終わりの始まり
1月19日・未明 都市型超巨大円盤「ラスカント」 玉座の間
密伝衆の四幹部であるミャウダー、ルガール、ヒス、そしてキルルの4人は、円盤の中央に位置する“玉座の間”に赴いていた。彼らは今、国章が描かれた巨大な扉の前に立っている。この移民用円盤は、かつてエルメランドにて勃発した「最終戦争」で“連合国”側として戦った「シャルハイド帝国」が建造したものである。
因みにこの移民船が上陸するまでエルメランド人がテラルスに手を出さなかったのは、テラルス全域が条約によって定められた軍事的緩衝地帯だったからだ。
「いざ、ルヴァン=プロムシューノ様の下へ・・・」
ミャウダーはそう言うと、玉座の間に続く“巨大な扉”を開ける為に文字盤を操作する。彼がコードを打ち込んだ後、重々しい駆動音と共に巨大な扉が開き始めた。
「・・・」
4人は無言のままその中へと進んでいく。扉の向こうにあったのは人の気配が無い広大な空間であった。玉座へ続くレッドカーペットの両脇には、国章があしらわれた長旗が天井から吊り下ろされている。
静寂な空間に4人の靴音だけが響く。程なくして彼らは玉座の前に辿り着いた。だが、そこにあったのは椅子では無く、黄色の液体で満たされた円筒状の水槽であった。その中には18歳くらいに見える女性が浮かんでいる。
「・・・ラスカントを起動しました。間も無くこの星は我々の支配下になります。お目覚めください、女王陛下」
「・・・」
ミャウダーは水槽の中に浮かぶ女性を“女王”と呼んだ。彼の声に反応したのか、眠っていた筈の女性の目が開く。その瞬間、ミャウダーたちの脳裏に緊張が走った。彼女は目の前にミャウダーらの姿を見つけると、水槽の壁面に右手をかざす。すると水槽はたちまち割れてしまい、その中に満たされていた液体が溢れる様に流れ出した。
女性は床の上に足を付けると、液体の雫を滴らせながらミャウダーらの前に立った。4人は跪きながら女王の再臨を迎える。
「ウフフフ・・・1500年振りかしら。我が腹心の部下・・・ルガール、ヒス、キルル、そして“ファウスト”」
遠き昔にエルメランド星で栄えた「シャルハイド帝国」の最後の“女王”であるルヴァン=プロムシューノは、1500年前に1度別れた家臣たちを見て笑みをこぼす。だが、彼女はミャウダーのことを別の名前で呼んでいた。
「その名は捨てました、今は“ミャウダー”と・・・」
「ああ、そうだったわね。私が愛したあの“裏切り者”が逃げ出した時、私を慰める為に貴方は名前を変えたのだったわね」
ルヴァンは長き眠りに就く前、自身の下を去った家臣の姿を思い出していた。“その男”は主君と家臣という関係を超えて恋仲であった彼女を裏切って、シャルハイド帝国の対立陣営である“同盟国”側の大国「神聖ラ皇国」に寝返り、彼女を深い悲しみに陥れたという人物なのだ。
「今となっては懐かしき昔話です。あの時、陛下は笑ってくださいましたね・・・」
ミャウダーは1500年前の思い出に浸っていた。その後、彼は現状について報告する。
「現在、この“ラスカント”はローディムを発ち、東へ向かっております。そして行軍の途中にテラルスの各地に点在している大都市を破壊し、この星に棲まう野蛮人共を震え上がらせます。最初の目標はイスラフェア帝国首都エスラレム・・・産業革命期の様相を見せる都市です」
彼はテラルスの人々にエルメランドの力を誇示する為、大規模な破壊を敢行する算段であることを伝える。ルヴァンは平然とした表情で頷いていた。
「この1500年で多少は進歩した様ですが・・・この星の技術水準は依然としてかつてのエルメランドには到底及びません。このラスカントの前に敵う力は存在し得ません。ですが・・・1カ国だけ、懸念すべき“イレギュラー”が存在しています」
「・・・イレギュラー?」
「突如として東の果てに現れた『ニホン国』です。12年前に異世界から転移して来た国で、魔法が存在しない世界から来たにも関わらず、テラルスの技術水準とは隔絶した技術力と軍事力を有しており、間違い無くこの星で最強の国家となっています。我々に一矢報いるとすれば、この国以外にあり得ません」
