スレフェンの終焉と密伝衆の正体
1月18日・深夜 スレフェン連合王国 首都ローディム 街中
2ヶ月間、持参したレーションや森の中から採取した食糧、農家から買い取った小麦で食いつないでいた特殊作戦群・島崎班は、魔法アドバイザーであるイナ王国の忍者、アサカベ・ナガハチロウ・ヨシフミと共にローディムの街中へ侵入していた。
もう夜更けだというのに、市民たちは未だ騒然としながら夜空を見上げていた。首都をすっぽり覆う様に張られた強固な魔法防壁がぼんやりと見える。
「・・・こっちです。・・・こっち」
島崎一尉を初めとする特殊作戦群の隊員たちの目的は、この強固な結界を維持している“魔法陣”と“魔力の供給源”を破壊することだ。彼らはナガハチロウが持つ“魔力の集積を探知する魔法道具”のガイドに従い、路地裏を右へ左へと進む。だがその途中、ナガハチロウの脚が止まった。
「・・・どうした、ハチロウ?」
島崎一尉は状況を尋ねながら、ナガハチロウが持つ魔法道具を覗き込む。それには小さな画面に矢印らしき記号が映し出されていた。
「どうも・・・この計器はこの地下を差している様です」
ナガハチロウが持つ魔法道具は、地下に膨大な魔力の集積を感知していた。それは即ち、この強固な魔法防壁を展開している大元が地下に存在するということを意味している。
「どうやら・・・それは正しい様ですよ」
「・・・!」
島崎の部下である秋野康晴二等陸曹は、付近に建っていた廃屋の床に不自然な扉が設置してあることに気付く。その扉を開けてみたところ、地下へと続く階段が現れた。
「成る程・・・隠し階段」
島崎一尉は階段の奥を覗き込んだ。灯りもなく、地の底に続いている様に見える。
「良し・・・行こう」
島崎は迷うことなく階段へ脚を踏み出す。彼の部下たちも続いて隠し階段を下りて行く。最後尾を行くナガハチロウは、周りを見渡しながら扉を閉めた。
首都ローディム 地下
先頭を行く島崎一尉は足下を懐中電灯で照らしながら、真っ暗な階段の中を進む。
「此処は地下ですね」
「もう400mは潜ったぞ」
行く先の見えない階段は何時まで経ってもゴールが見えない。階段を下り始めてから5分と経っていないのにも関わらず、彼らにはその数倍の時間に感じられていた。だが、終わりは突然現れた。およそ550メートルほど進んだところで謎の壁に阻まれたのだ。
「・・・行き止まり? いや、こいつは扉だ」
それは階段とその先の空間を隔てる小さな扉だった。とは言っても、それは我々が普段使う様な扉ではなく、ドアノブや鍵穴の代わりにパスコード入力用と思しき文字盤が取り付けられた、サイエンス・フィクションの一幕を彷彿とさせる外見をしていた。
「・・・何だぁ? どうやって開けるんだ、こりゃ?」
文字盤には見た事もない文字が書かれており、何を入力すれば扉が開くのかも分からない。扉にはノブや隙間も無い為、無理矢理こじ開けることも出来そうに無かった。
「弾薬で吹き飛ばそう・・・プラスチック爆薬の用意を!」
島崎は扉を爆破する為、プラスチック爆薬の使用を決意する。だが、最後尾を歩いていたナガハチロウがその命令に異を唱えた。
「爆破は崩落の恐れがあります。その前に、ちょっと・・・私に貸してみてくれませんか?」
「・・・分かった、何か手があるのかい?」
「ええ」
ナガハチロウはそう言うと、此方から見て扉の右側に設置されていた文字盤の前に座り込む。彼は文字盤をじっと眺めた後、何かの文章を入力し始めた。
「・・・!?」
島崎たちは固唾を飲んでその様子を見守っていた。そしてナガハチロウが、地球で言うところのエンターキーに相当するのであろうボタンを押した直後、軽快な駆動音と共に扉が開き始めた。
「良くやった、ハチロウ!」
島崎一尉はナガハチロウに讃辞の言葉を贈る。その後、彼ら11人は扉の奥へと脚を進めるのだった。
首都ローディム グストリー・ウォルスター宮殿
