イズミインの乱
10月26日 チントウ島西部 ヒムカイ国とサツハヤト国の国境付近
イズミイン・ゲンジロウ・サネマツが謀反を起こしたのはおよそ1ヶ月前、打倒シマナミを掲げた彼は自らの領地であるヒムカイ国の主城の“ミガサキ城”に立てこもり、配下の兵士たちにシマナミ家の城を攻略する様に指示を出した。
彼らは建設途中だった“コバヤシ城”を奪うと、シマナミ・ジガンノカミ・タダヒサの正室であるシマナミ・レンジュが暮らす“クニワケ”城も攻撃したが、守備兵によって抵抗されてしまう。そうしている内にシマナミ軍の援軍がクニワケ城に到着し、イズミイン軍は撃退された。
イズミインの討伐を狙うシマナミ軍はコバヤシ城の奪回を目指して同城に攻め込んだが、予想外の激しい抵抗に遭い、敢えなく撤退。再攻撃はサツナンから送られて来る主力軍の到着を待つことになった。そして10月24日、武将シマナミ・マタシチロウ・タダトヨが率いる主力軍との合流を果たしたシマナミ軍は、その2日後の10月26日に再びコバヤシ城への進軍を開始したのである。
「今回で決めるぞ・・・」
陣の中から姿を現したシマナミ軍総大将のシマナミ・マタサブロウ・タダミツは、派手な意匠があしらわれた軍配をコバヤシ城へ向けた。その直後、ホラ貝の音がけたたましく鳴り響き、竹を束ねた盾や槍、火縄銃を有する足軽たちが馬上の将に率いられてコバヤシ城へ向かって行く。
「うおおおっ!」
幟や母衣を背に纏い、頭を赤い頭巾で覆う足軽たちは、気合いの籠もった雄叫びを上げながらコバヤシ城へ突撃して行った。
コバヤシ城 三の丸
山を削って造られた山城であるコバヤシ城には、いわゆる“丸”と呼ばれる区画が存在する。その中で最も最前線である“三の丸”の城壁に、イズミイン家に仕える将のノベ・ギンエモン・ヒコイチの姿があった。配下の兵士たちと共に城壁の上に立つギンエモンは、コバヤシ城に迫り来る敵の大軍を見下ろしていた。
「鉄砲衆! 組頭の指示があるまで、放ってはならぬぞ!」
彼の周りや足下では、火縄銃を構える鉄砲衆が、簡易な盾や城壁にくり抜かれた狭間から敵を狙っていた。
「組頭! 十分に引き付けよ!」
「おうっ!」
鉄砲衆の射撃指揮を執る組頭は、城に迫るシマナミの大群を注視する。その時、シマナミ軍の鉄砲衆が放った弾丸が彼の左頬を掠めて行った。
「くっ・・・まだまだぁ!」
組頭はちらほらと飛んでくる凶弾に怯むことなく、可能な限り敵を引きつける。
「目当て付け・・・! 放てっ!」
ドン ド ドン ドン ドン!