ミャウダーは彼らの“世界征服”に抵抗する力を持ちうる、唯一無二の懸念について言及する。
「・・・そのニホン国とやらがどんな力を有しているかは知らぬが、どちらにせよ排除するのであろう?」
「はい・・・最強とは言っても、彼の国の力はやはりかつてのエルメランドには及んでいません。この世界で最強たるニホン国が蹂躙される様を見れば、テラルス人の心も折れましょう。ニホン国の王が陛下の御前に跪く時、この星は完全に我々のものとなるのです」
ミャウダーの言葉を聞いたルヴァンは、このテラルスに君臨する自身の姿を思い描いて思わず笑みをこぼす。
「東の果てに位置する彼の国は“最後の標的”となります。それまで、我らの攻撃を前に逃げ惑うテラルス人の姿をお楽しみくださいませ」
「・・・分かった、精々楽しませておくれよ」
ルヴァンはそう言うと、一言“風呂に入って来る”とだけ告げて玉座の間の奥へと消えて行った。その後、わずか300人のエルメランド人によって動かされる巨大円盤「ラスカント」は、最初の標的であるイスラフェア帝国へ向けて舵を取る。
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同日 日本国 茨城県つくば市 筑波宇宙センター
此処、茨城県つくば市にある「筑波宇宙センター」は、日本全国に存在する「宇宙航空研究開発機構」の施設の1つであり、宇宙からの目となる人工衛星の開発・運用およびその観測画像の解析や、ロケット・輸送システムの開発と技術基盤確立のための技術研究推進を行う総合的な事業所である。
転移後は打ち上げられた人工衛星から送られて来る画像や映像の解析を主に行っており、テラルスの地図の作成に大きな貢献を果たした。その後も地上の観測を継続して行っており、円盤の基地を発見するなど、国防を影から支えて来たのである。
「し、失礼します! 先程、地球観測センターから送られてきた地上観測衛星の写真に、こんなものが映っていました!」
センター所長である難波恭介の部屋に1人の職員が駆け込んできた。彼は1枚の写真を難波に見せる。
「何だ・・・これは!?」
難波は驚愕する。その写真には直径が10kmを超えようかという巨大な円盤状の飛行物体が写っていたからだ。写真を持って来た職員は息を整えると、それについて説明する。
「それはちょうどスレフェン連合王国の首都であるローディムの上空を通過した、地上観測衛星“だいち4号”によって撮影された画像です。ローディム市の上空に突如出現した様で、推定直径は14.48km、巨大な円盤状の飛行物体です!」
写真に写っていたのは、ローディムの街を破壊しながらこの世界に蘇ったエルメランドの巨大円盤であった。
「す、すぐに政府に報告だ!」
センター所長の難波は、内閣府にこの写真について伝える様に指示を出す。
・・・
東京都千代田区 首相官邸 会議室
巨大円盤の復活によってローディムが崩壊していたその頃、日本国の首都である東京では閣僚たちが一同に会して、これまでに得た情報の整理を行っていた。
「今一度、『むつ』がもたらした報告について確認しましょう」
防衛大臣の倉場健剛は立ち上がると、資料を片手に説明を始める。全ての始まりは3ヶ月以上前に遡る。
「今からおよそ3ヶ月半前の2037年9月27日、九十九里浜を襲った円盤の基地を破壊する為、3隻の艦と特殊作戦群をシュンギョウ大陸へ派遣しました。ですが目的地に到着する途中で暴風雨に見舞われ、護衛艦『むつ』のみが謎多き鎖国国家である『イナ王国』に漂着しました」
倉場は「むつ」の足取りについて説明する。イナ王国に漂着後、ちょっとした“一悶着”に巻き込まれた「むつ」は異常潮位を利用してイナ王国からの脱出に成功し、イナ王国から派遣された魔法技術者と共に、同じ任務に当たっていた「おが」「ましゅう」との合流を果たしたのである。