特殊作戦群が地下で暗躍していたその頃、地上のグストリー・ウォルスター宮殿では、国王ジョーンリー=テュダーノヴ4世が晩餐会場の窓から外の様子を眺めていた。彼は首都を眺めながら、この国が歩んで来た歴史を回顧していた。
今から1000年程前、ジュペリア大陸からエザニア亜大陸に上陸した農耕民族がこの地に小さな集落を形成した。それは次第に拡大し、後にローディムと呼ばれる都市になった。その後も多数の民族がこのエザニア亜大陸に上陸して各地に国を作ったが、最終的には4つの国にまで纏まることとなる。
その4カ国はそれぞれ、スレフェン王国、リャード王国、ウィスベン王国、西ロールラード王国と言い、エザニア亜大陸の覇権を巡って長きに渡って争ったが、最終的にスレフェンが覇権を掴み、この地に君臨した。これが「スレフェン連合王国」の成り立ちであり、この国の国旗はその4カ国の国旗を並べたデザインになっている。
エザニア亜大陸を統一したスレフェン連合王国は、西に隣接するロール島の大国「ロール連邦」を制圧、そして22年前には「密伝衆」の力を得てシュンギョウ大陸の七龍である「大ソウ帝国」に勝利、新たな列強国として名を連ねることとなった。
エザニア亜大陸の統一後、輝かしい歴史を歩んで来たスレフェンの人々は、自国の未来が明るいことを信じていた。このローディムはいずれ世界の覇権を象徴する都市になるだろうと。長年の宿敵であったイスラフェア艦隊を蹴散らした時には、その予感は確信に変わった。最早自分たちの覇道を止められる者は居ないのだと。
だが日本国の力は彼らの想像の遙か上を行っており、強力な改装を受けた筈の海軍を瞬く間に壊滅させてしまった。そして首都に敵が迫り、スレフェンの命運も最早これまでかと思われた。しかし、突如現れた結界が敵軍を跳ね返し、結界に阻まれた日本軍は為す術無く撤退することとなった。
(やはり・・・天は我々の味方をしている! 我々が滅びることなどあり得ないのだ)
ジョーンリー4世は密伝衆を味方に付けていた奇跡を再認識していた。彼らの人智を超えた力を得た自分たちが滅びることは無い、そう確信していたのである。その時、窓辺に立ってあれこれと考えていた彼の下に1人の男が現れた。
「お一人のところ失礼致します、今宵は良き月夜ですね・・・陛下」
「フランシタ!」
その男は他でも無い密伝衆のリーダーであるフランシタ=ラディアス、即ち“ミャウダー”であった。彼らの姿を想像していたところに当人が現れた為、ジョーンリー4世は少しばかり驚いた表情を浮かべる。
「どうした、こんな夜更けに?」
ジョーンリー4世は謁見外の時間に自分の下を訪れた理由を尋ねる。ミャウダーの左手には飛行用の箒が握られていた。
「無礼は承知の上です。ですが・・・今宵は陛下にお伝えしたいことがあって馳せ参じました」
「伝えたいこと・・・?」
ジョーンリー4世は首を傾げる。そしてミャウダーは此処へ来た理由について語り始めた。
「陛下に拾って頂いた時からおよそ30年、様々なことが有りましたね。私たちは恩義を返すべく、この国に力を与える為の研究に身を捧げて来ました」
ミャウダーは窓の向こうから降り注ぐ月光を見上げながら、これまでのことを振り返る様な発言をする。感傷的な台詞を並べる彼の態度に、ジョーンリー4世は益々疑念を抱いていく。
「どうした? やけに感傷的ではないか」
「ええ、今宵はその30年という節目・・・そして“終わり”の時ですから」
「・・・何だと?」
“終わり”・・・その言葉を聞いた瞬間、ジョーンリー4世の表情が変わる。その直後、ミャウダーは深々とお辞儀をした。
「今までお世話になりました」
「ちょっと待て、それはどういう・・・」
ミャウダーが告げたのは唐突な別れの言葉だった。ジョーンリー4世は彼の真意を問い糾そうとする。だがその時、突如巨大な地震が発生し、宮殿が大きく揺れ始めたのだ。
ガタ ガタ ガタ ガタ・・・!!
