろ彼らが敵艦の機関部に辿り着いた頃です」


 第31航空群の司令部では、地上勤務の通信員たちが島崎らからの報告を待っていた。岩国航空基地は対都市円盤戦の最前線司令部と位置づけられていた。


「・・・JAXAより通信、都市円盤は事前の予告通り福岡市の上空に接近中」


「・・・」


 「ラスカント」は宣言通りに福岡へ降りようとしている。東京へ奇襲される可能性も考えていた日本側にとって、それは極限状態の中でもたらされた微かな吉報であった。言い方は悪いが、首都圏から遠く離れた都市の上空が戦場になる為、直ちに東京へ被害が及ばないからだ。基地司令の三好海将補は固唾を飲んで、特殊作戦群からの報告を待ち続ける。


・・・


福岡市直上 「ラスカント」後部 機関・動力区画 辺縁部


 行動開始からおよそ30分後、島崎班の10名とナガハチロウはついに円盤の機関部へとたどり着いていた。はじめに彼らが入り込んだのは、何かの貯蔵庫と思しき巨大な箱状の物体が画一的に並ぶ広大な空間であった。


「この巨大円盤に数百人だからな、ザルも良いとこだ。だが・・・此処は一体何なんだ?」


 島崎一尉は辺りを見回す。そこは彼らの目的地である“機関の心臓部”の一歩手前に当たる場所であった。ふと向こう側を見てみれば、機関の本体へ繋がると予想される大きな扉がある。


「・・・取っ手?」


 島崎の部下の1人である木佐貫二曹は、画一的に並ぶ箱状の物体に取っ手が付いていることに気付いた。彼がおもむろにそれを掴むと、取っ手に繋がる扉が鈍い音をたてながら開いて行く。


「お、おい・・・!」


 島崎一尉は得体の知れないものに不用意に触ってしまった部下を咎めようとする。だが、箱の中に収められているものを目の当たりにした彼らは言葉を失う。


「人間・・・日本人か!?」


「いえ・・・恐らくシュンギョウ大陸のソウ人でしょう」


 箱の中に収められていたのは、生まれたままの姿で荷物の様に詰め込まれていた大量の人間であった。その顔立ちは日本人によく似ていたが、その正体はスレフェンの事実上の植民地であった「大ソウ帝国」の人々である。

 彼らの両手には穴が開けられており、それらに通されたロープが彼らの身体を宙に吊している。13世紀後半の鎌倉時代、壱岐・対馬を攻め落として九州北部を攻撃した元・高麗の連合軍は、各地で捕らえた日本人女性の捕虜の手に穴を開け、紐を通して数珠つなぎにし、日本軍の弓よけとして軍船の外壁に吊したという。


「スレフェンが・・・毎年、大量の人材を奴隷として献上する様、ソウに要求していたと聞いたことがある。これらの人々はそうやってスレフェンへ連れて行かれたソウ人なのでしょう。恐らく“暗視魔法”をかけられて休眠状態に陥っている様ですが・・・」


 テラルスには他者の動きを操る“操作魔法”と呼ばれるものがある。しかしその“操作魔法”は、他者の身体を操るだけで精神までは乗っ取れず、操作に抵抗することも可能なのだ。そして現在のテラルスには他者の精神を操れる魔法は存在しない。即ちテラルスには真に“人を操れる”魔法は存在しないのである。

 だが、太古のエルメランドで開発された“暗視魔法”は、他人の“魔力そのもの”を術士の支配下に置くことが出来る。そしてこの世界の人々にとって“魔力”は全生命活動に密接に関わる代物であり、暗視魔法を掛けられてこれを他者に握られるということは、心も身体も“命”すらも他者に握られたも同然の状態に陥るのだ。尚、この魔法は体内に魔力を全く有さない日本人には無効である。


「ここに格納されている彼らは、乗組員250万人にカウントされない者たちです。この円盤の機動、兵装、そして魔法防壁の全てを担う“変幻自在の生命エネルギー・魔力”の徴収源・・・すなわち“人間”の保管庫という訳です」


 エルメランドの文明は、激しい被差別対象だった亜人の命を“生きた電池”として扱い、彼らの魔力を工業的に徴収することで成り立っていた。この円盤もエルメランドの文明と同じく、人の命を食って動いていたのである。そして復活した「ラスカント」は、亜人の代わりにソウ人の命を燃料として空を飛んでいた。


