決着 イナ王国VSスレフェン
10月26日 ヒムカイ国 ミガサキ 沖合
ミガサキの沖合に突如現れた「アルト・ロイアル」を含む3隻のスレフェン軍艦は、各々が搭載する“魔力熱線砲”を用いて、アシワラ朝廷水軍の軍船を次々と破壊、炎上させていく。
「このまま停泊していては良い的だ! 全艦すぐに出航せよ!」
水軍大将のカンベエは海岸に停泊していた各軍船に出撃命令を下す。その後、各船の風力発生装置が稼働を始め、船首を陸地へ向けていた各船は次々と海へ漕ぎだした。カンベエもその中の1隻に乗り込み、神剣“威風堂々”の切っ先を敵艦へと向ける。
「“威風堂々”の力は“突き”の力・・・切っ先から飛ぶ“狙撃”は全てを貫く!」
急遽出帆した朝廷水軍は、スレフェンの帆走軍艦へ近づいて行く。カンベエは自らの魔力を剣の柄に込めると、その直後、“威風堂々”の切っ先から突きの斬撃を放った。その斬撃は一直線にスレフェンの帆走軍艦へと向かう。
「・・・な!?」
カンベエが放った斬撃は敵艦を覆う様に現れた“膜”によって防がれてしまう。当然ながらスレフェンの帆走軍艦にダメージは無い。
「・・・敵艦の砲塔に発光!」
3隻のスレフェンの帆走軍艦が再び熱線砲の発射態勢に入る。その直後、6発の熱線が朝廷水軍の船舶を襲った。大量の魔力が変性することによって生み出された熱線は軍船の船体を難なく貫き、再び6隻の船を沈めてしまう。
「『犬陣忍』はレンジュ姫とコマ姫を鳳凰飛行隊に乗せて上空へ避難せよ!」
カンベエは賓客である2人の姫君を戦闘から避難させる為、犬陣忍に命令を下す。総指揮官の命令を受けた忍びたちは彼女らの身柄を鳳凰に乗せると、陸の方へ向かって飛び立って行った。
ミガサキ上空
鳳凰に乗って上空へ避難したワシツカ・レンジュは、同じく鳳凰の背に跨がっていたモノウエ・コマと共に上空から戦場の様子を見下ろしていた。
「神剣の力が通用していない・・・あの船は一体!?」
海原に広がっていたのは、朝廷が誇る水軍がたった3隻の敵艦によって蹂躙される光景だった。モノウエ・コマも彼女と同じく、その有様を見て愕然としている。
「・・・あれはスレフェン連合王国の軍艦の様です。それが今攻めて来た理由は判りませんが」
彼女らが乗る鳳凰を操っていた犬陣忍の男が、敵艦について説明する。レンジュとコマは不安げな様子で戦況を見つめていた。
「アルト・ロイアル」
大ソウ帝国から献上された奴隷たちから徴収され、増幅された魔力によって、強固な防御力と巨大な破壊力を得た3隻の帆走軍艦は、朝廷水軍が放つ攻撃を跳ね返しながら、一方的な蹂躙を行っていた。
「フフ・・・良い、良いぞ! 全て沈めてしまえ!」
「アルト・ロイアル」艦長のアンタレルは、為す術無く燃えていくイナ王国軍の軍船を見て笑いが止まらない。長い研究の末に彼らが生み出した兵器の力は、西方世界程度ならば瞬く間に制圧出来るほどの力を有していたのである。
「朝廷水軍の船を排したら次は対地砲撃に移る。それで朝廷軍はお終いだ」
アンタレルは船員たちに向かって指示を出す。
ミガサキ城
反乱の首謀者であるイズミイン・ゲンジロウ・サネマツも、手を結んでいたスレフェンの軍艦が朝廷水軍を蹂躙する様を見ていた。
「あれが今のスレフェンの力か!」
ゲンジロウは1度撃退した筈の敵が22年間の間に遂げていた進化に恐れを抱いた。神剣の攻撃すらはじく防壁に囲まれた相手など、彼らの力ではどうすることも出来ない。
「・・・」
彼はこの戦に手を貸して貰う代償として、自らの領民をスレフェンへ差し出すという密約を交わしていた。スレフェンの密偵であり、密伝衆の手先であるメノウがその様な条件を差し出した理由は、一般的なテラルス人よりも保有する魔力量が多いエルメランド人の末裔であるイナ王国人を、魔力を搾取する“生ける電池”として求めた為である。
