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旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第4章 テラルスVSエルメランド
39/56

未来から過去へのバトン

ナガハチロウの台詞は第4部を含めてほとんど既出の情報ですが、いままでに登場していた設定を総復習する回と思って見てください。いよいよ全ての布石がその意義を発揮し始めます。

2月14日 屋和半島東部 アメリカ合衆国 首都ワシントンD.C


 日本国領土である幕照市の上空で激戦が行われてから2日後、血と汗を流して手に入れた祖国を守る為に命を散らした、およそ100名近い兵士たちの命を弔う式典が開かれていた。


「名誉の戦死を遂げた誇り高き勇士たちに向かって・・・黙祷!」


 ロベルト=ジェファソン大統領の言葉に伴って、参列者たちは一斉に目を閉じる。参列者にはアメリカ軍のトップを務めるマーティン=カルヴィン空軍中将やその他の軍幹部の他、日本国より派遣された防衛大臣の倉場健剛の姿もあった。だが、倉場がアメリカを訪れたメインの理由は戦没者に祈りを捧げる為では無く、北の空から突如飛来した“未来より受け継がれしバトン”を視察する為だったのである。




首都ワシントンD.C 港


 2月12日に無謀な戦いに身を投じたアメリカ軍は、飛行戦艦の乱入によって都市円盤を一先ず大気圏外に退散させることに成功していた。だが、代償として60機以上の戦闘機と100名近い兵士を失うこととなった。

 そして今、首都ワシントンD.Cの港には戦いに急遽乱入した「扶桑」が停泊していた。全長517.7mを誇るその体躯はアメリカ海軍のミニッツ級空母よりも大きい。日本から派遣されていた防衛大臣の倉場と彼の部下たちは、埠頭に接岸する「扶桑」の姿を見上げていた。


「・・・ようこそ『扶桑』へ!」


 そんな彼らを出迎えるのは、元は空母「あかぎ」の船務士であり、今は「扶桑」の船務長を勤めている小林雪二等海尉/中尉である。沈み行く「あかぎ」から生き残った300余名のうちの1人だ。


「艦長・・・阪東二佐は第1艦橋にてお待ちです。其方までご案内しましょう」


「・・・宜しく」


 小林二尉と倉場大臣は互いに握手を交わす。その後、倉場たちは港に降ろされていたタラップを昇って、「扶桑」の中に乗り込んで行った。




飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋


 甲板下から昇るエレベーターを降りた倉場たちの前に現れたのは、近未来的な計器やスクリーンが並ぶ、まさにSFアニメに出てくる宇宙戦艦の内部の様な光景であった。


「・・・!」


 倉場たちは呆気にとられながらその光景を見渡していた。そんな彼らに1人の男が近づいて行く。


「扶桑艦長、阪東匡二等海佐です」


 「扶桑」の艦長を勤めるのは、かつて「あかぎ」の船務長と副艦長を兼任していた阪東二佐であった。戦死した「あかぎ」艦長の益田一佐の後釜である。


「ああ、宜しく。君たちの生存と帰還を心から祝福しよう」


 倉場は阪東二佐が差し出した手を強く握り返す。


「ところでだな・・・」


「分かっております・・・お訊きしたいことは色々あるでしょうから、まずは我々が生き残った経緯について説明致します」


 阪東二佐は倉場の言葉を遮ると、まずは「あかぎ」と共に海に没した筈の自分たちが「扶桑」に乗って戦場に現れた経緯について説明した。自然のものか人工物か分からないトンネルと探索が断念されていたロトム亜大陸の地下大空洞、そしてその中に封印されていた飛行戦艦の存在、さらには艦内に残されていた記録からそれが28世紀で造られたことが判明したことと、その記録に書かれた操舵方法を頼りに此処まで何とか動かせたこと・・・彼はこれらの出来事を時系列に沿って説明した。


