表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旭日の西漸 第5部 魔法と科学篇  作者: 僕突全卯
第4章 テラルスVSエルメランド
33/56

破壊神の行軍 弐

1月27日 ウィッケト半島 ヨハン共和国 首都セーベ


 世界最大のハブ港湾であるヨハン共和国の首都セーベには、1日100隻以上の貿易船が出入りする。その中には当然、日本国の船も含まれていた。だが、今のセーベ港には船はほとんど停泊していない。ベギンテリアとジットルトを壊滅させた巨大円盤の進路が、この街に向かっていると判明したからだ。


「おい・・・まだか」


 日本船籍のコンテナ船である「レッド・マタドーラ」は、第12埠頭にて在留日本人の乗船が終わるのを待っていた。船長の小野鉄平は艦橋にて乗船完了の知らせを待つ。


「・・・船長、在留邦人の収容を完了しました!」


 1人の船員が待ちに待った報告を持ってくる。最後に乗り込んだのは特命全権大使を含む大使館職員たちであった。


「良し、直ちに出港するぞ!」


 この地を拠点としていた全邦人の収容完了を確認し、「レッド・マタドーラ」は沖へと出航した。船は全速力で陸から離れて行き、セーベ市はどんどん遠ざかって行く。そして30分後、ついに北西の空から巨大な飛行物体が現れる。禍々しい灰色の体躯が北西の空を覆っていった。直径14km超えの破壊神がヨハン共和国へと襲来したのだ。


「あ・・・あれが例の円盤か! 何て大きさだ、正に人智を超えている!」


 船長の小野鉄平はブリッジの窓から巨大円盤の姿を目の当たりにしていた。「レッド・マタドーラ」と入れ違いになる形でセーベ市に現れた円盤を見て、乗員たちの間に緊張が走る。だが、円盤は貿易コンテナ船には目もくれず、セーベ市の上空へと向かって行った。

 そして円盤の側面に配置されている“主砲”から、緑色の閃光が放たれる。巨大な光線が数発連続して地上のセーベ市へ発射され、それぞれが直径数kmの大爆発を起こした。斯くしてこの日、テラルスで最も重要な中継貿易港であるセーベ市はこの世から消えたのである。


「・・・」


 爆発の衝撃は「レッド・マタドーラ」へも届いていた。船長の小野をはじめとする乗員たちは炎上するセーベ市を見つめて愕然としている。間一髪でセーベからの脱出を果たした彼らはその後、エルムスタシア帝国のルシニアへと向かう為、南方向へと舵を切った。


〜〜〜〜〜


1月29日・深夜 クロスネルヤード帝国・皇帝領 首都リチアンドブルク


 それから2日後、セーベ市を破壊した「ラスカント」はついに、世界最大の帝国の首都であるリチアンドブルクに到達していた。ベギンテリアと並んで同国南海岸の主要都市であるドラス・ティリス市、そして内陸の地方であるホスダン騎士団領の主都であるホスダン市は、その途上でセーベと同じ最期を迎えていた。


「・・・逃げろ!」

「街の外へ、出来るだけ遠くへ!」

「私の子を見ていませんか! 赤い“ティーシャツ”を着ている5歳の男の子です!」

「じゃまだ、どけっ!」


 南の空から近づいて来る巨大飛行物体に恐れおののき、大勢の首都市民が人の波となって逃げ惑っている。100万を超える人々のパニックは最早誰にも止めることは出来ない。そんな騒然とした帝都の中心地に位置する“皇宮前広場”にて、集まっている人々が居た。


「教祖イルラ=ナーザル、そして絶対神ティアムよ。我らを守りたまえ・・・かつてクロスネルをお救いになった様に」


 イルラ教の本山の1つである“リチアンドブルク教会”の大司教を勤めるアーティア=リカレント・ラリンジールが、経典を片手に神の救済を祈願する。彼の周りには熱心な信徒たちが跪き、神への祈りを捧げていた。彼らの脳裏には、500年前に起こったアラバンヌ人との戦いで、当時のクロスネル王国に勝利をもたらしたという“神の奇跡”の歴史が浮かんでいたのである。

 その時、巨大円盤の縁がついにリチアンドブルクの上空に差し掛かった。円盤の側面に等間隔に配置されている主砲の幾つかに、緑色の光が収束されていく。


ヒュオオオッ!!


