神話の戦艦
2月12日 屋和西道 幕照市 上空
高空から落とされた大型貫通爆弾は弾き飛ばされ、四方八方から繰り広げられるミサイル攻撃は尽く防がれていた。「ラスカント」の下部に位置する艦載機の射出口から、100機を超える小型円盤の大群が放出され、70機近いアメリカ軍の戦闘機と空前絶後の規模の空中戦を展開していたのである。
『サムライ9、発射!』
『パンサー11・・・発射!』
小型円盤に向かってサイドワインダーが発射される。だが、円盤は爆発の衝撃でバランスを崩すだけで、強固な魔法防壁に守られたそれらにダメージは全く通らない。被撃墜を重ねるのは此方だけであり、戦闘機が1機また1機と撃墜されていく。
「くそっ・・・! 化け物が!!」
F−22を操縦するフランクリン中佐は、ダメージを受け付けない小型円盤に辟易としていた。その間にも苦楽を共にしてきた仲間たちが次々と撃ち落とされていく。奮戦空しく、アメリカ空軍の戦闘機はあと10機前後を残すのみとなっていた。
「・・・これまでか!」
彼のラプターは6機の小型円盤に追尾されていた。そのことに気付いた瞬間、彼の脳裏に走馬燈の様に家族の笑顔が浮かんで来た。頭では最後まで戦い抜くことを決意していても、心の奥底ではすでに諦めの感情が生まれていたのである。操縦桿を握る力が緩み、緩慢な動きになっていく彼のF−22は、小型円盤にとって恰好の的だったのだろう。6機のそれらはビームの発射口に魔力を溜めていった。
バキィンッ!!
「・・・!?」
“撃たれる!”・・・そう思ったフランクリン中佐は思わず目をつぶってしまっていた。だが、彼の耳に聞こえて来たのは魔力ビームの発射音ではなく、何か分厚い鋼鉄が穿孔したかの様な鈍い金属音であった。ふと辺りを見渡してみると、何かによって魔法防壁を貫かれた小型円盤が、炎上しながら地上へと落ちて行く。
「な・・・何だ!? ありゃあ!?」
フランクリン中佐は導かれる様に天を見上げる。そして彼は“巨大な物体”が此方に近づいていることに気付いた。戦艦の様な形をしたそれは、天空から降臨した救世主であったのだ。
・・・
飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋
飛行戦艦「扶桑」の両舷側面に設置されている「40口径10.5cmパルスレーザー砲」から、小型円盤に向かって放たれた高エネルギーレーザーは、21世紀の地球で兵器として実用化されている高エネルギーレーザーのおよそ10万倍を超える出力を誇っていた。
「奇襲成功! 小型円盤12機撃墜!」
砲雷長を勤める南沢武雄二等海佐/中佐が攻撃成功の一報を入れる。極小範囲に集束された破壊力は、小型円盤のバリアと装甲を文字通り一瞬のうちに貫いていた。
「流石にバリアの強度は“本体”程じゃないらしいな・・・良し、小型円盤の撃墜は継続、重ねて砲雷撃戦用意、右舷の砲門を全て開け!」
「はっ!!」
艦長を務める阪東匡二等海佐/中佐は更なる攻撃を指示する。砲雷科の隊員たちの操作によって、艦上部に4基存在する連装主砲と艦底部に2基存在する3連装主砲が右舷へ向いた。残存していたアメリカ軍の戦闘機はその間に戦闘空域から離脱しており、遙か遠くに逃れている。
「主砲及び副砲発射用意、弾種は“中性粒子ビーム”!」
「加速器稼働良好! 問題無し!」
隊員たちはあちこちに貼り付けられたマニュアルを見ながら機器の操作を行っていた。慣れていない為、艦の後部に位置する第4砲塔の動きが遅れる。
「測的完了、誤差修正! 発射準備完了!」
