92年目の決断
レーバメノ連邦沖合 上空
円盤から逃亡を続ける山下二佐は、追尾して来る3機の円盤を振り切ろうと必死な形相で操縦桿を握っていた。その隣では坂井繁三等海尉/少尉が操縦するF−35Cが並走している。山下二佐はその途中で旗艦「あかぎ」へ通信を送った。
「こちら山下! 現在3機の敵機に追尾されている! 当機は間も無く艦隊へ帰還するが、我々のことは気にせず発展型シースパローで敵機に対処してくれ!」
山下二佐は自分たちを追尾する小型円盤を迎撃する様に依頼する。このまま敵機を煙に巻くことが出来なければ、どちらにせよ艦隊に帰還する訳にはいかない。
『了解!』
旗艦「あかぎ」の通信員は2つ返事で応答する。その直後、「みょうこう」のミサイル・セルから艦対空ミサイルの発展型シースパローが連続で発射された。それらはミサイル射撃指揮装置からの終末誘導を受け、味方のF−35Cを回避して小型円盤に命中する。
ドン ドン ドン!
「・・・!?」
その時、山下二佐は異変に気付いた。どういう訳か小型円盤を覆っている筈の魔法防壁が発動しなかった様で、発展型シースパローが円盤本体に命中したのである。ミサイルの直撃を受けた3機の小型円盤は、バラバラになって海に落ちて行った。
(どういうこった!? サイドワインダーが全く効かなかったのに!)
山下二佐は海の藻屑と消えた小型円盤を見て混乱する。だが敵機の排除に成功したことで、彼と坂井三尉が操縦していた2機のF−35Cは一先ず無事にアングルドデッキへ着艦した。
旗艦「あかぎ」 艦内
飛行甲板に停止したF−35Cから、壮絶な空中戦から生き残った山下二佐と坂井三尉が降りて来る。酷く体力を消耗していた2人は、整備員の手を借りながら艦内へ戻った。
「よく帰って来たな!」
船務長と副艦長を勤める阪東匡二等海佐/中佐が、2人の戦士を迎え入れた。山下二佐と坂井三尉は敬礼を返す。
「・・・今の状況は?」
山下二佐は現状について尋ねた。
「スタンダードERAMによる攻撃を敢行したが、効き目が全く無い。最早・・・奴らに抗う手立ては・・・」
阪東二佐は顔を俯けながら答える。万策尽きた今、彼らに出来ることは何も無かった。あの“禁断の兵器”を使用する他、考えつく手立ては無かったのである。
旗艦「あかぎ」 艦橋
ちょうどその時、艦橋から海原の監視を行っていた航海員たちが、水平線の向こうに何かが光ったのを発見していた。
「な、何だ・・・あれは!」
航海員の1人が叫ぶ。艦長の益田一佐もその様子を目の当たりにしていた。そして彼らが発見した緑色の光は一瞬で巨大な光となり、「都市円盤迎撃艦隊」が展開する海を襲撃したのである。直後、光の着弾地点を中心にして次々と大爆発が起こった。
「うわあああ!」
爆風と爆炎が艦橋の窓ガラスを粉々に砕き、内部にいる隊員たちを容赦無く襲う。「あかぎ」だけでなく他の艦も同様の被害を受けていた。衝撃によって艦体は曲がり、潰れ、穴が空き、海水が流れ込んでくる。「あかぎ」は最早海の上に浮いていられる状態では無くなっていた。
『と、当艦は円盤からの攻撃を受け・・・そ、総員退か・・・ギャアアア!』
状況を伝える艦内アナウンスは、断末魔の後に雑音へと変わる。日本国が戦後初めて保有した正規空母である「あかぎ」は、爆発によって荒れる海の中へと消えて行った。
ミサイル護衛艦「むつ」 戦闘指揮所
「ラスカント」から放たれた長距離魔力ビームが艦隊を襲ってから数十分後、煌々と燃えていた爆炎と煙が次第に晴れていく。ビームと爆発の直撃を辛うじて免れていた護衛艦「むつ」は、ボロボロになりながらも海の上に浮かんでいた。
「・・・い、一体何が・・・!?」
艦長である三好義彦一等海佐/大佐は、長い気絶から目を醒ます。他の隊員たちも次々と目を醒ました。戦闘指揮所に勤務していた者たちは、爆発のショックで気を失っていたのである。
「艦橋!」
三好一佐は状況を確認する為、床に落ちていた艦内通信機を手に取って艦橋に状況報告を求めた。だが、雑音が聞こえるだけで何の応答も無い。三好一佐は動ける部下を引き連れて艦橋へと駆け上がった。
ミサイル護衛艦「むつ」 艦橋
三好一佐らはひしゃげてしまった扉をこじ開けて艦橋へと入る。扉の向こうに広がっていたのは、割れた窓から入って来た爆炎と衝撃をもろに受け、黒こげになった艦橋の姿だった。艦橋に勤務していた航海科の隊員たちが血まみれになって倒れている。
「息のある負傷者を医務室へ運べ!」