「化石燃料の様に大気や大地も汚さず、核分裂・核融合の様な扱いづらさもない。地下資源の様にわざわざ探し当てる手間も掛からない上、“機序”の組み立て方次第で如何なる性質にも変化し、如何なる現象をも引き起こし、使い方によっては巨大な破壊力を宿す。“有用性”という点において、“魔力”に優るエネルギーはこの宇宙には存在しません。それを数十万倍に増幅出来る“魔力増幅装置”を開発し、人道を無視した魔力徴収機構を構築したエルメランドは、正しく爛熟の極とも言うべき繁栄を謳歌していました。そしてこの機関部こそがその社会の縮図・・・この円盤を動かすエネルギーも、都市という都市を尽く焼き払った業火も、全ては生きた人間より徴収された生命エネルギー・魔力が元になっているのです」


 この空間は動力として命を徴収される人間の予備を保管する為の場所であった。動力炉に繋がれているソウ人が魔力を全て失い、命が切れた後は、此処に保管されている者たちが次々と補充されていくという訳である。


「何て酷いことを・・・!」


 島崎一尉は嫌悪感を心の底から沸き上がらせ、堪らず顔を歪める。21世紀の地球よりも遙かに進んだ文明とは言えども、エルメランドの倫理観は地球どころか現在のテラルスよりも遙かに劣っていた。


「貴方方の目には相当に歪んだものに見えるでしょう。ですが・・・太古のエルメランドではこれが当たり前で、ほとんど誰も疑問に思わなかった。私はそんな文明を恥じた・・・そしてこの歪みが星そのものを滅ぼす戦争を引き起こした時、私はシャルハイドを裏切りました」


 1500年前、文明の歪みに気付いた当時のナガハチロウは、それまで築き上げてきた地位も名誉も、名前も捨てて、故郷シャルハイド帝国を裏切ったのだ。


「まあ、“他の星”の倫理観にあれこれ文句言ってる場合じゃ無ェですよ、先を急ぎましょう」


 木佐貫二曹は先へ行くことを求める。気を取られていた隊員たちは本来の目的を思い返し、機関の心臓部へ続く扉の前に立った。機関の本体と予備の電池の保管庫を隔てるその扉の高さは12mほどはあり、その右脇には扉の開閉を操作する為のものと思しき文字盤があった。


「ハチロウ・・・此処も開けられるのか?」


「ええ、ですが1つ忠告し忘れていました。現在、この艦は一切の警備システムが稼働しておらず、我々は此処まで何の障害も無しに来ることが出来ましたが、この扉の開閉は流石に中央制御室に感知される。敵兵は今、円盤前方の艦橋と中央制御室についており、此処へ来るまでは1時間は掛かる筈・・・それまでに爆薬のセットを終える必要があります」


 ナガハチロウは島崎一尉に新たな注意点を説明する。


「・・・1時間あれば十分だ」


 島崎一尉は突如告げられた時間制限を意に介す様子も無かった。ナガハチロウはそんな彼らの様子を見てほっとする。そして彼は文字盤に近づくと、ローディムにて地下に埋まっていた円盤に侵入した時と同様に、1500年前に自らが設定したパスワードを入力した。




機関・動力区画 中心部


 巨大な扉は重々しい駆動音を発しながら開いて行く。そしてついに「ラスカント」を動かす機関の全容が明らかになった。


「此処が動力源か・・・」

「何だ・・・これは!?」


 島崎一尉らは顔を歪める。“人命の保管庫”の先に広がっていたのは、それを上回る程に異様な空間だった。その空間には1000人を超えようかという人間が、壁一面に配置された透明なケースの中に直立の体勢で拘束されていた。それぞれの頭には、何やらヘルメットの様なものがかぶせられている。そしてそれらのヘルメットから伸びている幾つもの配管は、天井で1つの束になって更に奥の部屋へと伸びていた。


「さっきのソウ人か!?」


「その通り。この円盤が大気圏外に停泊していた間に、あの保管庫にあった“電池”と取り替えられていた様ですが、既に死相が出ている者も居る。そうなっては最早、生物としての活動は不可能な状態です」


 拘束されている彼らの顔を見れば、すでに何人かの顔は死人の様な蒼白になっている。だが、精神すらも支配される暗視魔法に操られている彼らは、そんな状況であるにも関わらず、自らの意思で魔力を捧げ続けているのだ。此処は正に、人道に反することを是とした文明の縮図とも言うべき空間だった。