「成る程・・・あの大空洞にそんな秘密が隠されていたとはな・・・」


 未来世界から転移した飛行戦艦が存在していることについては、ある女性公安警察官が2031年に書き記した通称“外事レポート”と呼ばれる報告書によって、日本政府はすでに把握していた。政府は飛行戦艦を見つけ出す為の調査団を数度に渡って組織し、世界中を探索させたが結局は今まで見つけられなかったのだ。因みにこの艦に乗っていた者たちの子孫は現在、クロスネルヤード帝国の一地方であるクスデート辺境伯領の支配者層となっている。


「不満は無いが、疑問は多々あるな・・・お前たちは一体どうやってあのバリアを突破したんだ? それに何故、宇宙へ撤退する都市円盤を追いかけなかった?」


 倉場は矢継ぎ早に質問をぶつける。


「・・・1から説明致します。まずは艦内を案内しましょう」


 阪東二佐はそう言うと、倉場たちを第1艦橋から連れ出して別の部署へと向かう。




飛行戦艦「扶桑」 第1砲塔内部


 最初に阪東二佐が倉場たちを案内したのは、「扶桑」の主砲である第1砲塔の内部であった。主砲の規格は艦の上部に位置するものは“45口径35cm”、艦底部に位置するものは“2口径35cm”であり、前者は連装のものが4基、後者は3連装のものが2基存在する為、主砲の数は全部で14門ある。


「この主砲は3つの弾種を使い分けることが出来ます。1つは“通常砲弾”、もう1つは21世紀の地球で実用化されているものとは桁違いの“高エネルギーレーザー”、そして最後の1つは“荷電粒子ビーム”です」


「荷電粒子・・・!?」


 阪東二佐の説明を聞いていた倉場は驚嘆の声を上げた。「荷電粒子砲」とは電荷を持った粒子を集束させ、亜光速にまで加速して撃ち出すという兵器のことだ。理論上は21世紀の科学力でも可能な兵器と言われているが、クリアしなければならない障壁は限りなく高く、実用化にはまだほど遠い架空のSF兵器という扱いである。


「荷電粒子とは言えども、実際に撃ち出すのは別々の加速器で加速された電子と原子核を発射直前に混合する“中性粒子ビーム”です。これによって地磁気による偏向や拡散が抑えられているのです。そして亜光速にまで加速された粒子は目標に着弾すると、その衝撃で目標を構成する原子そのものを崩壊させてしまいます。あのバリアも例外ではなかった様ですね・・・」


 阪東二佐は粒子砲の説明を続ける。だが、28世紀の科学力によって生み出された荷電粒子砲には、あるアクシデントが起こっていた。


「・・・ですが、やはり地下の空間で500年間も放置されていた為か、主砲全門からの発射時に一部の回路が焼き切れてしまった為に今は発射出来ません」


 阪東二佐は俯きながら中性粒子ビームが使用出来なくなってしまったことを伝える。元々備えつけられていた“自己修復機能”が作動しているが、その修理も何時まで掛かるか分からない状況であった。高エネルギーレーザーと通常砲弾は問題無く撃てるが、それで円盤のバリアを破れるという保障は無い。


「・・・この艦を手に入れた時点で最早勝利は確実かと思ったが、そうは問屋が卸さないか」


 倉場は困難を乗り越えた矢先に暗転してしまった状況を知り、苦笑いを浮かべる。その後、彼らは別の場所へと移動する。




機関部


 次に彼らが訪れたのは、艦の下部後方に位置する機関部であった。そこには巨大な球形の燃料タンクとそれからさらに後方へ伸びる太い配管があった。


「これが艦を動かす主機・・・『光子ロケットエンジン』です。燃料タンクの中には大気中の粒子から精製した反粒子が蓄えられており、あの配管を通った先の“発光体”で粒子と対消滅を起こして膨大な量の“光子”を産生します。生み出された光子は反射鏡によって後方へ跳ね返され、艦の推進力となるのです。補機は『核融合パルスエンジン』になっています。補機は最初は核分裂によって着火し、さらに補機のエネルギーで加速器を稼働して主機を着火させます。対消滅に用いる反粒子は生成するだけでなく、宇宙空間から回収することも可能な様です」