 奇妙な発射音と共に強大な破壊が振り下ろされる。緑色の光線が都市に着弾し、次々と大爆発を起こした。日本=クロスネルヤード戦争で自衛隊が一時的に占領していた皇宮を含め、120万の人口を誇る城砦都市が炎の中に飲まれていく。この日、テラルス最大の帝国の首都が灰燼と帰した。


・・・


クロスネルヤード帝国東海岸 ミケート・ティリス市 自衛隊基地・飛行場


 その頃、帝室である“アングレム家”をはじめとする首都の特権階級に属する人々は、ミケート・ティリスに駐留していた自衛隊の助力を得て、既にミケート・ティリス市に避難していた。この街に暮らす人々も、円盤が此方の方角に向かって北上していることを知って、都市の外への避難を進めている。

 租界に住んでいた日本人居留民たちも、ルシニア基地とこの地を拠点とする第13護衛隊に属する護衛艦の「あおい」「かつら」「さかき」「かえで」の4隻や、民間企業の貿易船の協力を得てこの地を去っていた。


 そして今、都市の外れに位置する自衛隊の飛行場にて、1機の旅客機が発進準備を整えていた。それは日本の大手航空企業である「日の丸航空」が有する「ボーイング787−9」である。機内の200席を超える客席には、公爵や侯爵といった上位の貴族や皇族たちが乗っている他、リチアンドブルクの日本国大使館から避難してきた大使館職員や、ミケート・ティリスの領事館や租界局に勤めていた日本人の役人たちの姿もある。


「準備が完了しました。間も無く離陸します。今、ちょうど“都市円盤”がリチアンドブルクに到達した頃です。本日中か明日の未明にはこのミケート・ティリスにも到達するでしょう」


 大使館の防衛駐在官である藤井博巳一等陸佐/大佐は、クロスネルヤード帝国駐箚特命全権大使の志賀奈緖隆、そしてボーイング787に乗る避難民たちに間も無く離陸することを伝える。そして両翼のエンジンに灯が点り、ボーイング787は滑走路を走り出した。


「Runway 1R, cleared for take off. AJA121!」


 すでに飛行場に勤めていた者たちは避難済みであり、管制塔には誰も居ない。故にコクピットに座るパイロットたちの言葉に応える者は居なかった。程なくして前の車輪が滑走路から離れ、機首が斜め上を向く。そして飛び上がったボーイング787は車輪を仕舞うと、ウィレニア大陸の幕照へ進路を取った。


「くっ・・・! まさか、再びこの地から逃げ出すことになるとはな・・・!」


 ビジネスクラスの座席から、離れて行く故郷の大地を見下ろす現皇帝のジェティス=メイ=アングレム4世は、奥歯を噛みしめて悔しそうな表情を浮かべていた。彼の側に座る皇后のレヴィッカ=ホーエルツェレール・アングレムや2人の皇子たち、そして皇帝の妹であるテオファをはじめとする彼の家族たちは、当主であるジェティスの心境を悟っていた。


 国内で最初に襲撃を受けたクスデート辺境伯領をはじめとして、すでにいくつかの地方の軍が円盤に対しての抵抗を試みていた。だが、それは何れも、戦闘にすらならない一方的な蹂躙となって尽く失敗していた。テラルス固有の軍事力では、本体である巨大円盤に攻撃1つ与えることも出来なかったのである。


(あの・・・円盤に唯一対抗し得るとすれば、ニホン国しか居ない!)