三好一佐は連れて来た部下たちに指示を出す。彼はガラスが割れた窓に駆け寄り、爆炎と煙が晴れた海の様子を見た。そこに艦隊の姿は無く、沈んだ艦の破片が浮かんでいた。辛うじて浮かんでいる艦もあるが、「むつ」同様に戦闘には使用出来そうも無い。
「・・・!!」
三好一佐は言葉を失う。都市円盤迎撃艦隊はエルメランドの遺物である「ラスカント」を前にして完敗を喫したのだった。
・・・
「ラスカント」 艦橋
およそ4時間後、進軍を続ける「ラスカント」は迎撃艦隊が展開していた海域の上空に差し掛かる。円盤の眼下には壊滅した艦隊の残骸が漂っていた。
「フッ・・・少しは骨が有るかと思いきや、他愛ないものだったな」
艦橋にて戦闘の指揮を執るルガールは、日本軍の残骸を見てほくそ笑む。
「しかし・・・奴らは本当に魔法が使えないのだな」
彼の隣に立っていた、ルガールやミャウダーと同じく四幹部の1人であるキルルは、円盤に搭載されている“魔力探知レーダー”に一切反応しない日本軍の兵器に驚いていた。「ラスカント」は魔力を使わない兵器との交戦を想定して作られていない為、魔力を一切使用しないミサイルや戦闘機への対処がどうしても不十分になってしまうのである。
とは言っても、日本軍が魔法防壁を破ることが出来ない以上、それは気にする様なことでは無かった。
「先程敵機を追尾させていた3機の艦載機についてですが、やはり撃墜された様です。申し訳ありません」
艦橋に勤務する操作員が、ルガールとキルルに報告をする。それは山下二佐と坂井三尉が操縦するF−35Cを追いかけて迎撃艦隊に接近した3機の小型円盤に関することだった。
「魔力の遠隔供給の範囲外に出てしまったからな・・・魔法防壁が著しく弱まったんだろう。まあ、3機くらいどうってことは無い」
3機の小型円盤の喪失など全体から考えると微々たる損害であり、ルガールは全く気にしていなかった。
『間も無くサクトアに到着します』
目的地への到着を告げる艦内アナウンスが聞こえて来た。その後、艦隊の跡を通り過ぎた「ラスカント」はサクトアに到達し、“魔法の学府”を消滅させたのである。
・・・
レーバメノ連邦 首都サクトア跡地 郊外
巨大円盤に蹂躙され、瞬く間に火の海と化したサクトアの姿を目の当たりにして、首都から避難していた数多の市民たちは愕然としていた。
「海岸にはニホン軍の艦隊が展開していた筈だが」
「敵わなかったのか!? ニホン軍の力を以ても・・・!」
「そんな・・・じゃあ、あいつに敵う術なんて無いじゃないか!」
市民たちは日本軍の敗北を悟り、さらなる絶望に包まれる。市民たちの中には、世界魔法逓信社・サクトア支部の支部長であるフェツヴァイ=トランスフェリンの姿があった。
「一体・・・どうなってしまうんだ。この国・・・いや、“世界”は!」
フェツヴァイは蹂躙される世界の行く末を憂い、そして破壊神が覆い尽くす天に向かって独白した。その時、巨大円盤が再び光を放つ。人々は更なる攻撃が繰り出されたのかと思い、咄嗟に身を屈めたが、その光は空中に巨大な映像を投影したのである。
「・・・!?」
その映像には少女にも女性にも見える若い女が映っていた。その女はサクトアの人々を見下すと、ゆっくりと口を開いた。
『我が名はルヴァン=プロムシューノ、太古のエルメランドに栄えた『シャルハイド帝国』皇帝である。我々はテラルスの二重惑星である『エルメランド』、お前たちが“月”と呼ぶ星より太古の昔にこの地へ舞い降りた。テラルスの民よ、我々の力・・・良く思い知ったであろう・・・』
それは巨大円盤を操る者たちから発せられたメッセージであった。この時、エルメランドからテラルスへ、初めて大々的な声明が発せられたのである。不安げな様子で天を見上げるサクトアの市民たちに向かって、ルヴァン女王は声明発表を続ける。
『我々は先程、『ニホン国』の艦隊を鎧袖一触の内に滅した。これが如何なる意味を持つか判るな? この世界には我々に抗う力は無いのである。テラルスの諸人よ、悪いことは言わぬ・・・我が軍門に降ることを勧めよう。さすれば我々の下僕として生存する権利を認めよう。これに代わる選択肢は徹底的な蹂躙が残るのみである。もし生存を望むならば・・・白い旗を背に抱えた龍を1騎、此方へ向かわせるが良い・・・』
「・・・!」