家財や彫像が倒れ、壁に掛けていた絵画が落下し、天井にぶら下がっていたシャンデリアが粉々に砕け散る。窓ガラスが割れ、鋭利な雨が床の上に降り注いで来た。
「い、一体何事だ!?」
急に起こった天変地異に対して、ジョーンリー4世は床にへばり付いたまま狼狽することしか出来ない。ミャウダーは既に箒に乗って空中を漂っており、揺れの影響を全く受けていなかった。城内に居た文官や兵士たちも突然の揺れに耐えきれず、床の上に倒れ込んでしまう。彼らは何かにしがみついているのが精一杯だった。
揺れはさらに激しさを増し、ついに宮殿そのものが崩壊を始める。床に走った亀裂がジョーンリー4世を襲った。
「うわあああっ!!」
間一髪、亀裂に飲み込まれる直前、ジョーンリーは亀裂の縁に指を掛けることに成功した。だが、彼の非力な腕力では何時までもそこにしがみつくことは出来なかった。
「フ、フランシタ・・・助けっ・・・!」
「・・・」
ジョーンリーは側に居るミャウダーに助けを求める。だが、彼は箒の上から哀れみの視線を向けるだけで、手を差し伸べることは無かった。そのうちに彼の腕が限界を迎え、揺れに耐えきれなくなっていく。
「ウワアアアァァアッ!!!」
ジョーンリー4世は嗄れた断末魔と共に、地割れの狭間へと消えて行く。その後、王の最期を見届けたミャウダーは、箒に乗って崩れゆく宮殿から速やかに脱出した。
巨大地震はローディム全土を襲い、都市の各地で大規模な地割れと陥没が発生していた。建造物は次々と崩れていき、階級に関係無く全市民が逃げ惑っている。建物、人間、家畜・・・その全てがぱっくりと空いた地面の中へ次々と飲み込まれていた。
「ぎゃあああ!!」
「助けてくれ!」
「死に・・・死にたくない!」
あちこちから悲鳴が沸き上がる。ある者は真っ二つに割れた建物の縁に必死にしがみつき、ある者は乗っていた馬車ごと奈落の底に落ちて行った。
首都ローディム・西部 王太子の屋敷
王の住まいであるグストリー・ウォルスター宮殿から離れた首都の郊外に、王太子のエドワスタ=テュダーノヴが暮らす屋敷があった。その屋敷がある場所も例外無く大地震に見舞われ、屋敷は跡形もなく倒壊している。
間一髪、屋敷から脱出していたエドワスタは、生き残った部下や家族と共に“空飛ぶ絨毯”に乗っていた。
「急げ・・・何とか飛び上がってくれ!」
絨毯の下から風が沸き起こっているが、中々離陸することが出来ない。本来ならば御者を含めて7人乗りである筈の絨毯に12人が乗っていたからだ。彼の妻と2人の子供を含め、屋敷の倒壊から運良く逃れた警備兵や侍女たちが絨毯に乗っている。
「うわああ!」
背後を見れば、地面の陥没が此方に近づいているのが見えた。彼の子供たちは恐怖のあまり泣き叫んでいる。
「早く、早く・・・早くっ!!」
エドワスタは何とか絨毯を飛び上がらせようと必死に魔力を送り続ける。その時、絨毯がわずかに地面から浮いた。エドワスタはすかさず絨毯を上昇させる。それと同時に、先程まで彼らが乗っかっていた筈の地面が暗闇の底に消えて行った。
「く・・・しっかり掴まってっ!」
絨毯を操縦するエドワスタは乗員たちへ振り落とされぬ様に指示を出す。その直後、定員オーバーを押して飛行する絨毯は突如として高度を落とし始めた。
「キャアアア!!」
エドワスタの妃や子供達、侍女たちの甲高い悲鳴がこだまする。高度を落とした絨毯は地割れの間を飛行していた。両脇を見れば、崩壊した建物が拡大を続ける地割れの底に落ちて行く様子が見える。
「く、くそおおお!!」
何とか飛行を安定させる為、エドワスタは必死に絨毯を操縦する。“空飛ぶ絨毯”は右へ左へ蛇行しながら、崩壊するローディムの街を潜り抜けていく。下を見れば、市民たちが悲鳴を上げながら、バラバラになった地上を逃げ場も無く逃げ惑っていた。
「うおおおお!!」
エドワスタは力を振り絞って絨毯に魔力を送り続ける。その時、突如として絨毯の飛行が安定した。エドワスタは厄災から逃れる為、絨毯を天高く上昇させる。この時初めて、彼らはローディムに何が起こっているのかを目の当たりにした。
「・・・何なんだ、これは」
王太子の屋敷に勤めていた警備兵の1人が力無く独白する。彼らの眼下にあったのは、バラバラに引き裂かれ、最早都市としての形を残していないローディムの姿だった。
「・・・王子! あれを!」
侍女の1人が街の北部を指差した。エドワスタらが彼女の指差す先に視線を向けたところ、崩壊した地盤の間から何か“巨大な物体”が迫り上がって来ているのが見えた。