 阪東二佐は機関の説明を行う。光子ロケットとは1935年に考えられたシステムで、粒子と反粒子を反応させて放出される光子を噴射しながら進むというロケットだ。だが、物質に触れた先から消滅してしまう反粒子を保管しておけるタンク、大量の光子を漏れなく跳ね返すことが出来る反射鏡など技術的に困難な問題が多く、荷電粒子砲よりも遙かに実現の可能性が低い。


「対消滅で生み出される莫大なエネルギーは、艦内の電源や粒子ビームにも回されます。これの仕組みはまさに未来のブラックボックスですよ・・・」


 実現不可能と言われた機関の構造や素材は、21世紀の科学力で解き明かせるものでは無かった。阪東二佐は説明を続ける。


「この艦はどうやら太陽系内をほとんど無補給で航行することを目標に造られた様です。しかし最早、“大気圏宇宙航行用”とは名ばかり・・・大気圏内から宇宙空間へ脱出する際に使用する“与圧装置”の故障で成層圏からの脱出が出来ないんです。よって宇宙空間での戦闘は不可能です」


「・・・何!?」


 倉場は驚嘆の声を上げる。そしてこれこそ、「扶桑」が大気圏外へ逃れる「ラスカント」を追走出来なかった最大の理由であった。


「艦には自己修復機能があるにはあるんですが・・・この故障は本格的なドックに入れなければ直せない様で・・・まあ、動いただけ有り難いと思うべきでしょうね」


 阪東二佐は機関に関する説明を終える。彼らは次の場所へと移動する。




食糧補給区画


 次に彼らが訪れていたのは、艦の底部に位置する区画であった。そこには枯れた農園が広がっていた。


「此処は『艦内農園』です。かつては28世紀の技術力で遺伝子改良された“五色麦”が育成していました。此処で収穫された五色麦は補給区画の合成加工装置によって、我々がよく知る食料品に加工されます。艦内の食糧事情は遺伝子改良された単一種に依存することで賄われていた様です」


 阪東二佐は艦内の食糧事情について説明する。「五色麦」とはわずかな水、光、リン、二酸化炭素があれば何処でも育成し、強力な繁殖力によって確実に次世代を残すことが出来る作物であり、500年前の「扶桑」初代艦長であり、クロスネルヤード帝国・クスデート辺境伯領を治める“トモフミ家”の開祖である友史洋二郎の日記にもその名前が出て来ていたものだ。人が必要とする栄養素をまんべんなく摂取出来るという夢の様な作物なのだ。

 農園に繁茂していたものは全て枯れてしまった様が、艦内にはその種子が凍結された状態で保管されていた。その他にも、土壌と二酸化炭素、日光さえあれば光合成と繁殖が可能な針葉植物の種子も保管されており、28世紀では地球型惑星のテラフォーミングに使用されていた様である。




艦載機格納庫


 次に彼らは艦載機格納庫を訪れていた。そこでは「あかぎ」の飛行科に属する隊員たちが艦載機の動かし方の確認を行っていた。


「此処が艦底格納庫です。有人艦載機が56機搭載されています。その他、無人偵察艇を16機、海中行動用の潜水艇を4隻搭載しています」


 「扶桑」に搭載されていた有人航空機の内訳は、艦上戦闘攻撃機「ゼロファイター」が18機、艦上邀撃戦闘機「サンダーボルト」が14機、艦上偵察哨戒機「レコンファントム」が4機、艦上電子戦機「サイレントゼロ」が4機、早期警戒機「インビジブルトレーサー」が4機、汎用輸送艇「S300」が4機であり、合計が56機と航空母艦「あかぎ」を超える搭載機数を誇っていた。

 その他、無人機として無人偵察艇「J800」が16機搭載されており、海中行動用の艦載潜水艇「K100」が4機搭載されている。J800についてはその中の1機が、「扶桑」がロトム亜大陸から出撃する直前に幕照へ飛行しており、「ラスカント」とアメリカ軍の戦闘の様子を「扶桑」へ届けていたのである。


