破壊神の行軍 壱
1月21日 イスラフェア帝国 首都エスラレム 軍務庁
フェニア壊滅の知らせが届いたことを受け、イスラフェア帝国政府は事実確認の為、地上の基地から銀龍を同都市に派遣していた。そして程なくして、視察に向かった竜騎兵から通信が届けられた。
『こちらダマスク駐屯地所属竜騎兵のダミヤン! フェニアの街は炎上している! さらにその上空に巨大な飛行物体を確認した!』
日本製の通信機から竜騎兵の声が聞こえて来る。それはフェニアの壊滅が事実であることを確定づけるものだった。
「すぐに皇帝陛下の下へ使いを出せ!」
軍務庁大臣のアルベルト=ダナン・ガシュウィンは、近くに立っていた官僚に指示を出す。その後、フェニア壊滅とそれを引き起こした巨大飛行物体の襲来は、政府内で広く知れ渡ることとなった。
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1月22日 日本国 首都東京・千代田区 首相官邸
日本国でも、巨大飛行物体への対策を討論する為に、閣僚や幕僚たちが集まって「緊急事態大臣会合」が開かれていた。
「突如ローディムの地下から現れた巨大円盤は、直径が14.48kmの大きさを持ち、一つの都市をすっぽりと覆い尽くす程の大きさを有しています。その上部には都市の様な構造物が確認されており、我々内閣はこの円盤を“都市円盤”と呼称しています」
官房長官の宮島龍雄は資料を片手に円盤について説明する。次いで防衛大臣の倉場健剛が席を立った。
「地上監視衛星によって、イスラフェア帝国の都市が都市円盤に壊滅させられる様子が写されていました。よって、あれがこの世界に敵意を持つ者に操られていることは間違いありません。円盤の軌道が予測出来ない以上、どの都市が標的になるかはわかり得ませんが、現在・・・空母『あかぎ』を含んだ第3護衛隊群を中央洋へ、さらにアラバンヌ帝国のサグロア基地に派遣していた西方世界遊撃艦隊にも中央洋へ向かう様に指示を出しています。加えて海外に滞在している日本人を退避させる為に強襲揚陸艦の『おが』や『しまばら』、輸送艦の『しもきた』をアルティーア帝国や亜人大陸へ派遣しています」
日本政府は既にフェニアの壊滅を察知していた。よって世界各地に散らばる日本人を避難させる為、防衛省は各地へ強襲揚陸艦や輸送艦を派遣していた。加えて航空母艦「あかぎ」と第3護衛隊群を西へ派遣し、円盤の迎撃に当たらせようと画策していたのである。
「・・・勝てそうか?」
「やってみないと分からない・・・というのが実情です。完全に未知数な敵ですからね」
首相の伊那波の問いかけに対して、倉場は歯切れの悪い返事しか出来ない。相手がどういう兵装を有しているのか、此方の攻撃が相手に通用するのか、そもそも艦隊が派遣された場所へ円盤が来るのかも分からないのだ。
「この間にも円盤は刻一刻と東へ進んでいる。すぐにこの事実を公表し、世界魔法逓信社を介して世界に発信するんだ」
首相の伊那波は情報の公開を指示する。その後、日本政府は円盤の存在を記者会見にて発表し、日本国民は突如現れた脅威に戦慄することとなった。
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1月22日 イスラフェア帝国 首都エスラレム
フェニアを破壊した「ラスカント」はその後、進路をやや南寄りに転換し、イスラフェア帝国の首都であるエスラレムに差し掛かっていた。皇帝が住まうエスラレム宮殿は、すでに人員のほとんどが避難しており、蛻の殻となっている。
フェニアの惨状は既に民衆の知れるところとなっており、街は荷物や家財を抱えて逃げ惑う市民たちで大騒ぎとなっていた。そんな状況の中、皇帝や皇族、上位貴族や閣僚などの国の重鎮たちは、首都の郊外にある陸軍の駐屯地に集まっていた。
「現在、この国は非常事態の最中にあり、最早首都エスラレムを安全と言うことは出来無い。よって皇帝陛下には北方の街『リスタ』にご動座願う! 竜騎兵隊は総員離陸用意!」
駐屯地の司令を務める陸軍将官のショレーム=ダナン・フロイトは、地上の離発着場に並んでいる龍と、それらに跨がる竜騎兵たちに向かって指示を出す。竜騎兵たちの背後では、皇族を初めとする10支族の長一族など、国の重鎮たちが竜騎の背に跨がっていた。
「騎士よ、羽ばたけ!」
隊長騎に跨がるショレーム将官の号令と共に、離発着場に展開していた100騎を超える銀龍が大空へ飛び立つ。人が3人乗ってもビクともしない銀龍の背には、合計して200人近い要人たちが跨がっていた。
「・・・」
銀龍に乗って首都を脱出する彼らは、悲壮と後悔が入り交じった感情で遠く離れて行くエスラレムの街を見下ろしていた。街には未だ避難を終えていない大勢の市民が残されている。
「・・・あ、あれは」
イスラフェア帝国外務庁大臣のファイゲンバルム=アシェラン・マカバイは、首都に接近している巨大円盤に変化が現れたことに気付く。円盤の側面に等間隔で設置されている巨大なアンテナの様な構造物が動き出し、一様に緑色の光を纏い始めたのだ。
ヒュオオオ!!
