福岡上空最終決戦 壱
第3部で戦いの前線に出ていた隊員たちを、第5部で出世させて登場させるのは、少しぐっと来るものがあります。
また今話は、第3部のエピローグや第4部の内容を思い出しながら読んで頂くと繋がりが分かり易いと思います。
2038年2月16日 山口県 岩国航空基地 対エルメランド最前線司令部
円盤の襲来に備えて九州から多くの国民が避難していた岩国基地に、1機のオスプレイが着陸する。その中から、アメリカから帰って来たばかりである倉場健剛と統合幕僚長の長谷川誠海将が降りて来た。
「ようこそ、岩国航空基地へ」
海上自衛隊第31航空群司令と基地司令を兼任する三好清次郎海将補/少将は、敬礼を以て彼らを出迎える。
「現状は?」
「現在、小松基地及び那覇基地のF−15Jが一部、此処に移動しております。モスボール保存されていた退役機の解凍、及び予備自衛官の召集は滞り無く完了しました」
三好海将補は倉場の問いかけに答える。米軍が居なくなったことで土地が余剰となった岩国基地には、防腐剤を塗りたくられて真っ白になったF−15J/DJのPre−MSIP機や、更に昔のF−4EJ改と言った退役機が所狭しと並べられていた。元々は東亜戦争時において、現役機を修理する為の部品取り用として各地の基地に保管されていたものである。数年前には、この飛行機の墓場の存在を知ったイスラフェア帝国政府が、モスボール保管されたF−4EJ改の売却を日本政府へ打診したことがあった。
そして現在、それらの機を余すことなく出撃させる為、岩国基地にはF−15J及びF−4EJ改の飛行経験を持つ空自パイロットのOBたちが全国から集まっていたのである。
「ですが、空自OBの予備自衛官を動員しても、全ての機を動かすには人員が不足していたので、経歴・国籍に関わらず戦闘機の飛行経験者を急遽募ったところ、11名の志願がありました」
三好海将補は現状の説明を続ける。この基地には小松基地と那覇基地から急遽移動となった現役のパイロットに加えて、全国から召集された空自OBの予備自衛官、更にはアフガニスタン紛争やイラク戦争、シリア騒乱、そして東亜戦争で大空を駆け回った元アメリカ合衆国空軍・海軍、元ロシア航空宇宙軍、元韓国空軍といった経歴を持つ戦闘機パイロットたちが集まっていた。
「早速ですが彼らには、F−4EJ改とF−15Jの短期集中機種転換課程を受講して貰っています。さらに“最終作戦”時には、世界各国より日本国内へ避難していた“竜騎兵部隊”が囮として参戦します」
現在、日本国には各国の首脳たちが円盤の破壊から逃れる為に亡命している。そして日本政府より“最終作戦”の概要を知らされた彼らは、自分たちと共に避難していたわずかな竜騎兵たちに、この作戦へ加わる様に命じていたのである。
九州の各地に点在する航空自衛隊及び海上自衛隊の航空基地には、世界中から日本へ避難していた竜騎兵たちが配置されており、出撃の時を待っていた。
(6年間探し続けて・・・絶望の中でやっと見つけ出した飛行戦艦も、早速本当に使い物になるのかどうか怪しくなった。結局、最後に頼りになるのは“自分の力”だけという訳か・・・)
何時来るかも知れない出撃の時に備え、急いで準備を進める隊員たちの姿を見ていた倉場は、側に立っていた三好海将補に耳打ちをする。
「召集された予備自衛官は何人だ?」
「23人です」
三好海将補は端的に答えた。
「良し・・・それに“1人”追加だ。3年前までF−2パイロットをやっていた男がもう1人、“今”此処へ来たからな。訳有ってF−15Jの機種転換課程も受けているから問題無いだろう?」
「・・・!」
倉場はそう言うと、不敵な笑みを浮かべながら胸に右手の親指を当てた。倉場健剛・・・彼は3年前に「自由国民党」の連立与党である「皇民党」から衆議院選挙に出馬し、1回目の任期で伊那波内閣の閣僚に大抜擢されたという経歴を持つ政治家であり、政界に進出する直前までは航空自衛隊のF−2パイロットとして実際に大空を駆け回っていた元自衛官でもある。