艦上部の8門と艦底部の6門、そして右舷に位置する「60口径15.5cm粒子副砲」の3門の砲が「ラスカント」を目標として捉えた。
「・・・発射!」
「!!」
阪東二佐の号令と共に砲術士が発射ボタンを一斉に押し込む。その直後、それぞれ別の加速器で加速されていた原子核と電子が混ぜ合わされ、「中性粒子ビーム」として、合計14門の「35cm粒子主砲」と3門の「15.5cm粒子副砲」からほとんど光速に等しい速度で放たれた。
・・・
超巨大都市型円盤「ラスカント」 艦橋
突如として北の空から現れた飛行戦艦の姿は、「ラスカント」の艦橋にて円盤を操るエルメランドの末裔たちも目の当たりにしていた。
「・・・一体、何なんだあれは!?」
艦橋指揮官のルガールは目を見開いていた。その姿は言うなれば空飛ぶ奇妙な艦というべきものであり、日本軍がその様な兵器を所有しているという情報は無かった。その空飛ぶ艦からは幾筋もの光が放たれており、此方の艦載機を次々と撃墜している。
「おい、艦載機を格納しろ! このままでは全て撃墜されてしまう!」
ルガールと同じくその様子を見ていたキルルが、艦橋勤務の部下たちに指示を出す。その直後、空飛ぶ艦の砲から魔力ビームを思わせる目映い光が放たれた。
「うわあああ!」
亜光速で飛ぶそのビームは、大気との摩擦によって高熱を発しながら魔法防壁に着弾する。この時ついに、暴虐の限りを尽くしてきた超魔法文明に科学の力による鉄槌が下されたのだ。
・・・
飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋
魔法防壁に衝突した亜光速の粒子は、防壁そのものを構成する未知の原子に衝突してそれらを崩壊させ、防壁の表面を確実に削り取っていく。着弾地点からは膨大な熱量が産生されていた。そしてついに待望の時がやって来る。
「中性粒子ビーム砲、魔法防壁突破! 巨大円盤に命中!」
「おっしゃああッ!!」
隊員たちは雄叫びの声を上げる。亜光速で弾き出された粒子は無敵かと思われた魔法防壁を原子レベルで崩壊させ、突き抜けたのだ。そして防壁を突破した中性粒子ビームが円盤の外殻に着弾する。28世紀の地球人類が新たに生み出した宇宙最強のキルゾーンが、その火力を存分に発揮していた。
「“物質”は“物質”・・・この宇宙に実体を持つものである以上、“原子核と電子から構成される”という大原則からは逃れられないらしいな。如何に強力な盾だろうと、亜光速で飛ぶ粒子は原子を破壊して全てを貫く!」
程なくしてビームが減衰していく。ビームが着弾した巨大円盤の箇所は原子そのものが消失してしまったことで大穴が空いていた。艦長の阪東二佐は不敵な笑みを浮かべる。
「日本皇国航空宇宙軍第1艦隊所属、大気圏宇宙航行用超弩級飛行戦艦『扶桑』! これが生まれ変わった『あかぎ』・・・そして飛行戦艦『扶桑』の力だ!」
第1艦橋の大スクリーンには、大きな傷を受けてもうもうと煙を上げる「ラスカント」の姿が映っていた。「扶桑」と共に蘇った空母「あかぎ」の隊員たちは、新たなる母星「テラルス」を蹂躙せんとする過去に滅び去った文明の亡霊たちを神妙な眼差しで見つめていた。
・・・
超巨大都市型円盤「ラスカント」 艦橋
密伝衆のメンバーたちは、魔法防壁が破られたことで大きく狼狽していた。
「第42区画全壊!」
艦橋に勤務する操作員が被害状況を報告する。
「隔壁を展開し、損壊した区画を隔離しろ!」
艦橋指揮官のルガールが指示を出す。その後、中央部からの操作によって被弾した部位が隔離された。