ゲンジロウはスレフェンの力を目の当たりにして、その条件を飲んだ事を後悔していた。あれほどの力を見せつけられた今、彼らの要求を拒否する選択肢が無いことを思い知らされたからだ。
ミガサキ・郊外 海浜
朝廷水軍が上陸した地であるミガサキ郊外の海浜では、陸に取り残された朝廷の兵士たちが海戦の様子を眺めていた。
「くそっ・・・! 奴ら!」
波打ち際に立つナガハチロウは、敵艦のマストに翻るスレフェンの国旗を見て握り拳を振るわせていた。攻撃力が高いカンベエの神剣“威風堂々”の攻撃すら跳ね返すそれらは、自軍の軍船を一方的に蹂躙している。
「・・・ハチロウさん、あれは・・・?」
30名の海上自衛隊員と共に待機を続けていた瀬名二佐が、ナガハチロウとハヤトノカミの下に駆け寄り、いきなり現れた敵の正体を尋ねる。
「あれはスレフェン連合王国の軍艦です。22年前に追い払った奴らがまた攻めて来たんだ!」
「!」
瀬名二佐はスレフェンという国名に聞き覚えがあった。現在の日本国やクロスネルヤード帝国などと並ぶ“七龍”の一角であり、好戦的な侵略国家だと聞いている。
「はーん、見知った敵と言う訳か。だが、我々としても“あれ”を放っておく訳にはいかないな」
瀬名二佐は懐に仕舞っていた衛星電話を手に取り、ミガサキから直線距離で530kmほど離れたアシワラの海浜に座礁中の「むつ」へ連絡を取る。彼は受話器の向こうの通信員へ現在の状況と敵の位置について知らせた後、側に立っていたナガハチロウに再度話しかけた。
「一か八か、『アシワラ』に座礁中の我が艦から、あの敵艦3隻に対して攻撃を行いますが・・・宜しいですか?」
「・・・!?」
ナガハチロウは瀬名二佐の言葉を聞いて驚きの表情を見せる。ハヤトノカミに至っては、“こいつは何を言っているのだろう”とでも言いたげな、怪訝そうな表情を浮かべていた。
「貴方達の艦は・・・その様な遠距離攻撃が可能なのですか?」
「・・・はい、“巡航ミサイル”を使えば。ですが確実に敵艦へ命中する保障は出来ないので、朝廷水軍には退避して貰わなければなりません」
「・・・承知した!」
“アシワラの海岸に居る艦に一体何が出来るというのだろうか”と、終始怪訝な様子のハヤトノカミとは対照的に、ナガハチロウは瀬名二佐の言葉を信じて行動を起こす。彼は“信念貝”と同様の魔法道具を用いて総指揮官のカンベエ、そして沖に展開している全軍船へ指示を出す。
「全船に告ぐ! これよりニホン軍の艦『むつ』より敵艦3隻への攻撃が行われる! 全船、戦闘を中止してスレフェン艦の周囲より急速退避せよ!」
ナガハチロウの指示を受けて、朝廷水軍の軍船がその場からの退避を始める。各船は風力発生装置を用いて、全速でスレフェン艦から離れて行った。
「・・・? 良し・・・発射しろ!」
瀬名二佐は一介の密偵に過ぎない筈のナガハチロウが、総指揮官のカンベエを飛び越えて全船団に指示を出したことを不思議がる。だが、余計なことを考えている暇はない。その後、彼は味方の船が退避したところを見計らって、「むつ」に攻撃命令を下した。
・・・
首都アシワラ 海浜 「むつ」
瀬名二佐からの攻撃命令を受けた「むつ」では、ミサイル垂直発射システムに収められている巡航ミサイルの「長距離対艦ミサイル」発射に向けて、準備が進められていた。
「位置情報入力完了。対艦巡航ミサイル発射用意!」
「ミサイル垂直発射システム、用意!」
瀬名二佐から送られた情報を元にして予測される、ミサイルが現場に到達するおよそ30分後の敵艦の位置と、JAXAが衛星写真から撮影していたアシワラからミガサキ沖までの情景が入力された。その直後、ミサイル垂直発射システムの蓋が3つ開き、そこから3発の長距離対艦ミサイルが顔を出す。