「日本=クロスネルヤード戦争」の時にはルシニア基地に勤務しており、実際にF−2戦闘機を出撃させてクロスネルヤード帝国軍と交戦したこともあるのだ(第3部21話『グレンキア半島沖海戦 弐』)。
「し、しかし・・・貴方は!」
「“防衛大臣”なら辞めた。今はただの国会議員だ。そして昨日付で“予備自衛官”に復職した」
「・・・!」
戦闘機パイロットとして再び空を舞うことを決意した倉場は、2日前に首相である伊那波に防衛大臣を辞する意思を表明していた。彼の決意をくみ取った伊那波はこれを了承し、斯くして現在は防衛大臣の席は空席になっていた。その直後、倉場は「予備自衛官」として自衛隊に復職し、国家の非常時には命を賭けて日本を護るというその本分を全うする為に此処へ来たのである。
・・・
東京都千代田区 首相官邸 大会議室
その頃、東京の首相官邸では、閣僚や自衛隊幹部、さらには日本国内に亡命していた各国の首脳たちが集まり、都市円盤「ラスカント」に対する“最終反抗作戦”の概要を確認していた。
「現在、標的として名指しされた『福岡県』全域の全世帯に“避難指示”が発令されており、福岡県全体のおよそ6割弱に当たる人々が県外、もしくは東亜戦争前に建設された地下避難所に避難しています。そして“都市円盤”内部には特殊作戦群10名が潜伏中ですが、彼らが行動を開始するのは円盤が下降を始めた直後・・・彼らは円盤の下降を我々に知らせた後に円盤機関部の破壊に乗り出します」
作戦内容の説明を行うのは防衛大臣補佐官の鈴木実だ。会議の参加者たちは彼の言葉に注意深く耳を傾けている。
「円盤自体が福岡へ下降するまでかかる時間は、おそらくそれほど無いでしょう。よって、敵の注意を地上の福岡市から反らす為、さらに特殊作戦群があの“魔法防壁”と言うバリアを解除した後に円盤へ攻撃を加える為、九州・中国地方の各地に点在する航空基地から出撃出来るだけの戦闘機を飛ばします。この作戦には各国より我が国へ避難していた竜騎兵部隊の兵士たちも加わります。当然ながら、アメリカに停泊中の『扶桑』もこれに参加します」
鈴木は此処まで説明すると一呼吸置いた。
「バリアが解けた後は、都市円盤の側面におよそ1.8km間隔で存在する“24の主砲”を最重要標的として攻撃を展開します。最終目標は都市円盤を玄界灘にたたき落とすことです。そして今作戦の如何は一重に、“特殊作戦群”の働きにかかっています。彼らが失敗すれば・・・我々に残された道は白旗を掲げるか、滅ぶことのみです」
鈴木は説明を終える。その直後、今まで沈黙を保っていた首相の伊那波が立ち上がり、口を開いた。
「・・・あの『東亜戦争』に続くこの国の歴史の分水嶺に我々は立っている。勝利への算段が明確に示された以上、あとはその上を全力で進むだけだ。我々のこの世界は、我々の力で守り抜くのです・・・!」
「微力ながら・・・我々も助力を惜しまない!」
「そうだ! 私たちの世界を守りましょう!」
今まで弱気な態度しか示すことが出来なかった伊那波も、事此処に至って漸く決心が付いていた。クロスネルヤード皇帝のジェティス4世やアルティーア皇帝のサヴィーア1世など、各国から避難していた首脳たちも彼の言葉に呼応する。
斯くして日本政府、そしてテラルスは、エルメランド、そして「ラスカント」に対する徹底抗戦という目的の下、1つに纏まることとなったのである。
・・・
大気圏外 「ラスカント」艦内 食糧合成区域
作戦の要である「特殊作戦群第3中隊・島崎班」、コードネーム“銀色の弾丸”に属する10名の陸上自衛隊員たちは、「ラスカント」艦内の食糧合成区域に位置する食糧庫内で作戦の最終確認を行っていた。彼らの視線の先には、床の上に広げられた円盤の設計図があった。