「これらの動かし方については記録として残っていました。基本的な設計思想は21世紀の戦闘機と変わらない様なので、動かすだけなら我々にも十分可能と思われます」


 阪東二佐は説明を続ける。各機は前後方向に長い格納庫内部で立体的に格納されており、出撃時にはエレベーターで床に降ろされてカタパルトにセットされ、艦底部に3つ存在する射出口から射出される仕組みになっていた。




 その後、彼らは弾薬や修理に必要な部品を製造する「艦内工場」、艦底部に位置し、第1艦橋が被弾した場合に予備艦橋として使用される「第3艦橋」、乗組員たちの宿舎や福利厚生施設などが並ぶ「居住区画」といった艦内設備をくまなく回る。数ヶ月間に渡る宇宙の航海を前提として造られたこの艦は、長期間の航行を支援する自給機能や、乗組員のストレスを溜めない為の福利厚生が充実している様だった。


「これは正に・・・“夢の船”だな。この国の未来は明るい・・・!」


 「扶桑」の視察を終えて艦から降りた倉場は、埠頭から「扶桑」の姿を再度見上げていた。数百年後の日本の未来を垣間見た彼らは、得も言われぬ多幸感に包まれていたのである。


(未来にせよ過去にせよ・・・我が国で造られた兵器ならば、“日本の力”であることに相違ない。次の戦いでは何としても奴らを落とさなければならない・・・我が国の力で!)


 その後、彼は今回の視察によって得た情報を日本政府へと報告し、さらにこの「扶桑」を海上自衛隊の「自衛艦隊」隷下に置くことを決定した。「海上自衛隊自衛艦隊隷下・特殊機動隊」・・・斯くして「扶桑」は正式に自衛隊の戦力となったのだった。


〜〜〜〜〜


大気圏外 「ラスカント」 食糧合成区域


 その頃、屋和半島直上の大気圏外を浮遊していた「ラスカント」では、密伝衆の者たちがダメージコントロールの為に再び艦内を奔走していた。


「・・・またすげェ音がしたと思ったら、いきなりべらぼうに動き出して・・・一体何が起こっているんだ?」


 食糧庫に潜んでいた特殊作戦群の隊員たちは、自分たちが今居る場所も、今の状況も分からないまま、相変わらず目的の見えない潜伏を続けていた。島崎一尉をはじめとする彼ら10名は幸運にも、「扶桑」から放たれた中性粒子ビームの被害を受けていない場所に居たのである。


「ナガハチロウも、何も言わず勝手に何処かへ行ったまま戻って来ないし・・・」


 島崎一尉は焦燥感に満ちた顔で独白する。ローディム崩壊の直前、特殊作戦群の10名と共に意図せずこの「ラスカント」に潜入した「イナ王国」の忍者であるアサカベ・ナガハチロウ・ヨシフミは、円盤が動き出した直後に血相を変え、一言“後で連絡する”とだけ告げて、彼らとは別行動を取っていた。


(連絡するって言ってもなァ・・・)


 ナガハチロウは特殊作戦群の隊員たちが持っているものと同じ携帯無線機を所持している。よって連絡を取り合うこと自体は問題無いのだが、単純に計算して150平方km、階層を考慮すると1000平方kmを超える面積を持つこの空間の中でどうやって合流するのかが問題であった。この円盤の案内図でも持っていれば話は別だが、当然彼らがそんなものを持ち合わせている筈はない。


『ザザッ・・・こち・・・ハチロ・・・!』


「!!」


 その時、携帯無線機にノイズと声が入り込んで来た。それは他でもないナガハチロウの声であった。


「こちら“柊”! ハチロウか!?」


 島崎一尉はおよそ1ヶ月振りに連絡を寄越してきたナガハチロウに驚き、無線機の向こう側に向かって応答する。


「一体どうしたんだ、1ヶ月も連絡絶って!」


 島崎は怒りと心配が入り交じった声色で安否を尋ねる。1ヶ月間も別離していて食糧や水はどうしていたのか、敵兵に見つからなかったのか、聞きたいことは山ほどあったが、まずは勝手に単独行動を取った理由を尋ねる。