「・・・クソッ! 反吐が出るとはこのことだな」


 ナガハチロウの説明を聞いた島崎一尉らは沸き上がる怒りを押し殺し、配管の行く先を追って更に奥に進む。そこには更に広大な空間が拡がっており、その中心に円筒状の巨大な機械が鎮座していた。その機械へは渡り廊下が延びており、それを渡らなければ辿り着けない様になっている。縁の手すりから上半身を乗り出して下を見てみると、底が見えない深淵へと続いていた。

 先程まで彼らが居た“ソウ人から魔力を搾取する空間”から伸びる配管は、その円筒状の機械へと伸びている。また、配管は彼らが居た場所から伸びているものだけでは無く、その機械からは幾つもの配管が放射状に広がっていて、別の空間へと繋がっている様だった。


「人間動力源はさっきの部屋だけじゃ無かった様だな・・・一体この円盤を動かす為に何万人の命を犠牲にしているんだ!?」


 中心の機械から放射状に広がる配管の先には、先程まで彼らが居た空間と同様の空間があることは容易に想像出来る。この円筒状の機械には2〜3万を軽く超える人命が繋がれていたのである。


「改修はされている様ですが、あれが・・・人より搾取した魔力を増幅するための機関です」


 ナガハチロウは空間の中心にある円筒状の機械を指差した。これこそが「ラスカント」を動かす機関の心臓、すなわちソウ人から搾取した魔力を数十万倍に増幅する「魔力増幅装置」そのものであったのだ。


「じゃあ、自ずとやることは決まったな、あれを破壊しよう!」


「はっ!」


 9人の隊員たちは班長である島崎一尉の指示を受けて、渡り廊下を渡って魔力増幅装置の元へ行く。そして戦闘背嚢を両肩から降ろし、その中から大量のプラスチッ(C4)ク爆薬を取り出した。彼らは白い粘土状の物体であるそれらを、魔力増幅装置のいたるところに接着し、その中に6号雷管を差し込んで行く。


「・・・此方は準備OKです」

「こっちも大丈夫です」

「此方も問題ありません、セット完了しました」


 島崎一尉の部下たちは合わせて90kgになるプラスチッ(C4)ク爆薬を迅速にセットしていく。そして爆薬の中にセットした6号雷管から伸びる脚線を、導爆線(デトコード)に結びつけていった。


『最後に電気雷管と導爆線(デトコード)を固定するのを忘れるな、お前らそそっかしいからな』


「了解」


 渡り廊下の向こう側で電気点火器の用意をしていた島崎一尉が無線で注意を送る。発破母線の先に付けられた電気雷管がひとまとめにされた導爆線(デトコード)の端にビニールテープで固定された。その後、島崎一尉は衛星無線機を介して日本本土へ報告を入れる。


「間も無く爆薬の設置を終える。離陸を開始されたし」


『了解した!』


 衛星無線機は岩国基地の司令部へ繋がっていた。島崎一尉の報告は日本各地の基地へただちに伝達される。




「ラスカント」前部 中央制御室


 特殊作戦群が機関の心臓部へ侵入していた頃、「ラスカント」は福岡市に向かって下降を続けていた。密伝衆の兵士たちは中央制御室と艦橋にて円盤の操作を行っている。だが、中央制御室ではある異変が起こっていた。


「ヒス様! 機関部で隔壁の開閉が行われたとの警告が発せられました」


 円盤各部の動作状況をモニターで監視していた操作員が、画面に表示された異変を報告する。


「誤作動ではないのか?」


 中央制御室の室長であるヒスはその操作員の元に近づくと、彼が見ているモニターを覗き込んだ。それには機関の心臓部へ続く扉が開いたことが赤い警告文で表示されていた。


「・・・機関区域の監視カメラを作動出来るか?」


「は、はい!」


 ヒスの命令を受けた操作員は機関部に設置されている監視カメラを起動させる。250万の民を運ぶ移民船として建設された「ラスカント」には、艦内の治安維持の為に数多の監視カメラが設置されていたのだが、侵入者など居る筈がなかった為、魔力の節約の意味も込めて稼働させていなかったのである。


「よし、メインスクリーンへ投影しろ」


 中央制御室の壁面に広がる巨大モニターに、機関部の様子を捉えたカメラの映像が分割で映し出される。その中の1つ、機関の心臓である「魔力増幅装置」を捉えた映像に、こそこそと作業をする人影が映っていた。


「あ、あれは・・・!」


 そこには緑の斑模様の服装に身を包む10名前後の男たちの姿があった。密伝衆に属す人間ではないことは火を見るよりも明らかである。


「侵入者だ・・・! 一体何処から!?」


 空を飛び、強固な魔法防壁に守られていた「ラスカント」に侵入するならば、ローディムの地中に埋まっていた時に偶然見つけられたと考える他無い。同時にそれは、1ヶ月に渡って侵入者の潜伏を許し続けてきたことを意味していた。


