スレフェンの力
10月26日 ヒムカイ国 ミガサキ 沖合
ヒムカイ国の主都であるミガサキへ向かっていた朝廷水軍の船団に、犬陣忍の密偵たちを乗せた3匹の鳳凰飛行隊が帰還する。シマナミ家の本城であるツルタ城に向かっていたナガハチロウの一派は、モノウエ家の息女であるコマ姫を連れ帰ることに成功していた。
「着きましたよ、コマ姫!」
ナガハチロウは自身が乗る鳳凰を、水軍大将のヤマモト・カンベエ・イソハチが乗船する旗艦に着地させる。そして自分の背中に掴まって鳳凰に跨がっていたモノウエ・コマを船の甲板に降ろした。
「朝廷水軍大将ヤマモト・カンベエ・イソハチと申し上げます。国王より貴方を首都アシワラまでお連れする様に承っております。ですが・・・その他にも成すべきことがあります故、しばしお待ち頂きたい」
派遣軍の総指揮官であるカンベエは、船に降り立ったコマ姫に向かって跪くと、自身の素性とこの後の予定について伝える。
「私も貴方方が此処へ来た目的については知っています。イズミイン家の反乱を抑える為ですね」
ツルタ城にて暴君シマナミ・ジガンノカミ・タダヒサの手元に囚われていたコマは、このチントウ島にて起こっていた騒動と、それに対する朝廷の動きについては大体知っていた。
「はい、その通りにございます。よって戦を鎮めるまでの数日間、この船内でお過ごし頂くことになりますが、宜しいですか?」
「ええ・・・構いません。あの城でなければ何処でも・・・」
コマ姫はカンベエの伺いに対して素っ気なく答える。その時、ナガハチロウらと別れて“クニワケ城”に向かっていたもう3匹の鳳凰飛行隊が派遣水軍へと帰還した。彼らはナガハチロウらと同じ様に旗艦に降り立つと、隊長であるナガハチロウと艦隊指揮官であるカンベエに跪いて報告をする。
「マガラ・ハヤトノカミ・ナオノブ以下『犬陣忍』3名、『サツハヤト国』のクニワケ城よりワシツカ・レンジュ姫をお連れしました!」
ナガハチロウの直属の部下であるハヤトノカミは任務成功の一報を伝える。彼が乗って来た鳳凰の背には絢爛な着物に身を包む女性の姿があった。彼女は水軍兵士の手を借りて鳳凰から降りると、育ちの良さを思わせる優雅な立ち振る舞いでカンベエらにお辞儀をする。
「ワシツカ家息女、レンジュと申します。お初にお目にかかります」
「朝廷水軍大将ヤマモト・カンベエ・イソハチと申し上げます。国王より貴方を首都アシワラまでお連れする様に承っております」
「フフ・・・これで漸く、あの忌まわしい場所から解放されるんですね。有り難い」
レンジュはそう言うと、重ね着していた衣をその場で脱ぎ捨て、袷の着物1枚だけの軽装になって大きく背伸びをした。先程のお辞儀とは一転、太政官右大臣の娘として相応しくないその振る舞いは、夫であるシマナミ・ジガンノカミ・タダヒサから疎まれて隔離されながらも、彼と別れることが出来なかったしがらみからの解放を象徴する様であった。
「レンジュ殿・・・!」
先に船へ到着していたコマは、自身と同じく犬陣忍と共に鳳凰に乗って来たレンジュの姿を見て動揺を隠せない。2人は言わば、夫から愛想を尽かされた本妻と、同じ男から一方的な寵愛を受ける妾という関係にあったからだ。
「・・・」
怖ず怖ずとした様子のコマを見つけたレンジュは彼女に近づき、確執など全く無い優しさに満ちた表情で彼女の頭を撫でる。コマはきょとんとした表情を浮かべていた。
「あの“バカ殿”の下で・・・辛かったでしょうに。もう我慢をすることは無いの、一緒にワシワラへ帰りましょう」
「・・・!」
レンジュはコマの身体を強く抱き寄せた。限りない優しさを向けられたコマの脳裏には、タダヒサに此処へ連れて来られてから今までの辛い思い出が走馬燈の様に流れ、彼女の中に封じ込められていた感情が爆発する。
「うわあああん!!」
コマは母を思慕する幼子の様にレンジュに身を預け、大声で泣き始めた。レンジュはそんな彼女の全てを受け入れ、抱擁を続ける。周りからその様子を見ていたナガハチロウやカンベエ、そして兵士たちはコマ姫の心情を悟った。
「間も無く海岸に到着します!」
その時、メインマストの上で見張りを行っていた水兵が、目的地への到着を知らせる。朝廷水軍はついに敵地であるミガサキの街へ到達した。
・・・
ヒムカイ国 ミガサキ ミガサキ城
今回の反乱の首謀者であるイズミイン・ゲンジロウ・サネマツの下に、コバヤシ城で繰り広げられていたシマナミ軍との籠城戦についての報告が届けられていた。
「ご報告申し上げます! 長らく膠着状態にあったコバヤシ城の戦いは、神剣使いのシマナミ・マタシチロウ・タダトヨの参戦によって崩れ、コバヤシ城は落城! ノベ・ギンエモン・ヒコイチは城内にて自刃したとのこと・・・!」
ゲンジロウの下を訪れていた武士はコバヤシ城での敗戦を伝える。重鎮と言うべき家臣を失ったことを知り、ゲンジロウは項垂れていた。
(ギンエモン・・・すまぬ!)