無条件降伏を示す方法を述べたところで、空中に投影された映像は消えた。サクトアの人々は唖然としながら、空を見上げ続けた。円盤より発せられたこの声明発表は、サクトア支部の支部長であるフェツヴァイの手によって、残存している世界魔法逓信社の全支部へ伝えられ、円盤の正体とエルメランドの存在が世界に知れ渡ることとなったのである。
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2月4日 日本国 東京 首相官邸
レーバメノ連邦での戦いから辛うじて脱出したミサイル護衛艦「むつ」から、戦闘の結果が日本政府へと通達された。その内容は惨憺たる敗北であり、首相官邸に集まった政府首脳陣の顔は一様に暗い。
「第41航空群に属するF−35C戦闘機33機はほぼ全てが撃墜され、加えて作戦に参加した艦艇14隻の内、空母『あかぎ』、加えて『あたご』『まきなみ』『すずなみ』『みょうこう』『ゆうだち』『ふゆづき』、米軍の『マスティン』の計8隻が撃沈されました。第3護衛隊群はほぼ全滅です。その後、都市円盤はサクトア上空に侵攻し、同都市は灰燼と帰したとのことです」
統合幕僚長の長谷川誠海将/大将が被害状況について報告する。14隻中8隻が沈められ、生き残った6隻もまともに動けるのは戦闘に参加していなかった輸送艦「くにさき」と補給艦「たざわ」のみであり、「むつ」と「レナ・H・サトクリフ・ハイビー」は航行可能ながらも大破、「マイケル・マーフィー」と「あしがら」は航行不能に陥り、ロトム亜大陸に放置せざるを得なかった。
「何という事だ・・・!」
防衛大臣の倉場は頭を抱えて項垂れる。
「イスラフェア帝国のエスラレムやクロスネルヤード帝国のリチアンドブルクに続き、そしてレーバメノ連邦のサクトアまで壊滅か・・・」
首相の伊那波は友好国の首都が次々と壊滅に陥る今の状況を憂いていた。
「・・・交戦を経ていくつか判ったことがあります。都市円盤の艦載機については、母艦から一定距離以上に離れると大きく弱体化する様です。恐らくは遠隔操作されているのでしょう」
長谷川海将は重々しい雰囲気に包まれる会議に一石を投じようと、交戦の結果として副次的に判明した敵の弱点について述べる。だが、母艦に傷1つ付けられなければ敵の艦載機を幾ら落とそうと意味は無い為、判明したところでどうしようもない事であった。
「・・・奴らは日本を目指していると思うか?」
首相の伊那波は会議の参加者たちに向かって問いかける。少し間を空けた後、国土交通大臣の泉川が口を開いた。
「例の円盤はロトム亜大陸から南下を始め、ショーテーリア=サン帝国へ向かっています。恐らくは同国の首都ヨーク=アーデンが次の目標かと思われます。このままあの“都市円盤”が東へ進み続けた場合、この日本国が“最終目的地”となるのは明白かと思われます」
テラルスで破壊の限りを尽くしている円盤が、日本のみを見逃す筈は無い。このままあの巨大円盤の上陸を許せば、数千万単位での死者を出すことになってしまうだろう。
「か、会議中失礼します!」
その時、内閣府の職員が血相を変えて会議室に飛び込んで来た。議員たちの視線が集まる中、彼は世界魔法逓信社が緊急で報じた一報について報告する。
「サクトアの壊滅後、都市円盤を操る者たちから初の声明発表が行われたとのことです!」
「な・・・何だと!?」
首相の伊那波をはじめとする閣僚たちは、内閣府職員が持って来た知らせに驚きを隠せない。職員は敵が発したという声明の内容を伝えた。円盤を操るのは“エルメランドの末裔”を名乗る集団であり、彼らは“服従”か“滅亡”か・・・その2択を示して来たという。
「『エルメランド』・・・と言えば!?」
「『イナ王国』の末裔と同じ・・・まさか、彼ら以外にも別の集団が居たのか?」
敵の正体と目的が初めて明らかになったことで会議は騒然とする。その時、防衛大臣の倉場が立ち上がり、首相の伊那波に詰め寄った。
「総理、最早手段は有りません・・・! どうかご決断を!」
「!!」
通常兵器による攻撃を一切受け付けない相手に対して、残されている手段は最早1つしかない。伊那波はため息をつくと、ゆっくり口を開いた。
「『核』・・・か。第2次世界大戦からもうすぐ100年目を迎えるって時に、被爆国の我々が核兵器の使用を迫られるとはな・・・」
2022年から2024年にかけて東アジアを戦乱の渦に飲み込んだ「東亜戦争」、その最終手段としてアメリカから持ち込まれた4発、そして戦後に中国から没収されて一時的に日本国内に保管されていた5発、合計9発の凶弾が“異世界転移”に巻き込まれてこの世界へ来ていた。