甲高い砲撃音と共に、円盤の側面から緑色の光線が次々と放たれた。首都に着弾したそれらは大爆発を起こし、エスラレムを火の海に変えていく。産業革命の栄華を誇った工場も宮殿も、全てが火炎の中に消えて行った。
「・・・」
皇帝ヤコブ12世は下唇を噛みながら、崩壊する首都の姿を見つめていた。この日、イスラフェア帝国の首都エスラレムは、地上から姿を消したのである。スレフェンに続き、列強の首都が消え去ったこの大事件は、生き残った「世界魔法逓信社・エスラレム支部」の職員によって世界中の知るところとなった。
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1月24日 クロスネルヤード帝国西海岸 クスデート辺境伯領 クスデート市
エスラレムを壊滅させた都市型巨大円盤「ラスカント」は、その道中でロッドピース市とカナール市を破壊し、クロスネルヤード帝国の西の玄関口であるクスデート辺境伯領の主都クスデート市に到達していた。
クスデート辺境伯領政府は円盤の進路から、それがクスデートに襲来することを予期していた為、すでに市民たちに避難勧告を出しており、同市内にはほとんど人影は無い。そしてクスデート市周辺では、地方各地より集められた竜騎兵が出撃準備を整えていた。
「行くぞ!」
全隊の指揮を執るクスデート辺境伯領軍のリュディガー=イケウチ将官は、信念貝を介して全竜騎兵に飛翔を命じる。その直後、水面から一斉に飛び立つ白鳥の様に、クスデート市の各地から竜騎兵たちが飛び立って行った。
多くの文官や兵士たちと共に都市部から離れた陸軍基地に避難していた、この地方を治める長である“クスデート辺境伯”のドゥーンリッヒ・ターロ=トモフミは、時期当主である1人息子のアドルフ・イチロー=トモフミと娘のベティーナ・ミヨ=トモフミと共に、円盤に向かって飛び去って行く勇士たちの姿を見つめていた。
クスデート市 沖合 上空
地上から飛び立った総勢112騎の竜騎の群れは、北方の空からクスデート市に近づく巨大飛行物に接近する。総隊長のリュディガー=イケウチ将官は、天空に君臨する破壊神を睨んだ。
「クスデート市は・・・我々が護るぞ! 全隊、全速力で円盤へ突っ込め!」
「おうっ!!」
強大な敵に向かって行く竜騎兵たちの士気は、異様な程に高まっていた。だが敵の方も、迫り来る龍の大群に対して静観を続けることは無い。円盤の下面に位置する“艦載機の射出口”が開き、そこから無数の小型円盤が飛び出して来たのである。
「な、何だ・・・あれは!」
巨大円盤が無数の使い魔を放つ様子は、クスデート軍の竜騎兵たちにも見えていた。それらの小型円盤は9月11日に九十九里浜沖へ襲来したものと同一であった。小型円盤の大群は竜騎を遙かに超える速度と機動でクスデート軍の竜騎部隊に接近する。
「全隊・・・散開せよ!」
112騎の竜騎部隊はリュディガーの指示を受けて散り散りになっていく。小型円盤は敵を逃がすまいと彼らを追尾していた。だが圧倒的な速度差の前にして、竜騎兵たちは円盤を振り切ることなど出来ない。そして円盤の群れは逃げの一手に終始する竜騎兵たちに向かって、各機の前方に設けられている2つの砲門から緑色のビームを放った。
「うわあああ!」
「ギャアッ!」
竜騎部隊は次々と撃墜されていく。クスデート市を護る為に飛び立った112騎の竜騎兵たちは、瞬く間に海の藻屑と化して行った。
・・・
都市型超巨大円盤「ラスカント」 玉座の間
竜騎兵と小型円盤によって繰り広げられる一方的な空中戦は、「ラスカント」の外壁に設けられているカメラによって捉えられていた。シャルハイド帝国女王のルヴァン=プロムシューノは、玉座の間にてその映像を眺めている。
「初めて抵抗して来ましたね・・・。まあ、赤子が屈強な戦士に挑む様なものですが」