「エルメランドの真実・・・即ち、あの星にかつて21世紀の地球より遙かに進んだ文明が存在することが分かったのは、イナ王国からもたらされた情報に依るものであり、あの円盤がエルメランドの文明の残渣であることもそこで判明しました」
「テラルス」と「エルメランド」は共に異世界の太陽系に属する第4惑星であり、二重惑星を形成する双子星である。2つの星の距離は地球・月間の5倍ほど離れた197万6千kmであり、共通重心の周りを約162日周期で回っている。2つの星が太陽を回る公転周期は地球と大差無い為、テラルスはおおよそ1年に2回の頻度で太陽への接近と離脱を繰り返していることになり、それ故にテラルスは暖冬と寒冬、冷夏と暑夏を不定期に繰り返すという気候に見舞われている。
宇宙航空研究開発機構はエルメランドに“アレクサンドリア”という名称を与え、地上の天文台から観測を行っていた。大気の色から、空気の組成は地球やテラルスと同一であることが分かっていたが、乱気流と厚い雲に包まれており、地上の観測は出来なかった。
故にJAXAはエルメランドへ観測機を送り込む計画を立案したが、このご時世にロマンのみを求める計画へ予算が下りる筈もなく、エルメランドの調査はテラルスからの観測のみに留まることとなったのである。
「あ〜あ、ちゃんとJAXAの言う通りにすれば良かったんですかねぇ?」
文部科学大臣の国富繁はJAXAの企画立案を蔑ろにしていたことを後悔していた。異世界転移以降、日本政府は商業圏の拡大と海外拠点の開発に手を回していた為、単なる観測や調査など実用的でない宇宙政策に予算を割けなかったというのが実情であった。
「別の星に残った滅びた文明の残渣なんて調べても、今回の事態を防げたなんてことはありゃしません。我々は今この地に現れた敵を排除すれば良いんです」
官房長官の宮島龍雄は国富の言葉を否定した。
「我々外務省はアメリカ合衆国政府に対して、ストラトフォートレスと大型貫通爆弾を動員させる様に交渉を行い、これに対する許可を頂いております」
外務大臣の来栖礼悟はアメリカとの交渉結果について報告する。ローディムの惨状を未だ知る由も無い彼らは、彼の都市を覆っていた結界を破る為、大型貫通爆弾の使用をアメリカに依頼していたのである。
「ストラトフォートレスがサグロア基地に到着するのはおよそ1週間後、ローディムへの再攻撃はその時になりますね」
防衛大臣の倉場は、スレフェンに対する再攻撃の予定について述べる。そしてこの日の会議が終わろうとしていた時、1人の内閣府職員が部屋に飛び込んで来た。
「ご、ご報告申し上げます! 先程、JAXAより緊急報告が内閣府へ届けられました!」
「JAXAから・・・?」
首相の伊那波孝徳は首を傾げる。内閣府職員はUSBメモリを胸ポケットから取り出すと、それをプロジェクターに挿入した。
「これはご覧頂いた方が早いでしょう・・・、先程JAXAから届けられた衛星写真です!」
彼は部屋の電気を消すと、JAXAから届けられた衛星写真を、会議室に備えつけられているスクリーンに投影する。映し出された画像を見た大臣たちは、一様に驚愕の表情を浮かべていた。
「これはちょうどスレフェン上空を通過していた地上監視衛星が撮影した写真です。都市の上空に推定直径14.48kmの巨大な円盤状の飛行物体が出現しました。その後、円盤はゆっくりと東の方角へ向けて進撃を開始しています。ローディムの街があった筈の場所に“新たな湾”が出来ていました。円盤はおそらく都市があった地盤の下から現れたものと思われます」
内閣府職員はUSBメモリに収録されていた画像を回しながら、突如現れた飛行物体について説明を行う。敵の惨状を知った首相の伊那波は、目を見開きながら問いかける。
「・・・ローディムはどうなった?」
「都市そのものが根本から掘り返された形になったと思われるので、恐らく現国王や政府機関諸共全滅でしょう」
「・・・!!」
唐突な敵の滅亡を知らされ、閣僚たちは一様に目を丸くする。その後、彼らは突如現れた巨大円盤の対策に関して話しあうことになった。