「現在の円盤内にはエルメランドの兵共があちこちに散らばっています。故障か、油断しきっているのか、魔力を節約する為か・・・この艦の“警備装置”は今のところ一切稼働していないのですが、もし彼らに見つかってこれを稼働されたら、あっという間に閉じ込められてしまいます。そうなってはもう機関部に行くどころじゃあない。故に我々が行動を開始するのはこの円盤が動き出した直後、即ちニホン国へ侵攻する為に下降を開始した時です」
円盤の設計者の1人であるナガハチロウが説明を行う。
「さすれば、この艦に乗っているわずか数百人の敵兵たちは円盤の操作の為、そのほぼ全員が艦橋や中央制御室に就かなければならなくなる。我々はザルになった円盤内を悠々と通過し、機関部に辿りつくことが出来ます」
悪意を持つシャルハイド帝国の末裔たちが建てた組織である「密伝衆(旧名イフ)」は、「ラスカント」の運用に必要な最低限の人員しか居なかった。それ故に円盤を動かす際には、その内部は正しく“ザル”という表現が相応しい状態に陥る。
「此処から機関部の“標的”までは直線距離でおよそ9リーグ(約6km)ですから、普通に走って進めば25分くらいです。そして機関部の心臓を爆破した後は、艦載機の1つを奪ってこの円盤からおさらばです」
ナガハチロウは任務完了から脱出までの経路を示す。機関部から小型円盤の格納庫までは直線距離で2.5kmほどしか離れていない。そして彼らは元々、こういった任務を行うことも視野に入れてローディムに潜入していた為、プラスチック爆薬は十分過ぎる量を持って来ていた。
「・・・風呂にも入らず食っちゃ寝を繰り返していたら、まさかまさかの世界の命運を握る立場に居ちゃってたんですから、人生ってマジで何が起こるか分からないですねェ! これ・・・俺たちの名前が未来の教科書に載るんじゃないですか!?」
島崎一尉の部下である木佐貫航士二等陸曹/伍長は、まるで遠足前日の子供の様に目を輝かせており、自分たちの成果如何で世界の命運が決まるのだという緊張感を全く感じていない様子だった。
「余り浮き足立つな・・・世界の運命が掛かっているんだぞ」
島崎一尉は締まりの無い部下を毅然と叱った。他の隊員たちも何時来るかも知れない出撃の時に緊張している。
「了解! ん〜しかし・・・何時までも気を張り詰めても仕方無いですよ」
班長から注意を受けたことで、木佐貫二曹は一瞬だけ締まった顔をする。だが彼はすぐに表情を緩めてしまった。
「確かにそうだ・・・どうせ同じ待ち時間だしなぁ」
「緊張し過ぎて失敗しても仕方無い・・・」
「・・・」
世界の命運を握る10名の特殊作戦群と1名の忍者は作戦の最終確認を終えると、適度に緊張感を持ちながら、尚且つ適度に気を抜きつつ、その時が来るのを待ち続ける。
〜〜〜〜〜
2月18日 大気圏外 「ラスカント」 上流階級居住区域
およそ2日後、密伝衆の者たちは円盤の居住区域で休息を取っていた。四幹部の1人であるミャウダーも、わざわざ持ち込んだ高級ベッドの上で横になっている。
「・・・」
深い眠りに就いている彼は長い長い夢を見ていた。それは母なる星を逃れてから現在に至るまでの追憶であった。
今から1500年前、設計者の裏切りというまさかの事態に見舞われながらも、「ラスカント」を含む3機の円盤を何とか完成させたシャルハイド帝国の首脳たちは、テラルスに対する明確な侵略の意思を持ってエルメランドを飛び立った。
だがその道中で円盤に乗り込んでいた大多数の平民や兵士たちによる反乱が起き、制御を失った他の2機はテラルスの海中に没してしまう。皇族の座乗艦であった「ラスカント」も反乱民たちによって占拠されてしまったが、幸運にも地上への不時着に成功した。その場所こそが、後にローディムという都市が建設される場所であったのだ。
(エルメランドは滅びたが・・・幸いにもこの星の住民は原始人だ。移民船の兵装で十二分に蹂躙出来る! この星を“第二の故郷”にしよう・・・なァ!)