ついにイズミイン軍の鉄砲衆が引き金を引いた。その直後、白煙と共に不規則な銃撃音が響き渡る。コバヤシ城に迫るシマナミ軍の兵たちは、銃弾を受けて次々と倒れていく。
「弓矢衆、防ぎ矢を致せ!」
火縄銃は1発撃つ度に弾と火薬を込めなければならない。次弾の発射までは熟練者でも20秒ほど掛かるという。その間は弓矢によって鉄砲衆の援護を行うのだ。
「うわっ!」
「うっ!」
双方向に矢が行き交い、城方でもシマナミ軍の弓矢に倒れる者が続出していた。そうこうしている内に、シマナミ軍の前衛が城を囲う掘まで到達する。イズミイン軍は掘の外側に設けられた柵を越えようとしている者を弓や銃で狙い撃ち、彼らがそれ以上此方へ接近することを手際で防いでいた。
「石つぶてを投げよ!」
ギンエモンの指示を受けて、彼らの背後に控えていた石礫攻撃隊が攻撃を開始する。彼らは布でくるんだ石を振り回し、その布の一端をタイミング良く手放すことで、遠心力を得た石つぶてを敵に向かって放り投げた。綺麗な放物線を描いた大量の石つぶては、掘と柵に手間取っているシマナミ軍の兵たちを容赦無く襲う。
シマナミ軍 本陣
コバヤシ城を攻めあぐねているシマナミ軍の様子は、総大将のシマナミ・マタサブロウ・タダミツが身を置く本陣からも見えていた。イズミイン家はシマナミの配下で最大勢力を誇る家臣団であり、当主であるイズミイン・ゲンジロウ・サネマツに追従する将や兵たちの勢力や士気は、シマナミ軍に引けを取らないレベルを有していたのである。
「弩砲と投石機を使え! 三の丸内に火炎弾を打ち込んでやれ!」
マタサブロウ・タダミツは更なる兵器の使用を許可する。シマナミ軍の戦列の中には、おもりの力で弾丸を遠くへ飛ばす固定式投石機や、バリスタと呼ばれるものと同種の据え置き式弩砲が並んでいる。数は少ないが他にも“大筒”と呼ばれる大砲も有していた。そして総大将の指示を受けて、それらに装填されていた火炎弾がコバヤシ城の城壁の内部に向かって一斉に放たれたのである。
コバヤシ城 三の丸
籠城戦を繰り広げているイズミイン軍の兵士たちは、丸に向かって飛来する火炎弾の群れを目の当たりにして、顔を引き攣らせていた。
「火炎弾だ!」
「退避! 退避!」
兵士たちは口々に叫ぶ。直後、着火した火炎剤が地上にまき散らされ、一気に火の手が舞い上がった。服に火炎剤が付着してしまった兵士たちは火達磨になりながら断末魔を上げる。
「すぐに火を消せ!」
三の丸が焼き尽くされるのを防ぐ為、数多の兵士が桶を持って大量の水をばらまいた。だが火炎剤による火災は水だけでは容易に消す事は出来ない。そうこうしている内に火の手は拡大していき、最早“三の丸”には居られないほどになっていた。
「総員、三の丸を捨てて“二の丸”に退避せよ!」
ギンエモンは三の丸からの退避を決断する。イズミイン軍の兵士たちは、城門から二の丸へと速やかに避難していった。
火炎剤が鎮火する時間を見計らって三の丸に突入したシマナミ軍は、敵兵が捌けていた同地を難なく制圧していた。その中に一際派手な恰好をしている青年の姿があった。腰まで伸びる髪をオールバックにして後ろに束ね、真っ赤な袴に青い胴衣、そしてとげとげしいデザインの甲冑に身を包んでいる。
「すぐに二の丸に突入して、イズミインの大将首を獲ってやる!」
血気盛んな様子で息巻くその青年の名はシマナミ・マタシチロウ・タダトヨ、妖怪の異名を持つシマナミ軍の闘将だ。彼の指揮下に属するシマナミ軍の兵たちが“三の丸”と“二の丸”を繋ぐ坂道に向かって殺到するが、二の丸の中に潜むイズミイン軍の銃撃や弓矢に阻まれてそう易々とは辿り着けないでいた。
その様子を見ていたマタシチロウ・タダトヨはため息をつくと、一際大きな声を張り上げる。
「やれやれ、皆下がれ! 此処は俺に任せろ・・・」
「!!」
マタシチロウはそう言うと、背中に担いでいた“長剣”を抜いた。その直後、彼の眼前に展開していたシマナミ兵たちが一斉に捌けていく。マタシチロウはその長剣をコバヤシ城の本丸に向けて構えると、深く息を吐いた。
「・・・神剣“革命の練習曲”! ヒタカミ家の王より10氏族のみが賜る神剣の力、とくとご覧あれ!」
マタシチロウは長剣「革命の練習曲」に己の魔力を込める。彼の魔力は剣の柄に埋め込まれた“魔力増幅装置”によって一気に増幅され、膨大な魔力を得た剣は人の力を超えた破壊力を宿す。
「はあぁッ!!」
マタシチロウは水平方向に剣を大きく振った。すると剣から“実体化した斬撃”が放たれ、本丸の天守を襲う。
ドカアァン!