「何だ、あれは!?」
それはローディムの街を掘り返しながらどんどん迫り上がって来る。首都の地下に埋まっていた巨大な何かが地上へ出ようとしていたのだ。そして程なくして、その全景が明らかになる。その“巨大な物体”はローディムが存在していた大地を掘り返し、浮かび上がらせながら地上へと現れた。
「・・・!」
エドワスタらは絶句していた。覆い被さっていた数兆トンの土とローディムの街を振り払い、地上へと姿を現したもの、それは直径が15kmはあろうかという“巨大な円盤”だったのだ。それは徐々に高度を上げて大地から離れて行く。
地中に埋まっていた巨大物体が無くなったことで、ローディムの街があった場所は巨大なクレーターと化した。そこへ大量の海水が流入し、街があった筈の場所は海中に没してしまう。故郷が唐突に消える様を目の当たりにした12人の生き残りたちは、行き場の無い悲しみに耐えきれず、涙を流し始める。
「父上、母上、叔父上・・・。シーナ、オルヴァ、ラグラス、ロナルゾ・・・皆、救えなかった」
それは王太子であるエドワスタも例外では無く、彼は家族や友人たちの名を呼びながら大粒の涙を流していた。その後、彼らはローディムがあった場所から40kmほど離れた場所に着陸し、首都が消え去った悲しみに打ちひしがれながら夜明けを迎えることとなる。
・・・
都市型超巨大円盤「ラスカント」 中央制御区画
ローディムの地下から目覚めた円盤の内部には、他でも無い「密伝衆」のメンバーが乗り込んでいた。中央制御区画の司令席にはルガールとキルル、そしてヒスといった、ミャウダーと並ぶ密伝衆の幹部たちが立っている。その眼下では、密伝衆に属する兵士たちが彼らに熱い視線を送っていた。
「今から1500年前、『最終戦争』によって文明と環境が崩壊した母なる星『エルメランド』を捨てた我々の祖先は、この“箱船”に乗って二重惑星であるこの『テラルス』に舞い降りた。我々の祖先の大半は、エルメランド星と比較して3000年近く文明の発達が遅れているこの星の民と同化する道を選び、エルメランドの技術や記憶は次第に失われていったのだ」
忠実な部下たちに向かってルガールが演説を始める。それはこの「テラルス星」の二重惑星にて栄え、そして滅びた“文明”に纏わる出来事についてであった。
「・・・だが、それを良しとしない勢力が存在した。我らの直接の祖である『シャルハイド帝国』の生き残りたちは、エルメランドの名を隠して『イフ』と名乗り、500年前の当時、世界統一に最も近かった『アラバンヌ帝国』に近づいてエルメランドの遺産を渡した。それが『ティルフィングの剣』・・・だが、『ニホン人』を名乗る謎の集団がクロスネル王国に助力したことで、一気に形勢を逆転されてしまったのだ」
彼ら「密伝衆」の正体、それは「イナ王国」に住まう者たちと同じく、二重惑星「エルメランド」、即ち日本人がアレクサンドリアと呼称していた星からこの「テラルス」に移り住んだ“宇宙人の末裔”だったのである。
「『エルメランド』『イフ』・・・そして『密伝衆』。我らはそうやって名を変えながら、この星の歴史に介在しつつ、この星を手に入れる好機を長きに渡って待ち続けたのだ。だが遂にその時が来た! 今こそ、この星を女王陛下の足下へ献上する時が来たのである! 永遠の『シャルハイド帝国』に栄光あれ!」
「オオッ!!」
ルガールの力強い演説に兵士たちが呼応する。彼らもまた、文明の記憶を捨てなかったエルメランド人の末裔であった。
その時、司令席の奥にある扉からミャウダーが現れた。いつの間にか円盤に乗り込んでいた彼にキルルが話しかける。
「よう、王への別れとやらは済まして来たのか?」
「ああ」
ミャウダーはキルルの問いかけに対して素っ気なく答えた。だが、その素っ気ない態度とは裏腹に、彼の顔はどす黒い笑みを浮かべていた。
(茶番は終わりだ、此処からが本番だぞ・・・500年前の因縁に蹴りを着けようか、『ニホン人』!)
かつて、アラバンヌ帝国を利用した彼らの世界征服を阻んだ者たちが居た。その者たちは自分たちのことを“日本人”と名乗った。そして500年の時を超えて、彼らと同じ名を名乗る民族の国家が現れた。その国と対峙することは、ミャウダーたちにとって定められた運命であったのかも知れない。
ミャウダーらを乗せた都市型超巨大円盤「ラスカント」は、東に向かってゆっくりと進み始めるのだった。




