絶望への挑戦
屋和半島東部 アメリカ合衆国 軍司令部 作戦通信室
ストラトフォートレスから発射された空中発射巡航ミサイルは、熱核弾頭「W80」を乗せて「ラスカント」へ向かう。23発の囮に紛れて核を発射したストラトフォートレスはすぐさま機首を反転させ、爆心地となる「ラスカント」から急速に離れて行く。
その時、付近の海面に漂っていた円筒状の物体から特異な形状の無人航空機が発射された。それは潜水艦の魚雷発射管から射出される無人偵察機で、攻撃の効果を測定する為に「ラスカント」の方へ飛行する。偵察機が捉えている映像は海中に潜んでいる潜水艦を介して、アメリカ合衆国の軍司令部に転送されていた。
(・・・)
合衆国大統領のロベルト=ジェファソンと共にその映像を眺めていた首相の伊那波は、複雑な心境を抱いていた。無人偵察機は「ラスカント」へ向かうALCMの群れを映し続ける。
・・・
超巨大都市型円盤「ラスカント」 艦橋
サクトアを破壊し、全世界への声明発表を終えた「ラスカント」は、ロトム亜大陸に属する最大の島「リッキー・バツアイ島」を超えて、「シュヴァン海」と呼ばれる海域に到達していた。彼らの次なる標的は「ショーテーリア=サン帝国」である。
「3方向より急速接近中の物体を映像に捉えました。スクリーンに回します」
円盤に先行して飛行中の超小型カプセルが、ストラトフォートレスから発射された24発のALCMを捉えていた。艦橋に勤務する操作員が、その様子をスクリーンに投影する。
「・・・形状は違うが空飛ぶ槍の様だな。発射母機は?」
密伝衆四幹部の1人であるヒスは映像の通信を行う操作員に尋ねる。
「付近には発見出来ません。此処から半径1000リーグ(700km)の範囲外から発射された様です」
操作員が答える。ヒスは敵が突如繰り出して来た遠距離攻撃に首を傾げる。
「魔力光子連射砲で迎撃します」
操作員は急速接近を続けるALCMの群れを迎撃する為、F−35Cを撃ち落とした時の様に魔力光子連射砲の準備に入る。
「いや・・・魔法防壁の強度を最大にせよ!」
日本国についての情報を頭に入れていたルガールは、敵がわざわざ発射母機が確認出来ない程の長距離攻撃を繰り出してきたことを警戒して迎撃に待ったをかけた。彼の指示を受けて、操作員たちは円盤を覆う魔法防壁の強度を上げる。円盤の中央に位置する動力室から最大限に魔力を徴収し、それを全て防壁に回すことで、その強度が2倍、3倍・・・と高められていった。
・・・
屋和半島東部 アメリカ合衆国 軍司令部 作戦通信室
ALCMは「ラスカント」へ向かい続ける。軍司令部に勤務するアメリカ兵や大統領のロベルト、そして首相の伊那波は固唾を飲んでその様子を見守っていた。そしてついに24発のALCMが敵のバリアに着弾する。その刹那、巨大な爆発が起こった。
「良し・・・やったぞ!!」
核攻撃が成功し、ロベルトはガッツポーズをする。目映い光が画面一杯に広がり、遅れて巨大な轟音が聞こえて来た。だが、爆発の衝撃は映像を途絶させてしまい、画面には何も映らなくなった。
「攻撃効果不明・・・早急に映像を回復します!」
通信員は映像の再接続を急ぐ。
「あの爆発だ、カタはついた!」
「・・・」
ロベルトは都市円盤の墜落を確信していた。伊那波は真顔で映像の回復を待つ。
・・・
ウィレニア大陸北西 シュヴァン海
爆心地より70km離れた海中に、そうりゅう型潜水艦の「じんりゅう」が潜んでいた。乗艦している隊員たちは皆、放射線防護服を身に纏っている。
(不謹慎かも知れないが・・・まさに地上に咲いた太陽だ)
空中で爆発した熱核弾頭が放つ光と雲は、そこから70km離れたこの場所からでもはっきりと見えている。潜望鏡から爆発の様子を眺めていた見張り員の森城宗介二等海曹は、その夕日の様な美しさに見取れてしまう有様だった。巨大なキノコ雲と光球がゆっくりと天へ登って行くその様子は、まさしく“地上に咲いた太陽”という表現が相応しい。
だがその膨大過ぎるエネルギーは、人類を滅亡させる力があることを十二分に再認識させるものだった。艦長の小浜源助二等海佐/中佐は、その禁断の太陽をこの世界で咲かせてしまったことに対して罪悪感に似た感情を抱く。この攻撃は間違い無く、テラルスの歴史上初の核爆発であった。
「・・・偵察機からの通信が来ました!」
都市円盤のより近くを飛行していた無人偵察機からの通信が回復する。そしてもうもうと立ち上る爆煙の姿がモニターに映し出された。
「・・・な!?」
小浜二佐をはじめとして、全ての隊員たちが驚愕する。核兵器の爆発に晒された筈の都市円盤が煙の中から現れたのだ。
「核攻撃・・・効果無し!」
小浜二佐はアメリカ軍司令部に攻撃効果を報告する。「じんりゅう」に乗る隊員の中には、ショックの余り膝から崩れ落ちる者も居た。