ゲンジロウ・サネマツは心の中で忠臣に謝罪の言葉を捧げる。その時、もう1人の武士が彼の部屋に入って来た。
「ご報告申し上げます! 西方の沖合より水軍が此処ミガサキへ接近しています!」
「何!? シマナミ軍か!?」
「いいえ・・・シマナミの水軍ではありません。『アシワラ朝廷』です!」
「・・・!」
チントウ島の反乱を見かねた中央政府が、自分たちを鎮める為に軍事行動に出たという。ゲンジロウは海から襲来した新たな敵の出現に動揺を隠し切れない。
「すぐに海岸の防御を固めろ! 奴らの上陸を阻止するんだ!」
「はっ!!」
主君の命令を受けた武士は部屋を退出していく。それを見送ったゲンジロウは、部屋の奥に隠れていたスレフェン連合王国の密偵に呼びかける。
「おいっ!」
「・・・はい、何でしょうか?」
スレフェンの密偵は何処からともなく現れると、ゲンジロウの前に跪いた。
「・・・約束だ、お前たちの力を貸してくれるのだろうな?」
「勿論ですとも、シマナミ軍だろうが朝廷軍だろうが、神剣使いだろうが・・・我が国の最新兵器の前には塵に同じことです。全て排除してあげましょう」
スレフェンの密偵はそう言うと、懐から信念貝を取り出してある場所へ連絡をする。朝廷水軍に不穏な足音が近づいていた。
・・・
ミガサキ 郊外 海岸
朝廷水軍はついにヒムカイ国の主都であるミガサキの海岸に到達した。砂浜に乗り上げた各船から次々とアシワラ朝廷軍の兵士たちが降りて来る。その中には瀬名二佐が率いる30名の海上自衛隊員の姿もあった。
「目指すは“ミガサキ城”だ! 敵が迎撃体制を整える前に突破してしまえ!」
朝廷水軍大将のヤマモト・カンベエ・イソハチは兵士たちと共に上陸すると、神剣“威風堂々”の切っ先をミガサキ城へと向けた。イズミイン軍は朝廷水軍の急襲に対して準備が出来ておらず、今まで全く警戒がされていなかった海浜は敵1人居なかったのである。
因みにミガサキ城は城下町から少し離れた場所にあり、海岸近くにある小高い丘を切り開いて作られた山城である。故に城下町を戦場にする必要性は無かった。
「御意!」
先陣を切るのは、朝廷が擁する“神剣使い”であるナガハチロウと彼の部下のマガラ・ハヤトノカミ・ナオノブの2人である。その後ろに900人の兵士たちが続く。瀬名二佐たちは89式小銃を抱えて海浜に陣取っていた。彼らに与えられた任務は上陸地点の防御である。
「皆、気を引き締めろ! 生きて『むつ』に帰るぞ!」
瀬名二佐は部下たちを鼓舞する。まさか陸上戦を行う羽目になるとは思っていなかった彼らの顔には、緊張の色がはっきりと現れていた。
上陸開始から数分後、朝廷軍を海に追い返そうとミガサキ城から敵兵が現れた。先頭を行くナガハチロウとハヤトノカミの2人は、それぞれが腰に差す“神剣”を鞘から抜き、柄に魔力を込め始める。
「神剣・・・“新世界”!」
「神剣・・・“幻想即興曲”!」
ナガハチロウが持つ“新世界”には稲妻が纏わり付き、ハヤトノカミが持つ“幻想即興曲”には“震動”が纏わり付く。2人がそれを水平方向に思い切り振ったところ、太刀から放たれる稲妻と震動のエネルギーがイズミイン軍の兵士たちを襲った。
「神剣の加護の無い者が我々に勝てるものか・・・」
後方の本陣にて待機していたカンベエは、吹き飛ばされるイズミイン軍の兵士たちを見ていた。朝廷軍の兵士たちはナガハチロウとハヤトノカミの後に続いてミガサキ城へ殺到する。
「凄い・・・これがイナ王国の“サムライ”の力か!」
瀬名二佐と海上自衛隊員はカンベエたちが居る“本陣”から、イナ王国のサムライたちが繰り広げる戦闘の様子を眺めていた。