 すでにクロスネルヤード帝国が有する航空戦力は半壊状態に陥っている。抵抗が無駄であると悟ったジェティス4世は、自身の配下である皇帝領軍に対しては、戦わずに首都の外へ避難する様に命じていた。

 そして、巨大円盤に蹂躙された者たちは“ある1カ国”に期待を注いでいた。「日本国」・・・彼らが思いつく限り、円盤に一撃を加えられる存在はそれしか無かったのである。


〜〜〜〜〜


1月31日・昼頃 ミケート・ティリス市 上空


 ジェティス4世がクロスネルヤード帝国からの脱出を果たした翌日、エルメランド星の遺物である巨大円盤「ラスカント」はミケート・ティリス市を破壊した後に北上を続けていた。ミャウダーらが率いていた「密伝衆」の直接の祖であるエルメランドの大国、「シャルハイド帝国」最後の女王ルヴァン=プロムシューノは玉座の間にて、炎上するミケート・ティリス市を捉えた映像を眺めていた。


「お前が言った『ニホン国』・・・とやらは、何もして来ないのか?」


 ルヴァンは側に立っていたミャウダーに尋ねる。それはミャウダーが長い目覚めたばかりの彼女に告げた、このテラルス星における“唯一の懸念”とも言うべき存在についてであった。


「今のところは・・・まだ何も動きを見せている様子はありません」


 外海居留民の避難に躍起になっていた日本政府と自衛隊には、今のところ「ラスカント」に攻撃を加える余裕は無かった。


「フフ・・・まあ、楽しみは最後までとっておくのが良いか」


 ルヴァンはそう言うと玉座から立ち上がり、腰まで伸びる長い金髪をかき上げながら自室へと戻っていく。ミャウダーは深く頭を下げ、玉座の間を退出する彼女を見送った。


〜〜〜〜〜


2月1日 ジェロト半島 エフェロイ共和国 首都リンガル


 此処「エフェロイ共和国」の首都であるリンガルは、テラルスで唯一無二の国際報道機関である「世界魔法逓信社」の総本部があることから、“世界情報の総本山”と呼ばれている。2038年2月1日、「ラスカント」はこの都市に迫ろうとしていた。

 首都に住まう者たちはほとんどが逃げ出しており、街には人の姿はない。人々は首都を囲う山林の中に身を潜めていた。


「急げ・・・! 此処にあるものは“世界の歴史”そのものだ! 何としても後世に伝えなければならない!」


 誰も居ない筈の街で甲高い女性の声が聞こえる。そこは首都の東部にある世界魔法逓信社の総本部であった。女性の名はブラウアー・ステュアート=フィリノーゲン、逓信社社長の地位を代々受け継いで来たフィリノーゲン家の当主であり、他でも無い世界魔法逓信社の頂点に立つ人物である。

 若干22歳のうら若き女社長の指示に従い、多くの社員たちが大量の冊子を抱えて総本部の建物内を駆け回っていた。彼らが抱えているのは、逓信社が設立されてから今までに刊行した紙面の原稿である。ブラウアー自身も社員たちに混ざって作業を行っていた。


「地下室に・・・! 何もせずに燃えて無くなるよりはマシだ!」


 それらは正に世界の歴史の記録と言っても過言では無い代物であった。総本部の各階の倉庫から持ち出された大量の新聞原稿は、総本部の地下へと運ばれていく。


(・・・今、私たちの生きた時代の記憶が、未来へ届く様に!)


 今の記憶を未来に繋ぐ為、総本部の社員たちは自分たちが避難する時間を擲ってまで、新聞原稿の運搬作業に汗を流していた。そして努力の甲斐あって、最後の一束が地下室へと運び込まれる。


「・・・良かった! これで」


 ブラウアーは地下室に無造作に積み上げられた原稿の山脈を見上げて、思わず笑みを漏らす。他の社員たちも手を取り合って喜んでいた。

 だがその時、無情にも破壊の雨が天から振り下ろされた。「ラスカント」の攻撃によって、国を治める国民公会の議会場や貴族たちの屋敷、そして情報の売買によって“国家”に匹敵するほどの財を成した世界魔法逓信社の総本部が、為す術無く爆炎の中に飲み込まれて行く。




首都リンガル郊外 山林地帯


 避難をしていた市民たちは、首都が火の海に変貌していく様を目の当たりにして愕然としていた。ある者は悲鳴を上げ、ある者は涙を流し、ある者は膝から崩れ落ちる。


「ああ・・・何ということだ!」


 そこに貴族や平民の違いは無く、首都に住まう者たちは例外無く全てを失った。リンガルの破壊を完了した巨大円盤は、次なる目的地である「レーバメノ連邦」の首都サクトアへ向かって、さらに北上を続けるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