『申し訳ない! ですが、急を要する事態だったんです! 詳しい事情は合流してから説明します。この通信が繋がっているということは、私は貴方方の近くに居るということですから、まずは何処に居るのかをお聞かせ願いますか?』


「食糧庫が並ぶ区域だ。詳しい場所は順を追って説明するから、まずはこっちへ来てくれ!」


『・・・“食糧合成区域”ですね! 分かりました、あと20分も掛かりません!』


「・・・?」


 通信が切れる。どうやらナガハチロウはすぐ近くまで来ている様だった。その後、彼は予告通りに20分前後で“食糧合成区域”へ現れ、およそ1ヶ月振りに島崎一尉らと合流を果たしたのである。




 久しぶりに合流したナガハチロウは特に外傷を負った様子もやつれた様子もなく、どうやら敵兵に見つかることは無かった様であった。変わった点は1つ、彼は円盤内の何処からか手に入れたのであろう、巨大な紙を背負っていた。彼はその紙を食糧庫の床の上に広げる。それには何かの設計図と思しき図が記されていた。


「1500年前・・・この『テラルス』より遙かに魔法文明が進んだ『エルメランド』には数多の国が栄えていましたが、それらの国々は2つの陣営に分かれて戦争を行っていました。一方は我らが『イナ王国』の祖である『神聖ラ皇国』を中心とする“同盟国”、そしてもう一方がエルメランド最強の国家であった『シャルハイド帝国』を中心とする“連合国”です」


「・・・?」


 ナガハチロウは突如、テラルスの双子星に関する歴史について語り出す。島崎らは首を傾げるが、黙ったまま彼の説明を聞いていた。


「戦争は“連合国”側の一方的優勢・・・でしたが、過剰な破壊はエルメランドの環境そのものを破壊してしまい、エルメランドは星としての機能を喪失してしまいました。最早戦争を続けるどころでは無くなったシャルハイド帝国の首脳陣は、わずかに生き残った人類を生き長らえさせる為に一大プロジェクトを始動します。彼らは巨大な移民宇宙船を建造し、自国と自陣に属する人々を、軍事的緩衝地帯として不可侵と定められていた“二重惑星のテラルス”へ移住させようと考えついたのです。当時、私はシャルハイド帝国の技術者として、その“移民船建造計画”に参加しました」


「・・・!!?」


 エルメランドの歴史を説明する中で、ナガハチロウはさらっと衝撃的なカミングアウトを口にする。


「ちょっと待て・・・お前一体、歳・・・」


 島崎一尉はその場に居る全員が抱いた疑問を口にするが、ナガハチロウは彼の言葉を遮って説明を続ける。


「建造が計画されたのは3機・・・。ですが・・・1号機である『ラスカント』の建造が始まった頃に、紆余曲折有って私はシャルハイド帝国を裏切り、移民宇宙船の設計図を持って、対立陣営の主導国であった神聖ラ皇国に亡命しました。神聖ラ皇国は私が持参した設計図を元に、同様の移民船を建造し、それは『タカラジマ』と命名されました。

そして遂に・・・4機の移民船は崩壊する『エルメランド』を飛び立ち、『テラルス』へと向かいましたが、何らかのアクシデントがあったのか、それとも私が設計図を持ち去ってしまった故か・・・シャルハイドが飛び立たせた3機の内、地上に着陸出来たのは1号機である『ラスカント』のみ、他の2機は海中に没してしまいました。『タカラジマ』は世界最西端のイナ列島に不時着し、その生き残りたちが現在の『イナ王国』を建国することになります」