・・・
ミガサキ城 小天守
イズミイン・ゲンジロウ・サネマツと彼の家臣たちは、海岸に近いミガサキ城の小天守から戦場の様子を眺めていた。神剣使いの前に歯が立たないイズミイン軍は次々と倒れている。
「・・・もう兵は出すな! 籠城だ!」
ゲンジロウは敵を海へ押し戻すことを諦め、籠城戦に移行することを決意する。その後、城の外に出ていた兵士たちは丸の内へと迅速に退却し、城の門が全て閉鎖された。
「くそ・・・まだか、メノウ!」
彼はスレフェンから派遣された密伝衆の密偵の名を呼ぶ。メノウは“力を貸す”と行って城を出て行った切り、彼らの前から姿を消していたのである。
「と、殿・・・! あれをご覧に!」
その時、ゲンジロウの家臣の1人が南方の沖を指差した。そこには朝廷水軍の軍船とは明らかに異なる3隻の木造帆船の姿があった。
「あ、あれは!」
3隻の船はミガサキの海岸に着岸している朝廷水軍の方へ近づいている。これらの船こそが、メノウが用意した最新鋭兵器であった。
・・・
ヒムカイ国 ミガサキ郊外の海岸
急に現れた3隻の木造帆船の姿は、ミガサキ郊外の海岸に停泊している朝廷水軍からも発見されていた。各船に残っていた水夫たちが、異国の船を目の当たりにして騒ぎ出す。
「あれは『大ソウ帝国』や『チャンセン王国』の船じゃない・・・スレフェンの船だ!」
「スレフェン連合王国!? 22年前に攻めて来た奴らがまた来たのか!?」
古参の水夫たちがそれらの船の正体を看破した。22年前に1度追い払った筈の敵がまた現れたのである。
「すぐにカンベエ大将に報告を!」
甲板から3隻の様子を見ていた水夫が、近くに立っていた仲間に総指揮官への報告を指示する。その時、スレフェンの各艦の両舷に備えつけられていた“巨大な円筒”の先端が赤色に輝き始めた。
「・・・なんだ、あれは?」
水夫たちは敵艦が奇妙な動きを見せたことを不思議がる。だがその直後、その赤い光が一際大きく輝いたかと思うと、海岸に停泊していた朝廷水軍の軍船が数隻、ほぼ同時に燃え上がったのである。
「・・・な、何が起こったんだ!?」
水夫たちは騒然とする。海浜の本陣に居たカンベエや瀬名二佐らも、軍船が炎上して崩壊する様子を目の当たりにしていた。派遣軍の兵士たちは自分たちをいきなり襲って来た事態に大きく動揺している。
朝廷軍が謎の攻撃を受けたことは、戦いの先陣を切っていたナガハチロウとハヤトノカミも察知していた。その直後、本陣から派遣された使い番が彼らの下に赴き、状況を伝える。
「南の沖からスレフェン海軍の帆走軍艦が現れました! 今すぐに本陣までお戻りください!」
「わ、分かった!」
使い番の伝令を受けたナガハチロウは急遽身体を反転させて海岸へと向かう。ハヤトノカミも彼に続いて本陣へと走った。
・・・
ミガサキ沖合 スレフェン海軍試験艦「アルト・ロイアル」
3隻の帆走軍艦を率いるのは、それらの1隻である「アルト・ロイアル」の艦長を勤めるアンタレルという男である。「アルト・ロイアル」を含むこれら3隻の軍艦は、新兵器の搭載実験の為という名目の下、スレフェン王より「密伝衆」に下賜された退役艦であった。
「フフ・・・流石の力だな。22年前に我々に恥をかかせてくれた恨み・・・此処で晴らさせて貰おうか」
アンタレルは息巻くと第2攻撃の開始を全艦に命ずる。その後、各艦に設けられた“魔力熱線砲”の砲身に、動力炉から徴収された大量の魔力が伝達される。そして巨大な魔法道具である熱線砲によって赤い熱線へと変換された魔力が、再び各艦の両舷から放たれ、朝廷水軍を襲撃したのである。