「長距離対艦ミサイル・・・発射!」
3発の長距離対艦ミサイルがミサイル垂直発射システムから次々と飛び立って行く。天高く飛び上がった長距離対艦ミサイルはブースターを切り離し、尾翼と主翼を展開させた。
それぞれのLRASMは「むつ」からの視程内データリンクによって、予測される敵の位置情報を更新され続ける。だが、この世界では人工衛星からのデータリンクを受けられないので、「むつ」からのデータリンクが途切れた後はすぐに自律モードでの飛行へ移行した。
・・・
ミガサキ 沖合 「アルト・ロイアル」
自艦の周囲から退散していく朝廷水軍の様子を見て、「アルト・ロイアル」艦長のアンタレルは高笑いが止まらない。
「ハハッ、腰抜けのイナ王国軍共め! 我々の力に恐れを成して戦うことすら放棄したか!」
彼はイナ王国の軍船が退避を始めた理由を、逃げ出した為だと思い込んでいた。その後、「アルト・ロイアル」を含む3隻のスレフェン艦は、海岸に船首を向けて地上砲撃の態勢へ移る。
「浜にうごめく敵兵共を一斉になぎ払ってしまえ! イズミイン軍の兵を巻き込んでも構わん、放て!」
指揮官の命令を受けて、各艦の“魔力熱線砲”に膨大な魔力が集積されていく。赤い光を帯びる6つの砲身はミガサキの海岸を狙っていた。
ミガサキ 海岸
敵艦が地上砲撃を狙っている様子は、海岸に残されていたナガハチロウやハヤトノカミ、そして瀬名二佐をはじめとする朝廷軍の兵士たちからも見えていた。
「おい・・・あの“赤い光を放つ砲身”が、全部“こっち”を狙ってるぞ!」
「やべェじゃねェか! こんな砂浜じゃあ、身を隠す場所もねェぞ!」
砂浜にはまだ100名近い朝廷軍の兵士たちが残っていた。内陸にはイズミイン家の城があり、そちらへ逃げることも出来ない。ナガハチロウとハヤトノカミが持つ“神剣”は遠距離攻撃用ではない為、此方から攻撃を仕掛けることも出来ない。彼らはまさに前後を挟み込まれた状況に陥っていた。
(くそっ・・・ミサイルはまだか!)
瀬名二佐は腕時計を見ながら巡航ミサイルの到達を待ちかねる。だが遂に、「むつ」から放たれた3発の長距離対艦ミサイルは終末誘導に移行していた。高度を大きく落としてシースキミングに入ったそれらは、位置と大きさからスレフェンの帆走軍艦を識別すると、最終目標であるそれらに向かって一直線に突っ込んで行く。
ミガサキ 沖合 「アルト・ロイアル」
熱線砲へ魔力の充填が進む。熱線の発射まで秒読み段階となっていた。
「ハハハ・・・死ね! 忌々しいサムライ共め!」
艦長のアンタレルは海岸に立つ朝廷軍の兵士たちを嘲笑う。ついに22年越しの遺恨が晴らされようとしていた。だが、破壊が降りかかって来たのは彼らの方だった。
「・・・!!」
アシワラより発射された3発の長距離対艦ミサイルは、人の目に止まらぬ速さで魔法防壁の側面に衝突した。衝突の衝撃で脆くなった防壁から半徹甲弾頭より放たれた爆炎と爆風が入り込み、「アルト・ロイアル」は堪らず破壊された。マストはへし折れ、乗組員たちは吹き飛ばされ、船体に穴が空いて海水が勢いよく入って来る。
「ギャアアア!!」
アンタレルの断末魔が響き渡る。その直後、発射寸前だった熱線砲が誘爆し、「アルト・ロイアル」を含む3隻は天にも届く火柱を巻き上げながら、跡形も無く吹き飛んだのだった。
ミガサキ 海岸
「うおお! やったぞ!」
「な、何が起こったんだ!?」
燃え上がるスレフェンの帆走軍艦を見て、朝廷軍の兵士たちは雄叫びを上げる。軍船に乗って海へ出ていた兵士たちも歓喜の声を上げていた。
「あれがあの『むつ』って艦の力なのか? とても信じられない!」