・・・
アメリカ合衆国 軍司令部 作戦通信室
無人偵察機が捉える映像は、「じんりゅう」を介した衛星通信でアメリカ軍司令部まで再度届けられていた。
「何と言うことだ・・・!」
「我々の切り札が・・・!」
機器の操作を行う通信員、軍司令官、国務長官、そして大統領のロベルト・・・作戦通信室に居た全ての人々が言葉を失っていた。熱核弾頭「W80」の爆発を受けても健在な都市円盤の姿がそこにあったからだ。
「・・・爆撃機を呼び戻してください」
その場を沈黙が支配する中、日本国首相の伊那波が口を開いた。彼は作戦の中止とストラトフォートレスの帰投を求める。
「もう1度試させてください! 今度は上手く行くかも知れない!」
ロベルトは追加の攻撃を訴えた。だが、核兵器の猛威を軽く考えているとしか思えないその発言に、伊那波は声を荒げて反論する。
「大気中で核爆発を“連発”させるつもりですか!? 大気中にばらまかれた“死の灰”は“偏西風”に乗って世界中に舞い、このアメリカ、そして日本へも届くんですよ!?」
敵にダメージを与えることは出来なかったものの、大気中で発生した核爆発は確実にテラルスの環境を蝕む。それを分かっていた伊那波は追加の核攻撃を容認出来なかった。
「最早・・・我々に術は無い。降伏も視野に入れなければならない・・・か」
「ちぃ・・・!」
伊那波は屈辱の道を受け入れる覚悟を決めつつあった。核攻撃を防がれたことで、彼の心は既に折れ掛けていたのである。ロベルトは舌打ちをすると通信員に向かって指示を出す。
「作戦は失敗だ! ストラトフォートレスを帰還させろ!」
「はっ!」
通信員は大統領からの帰還命令を3機のストラトフォートレスへ伝達した。
・・・
超巨大都市型円盤「ラスカント」 艦橋
ALCMから炸裂した核爆発は、「ラスカント」の乗組員にも衝撃を与えていた。魔法防壁の強化に魔力を全振りした甲斐あって、爆発そのものは本体に到達しなかったものの、爆発の衝撃は「ラスカント」を大きく揺らし、種々の計器や機構にダメージを与えていた。
「艦外の温度は一時的に1億レスタール(1億℃)近くを観測、また高濃度の放射線によって周囲の環境が汚染されています! この艦と魔法防壁によって熱と放射線、電磁波は遮蔽されていますが、再出発まではしばしお待ちを!」
破損を負った箇所の修理を行う為、わずか300人の乗組員たちが散開していく。天空に君臨する破壊神はしばしの間、上空に停止することとなった。
「まさか・・・あんな奥の手を隠していたとはな」
四幹部の1人であるキルルは核兵器の威力に辟易とする。尚、核兵器については日本政府によって情報が統制されており、核爆発の仕組みに関して書かれた書籍は日本国外へ持ち出せないようになっていた。それでも尚、この12年間の間に情報は外へ漏れていたが、この世界の常識からはかけ離れた威力故に欺瞞情報として捉える国が多かった様だ。
「核兵器というらしい・・・何でも、実際にウランを使って核分裂や核融合を起こしている兵器だそうだ。警戒しておいて良かったよ」
艦橋指揮官のルガールは核兵器について解説する。彼ら「密伝衆」は世界との戦争に備えて、日本国に関する情報の収集を欠かしていなかったのだ。
「ラスカント」艦内 食糧合成区域
ダメージコントロールの為、乗組員たちが広大な艦内を奔走していた。その様子を食糧庫の内部から覗いている人影がある。偶然、食糧合成区域にたどり着いていた“彼ら”は、「ラスカント」に積み込まれていた食糧を失敬しながら潜伏を続けていた。
「ふぃ〜・・・一体何だったんだ? ・・・今の揺れは?」
その集団のリーダーを勤める男は、自分たちが今居る場所を突如襲った大揺れに驚き、冷や汗をかく。食糧庫の中には彼を含めて10人の屈強な男たちが息を潜めていた。
「おい・・・通信機、回復しないのか・・・秋野二曹?」
リーダーの男は後ろへ振り返ると、衛星通信機をいじっている部下に問いかける。
「はい・・・衛星の場所が悪いのか、それとも俺たちが電波の繋がり難い場所に居るのか、『陸上幕僚監部』につながらねぇんです」
秋野二曹と呼ばれた男は、耳障りな雑音しか聞こえて来ない通信機を睨みつける。だが、機械に凄みが効く訳もなく、状況は何も変わらない。
「それより・・・此処は一体、“何処”なんでしょうね。・・・島崎一尉?」
秋野とは別の男がリーダーの男に近づいて彼に耳打ちする。
「・・・全くだ、ハチロウも血相を変えて何処かに消えてしまうし、どうもこの空間ごと動いている様に感じるが」
男はそう答えると食糧庫の外に広がる大空間を見上げる。そこは配管と思しきパイプが縦横無尽に走行している空間だった。彼の名は島崎廉悟、陸上自衛隊唯一の特殊部隊である「特殊作戦群」に属し、その“班”を率いる一等陸尉であった。