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1月21日 イスラフェア帝国 西海岸の街フェニア
ローディムの惨劇から2日後、スレフェン連合王国から大西洋を挟んで東側のジュペリア大陸北西部に位置するイスラフェア帝国では、ロッドピースを蹂躙したスレフェンへの報復として、艦隊を派遣する用意が進められていた。ロッドピースを含む南海岸に上陸したスレフェン軍については、自衛隊の攻撃によって補給と増援を絶たれた彼らに勝ち目は無く、イスラフェア軍の数の力によってほとんどが駆逐されている。
そして此処、西海岸の港街であるフェニアでは、イスラフェア海軍を構成する四艦隊の1つである“西部方面艦隊”の出撃準備が進められていた。港には外輪と帆走を併用して走る機帆船や、つい2週間前に就役したソロモン型装甲巡洋艦2番艦の「ダヴィデ」の姿がある。その甲板や桟橋では水夫や水兵たちが物資の搬入に精を出していた。
「おい・・・何だありゃあ!?」
その時、港で作業をしていた水夫の1人が、西の空から近づく奇妙な物体を見つけた。他の者たちも作業を止めて西の空を見上げる。黒い雲を棚引かせながらフェニアに近づくそれは、街1つの大きさを優に超える巨大な円盤状の飛行物体であった。
「・・・!!」
人々は口を開けたまま、此方に近づいて来るそれを眺めていた。人間というものは想像や空想の範疇を超えるものが現れると、途方に暮れてしまうものである。そして円盤の縁が海岸線の真上に差し掛かった時、円盤の側面に等間隔で位置する構造物が緑色に輝き始めた。
ヒュオオオッ!!
銃撃音や砲撃音とも似つかない甲高い発射音と共に、巨大な光線が次々と放たれた。地上のフェニアに向けて発射されたそれらは、着弾地点で大爆発を起こし、瞬く間にフェニアを火の海に変えてしまう。
ソロモン型装甲巡洋艦2番艦「ダヴィデ」 甲板
「・・・な! 何だ、何が起こったんだ!?」
港で作業をしていた水夫や水兵たちは、一変した街の姿を見て狼狽していた。それは「ダヴィデ」の艦長を務めるミッチェル・シオメナン=ウースタリッヒ佐官も同様であった。
「す、すぐに首都へ報告を!」
「は、はい!」
ミッチェルは近くに居た部下に指示を出す。報告を受けた部下の兵士は船室へと急いだ。だがその時、強大な破壊は港に展開する艦隊へも振り下ろされた。
「うわあああ!!」
円盤の主砲から撃ち下ろされた光線は大爆発を起こし、港に並んでいた軍艦を炎の中に飲み込んでいく。西部方面艦隊の旗艦である「ダヴィデ」も為す術無く、炎の中に消えて行った。この時、イスラフェア帝国西海岸の港街であるフェニアは、地上からその姿を消したのである。
・・・
イスラフェア帝国 首都エスラレム 皇城エスラレム宮殿
フェニア壊滅の知らせは首都へと伝達されていた。文官の1人が血相を変えて皇帝の執務室に飛び込んで来た。
「ご、ご報告申し上げます! フ・・・フェニアが、フェニア市が壊滅しました!」
「・・・は? どういうことだ!?」
執務を行っていた皇帝のヤコブ12世は怪訝な表情を浮かべる。その文官は事の詳細について説明を始めた。
「突如大西洋の上空から巨大な飛行物体が襲来し、人智を超えた兵器によって瞬く間にフェニア市を破壊したとのことでして!」
「何の冗談だ!? ふざけているんじゃ無いだろうな!?」
ヤコブ12世は文官の言葉を信じられなかった。だが、冗談を言っている訳でもふざけてもいないその文官は、真剣な眼差しで報告を続ける。
「真偽と状況を確認する為、地上の陸軍基地からフェニアの方角へ銀龍を派遣しました。間も無く報告が届けられると思います!」
「・・・!」
文官の報告を聞いたヤコブ12世は、頭を抱えながら椅子の背もたれにのめり込んだ。首都エスラレムの方向へ接近する巨大円盤が発見されるのは、このしばらく後のことである。
斯くして、エルメランドによるテラルスへの攻撃が開始されたのだった。