「・・・!」
ハヤトノカミは目の前で起こったことが信じられなかった。ナガハチロウも言葉が出ない様子である。
・・・
首都アシワラ 海浜 「むつ」 戦闘指揮所
ミサイル発射からおよそ30分後、瀬名二佐から「むつ」へ攻撃効果の報告がされた。
「瀬名二佐より通信! 長距離対艦ミサイル、命中!」
「・・・ィ良ォーし!」
その報告を聞いた艦長の三好一佐は、雄叫びを上げながらガッツポーズをする。GPSが存在しないこの世界において、対艦巡航ミサイルによる遠距離攻撃という難しいミッションを無事成功させたことで、戦闘指揮所は歓喜に包まれていた。
・・・
ミガサキ城
ゲンジロウ・サネマツを含むイズミイン家の将たちも、加勢に来た筈の帆走軍艦が瞬く間にやられてしまう様を目の当たりにしていた。
「・・・な、何ということだ!」
ゲンジロウはショックの余り、膝から崩れ落ちてしまう。狼狽する彼の下に、追い打ちを掛ける様な知らせが届く。
「ご報告申し上げます! 一度沖まで退避していたアシワラ朝廷軍が再度侵攻を開始、加えて内陸より、シマナミ・マタサブロウ・タダミツとシマナミ・マタシチロウ・タダトヨ率いるシマナミ軍が当城まで侵攻して来ました!」
海から攻めて来た朝廷軍に加えて、コバヤシ城を落としたシマナミ軍が現れた。2つの軍勢によって城を挟まれる形となった上、4人の“神剣使い”を敵に回しているイズミイン家に最早勝ち筋は存在しなかった。
「・・・最早、これまでか」
ゲンジロウはそう言って立ち上がると、側に控えていた家臣たちに指示を出す。
「・・・私とそなたらの関係は今日までだ。各々、生き残る為に最善の行動を取れ」
「!?」
逃げ出すなり敵に降るなり好きにしろと告げる主君の言葉を聞いて、家臣たちは驚きを隠せない。同時に自分たちの無力さを嘆き、涙する者も居た。
「・・・サルワタリ、介錯を頼む!」
「!!」
ゲンジロウは小姓を介錯人に指名すると、腰に差していた小太刀を握り締めて城の奥の別室へと移動する。部屋を出る直前、彼は家臣たちの方へ振り返って一言だけ口を開いた。
「・・・元気でな」
それが彼の最期の言葉となる。その後、主君を失ったイズミイン軍は敢えなく瓦解し、ミガサキ城はその日の内に落城することとなった。
斯くして、シマナミ家家臣の重鎮であるイズミイン家当主、イズミイン・ゲンジロウ・サネマツの謀反によって端を発した「イズミインの乱」は、中央政府であるアシワラ朝廷の介入によって鎮圧された。途中、スレフェン軍の乱入というアクシデントが発生したが、偶然流れ着いていた日本国海軍の活躍によってそれも撃破され、サネマツの自刃、そして他の家臣たちの降伏という形でこの一件は幕を降ろしたのだった。
・・・
チントウ島 サツハヤト国 主都サツナン ツルタ城
イズミイン家陥落の知らせは、シマナミ家の主城であるツルタ城へも届けられていた。当主であるシマナミ・ジガンノカミ・タダヒサの下に、家臣のホウシュウ・トウジロウ・ヒサカツが訪れている。
「・・・謀反を起こしたイズミイン・ゲンジロウ・サネマツについてですが、当人の死亡が確認されました。他の家臣たちも既に降伏の意を示しており、反乱は完全に鎮圧されました」
トウジロウは反乱の収束を伝える。だが、ジガンノカミ・タダヒサから返って来た言葉は、彼の予想の範囲外にあるものだった。
「そんなことはどうでもいい!!」
「・・・!?」
トウジロウはチントウ島の歴史上最大の反乱を“どうでもいい”と言い切る主君の考えが理解出来なかった。唖然とする彼に対して、タダヒサは言葉を続ける。
「私の・・・新たな側室は、コマは何処へ連れ去られたんだ!」
タダヒサは怒号を飛ばす。彼の興味は一方的な寵愛を浴びせていた姫君の行方にのみ注がれていたのである。