「くそっ・・・応戦だ! 主砲を発射しろ!」
1500年前の故郷が誇る堅牢な要塞がダメージを受けてしまったことで、四幹部の1人であるキルルは冷静さを失い、即時の応戦を指示する。
「いや、待て! 魔法防壁を修復しながら1度大気圏外へ離脱するんだ!」
キルルの言葉を遮り、艦橋へ来ていたミャウダーが一時撤退の指示を出す。
「おい・・・いくら何でも、ただ一撃を受けただけで撤退は臆し過ぎだろう! あれが一体何なのかは知らんが、今のうちに叩いておくべきだ!」
キルルはミャウダーの決定に異を唱える。彼らの部下たちは四幹部の意見が違う様を不安げな目で眺めていた。
「・・・“ダメージを受ける”なんて想定していなかったことだ。だが少なくとも、ニホン国は宇宙での運用を想定した兵器を実用化する段階には至っていない筈。よって1度宇宙空間まで離脱し、ダメージの詳細を確認すべきだ!」
「ぐっ・・・!」
あくまで一時撤退を強く訴えるミャウダーの言葉は、敵を警戒するが故のものだった。四幹部は対等とは言えども、密伝衆の代表を勤める彼の指示に逆らい続ければ角が立つ。故に最終的にはキルルが折れ、「ラスカント」は一時撤退することとなった。
・・・
飛行戦艦「扶桑」 第1艦橋
飛行戦艦「扶桑」に乗る隊員たちは「ラスカント」の動きの変化に気付く。第1艦橋に勤務する船務長の小林雪二等海尉/中尉がレーダーを注視しながら報告する。
「残存の敵艦載機は全て円盤内に退避した模様、都市円盤が上昇していきます」
艦の上部に位置する球形のマルチレーダーから、敵の小型円盤の反応が消える。20基存在する高エネルギーレーザー連装砲によって、実に50機を超える小型円盤が撃墜されていた。そして主砲の粒子ビームを受けた「ラスカント」は、黒煙を棚引かせながら高空へ急速上昇を開始していたのである。
「・・・」
追いかけたいのは山々であったが、彼らにはそれが出来ない事情があった。「ラスカント」にダメージを与えることに成功したものの、あるアクシデントが起こっていたのだ。
「・・・先程の“中性粒子ビーム”発射により、一部回路に損傷が起こっている模様です。自己修復機能が作動していますが、修復にはしばし掛かりそうです」
機関長の山吹奨一等海尉/大尉がダメージコントロールについて報告する。彼が眺める画面には「扶桑」の全体図が映し出されており、その中でダメージを受けたと思しき部分が赤く光って表示されていた。魔法防壁を突き破った中性粒子ビームが使用不可になっていたのである。
「“28世紀”に造られた“500年前”の戦艦だからな、動いてビームを出せただけ奇跡と思うか」
艦長の阪東二佐は逃げる敵を目の前にしてやきもきしながらも、敵を撤退させたことに一先ず安堵していた。500年の長きに渡って地下空洞に放置されていた「扶桑」には、当然ながらこの様に様々な“不具合”が生じていたのである。さらに「扶桑」には、封印されていた500年の間に生じたと思われる、宇宙航行用飛行戦艦としては致命的な故障があった。
その時、天高く昇っていた「ラスカント」から地上に向かって光が投射される。隊員たちは新たな攻撃かと身構えるが、それはレーバメノ連邦にて行われた声明発表の時に使用されたホログラムの光であった。映し出されるのは以前と同じく、シャルハイドの女王であるルヴァンの姿だった。
『・・・『シャルハイド帝国』皇帝、ルヴァン=プロムシューノだ。ニホン国の民よ、この円盤に傷を与えるとは天晴れだ! 私も年甲斐もなく楽しませて貰った、礼を言おう!』