当時、ミャウダー(本名ファウスト)、キルル、ルガール、ヒスの4人は、国の頂点に立つ皇族の直下に仕える最上位の家臣であり、国家の重鎮に就いていた。だが、3機の円盤で同時多発的に起こった反乱により、わずかな特権階級は尽く殺害、あるいは拘束されてしまう。
それは彼らも例外では無く、1500年前のスレフェンに上陸したミャウダーを含めた特権階級の者たちは、銃器を突きつけられて後手に縛られ、数十万の平民たちに囲まれて見下ろされていたのである。
(ああ、我々もこの星に骨を埋めたいさ! だがな、もう争いごとは御免だ!)
(『神聖ラ皇国』の主張を聞いて分かった、発達しすぎた魔法文明は不幸を呼ぶだけだ!)
(このラスカントに存在する『魔力増幅装置』は全て破壊してやる! そうすればこの箱船はもう飛べない!)
(皇帝は死んだ、そして王女も・・・もう2度と目覚めることは無いだろう。・・・この円盤と共に埋没していくのさ)
(我々はこの星の民と同化していくと決めた。その馬鹿げた考えと共に我々の前から消え去れ)
何とか処刑から免れたミャウダーら4人と彼らの臣下たちは、「ラスカント」へ二度と近づくことを許されず、追放されることになる。だが、追放される直前、彼らは「ラスカント」に積まれていたあるものを持ち出していた。
(『ティルフィングの剣』を奪われた! 追え!)
それこそが「ティルフィングの剣」である。これは剣の形をしているが、本来の用途は武器ではない。他人の魔力を制圧する“暗視魔法”によってエルメランドに住まう亜人から正気を奪い、魔力を供給する生きた電池とする為の魔法道具だったのだ。
これを奪ったミャウダーらは、その後、1000年に渡って歴史の闇に紛れ、潜伏を続けることになる。その間、数多の仲間が死に絶え、そして彼らの血を受け継ぐ新たな仲間たちが生まれるというループが何度も繰り返された。
そして時代は下り、国と呼べる様な集合体がまだ数える程しか無かったテラルスに戦乱の時代が訪れる。今から500年前、テラルス最初の世界帝国である「ウィローディア帝国」が滅亡し、それまでの世界秩序が崩壊、そして同国を滅ぼした「アラバンヌ帝国」と東から現れた「クロスネル王国」との間で、その後釜を決める戦いが繰り広げられたのだ。
そして遂に、1000年間に渡って沈黙を保っていたミャウダーたちは動き出す。クロスネル王国は当時はまだ一般的では無かった“龍の使役”によって、騎馬民族であるアラバンヌ帝国を追い詰めていた。そこに目を付けたミャウダーたちは、エルメランドとシャルハイドの名を隠して「イフ」と名乗り、当時のアラバンヌ皇帝であるハウルーン=アル・ラシキードの下に現れたのである。
(我々は『イフ』。世界を統一し、平和をもたらそうとする貴方の考えに同調する者です。貴方の世界の平和を目指すという思いが本物ならば、この『ティルフィングの剣』を持ちなさい。正しき意思を持つ者にのみ、この剣は勝利を与えます)
彼らは虚を混ぜながらティルフィングの剣をハウルーンに渡した。彼らはアラバンヌ帝国にテラルスを征服させて恩を売り、然る後に国の実権を掌握することでテラルスを支配しようと画策していたのである。そしてその目論見は上手く行き、人の正気を失わせるティルフィングの剣の力を得たアラバンヌ帝国は、クロスネル王国の支配領域を瞬く間に席巻して行った。だが、あと少しで首都リチアンドブルクを攻め落とせるというところまで来た時、予想だにしない事態が起こった。
(何だ・・・!? 天から火が!)