「・・・そ、それについてですが、クニワケ城のレンジュ様も何者かに連れ去られていたとのことでして」
朝廷から派遣された“犬陣忍”は、ツルタ城に囚われていたコマ姫に加えて、タダヒサの正室であるレンジュ姫の身柄も連れ出していた。トウジロウはそのことも加えて報告する。
「レンジュ・・・? ああ、あいつか。くそっ・・・あいつは辺境に拠を置く我がシマナミ家が中央と繋がりを持つことを示す大事な“証明”だったのに・・・! だがまあ、良い。それは放っておけ」
タダヒサは先代当主が決めた婚姻相手であるレンジュ姫について関知しようとしなかった。彼にとって彼女の存在は、家名と家督に箔を付ける為だけのものであり、有っても無くても特に構わない存在だったのだ。
「・・・」
トウジロウは色事に執心する主君の姿を複雑な感情で眺めていた。その後、アシワラ朝廷からシマナミ家へ直々に、レンジュとの婚姻解消の一報が通達されることとなる。
・・・
同日・夜 ヒムカイ国 沖合
戦いが終わった日の夜、漆黒の闇に包まれた海原の上空を奇妙な影が飛んでいた。それは箒に乗って空を飛ぶ人の影であった。密伝衆からイナ王国のイズミイン家に派遣されていた密偵のメノウは、戦いのどさくさに紛れてミガサキ城から逃げ出していたのである。
「くそっ・・・! 一体何だったんだ、“あれ”は!」
メノウは「アルト・ロイアル」を襲った長距離対艦ミサイルの事を思い出し、思わず震え上がる。
(まさか・・・噂に聞くニホン国の軍があの国に居たとでも言うのか?)
あの様な攻撃を繰り出せる存在など限られている。メノウは日本国がイナ王国に助力していた可能性を考えていた。その後、任務に失敗した彼はスレフェン連合王国へ逃げ帰り、その目で見た一部始終を報告したのである。
〜〜〜〜〜
10月28日・夕方 イナ王国 首都アシワラ
イズミインの乱が鎮圧されてから2日後、チントウ島に派遣されていた水軍が首都アシワラの港に帰還する。兵士たちの出迎えを受けた後、派遣軍の総指揮官であるヤマモト・カンベエ・イソハチは戦果報告の為に王宮を訪れていた。今回の戦いにおいて最大の功労者である「むつ」の代表として、艦長の三好一佐とミサイル発射を指示した航海長の瀬名二佐が同行する。
「此度の戦い・・・ご苦労であった」
イナ国王のヒタカミ・イツセヒコは玉座の前に跪く3人の男に労いの言葉を掛ける。
「はっ! 有り難き御言葉にございます」
カンベエは深く頭を下げる。イツセヒコは彼の一歩後ろに控える2人の異国人に視線を移した。
「此度の戦いに乱入してきたスレフェンの艦を排除してくれたと聞いている。流石は・・・異世界から来たと名乗る国の者たちだな、礼を言うぞ。今宵は戦勝を祝う晩餐を開く故、是非とも其方に参加するが良い」
イツセヒコは晩餐の場で彼らの偉勲を大々的に発表しようと考えていた。だが、三好一佐らにはそれに参加出来ない訳があった。
「・・・申し訳ありませんが、今宵は高潮“アクア・タルタ”が訪れる日、国より賜った本来の任務の為、我々は今夜出発しなければなりません」
「・・・!」
彼らがこの西方世界へ訪れた理由は元来、九十九里浜沖に襲来した謎の円盤群の基地が置かれているシュンギョウ大陸へ向かう為であった。故にこの国に無駄な長居をする訳にはいかない。
「まあ・・・先を急ぐというのなら無理に留めはせん、口惜しいがな」
三好一佐らの事情を悟ったイツセヒコは、残念そうな笑みを浮かべていた。
「まともな礼が出来ぬ代わりといっては何だが・・・我が国の民を1人、お前達の旅に同行させてくれないか」
「・・・!」
彼はもう2度と会えないであろう遠き国の兵士たちにせめてもの手向けをと、ある提案を提示した。その後、玉座の間に1人の男が呼ばれる。それは「むつ」の乗員たちが良く知る男であった。