それらは現在まで厳重に保管されており、日の目を見ることは未来永劫無いと思われていた。だが、異星文明の残渣という想定外の敵が現れたことで、ついにその禍々しい力を解放する時が来てしまったのである。
その後、内閣総理大臣である伊那波孝徳の名の下に核兵器の使用が許諾され、このことは秘密裏の内に屋和半島の「アメリカ合衆国」へ通達された。
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2月6日 ウィレニア大陸 屋和半島東部 アメリカ合衆国 米軍基地飛行場
屋和半島の東端に、日本国によって建国された在日アメリカ人の国「アメリカ合衆国」がある。かつて日本国内に存在した在日アメリカ軍は、その全てが此処へ移動されていた。
その飛行場に、アメリカ空軍が世界に誇る戦略爆撃機、B−52H「ストラトフォートレス」の姿があった。全長全幅共に50m前後に至る巨大な機体は、まさにその名が示す通り「成層圏の要塞」と呼ぶに相応しい荘厳な出で立ちをしている。
東亜戦争時に嘉手納飛行場へ派遣され、転移に巻き込まれてしまった機であるこれは、転移直後の2026年に他の兵装と共に新たなアメリカへと移され、定期的に訓練飛行を行っていたのだが、転移後に勃発したアルティーア戦役に参加して以降は実戦に投入された事は無かった。だが、その力を発揮する時が遂に来たのである。
『B-52 01, Order Heading 300, Climbing Flight level 100, Contact Channel 01, Read back.』
「B-52 01, Heading 300, Climbing Flight level 100, Contact Channel 01.」
『B-52 01,Read back is correct. Wind 025 at 5. runway 1R,cleared for take off.』
「Runway 1R, cleared for take off, B-52 01.」
管制塔からの離陸許可を得た1機のストラトフォートレスが、滑走路から飛び立って行く。パイロットたちは久々の出動に緊張していた。それに続いて2機目、3機目と滑走路から飛び立ち、転移に巻き込まれた全ての機が離陸していく。管制塔の職員をはじめとする基地の隊員たちは空へ飛び立つそれらの勇姿を複雑な感情で見つめていた。
屋和半島を発った3機のストラトフォートレスは、ウィレニア大陸の北西、ロトム亜大陸からショーテーリア=サン帝国へ向かって洋上を進む「ラスカント」に向かって進む。
・・・
ウィレニア大陸北西の海上 上空
屋和半島東部から離陸したストラトフォートレス各機の胴体内兵器倉には、「空中発射巡航ミサイル」が装填されている。その中の1発だけにはある特殊な弾頭が装填されていた。その弾頭に積まれた爆弾の名は「W80」、アメリカ合衆国が1981年に開発した熱核弾頭だ。
2022年に勃発した「東亜戦争」にて、最終手段としてアメリカ国内から持ち込まれた4発の内の1つであり、本来ならばアメリカへ戻される予定になっていたが、転移に巻き込まれてテラルスに来てしまっていた。その存在は“公然の秘密”となっており、「非核三原則」形骸化の象徴とも言うべき存在であった。
『各機・・・散開し、各位置につけ』
屋和半島に位置する軍司令部から、衛星通信を介して各機に指示が送られる。その後、3機のストラトフォートレスは別れ、円盤の南側、西側、そして東側についた。各方面から多数のALCMを発射することで敵を攪乱する作戦である。
「間も無く・・・空中発射巡航ミサイルの射程距離内に入る」
熱核弾頭を有する1号機の機長を勤めるアメリカ第5空軍のルーカス=ファイアストン中佐は、本国の司令部に連絡を入れる。通信を聞いているのはアメリカ合衆国大統領のロベルト=ジェファソンだ。彼の側には日本国首相の伊那波も同席している。
『・・・発射しろ!』
「了解」
ロベルトはルーカス中佐にミサイルの発射命令を下した。ストラトフォートレスの胴体内兵器倉が開かれ、そこから8発の空中発射巡航ミサイルが次々と切り離される。他の2機でも囮となるALCMが発射されていた。1発の熱核弾頭「W80」を紛れ込ませた合計24発のALCMはすぐに主翼を展開し、時速800kmの巡航速度で「ラスカント」へ向かって行く。