(ギャアアア! 助けてくれ!)
突如として天に現れた巨大な飛行物体から“光の雨”が降り注ぎ、アラバンヌ軍を焼き尽くしていく。この出来事は後世の歴史に、クロスネルヤード帝国初代皇帝の祈りと自己犠牲がもたらした“神の奇跡”と称えられることになる。だがその正体は、28世紀の日本から転移してきた飛行戦艦「扶桑」による艦砲射撃だったのだ。
「日本人」を名乗る集団によって野望を絶たれたアラバンヌ帝国とイフは敢えなく敗走し、そしてティルフィングの剣の影響を受けない「扶桑」を味方としたクロスネル王国は、一転してアラバンヌ帝国を追い詰めて行った。
(この剣はアラバンヌに恐るべき災いをもたらした! もう誰の手にも渡らせてはいけない!)
(だから・・・我が国に属する魔術師を総動員した結界の向こう側へ、もう誰もこの剣に触れる事の無い様に・・・)
(お前たちも、2度と我々の前に姿を見せるな!)
此処でミャウダーたちの虚言が裏目に出てしまう。ハウルーンは「扶桑」の登場をティルフィングの剣がもたらした神罰だと思い込み、国中の魔術師を動員してそれを古代遺跡の奥底に封印してしまったのだ。アラバンヌの魔術師たちが張り巡らせた結界はミャウダーらの侵入をも拒み、彼らは最後の頼みの綱であったティルフィングの剣を失ってしまったのである。
アラバンヌ帝国を追放されたミャウダーらは、再び長い放浪の旅に身を投じることになる。そして今からおよそ30年前、1500年の時を超えて、彼らは「ラスカント」の下に戻って来たのだ。
「ラスカント」が墜落した場所からはすでにエルメランドの記憶は消え去っており、同地には「スレフェン連合王国」と呼ばれる新たな国が興っていた。彼らはそれまで名乗っていた「イフ」の名を捨てて新たに「密伝衆」と名乗り、スレフェン王室に取り入って「ラスカント」復活に向けた研究に没頭することとなる。だが、元々魔法技術者では無い彼らの力では、エルメランドの技術の真似事をするのが精一杯であった。彼らは「大ソウ帝国」の撃破に貢献することで王家からの信頼は揺るぎないものにしたが、「ラスカント」復活という目標には中々近づくことが出来ないでいた。
その最大の原因は1500年前、「ラスカント」に取り付けられていた全ての魔力増幅装置が平民たちの手で破壊されてしまったことにある。実は「ティルフィングの剣」にもその基板が取り付けられていたのだが、魔力を持つものを全て拒む結界を超えることが出来ず、彼らは剣に近づくことすら出来ないでいた。
だがおよそ7年前、彼らはある情報を入手する。
(あの結界は魔力をはじいている。もしかしたら、魔力を持たない種族ならば通り抜けられるかも知れない)
(『ニホン人』・・・ニホン、その名をまた聞くことになるとはな。500年前の恨みも込めて、精々利用させて貰おうか)
彼らは因縁の相手である日本人がこの世界に再び現れたことを知り、ティルフィングの剣を取り戻す為に日本人を利用することを考えついた。そして日本国内に潜入した彼らは、与党への対抗を訴え続ける5名の左派活動家に接触し、彼らを騙してアラバンヌ帝国まで誘ったのである。
結果としては、左派活動家を追走して来た3名の公安警察官によって、剣そのものは破壊されてしまったが、剣の柄に埋め込まれていた魔力増幅装置の入手に成功する。そして彼らは更なる研究・開発、そして試験を経て、全盛期のエルメランドで造られていたものと遜色ない性能を誇る魔力増幅装置の開発に成功したのである。
そして2038年1月18日、ミャウダーらの尽力によって復活を遂げた「ラスカント」は、1500年の時を超えて再び大空に舞い上がったのだ。
「・・・」