飛ぶ斬撃は天守の屋根を吹き飛ばした。その様子を見ていたシマナミ軍は腹の底から雄叫びを上げる。自軍の将が放った攻撃が敵城にダメージを与える様は、末端の兵士たちの士気を奮い起こしていた。
コバヤシ城 二の丸
天守が崩壊する様子は、二の丸に居たイズミイン軍の将ノベ・ギンエモン・ヒコイチの目にも見えていた。彼は悔しそうな表情を浮かべている。
「シマナミ・マタシチロウ・タダトヨか! 出たな・・・“神剣”使い!」
「神剣」、それはこの国の王家である「ヒタカミ家」が所有する、人を超えた武力を得られる23本の刀剣を指す言葉である。それは22年前に、イナ王国がスレフェン連合王国軍の侵攻を撃退した力の源であった。その後、中央政府であるアシワラ朝廷は、国防の為に各地方を治める10氏族に神剣を1本ずつ授けたのである。
「・・・!」
圧倒的な力の差を見せつけられても、ギンエモンは諦めの感情を一切表に出していなかった。だが、コバヤシ城の落城は既に時間の問題になっていた。
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チントウ島西部 ヒムカイ国 沖合
その頃、海路でヒムカイ国に向かっていた朝廷水軍の船団は、既に目的地を視界に捉えていた。甲板に立つ兵士たちの目には、イズミイン家の居城がある港街であり、ヒムカイ国の主都であるミガサキの街が見えている。その中には護衛艦「むつ」より派遣された30名の海上自衛隊員の姿があった。
「あれがヒムカイ国ですか」
30名の海上自衛隊員を率いる「むつ」航海長の瀬名二佐は、朝廷水軍の大将であるヤマモト・カンベエ・イソハチに話しかける。
「ああ・・・『イナ王国』発祥の地だ」
「発祥の地?」
カンベエは意味深な台詞をつぶやいた。彼は首を傾げる瀬名二佐にイナ王国の歴史について説明する。
「我々がエルメランドの末裔であることは既にナガハチロウ殿から説明を受けているな。あの星からこのテラルスへ舞い降りた4隻の巨大円盤の内、1つがこのイナ列島に不時着したのだが、それが我らの直接の祖である『神聖ラ皇国』が建造した都市型超巨大円盤『タカラジマ』。そのタカラジマが不時着したのが、あのヒムカイ国のタカシホと呼ばれる場所なのだ」
現在イズミイン家が治めている「ヒムカイ国」は、彼らの祖先が1500年前に降り立った場所であった。円盤が不時着した場所には、現在でも巨大円盤の残骸が残っている。だが、この1500年の間に建築資材や魔法道具を造る材料として装甲や部品が剥ぎ取られてしまい、とても飛べる様な状態では無くなっているという。
「円盤から取り上げ、現在までわずかに残った“魔力増幅装置”が、今の我らの生活を支えているエネルギー源なのだ。そして我々の祖先は自らの身を守る為、円盤に残された魔力増幅装置や武器・兵装を組み込んだ“23本の特別な刀剣”を生み出した。我々はそれを“神剣”と呼んでいる」
「・・・“神剣”」
「因みにこれがその23本のうちの1本だ、名は“威風堂々”という」
カンベエはそう言うと、腰に差していた刀を鞘から抜いた。大まかな形は日本刀と変わらないが、鍔の部分に毛皮が施されている。
「我々は22年前、イナ王国に攻めてきたスレフェンから、この刀の力を使ってこの国を守り抜いたのだ」
刀の刃を見つめるカンベエは、かつての巨大な戦いを思い返していた。イズミイン家との戦いが始まる時は刻一刻と近づいている。