女王が座る玉座の隣に立っていたミャウダーは、抵抗の意思を見せたクスデート軍の様子を見て嘲笑していた。彼の言うとおり、円盤と龍による空中戦は最早戦いにすらなっておらず、戦闘開始からわずが5分足らずで、クスデート軍の竜騎部隊は1騎を残すのみとなっていた。
『くそっ! こんな現実が・・・あってたまるかあ!!』
悲痛な叫びと共に、最後の1騎が海へ落ちて行く。映像に映っていたのは総隊長のリュディガーであった。斯くして、エルメランドとテラルスとの間で行われた初の空中戦は、エルメランドの圧勝で終わることとなった。
(中々・・・上出来じゃないか)
“本来の性能”を如何なく発揮する艦載機の群れを見て、ミャウダーはほくそ笑む。以前の実験時、すなわち「9月11日事件」の時に航空自衛隊と戦闘を行った時には、組み込んだ“魔力増幅装置”がまだ不完全で本来の性能が出せず、さらに各々の艦載機に動力源となる“ソウ人の奴隷”と“パイロット”を乗せなけばならなかった。
だが母艦である『ラスカント』が起動した今、もはや1機1機に人員を乗せる必要は無くなっていた。母艦で生成する魔力を遠隔で送り、さらに中央制御室に置かれている自動制御装置で、出撃させた各機を最も適切な形で動かすことが出来る様になっていたのである。
「・・・こうも面白味が無いと、あまり興味が沸かないわ。私は寝室で寝るとしよう」
刺激を求めるルヴァンにとって、ただ単に自軍が圧勝する様子は興味を惹かれるものでは無かった。彼女は1つ大きな欠伸をすると、玉座の間から退出していく。
「・・・では、ご夕食の時にお呼び致します」
ミャウダーは部屋の奥へ消えていく主君に対して深く頭を下げる。その後、円盤の側面に位置する主砲から巨大ビームが放たれ、クスデートの街を消し去ったのだった。
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1月25日 クロスネルヤード帝国東部 皇帝領 首都リチアンドブルク
あらゆる大都市の消失とジュペリア大陸に上陸した巨大円盤の行軍は、ジュペリア大陸に住まう人々をたちまち恐怖の底に突き落とした。クロスネルヤード帝国の首都である帝都リチアンドブルクでも、数多の市民たちが眠れない夜を過ごしていた。
「今日の朝刊だよ! クスデートに続いてノースケールトとボンが壊滅だ! 各地方の軍に為す術無し!」
世界魔法逓信社のリチアンドブルク支部で働く青年が、刷りたての朝刊紙を売り歩いている。人々はそれに殺到し、逓信社が発行する紙面に釘付けになっていた。
「もう3つの地方の主都が壊滅か・・・!」
「軍は何をやってるんだ!」
「もう終わりだ、逃げないと!」
人々は突如現れた破壊神に絶望する。世界は混沌とした様相を見せていた。
・・・
首都リチアンドブルク・中心街 大議事堂・御前会議場
この国の立法議会である「中央議会」の会議場が存在する大議事堂の一角に、閣僚と皇帝のみが集まる会議場がある。そして今、第27代皇帝であるジェティス4世を始めとする閣僚たちがその部屋に集まっていた。
「西海岸より我が国に侵入した巨大円盤はクスデート、ノースケールト、ボンを破壊し、現在は南東方向に進行中です。このまま行くと、次の標的はベギンテリアかと思われます」
宰相のロター=ズッぺンウィルグ公爵は、巨大円盤の軌跡について説明する。連邦君主制の政体を成すクロスネルヤード帝国を構成する19地方の内、すでに3つの地方の主都が壊滅してしまっていた。
「ベギンテリアと言えばニホン国の租界がある街か、彼の国の駐留軍の動きはどのような感じだ?」
ジェティス4世は、帝国南海岸の主要都市であるベギンテリアに駐留していた自衛隊の動向について尋ねる。
「ベギンテリアに駐留しているニホン軍は、租界に滞在していた民間ニホン人の避難作業に従事しており、同港を母港としていたニホン軍艦のほとんどは、多くのニホン人を乗せて既に同地を発っております」