 此処まで説明したところで、ナガハチロウは一呼吸置いた。


「・・・『ラスカント』については地上に着陸したことは分かってしましたが、それが何処なのかは現在まで不明でした。ですがようやくそれが判明したことになります」


 島崎一尉はナガハチロウが言わんとしていることを悟る。


「・・・つまり、我々が今居る『此処』が! その『ラスカント』と言う訳か!」


「はい・・・間違いありません。この艦を動かしているのは、恐らくシャルハイドの末裔たちです・・・。1500年前、シャルハイド帝国の首脳陣は端からテラルスを蹂躙することを画策していました。そしてその遺志を受け継ぐ末裔たちが太古の遺産を蘇らせた今、『ラスカント』はこのテラルス“全て”と戦争を行っている様です。勿論・・・『ニホン国』とも! この艦には最小限の“自衛用の武装”が施されていますが、それはテラルスの民の力では到底太刀打ち出来るレベルのものではありません。恐らく既に相当な被害が出ている筈です」


「・・・!」


 ナガハチロウは単独行動を取っていた最中に得た情報を全て告げる。島崎一尉らは事此処に至って、自分たちが置かれている状況を知ったのだ。


「何てこったい、俺たちは本当に食糧庫でのんびりしている場合じゃ無かったな・・・日本は無事なのか?」


「・・・乗組員たちの会話を幾つか盗み聞きしたところ、ニホン軍は何らかの手段を以てこの『ラスカント』にダメージを与えることに成功した様です。『ラスカント』は今、大気圏外に避難しており、傷を癒している最中の様です。ですが、準備を整え次第ニホン本土に侵攻すると」


「成る程・・・それならまだ日本国自体は滅びていないことになるな」


 ナガハチロウの報告を聞いた島崎一尉は一先ず安堵する。その直後、彼は神妙な目つきでナガハチロウに問いかけた。


「ハチロウ・・・教えてくれ、我々はどうしたら良い?」


 島崎の問いかけを受けたナガハチロウは、先程床に広げた設計図の“ある区画”を指差した。


「これは・・・此処より4リーグ(約3km)ほど離れた区画にある“工作作業室”から失敬した『ラスカント』の設計図です。私が1500年前に持ち逃げしたものは紛失してしまったので、この艦内に同じものがあって助かりました。我々が今居るのは此処の“食糧合成区画”、そして此処から9リーグ(約6km)ほど離れた此処・・・此処が“機関・動力区画”、この『ラスカント』を動かすエネルギーを生み出している中枢です。早い話が此処を破壊すれば魔法防壁と主兵装の維持は不可能となり、『ラスカント』の戦闘・防御能力はガタ落ちします」


 ナガハチロウは的確に彼らが進むべき道を示した。ようやく明確な目的を得たことで、隊員たちの目に灯が点る。


「ちょ・・・ちょっと待ってください!」


 その時、衛星通信機の操作を続けていた秋野二曹が、その場に居た全員に声を掛けた。


「どうした、秋野?」


「通信が回復しそうです!」


「・・・本当か!?」


 島崎一尉は秋野二曹の下に詰め寄る。他の隊員たちも彼が操作する衛星通信機に釘付けになっていた。


「此方、“銀色(Silver)弾丸(Bullet)”! 陸上幕僚監部・・・応答せよ!」


 秋野二曹は自分たち“島崎班”に付けられているコードネームを受話器の向こう側へ伝える。程なくして、向こうから応答が聞こえて来た。


『ザザッ・・・はい、こ・・・ら、指揮通信システム・情報部情報課』


「・・・!!」


 島崎一尉らは目を見開いて顔を見合わせた。ローディムの崩壊からおよそ1ヶ月後、無目的且つ無自覚のまま「ラスカント」への潜伏を続けていた“特殊作戦群第3中隊・島崎班”は、ようやく日本本国と連絡を取り合うことに成功したのである。