「ナガハチロウだ・・・名前と顔は当然知っているな。この者は我がヒタカミ家の密偵であるだけでなく、非常に優れた魔法技術者でもあるのだ。お前たちの敵はエルメランドの遺産を操っているだろう。この者はそれについても良く精通している。共に連れて行って損は無いと思うが」
「・・・!」
ナガハチロウは改めて王の紹介に与る。イツセヒコの説明を聞いていた三好一佐は、これを千載一遇の機会だと感じていた。現在の日本には一部の魔法研究者を除いて、魔法に関する知識を持つ者はほとんど居ない。加えて遠き過去に滅んだ魔法文明の遺産の力など、それを関知する者など皆無であった。
「その申し出・・・有り難く受け取ります!」
三好一佐は貴重な人材を提供して貰ったことを感謝し、深々と頭を下げる。彼に続いて頭を下げた瀬名二佐は、共に同じ戦場で武器を取ったナガハチロウと視線を合わせた。その後、王宮から退出した彼ら3人は、高潮の襲来を待っている「むつ」へと急ぐ。
首都アシワラ 海岸 護衛艦「むつ」
航海科の隊員たちが艦橋から見える水平線を注視する。艦長の三好一佐は戦闘指揮所のスクリーンに映し出される海の様子をまじまじと見ていた。他の隊員たちも各部署に就いてその時を待っている。そして遂に、通常の潮汐周期を無視した引き潮が発生し、波打ち際が沖へ後退していく。イズミインの乱が鎮圧されてから2日後、ついに首都アシワラの海岸へ7mを超える異常潮位「アクア・タルタ」が襲来しようとしていた。
「来たぞ・・・“アクア・タルタ”だ!」
航海員が高潮の到来を発見する。その光景はまるで海が塊となって押し寄せてくる様であり、高潮というよりも津波に近かった。首都アシワラは内陸の高台にある為に「アクア・タルタ」の被害は受けないが、付近の漁村に暮らす人々はすでに高い場所へ避難している。
「く・・・来る!」
巨大な高潮が「むつ」の艦体に迫る。隊員たちはあらゆる場所に掴まって、その衝撃に備えていた。直後、高潮が「むつ」に衝突する。その衝撃によって艦が少し傾き、隊員たちは堪らずバランスを崩した。
「うわあああ!」
巨大な浮力を得たことによって「むつ」の船底が浜から離れる。だが、浮いた「むつ」は波の勢いに押されてより内陸へと流されていた。
「機関全速! 沖に向かって全力で走れ!」
スクリューが回りだし、航海士が必死に舵を握る。沖へ船首を向けることに成功した「むつ」は、陸へ押し流されまいと災害に抗う。
ガゴオォ・・・ン!
波に流された岩が「むつ」の右舷に激突した。隊員たちの間に緊張が走る。その間にも「むつ」は全速で沖へと向かう。その後、程なくして海の様子が落ち着き、「むつ」を陸へ押し流そうとする波の力が弱くなった。「むつ」はその隙に沖へと進み、 イナ王国からの脱出を果たしたのである。
「やった・・・やったぞー!!」
艦橋では航海長の瀬名二佐を初めとして、航海科の隊員たちが喜びを露わにしていた。ガッツポーズを天に突き上げる者、ハイタッチをしあう者、抱き合って喜びを分かち合う者、皆それぞれのやり方で喜びを表現している。だが、その中で1人だけ、異なった感情を持って海を眺める者がいた。
(王は私のことを思って送り出してくださった。ケリを付けてやる・・・忌々しい1500年前の歴史に!)
ナガハチロウは蘇った過去の遺物たちを葬る覚悟を決める。彼にはイツセヒコ王を含むごく一部の者以外は誰も知らない秘密があった。
斯くして、新たなる食客を加えた「むつ」は、イナ王国を出港した3日後の10月31日に「おが」「ましゅう」と合流を果たすことに成功し、イナ王国にて知った“エルメランドの真実”を日本政府に伝えたのだった。