軍事庁長官のバルディン=トリーアスは自衛隊の動向について説明する。同地に駐留していた自衛隊は、当然ながら邦人の安全確保を第一に動いていた。ベギンテリアを母港としていた海上自衛隊第11護衛隊に属する4隻の護衛艦の内、「むらさめ」「ひのき」「すいれん」の3隻はベギンテリアに滞在していた日本人を乗せて、一先ずアナン大陸のルシニア基地に向かっていたのである。
「・・・そうか、ニホン軍の助力は得られそうに無いな」
ジェティス4世は残念そうにつぶやく。日本軍がすでにベギンテリアを脱出し始めているということは、日本政府にはベギンテリアの防衛に手を貸す意思が無いということを示していた。
日本政府が同都市に自衛隊を駐留させていたのは、あくまで自国民の保護とシーレーンの治安維持の為であり、両国間には正式な安全保障条約が締結されていない。故に日本政府にとっては、遠隔地への派遣部隊という矮小な戦力を、クロスネルヤード帝国の為に玉砕させる義理など無かったのだ。
「円盤は主要都市への攻撃を繰り返しており、その傾向から考えて、このリチアンドブルクも恐らくは標的に数えられている可能性が高いと思われます。全市民の退避を統括することは不可能ですが、せめて帝室と特権階級の避難だけでも用意を進めるべきかと・・・」
外務庁長官のリスタ=レンテンは、ジェティス4世に遠隔地への避難を進言する。彼らとしては、例え国が崩壊しようとも、皇族の血統だけは未来へ存続させなければならなかった。
「・・・そうだな」
ジェティス4世は俯きながら答える。彼は市民を選別しなければならない状況を心苦しく思っていた。
「ミケート・ティリスに駐留しているニホン軍に協力を要請しましょう。帝室のご動座とあれば、彼らも無視する訳には行きますまい」
「ああ・・・そうしよう」
外務庁長官のリスタは、首都リチアンドブルクの東に位置する港街であるミケート・ティリスに駐留中の自衛隊に、特権階級の避難に協力を求めることを提案する。ジェティス4世はその提案を否定することはしなかった。
その後、会議は終わり、閣僚たちは大議事堂を後にする。そして皇帝領政府からの正式な協力要請を受けた自衛隊は、リチアンドブルクに数機のチヌークを派遣し、帝都に住まう特権階級の避難が秘密裏に進められることとなった。
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1月26日 クロスネルヤード帝国南部 ベギンテリア辺境伯領 ベギンテリア市
クスデート市を消し去ったラスカントは、そのままジュペリア大陸の上空に侵入した後、帝国南海岸の港街であるベギンテリア市に到達していた。このベギンテリア辺境伯領を治める長であるカネギス=ヴァスキュラーは、自身が住まう屋敷から上空に迫る巨大円盤を見つめていた。
「この街が消える時は・・・私も一緒だ」
すでに屋敷内には人の姿は無く、2階のバルコニーに立つ彼1人だけである。街にも人影はほとんど無く、野良猫の泣き声が空しく響き渡る。
先程まで港には海上自衛隊の護衛艦である「うつぎ」が居たが、それも多くの日本人を乗せて数時間前に出港していた。彼はベギンテリア辺境伯領駐在日本国公使館からの“一緒に避難しないか”という打診を固辞し、街と運命を共にする決意をしていたのである。彼の家族たちはすでに護衛艦に乗って外海へ退避済みだ。
(ヴァスキュラー家の血筋が生き残ればそれで良い。後は頼んだぞ・・・倅よ)
もう二度と会うことの無い妻と子の姿が脳裏に浮かび、カネギスの厳格な表情に一筋の涙がこぼれ落ちる。その後、円盤の側面に配置されている多数の主砲が輝き出し、緑色の光線がベギンテリアの街へ振り下ろされた。斯くして、クロスネルヤード帝国南海岸の主要都市であるベギンテリアは、この世から消え去ったのである。