「緊急警報を出せ! 侵入者をただちに仕留めろ!」


「は、はい!」


 機関部への侵入者の存在は、ただちに艦内全域へと通達された。艦橋や中央制御室に勤務していた兵士たちの一部は、携帯熱線銃を持って機関へと急ぐ。




「ラスカント」中心部 玉座の間


 侵入者発見の一報は密伝衆の代表であるミャウダーとシャルハイド帝国の女帝であるルヴァンの下にも届けられていた。


「・・・この空飛ぶ箱船に侵入者が居るとすれば、初めからこの艦に乗せていたことになるな」


「も、申し訳ありません!」


 ルヴァンは呆れ顔でため息をついた。ミャウダーは深々と頭を下げて失態を詫びる。侵入者が暗躍している機関の心臓部の映像は、この玉座の間にも届けられており、ルヴァンは頬杖をつきながら爆薬の設置を行う緑服の集団を見ていた。


「・・・!?」


 だがその時、ルヴァンの顔色が変わる。緑服の連中の中に1人だけ、黒い装束に身を包む男が居た。


「こ、こやつは・・・!」


「馬鹿な、何故奴が此処に!?」


 ルヴァンは玉座から立ち上がって映像を注視する。着ている服装は彼女の記憶とは全く違うが、その男の顔は1500年前と全く変わっていなかった。ルヴァンと同じくその男の存在に気付いたミャウダーも驚きの表情を浮かべていた。1500年前に彼女たちを裏切り、対立国へ寝返ったシャルハイド帝国屈指の技術者の姿がそこにあったのである。




機関・動力区画 中心部


 侵入者の発見を告げる警告音は、爆薬の設置作業を続ける島崎一尉らの耳にも届いていた。


「どうやら見つかったみたいですね」


『ああ、だがもう終わりだ。問題無い』


 立花勝也一等陸曹/軍曹は焦る様子も無く、島崎一尉と無線で会話する。その後、彼は発破母線が巻かれた有線ドラム「DR−8(通称ドラッパチ)」を抱えると、ちょうど来た道を引き返す恰好で、渡り廊下の向こう側で待っていた島崎一尉の下へ母線を伸ばしていく。

 発破母線は各々の爆薬(C4)と接続された導爆線(デトコード)と、電気雷管を介して繋がっており、これを島崎一尉の持つ電気点火器に繋げば爆破準備は完了となる。爆薬の設置作業に従事していた他の隊員たちは、DR−8を持つ立花一曹と共に渡り廊下を戻ろうとしていた。


「・・・良し」


 島崎一尉は自分の方へ戻ってくる部下たちの姿を見て任務の完遂を確信し、ほっとした様なため息をついていた。だがその時、彼らはある異変に気付く。


「・・・ん?」


 渡り廊下の上を小走りで走る彼らの前に、突如として奇妙なつむじ風が現れた。それはたちまち巨大な暴風となって彼らを襲ったのである。


「な、なんだこりゃ・・・ぎゃあああ!!」

「中林三曹! 権田陸曹長!」


 つむじ風の暴風に吹き飛ばされ、前方を進んでいた2人の隊員が渡り廊下から突き落とされて奈落の底に落ちて行く。隊員たちに動揺が走る最中、つむじ風の中から人影が現れる。その人影は、爆薬が仕掛けられた魔力増幅装置から遠ざかろうとする彼らの前に立ちはだかる様にして、渡り廊下の上に降り立った。


「・・・女!?」


 DR−8を抱えながら尻餅をついていた立花一曹は驚愕の声を上げる。彼らの前に立ちはだかった人影の正体は、20代前後に見える若い女性だったのだ。着ている物は高貴な雰囲気を纏っており、只者で無い雰囲気が伝わってくる。


「・・・!!?」


 特殊作戦群の隊員たちは怪訝な表情を浮かべる。その一方で1人だけは異なる反応を示していた。


「・・・ルヴァン=プロムシューノ様!」


 ナガハチロウは声を震わせながらその女性の名を呼んだ。彼にとって目の前に現れた女性は大いに見知った人物だったのだ。


「1500年振りか、会いたかったぞ・・・“ミャウダー”!」


「・・・!?」


 その女性は両手を広げて笑顔を浮かべ、かつての家臣との再会を喜ぶ。シャルハイド帝国の女帝であるルヴァンが特殊作戦群、そしてナガハチロウの前に現れたのだ。

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