長い夢から覚めたミャウダーは、ゆっくりとベッドから起き上がる。彼の目尻からは一筋の涙がこぼれていた。東の方角からは既に太陽が昇っている。
その時、寝室の扉をノックする音が聞こえて来た。即座に着替えを済ませたミャウダーは入室の許可を出す。
「・・・おはようございます!」
部屋を訪れたのは彼らの部下である若い男だった。彼は敬礼しながら要件を伝える。
「もう間も無く出撃の時を迎えます! いよいよ最後の戦いですね!」
その男は生き生きした表情を浮かべていた。
「ああ・・・もうすぐだ。1500年前に散った我々の悲願が果たされる」
支度を済ませたミャウダーはルヴァン女王の定位置である“玉座の間”へと向かう。
「ラスカント」 玉座の間
ミャウダーが玉座の間に着くと、すでに女王のルヴァンがそこに居た。
「おはよう・・・“ファウスト”」
「おはようございます、女王陛下」
玉座に座すルヴァンはとうの昔に誰も呼ばなくなっていた彼の本名を口にする。ミャウダーは特に何も言わず、目覚めの挨拶を返した。
「陛下・・・今日はいよいよ記念すべき日、ニホン本土への侵攻が始まる日です。そして貴方はこの星を治める王・・・いや、“神”になるのです」
ミャウダーは自分たちの勝利を疑わない。彼は1500年越しの悲願が遂に叶うことを確信し、静かな表情を浮かべたまま、心の底で歓喜の雄叫びを上げていた。
「・・・楽しませておくれよ」
ルヴァンは頬杖を付きながら一言だけ呟いた。既に円盤の各部署にはミャウダーと同じ四幹部のキルルとルガール、ヒスをはじめとして、密伝衆に属する者たちが配置されており、下降の為の準備を進めている。だが、この円盤内に居る者たちは、すでに日本国の尖兵がこの艦内に潜んでいるとは夢にも思っていなかった。
「ラスカント」 食糧合成区域
宇宙空間にて整備を続けていた「ラスカント」は、とうとう日本列島への下降を開始する。静止していた円盤が動きだしたことで艦内には震動が伝播していた。
「・・・動いた!」
島崎一尉はその変化をつぶさに感じ取っていた。他の隊員たち、そしてナガハチロウの目の色も変わっている。そして衛星通信機の操作を担当していた秋野二曹が、地上へ“都市円盤稼働開始”の一報を入れた。
「・・・よっしゃ、行くぜェ!」
「おう!!」
班長である島崎一尉の鼓舞に他の隊員たちが呼応する。4ヶ月半の長きに渡って日本から離れ、さらにほぼ1ヶ月間も円盤の中に潜伏していた10名の特殊作戦群が、ついに行動を開始したのである。
〜〜〜〜〜
2月18日 山口県岩国市 岩国航空基地
島崎班が発した一報は、戦闘機やパトリオットミサイル、竜騎兵が展開する日本全国の航空基地に伝達されて行った。そして此処「岩国基地」でも、出撃に向けて多くのパイロットや整備員たちが奔走していた。
「・・・おはよう!」
「おはようございます!」
その中には元防衛大臣の倉場と統合幕僚長の長谷川海将の姿もあった。すでにパイロットスーツに着替えていた倉場は、ビール瓶ケースの上に立ってパイロットたちに指示を出していた隊員に耳打ちして、拡声器のマイクを借りると、岩国基地に集まっている兵士たちに向かって口を開いた。人々はケースの上に立つ彼の姿に注目する。
『遙か上空では今、わずか10名の英雄たちがすでに戦いを始めている。そして我々も間も無く、日本各地に散らばる同志たちと共に大空へ飛び立ち、核兵器をも防いだ強大な敵へ立ち向かう事になる。そしてこの戦いは、言葉通りにこの世界の命運を賭けた、後世に語り継がれる壮絶な戦いになるだろう。そしてこの戦いには、世界各国からこの国へ逃れて来た戦士たちも加わる。その中には、かつて我が国と刃を交えた者たちも居るだろう。だが我々は過去に囚われてはいけない。共通の敵を迎え討つ為に団結するのだから。