「・・・!」
ルヴァンが行う演説の様子は「扶桑」第1艦橋のスクリーンに映っている。阪東二佐をはじめとする「扶桑」の隊員たちは、今までの戦いを娯楽の様に捉えている彼女の言葉に嫌悪感を抱いていた。
『だが・・・我々は別に負けた訳では無い。我々は傷を癒した後にまたこの地上へ舞い戻ってくる。面白い玩具を持っていた様だが、所詮は原始人の浅知恵・・・それだけでは勝てないことを存分に思い知らせてやろう。せめてもの情けとして我々の次なる目的地を教えてやる・・・ニホン国西部の都市『フクオカ』だ!』
「・・・!!」
ルヴァンは次なる目標として、ついに日本国内の都市を指名してきた。来るべき時が来たと、隊員たちの顔つきがより神妙になっていく。
『浅はかな希望にすがるよりも早々に下僕となることを勧めるが・・・それでも抵抗するというのならもう何も言わない、次の戦いはもっと楽しくなりそうだからな・・・』
「・・・」
「扶桑」の隊員たちは亡国の女王が告げる言葉を黙ったまま聞いていた。程なくして「ラスカント」が視界から消える。
「・・・良し、着水するぞ!」
自己修復を開始した「扶桑」に休息を与える為、艦長の阪東二佐は海面への着水を指示した。高度を落としていく「扶桑」は程なくして幕照市の沖合へと着水する。斯くしてエルメランドと日米連合軍の2回目の戦いは、遙か未来より舞い降りた科学の力によって「ラスカント」の戦術的撤退という結果に終わることとなった。
・・・
飛行戦艦「扶桑」
艦種
大気圏宇宙航行用超弩級飛行戦艦
艦級
扶桑型飛行戦艦(1番艦)
同型艦
2番艦「琉球」 3番艦「敷島」 4番艦「八洲」
要目
全長 517.7m
重量 253,700t(基準)
主機 光子ロケットエンジン
補機 核融合パルスエンジン
最高速度 秒速40,000km(光速の約13%)
兵装 45口径35cm粒子主砲 連装4基(艦上部)
2口径35cm粒子主砲 3連装2基(艦底部)
60口径15.5cm粒子副砲 3連装2基(艦上部)
40口径10.5cmパルスレーザー砲 連装20基(両舷側面)
防御用連射爆雷・水中魚雷発射管 単装48門(艦下部両側面)
ミサイル垂直発射システム 8セル6基(艦上部4基・艦底部2基)
近接防御用持続追尾式レーザー砲 8基(艦上部4基・艦底部4基)
艦載機 艦上戦闘攻撃機「ゼロファイター」18機
艦上邀撃戦闘機「サンダーボルト」14機
艦上偵察哨戒機「レコンファントム」4機
艦上電子戦機「サイレントゼロ」4機
早期警戒機「インビジブルトレーサー」4機
汎用輸送艇「S300」4機
無人偵察艇「J800」16機
艦載潜水艇「K100」4機
レーダー 球形マルチレーダー
ソナー 海上・海中行動用艦底装備式ソナー
艦内施設 艦内農園、艦内工場、人工重力場発生装置、重力相互作用阻害装置、自己修復機構
搭載兵器 95式艦対艦長距離誘導弾
87式艦対空(宙)中・短距離誘導弾
10式対惑星巡航ミサイル(旭光Ⅱ号)
近接防御用爆雷 etc
最後に「扶桑」のデータを公開していますが、以前「F−3戦闘機」の愛称をアイデア募集した際に、最終的には多数の方々より「烈風」という案を採用しましたが、他のアイデアも素晴らしかった為に何とか活かせないかと思い、扶桑のデータに流用させて頂きました。
雀鷹様より「サンダーボルト」
今は名もなき傭兵様より「サイレント・ゼロ」
久方様より「インビジブル・ハンド」
はたやま様より「旭光Ⅱ」
これらを使用させて頂きました。ありがとうございます。