〜〜〜〜〜


同日 日本国 東京・千代田区 首相官邸 大会議室


 日本国内では政府の首脳たちが、戦果の総括と次なる戦いに向けての会議を行っていた。防衛大臣補佐官の鈴木実が、幕照上空での戦いの結果を報告する。


「都市円盤を一先ず撤退させることに成功しました。ですがその代償に、幕照市と在日アメリカ空軍がほぼ壊滅しました。飛行戦艦による攻撃を受けた円盤は上昇し、宇宙空間に逃れたものと思われます。そして彼らは次の目標に『福岡市』を指名しました。更に敵は引き続き、我々に降伏と服従を求めています。この世界で最強たる我々でも彼らには敵わないということを、全世界に向けて知らしめたいのでしょう」


 彼は阪東二佐からの報告を交えて敵方の動きを説明する。


「敵は『福岡』を次なる標的と宣言しましたが、これが虚言である可能性も否定出来ない為、首都圏への急襲に備えて陛下を初めとする御皇室の方々にはご動座願い、『筑波研究学園都市』へ移って頂きました。“天皇直属近衛府”による護衛と共に、地下シェルターに退避されています」


 鈴木に続いて、内閣官房長官の宮島龍雄が皇室の移動について説明した。


「あの・・・飛行戦艦の主砲がもう使えないというのは本当なのか?」


 首相の伊那波は、アメリカヘ派遣されていた防衛大臣の倉場が報告してきた内容について、防衛大臣補佐官の鈴木に問いかける。


「正確には主砲が使えなくなった訳ではありません。主砲から発射される幾つかの弾種のうち、あのバリアを確実に突破出来る“粒子ビーム”が今は使えなくなっているというだけです。現在修復作業中です」


 鈴木が答える。その後、間髪入れずに統合幕僚長の長谷川海将が口を開いた。


「・・・彼らの次の標的が日本本土であることは確実! 最早出し惜しみする余裕はありません。既存の戦闘機だけでなく、岩国にモスボール保管されている空自の戦闘機を全て解凍し、さらに予備自衛官に籍を置く空自パイロットのOBたちを召集しましょう。さらに福岡市周辺に地対空ミサイルを展開させ、最大限の迎撃態勢を整えるべきです。勿論、『扶桑』も加えた上で!」


 長谷川海将はこの場に居ない倉場防衛大臣の主張を引き継ぎ、敵への徹底抗戦を進言する。万全な状態ではないとは言え、ミサイル攻撃を受け付けない敵の艦載機を50機以上撃ち落とし、且つ無敵かと思われた円盤のバリアを突破した「扶桑」を手に入れたことは、彼らの心に一筋の希望の光を差し込んでおり、閣僚たちも抗戦を続けることを望む派閥が多数派となっていた。


「・・・」


 だが、伊那波が首を縦に振ることは無かった。長谷川海将は堪らず眉間にしわを寄せ、他の閣僚たちもヤキモキした感情を抱く。会議場は不穏な空気に包まれていた。その時、1人の役人が会議場の扉を開け、政府首脳陣の前に息を切らしながら現れた。


「スレフェンの首都ローディムに潜入していた特殊作戦群から、衛星通信により陸上幕僚監部へ入電が有りました! まずお訊き下さい、其方へ繋ぎます!」


 その役人は統合幕僚監部から派遣された職員であった。彼が告げた“ローディムに潜入していた特殊作戦群”とは、既に死んだものと思われていた部隊であった。その存在を記憶していた鈴木と長谷川海将は驚きの表情を浮かべる。統合幕僚監部の職員は持参した通信機を組み立て、その向こう側から届く声が会議場全体に聞こえる様に設定した。


『ザザッ・・・応答せよ・・・・此方、“Silver Bullet”! 私は特殊作戦群第3中隊・島崎班班長、島崎廉悟一等陸尉と申します!』


 「ラスカント」内部に潜伏していた部隊との通信が、日本政府の首脳陣へと届けられる。日本政府が打っていた何気無い一手が、およそ3ヶ月の時を超えて、日本国、そしてこの世界を勝利へ導き得る奇跡の勝ち筋へ繋がろうとしていたのである。

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