敵は我々に奴隷として惨めに生き延びる権利を示して来た。だが、我々はそれを甘んじて受け入れることは無く、理不尽な破壊に屈することは決して無い! その行動原理は単純なものだ、この星を、この世界を・・・そして愛する者たちを護りたい、我々はその為に戦うのだ! 勝利した暁には立場を忘れて酒を飲み交わし、今日という名の新たな記念日を祝おう!』
「ウオオオォ!!」
元防衛大臣の力強い言葉に、兵士たちの拍手が沸き上がる。勇ましい演説に心を打たれた人々は次々と雄叫びを上げ、その士気は最高潮に達していた。
「よし、行くぞ!」
倉場は拡声器のマイクを近くにいた整備員に返すと、ビールケースの上から降りる。そして彼の下に基地司令の三好海将補が近づいて来た。
「大臣、装備は揃っています! こちらです」
「“大臣”はもうよしてくれ」
三好海将補は倉場をF−15J戦闘機の下へ案内する。それは岩国基地でモスボール保管されていたPre−MSIP機であった。
「装備一式は格納庫に入っています。ヘルメットは此処に!」
「分かった、ありがとう」
倉場は三好海将補に礼を言うと、F−15Jのコックピットへと昇った。ヘルメットを被って安全ベルトを締め、身体を座席に固定する。
(この感覚、3年振りだ・・・!)
前線を退いてからおよそ3年、久しぶりの出撃を前にして倉場は緊張感を抱いていた。その後、出撃準備を終えた機から滑走路へと誘導されて行く。
・・・
福岡県築上町 築城基地
その頃、福岡県の築城基地では配備されていたF−2戦闘機に混じって、ウィレニア大陸から避難していたアルティーア帝国竜騎兵隊が出撃の用意を進めていた。竜騎兵隊隊長のドルサ=ラティシマス佐官は信念貝を介して部下たちに訓示を伝える。
『・・・この戦いは勝てるから戦うとか、負けるから戦わないだとか、そういう基準で出撃の可否が決まる次元のものじゃない。戦いは始まってしまった・・・“天”がこの世界の運命を“今”という時代に課すことを望んだんだ。我々は戦わなければならない』
「・・・」
アルティーア帝国の竜騎兵たちは皆、鋭い目と神妙な面持ちで空を見上げていた。そしてドルサ佐官の脳裏には、日本国がこの世界で繰り広げた“最初の戦い”で戦死した“幼馴染みの竜騎兵”の顔が浮かんでいたのである。
・・・
同時刻 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C 港
そしてアメリカ合衆国の首都ワシントンD.Cでも、最終作戦に向けて慌ただしく動いていた。アメリカ軍の兵士たちが見守る中、今回の作戦の要である「扶桑」のエンジンに灯が点る。
「補機・核融合パルスエンジン始動!」
「核融合パルスエンジン始動! 主機、光子ロケットエンジンへエネルギー伝達!」
「メインエンジン点火完了! 対消滅始動!」
「扶桑」の第1艦橋では、元「あかぎ」の隊員たちが発進の用意を進めていた。そして後方のブースターからジェットが噴出し始め、停泊していた巨大な艦体が海の上を進み始める。そしてある程度の勢いがついたところで、艦長席に座る阪東一佐が口を開いた。
「『扶桑』・・・発進!」
阪東一佐の指示を受けて、航海長の島浪一尉がレバーを引く。その直後、巨大な艦体は海面から離れ、瞬く間に天高く昇って行った。「扶桑」は一路、日本列島へと向かう。
既に第3部から存在がほのめかされていて、やっと出て来た飛行戦艦なのに、若干役立たず呼ばわりされてて少し可愛そう・・・自分で書いておいて何ですが。
因みに「扶桑」に加えて数多の戦闘機や竜騎兵を出撃させるのは、「扶桑」自体が未知の兵器であり、しかもあちこち故障しているので、有用な兵器として信用出来ないからです。




